37.北の街にて11
窓口の見知った受付嬢であるアメリさんに、スティファ嬢の方を目線で示しながら事情を尋ねると、彼女はいつもの如くにこやかな表情で答えた。
「イーノ様デズモン様コリンズ様のお三方でしたら、ヴィクシスバリーから北に一日ほど離れた三の開拓村の調査依頼に出掛けられております」
このヴィクシスバリーより北方は、広大な森林地帯と不毛の大地が広がるだけの人間の未支配地域だ。魔物が支配するその領域を新たに開拓するために、本国と離れたこの北の辺境に大勢の人間が送り込まれている。
最初に作られたのがこのヴィクシスバリーの街で、街の名は初代開拓団長の名に由来するという。
その後は彼の子孫が代々領主を努めており、新たに開拓された場所はここの領地扱いとなる。
そうして新規開拓された土地は、開拓者に永久使用権が与えられ、三年間は領主への納税は免除される。
だから開拓村に正式名称が付くのは納税出来るようになってからで、それまでは便宜上単に数字だけで呼ばれるのである。
──ただ問題は、三年の猶予期間を経て納税が出来るまでに開拓が軌道に乗るケースが、殆ど無い──という事だが。
このエメルカ大陸北方に広がる森林地帯は、俗に『魔の森』などと呼称されるように、魔物の生息数がものすごく多い。
そんな場所に乗り込むのだから、開拓団はそれなりに腕に覚えのある者を中心に組まれ、開拓地にも魔物避けの魔術結界を施して居留地を守る努力は最大限する。
だが結界とはある程度の時間が経てば効力が切れてしまうもので、切れてしまったら再び施し直す必要があり、開拓団に魔術結界が施せる者が居でもしない限り──その費用は決して安いものではなく、少なくとも開拓途上の居留民に楽に払えるようなものではない。
そうした困難を乗り越えて開拓を軌道に乗せられるのは、多くの開拓者の中でもほんの一握りなのだ。
ある程度の規模の人間の集団には、大抵の魔物は警戒して近寄らない習性があるので、結界が無くともそれなりに開拓は進められるが、やはり偶には人間を警戒しないどころか積極的に襲って来る魔物もいるもので、村で対処できない場合は冒険者ギルドに依頼して退治なり追い払うなりして貰う。
そうした依頼はヴィクシスバリーの冒険者ギルドでの依頼案件の半分以上を占め、それ以外は街周辺の薬草採取や魔物掃討が多い。
してみるとイーノ達三人組は普段は街周辺の依頼ばかり受けていたのだろうが、それが一日程度離れた場所に行ったからって何を騒いでるんだか…。スティファ嬢、いくらなんでもイーノを甘やかし過ぎだろう。
わたし達の呆れた様子を見て取ったアメリさんが続ける。
「三の開拓村はここ近年の開拓村の中でも、もう二度冬を越していて、次の冬を過ぎれば晴れて正式に命名され正規の納ぜ…領地として認められる土地でございます。ギルドと致しましても、有望な足掛かりが出来るに越した事はございません。ですので、滞りない発展を見守りたいと、職員一同心より願っているのでございます」
一瞬だけ納税地と本音を漏らしそうになったことなどキレイにスルーしたアメリさんは、にこやかな表情で更に続けた。
「イーノ様達が受けられた依頼内容は、三の開拓村近辺にここ最近、魔物の出現が若干増えたとのことで、その調査依頼にございます。出現する魔物も低ランクばかりとの事ですので、イーノ様達でも問題無いと判断致しましたが、何分あの方達はこの街より遠くに離れられた事がこれまでございませんので、ご身内の方が比較的近場とは言え遠征に出られたのが心配になる気持ちはよく理解出来るのでございます。つきましては、どなたか腕の立つ方が件の開拓村よりも遠くに出掛けられるついでに、様子など見て来て頂けるとギルドと致しましてもとても安心出来るのでございますが…」
アメリさんの言葉に、わたしは思わずロックと顔を見合わせる。
そしてどちらともなく溜め息をつくと、苦笑してロックが言う。
「──では、いつも通り、Cランク以上の魔物の掃討依頼を受けます。最低五体以上討伐で、固定報酬は金貨二枚。獲得素材は別途買い取りで」
「承りました。それでは本日も宜しくお願いいたします。…私個人のお願いにつきましても、どうぞ宜しくお願い致します」
後半を少し声を潜めて、にっこりと言う。
そうそう。これはアメリさんの個人的なお願いであって依頼ではないから報酬も発生しないのだ。
カイに声をかけて三人でギルドを出ると、何とかスティファ嬢を振り切って追い掛けてきた彼を加え、わたし達は目的地を目指すことにした。
先ず、件の三の開拓村を目指す。
──とは言え、場所は分かっているのでその場所までわたしの転移魔法で移動するだけだが。
わたし達四人は普段、今日受けたのと同じ、上位ランク魔物の討伐依頼を主にこなしている。これはギルドの常設依頼のようなもので、外部から特に依頼任務が無い時でも途切れることはない。
魔物の発生要因は様々あるが、その根本原因はと言えばこの世界に魔素というものが存在するからに他ならない。
世界に遍満する魔素に偏りが生じると魔物が生まれ、偏った魔素は魔物の内で魔石と成る。その魔石も魔物自体も、この世界の人間にとって無くてはならない重要な資源である。
また魔力により魔素に干渉することで様々な結果が齎され、人間の生活を豊かにしている。
魔素がある限り魔物は発生し続けるが、また魔素によってこの世界の人間の生活も成り立っている。
魔物を討伐してその素材を得る事も人間の生活を成り立たせる重要なサイクルの一つなのだから、討伐依頼が無くなる事は決して無いのである。
という訳で、普段から魔物の討伐ばかりやっているわたし達は、ヴィクシスバリーの街からかなり離れた場所まで足を延ばすことが多い。
移動にはわたしの転移魔法を使うのだが、これは一度は行ったことがある場所にしか転移できず、また着地点に、ある程度の広さの障害物の無い空間が必要となる。
なので拠点になりそうな場所を予め決めておいて、そこを転移地点にすることにしている。
三の開拓村近辺にもそうしたマーキング地点の一つが在り、わたし達は街を出たすぐ後にはそこへと移動していた。
三の開拓村は二十戸程の小さな村だ。冒険者上がりの村唯一の雑貨商が、十日に一度くらいヴィクシスバリーの街に赴き品物を仕入れている。依頼は恐らくこの雑貨商を通じてギルドに持ち込まれたものだろう。
村に近付いてみると、丁度村の入口から見知った三人組が出て来るところだった。
「イーノ、コリンズ、デズモン!」
「げ、お前ら、何でここに…!?」
声を掛けると、イーノが代表して嫌そうに返事をする。その彼らに向かってカイが呆れた口調で告げた。
「お前の保護者のスティファ嬢に、」
「保護者じゃねぇ! アイツは唯の幼馴染だ!」
「そうか。それはどちらでもいい」
間髪入れずに訂正したイーノを歯牙にもかけない様子でさらりと受け流したカイは、更に続けた。
「お前が今まで依頼で当日に帰らなかった事が無いのに、昨日に限って戻って来ないから心配で心配で何とか助けて欲しい、と頼まれた。報酬が出る訳でもないのに、全くいい迷惑だ」
「あいつ、余計なことを…」
イーノは舌打ちして呟くと、カイに食ってかかるように続ける。
「ここは俺たちが見つけた狩場だからな、お前たちに頼る必要なんか無ぇんだよ! 出しゃばらねぇでとっとと自分の狩りに行きな!」
「狩場? この辺はそこまで実入りの良い獲物は出ないだろう?」
カイが訝しげに尋ねる。
ヴィクシスバリーの街から一日程度しか離れていないこの近辺の土地は、せいぜい角ウサギやビーストボアが出るくらいで、狩場としてはヴィクシスバリー近辺とそう変わりない。偶にはゴブリンの発生が起きたりもするが、冒険者的に大してオイシイ獲物が見込めるわけではない。
ましてEランク魔物の角ウサギもDランクのビーストボアも、彼ら三人掛かりで数時間掛けてやっと一匹倒せる程度だ。ゴブリンは単体ではFランクだが必ず群れなり集落なり作って集団でいるので、実質的な危険度はもっと上がる。その上魔石以外の素材の実入りが見込めず労力の割に収入にならないので、最も冒険者から敬遠される。
だが彼らが狩っているのはもっと意外なものだった。
「──いるんだよ、それが。デカいスライムが、集団でな」
「「なにっ!?」」
カイとロックが同時に叫んだ。
読んで頂いてありがとうございます_(_ _)_




