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3.プロローグ3

 卵に目をやると、震えはぶるぶると大きくなっていき、遂に一筋の亀裂が殻に走った。

 あっと思う間もなく、卵は割れた。


 中から小さな──と言っても体長二メートル程はある──ドラゴンが、殻の破片を頭に乗せて、現れた。

 きょとんと見開いた丸い目と、視線が合う。


 姿形は巨大先代ドラゴンの思いっきり雛形に見える。違いを挙げるとすれば、頭のバランスが若干大きく、お腹もぽっこりと出ていて、全体的にいかにも竜の幼体、といった印象なことだろうか。

 ぶっちゃけ、可愛い!


 思わず側に駆け寄ろうとすると、頭の中に声が響いた。


≪ちょっと、待って≫


 その言葉に従い、立ち止まる。

 先代竜から貰った知識によると、これは念話と呼ばれる魔法らしい。遠く離れた者同士や、或いはドラゴンや他の、知性はあるが言葉を発声出来ない生物が、意思の疎通を図る為に使用される。

 勿論、他者に聞かれたくない内緒話をする際にも役立つのだろう。


 わたしを足止めした生まれたての幼竜は、全身をぷるぷると震わせて、頭の上や身体に纏わりつく卵の殻を払い落とした。


≪この殻、拾っておいた方が良いよ。魔素の塊だから、高純度の魔石みたいなものだから。人間が欲しがって高く売れるよ、きっと≫


 声のイメージは先程の厳かな先代ドラゴンとは違い、いかにも子供の声のような感じがする。せいぜい十才前後の少年といったところか。


≪失礼だなぁ。これでも卵のまま百年は過ごしてるんだよ。ルカよりずっと年上みたいなものさ≫


 丸い目を瞬きながら、得意そうに言う。わたしは思わず吹き出した。


「普通は、卵から孵りたては、まだ雛で、やっと生まれたばかりと見なされるの。つまり貴方は、生き物の常識では、まだ赤ちゃんなの。分かった?」


≪エルダードラゴンに、普通の生き物の常識なんか通用しないやい!≫


 幼竜は念話に叫ぶイメージを乗せて打つけてきた。

 幼くとも世界最強種のエルダードラゴンだ。その叫びのイメージは周囲の空気を震わせる咆哮となった。気の弱い人間ならば腰を抜かしてしまうだろうし、弱い魔物や動物ならば恐れて逃げ出す程度の威力はあるのだろう──多分。


≪たぶん、ってなんだよ!≫


 再び幼竜が叫ぶが、わたしは先程の先代竜との会話で慣れたのか、恐れる気は全く起きなかった。というか、ますます可愛い。

 思わず側に駆け寄って、背伸びをして頭を撫でたくなる。

 懸命に手を伸ばしても、天辺までは届かないけれど。


「ええと…世界唯一竜だから固有の名前は無い…要らないそうだけど、これから一緒にいるんだし、呼び名が無いのは不便だから、『エル』って呼んでいい? エルダードラゴンのエル。いいでしょ?」


≪エル…?≫


 幼竜はわたしの申し出がいかにも意外だったという風に、丸い目を何度もぱちくりと瞬かせた。


≪よ、よし! たった今から、エルと呼ぶことを許してやる! ルカに、だけだからな!? 特別なんだぞ!≫


 なんだか頬を赤らめているようなイメージが伝わって来た。これはいわゆるツンデレというやつか。


≪あ、赤くなんかなってないやい! ルカこそ、いつまで裸でいる気なんだよ!? 人間は、服を着るものなんだろ?≫


「あ、忘れてた」


 そういえば目覚めてから今まで、ずっと裸ん坊のままだった。寒くないので、すっかり忘れていた。

 慌てて、とりあえず着る物を用意することにする。


 この世界の魔法というのは、先ず世界に遍満する『魔素』があり、魔力とは魔素に干渉する力であるという。

 先程から空間全体やエルの卵の殻が光って見えていたのが、この魔素であるらしい。ここは魔素が濃い場所なのだそうだ。全然寒さを感じなかったのも、恐らくは濃い魔素の中にいたためなのだろう。


 魔素は干渉する魔力の質によって様々に変化し、目に見える結果をもたらす。この魔力の質が、いわゆる『属性』で、大別して地水火風の四大元素、加えて雷、光と闇、物質系──等がある。

 

 物質系は無属性とも呼ばれ、先程の念話や、空間魔法、魔素を物質化して固定する創造魔法──等がある。


 わたしが使用することにしたのはこの創造魔法だ。ちゃんとイメージすれば、想像力の及ぶ限りの物が作り出せるらしい。

 先代竜がわたしの現在の身体を『創った』と言ったのも、この創造魔法の力による。

 当然ながら限界はあり、創れないものも多い。生命あるもの等はその代表で、だから先代竜はわざわざ、わたしの魂を呼び寄せたのだ。


 先ずは下着──お気に入りのパンティとブラジャーをイメージ。

 一瞬、目の前の空間が光って、形を取ったかと思うと──わたしの記憶のままの下着が出現して、手の中に落ちた。

 拍子抜けするほどあっさりだ。元の世界から引き寄せたんじゃないかと思うくらいだが、よく見ると製品タグは付いていない。取った覚えは無いのでやはり今、創造魔法で作られたのだろう。


 着けてみると若干、サイズが合わない気がしたが、これは誤差の範囲で済んだ。三十五才と十三才の身体が全く同じ筈は無いのだ。そのくらいは作る時にイメージしていて、抜かりはない。

 …やや、ブラのカップが余る気がするのは、きっと気のせいだ。うん。


 同じような要領で、今度はTシャツとGパン、靴下とスニーカーを出現させる。それらを身に着けてから、ようやく一息つく。


≪なんだか、ヘンな格好≫


「ヘンじゃないよ。私が今まで普段着にしてた、普通の服装だよ」


≪でも、そんな格好してる女の人、いないよ?≫


 エルが可愛らしく小首を傾げて言うので、わたしは先ほど得た知識の中から、この世界の服装を調べてみることにした。


 ──なるほど、全体的には地球の中世以前程度の服装が一般的であるようだ。勿論地域によって違いはあるが。染料を使った衣類等は贅沢品になり、一般庶民は生成りの生地を使った服装が主らしい。

 Tシャツのような衣類も在ることは在るが、殆ど下着と同じ扱いで、上に鎧や胸当てのような防具、或いはチュニックのようなゆったりした上着や、ローブを着用する。


 ブラジャーが存在するかどうかまでは、残念ながら分からなかった。


 Gパンは、生地はともかく同じような型のズボンはあるので、ゆったりした上衣を着用して腰下を隠すようにすれば大丈夫なようだ。

 恐らくは身体のラインを出し過ぎるのは恥ずかしいこと、といった習慣があるのではなかろうか。


 そこで、この世界の一般的な服装と思われる、木綿の生成りのチュニックを出現させる。

 Tシャツの上からゆったりと被り、両脇を紐で止めるタイプだ。


「これでどう?」


 エルに向かって胸を張って見せる。──決して、胸の辺りがゆったりな服が一般的で助かった、なんて思ってないんだからね!


 そうそう、念話はオープンに考えを伝える他に、出力を絞って伝えたい事だけを相手に送ることも出来る。電話のようなものだ。というか、そちらの使い方のほうが一般的なんだろう。

 だからわたしの内心の叫びは、もうエルには伝わっていない。


≪うん、そんな感じかな。でもルカ、思念を遮断しちゃったんだ? ちぇ、つまんないのー≫


「つまんないって…他人の頭の中なんて、無遠慮に覗くものじゃないの」


≪だってルカの中って、元いた世界のことが見えるんだもん。面白そうなものが沢山あって、見てて飽きないんだもん≫


 うーん、エルの言うことも分からないではない。地球の中世程度の、西洋文明に近いらしいこの世界と、平成日本とは、文明レベルだけでも数百年もの差がある。本当の意味で異世界と呼んでいい、全く違う世界なのだ。

 百年程度の知識があるとは言っても、この世界しか知らないエルには平成日本は、さぞ刺激的に見えることだろう。でも…


「たまには見せてあげても良いけど、ずっと見っ放しはだめ。幾ら面白くても、あっちの世界に行くことは出来ないんだからね」


 先代エルダードラゴンから得た知識をざっと探してみても、こちらの世界とあちらの世界を渡る方法は見つからなかった。肉体を保ったままでの移動は、どうやら全く不可能であるらしい。

 せいぜいが魂を召喚する方法しか無いのだ。


≪はぁ~い≫


 エルのつまらなそうな返事に、わたしはつい微笑んだ。──昔、弟のゲーム時間を制限した時に、全く同じ反応をしたのを思い出したからだ。


≪でもルカ、いいの? 元の世界に心残りは無いの?≫


 心配そうにエルが尋ねる。

 心残りは、無いこともない──。弟の子供が見たかったし、ましてその子のお祖母ちゃんを犯罪者にしてしまった事は、痛恨の極みだ。


 ああ、でも──インターネットの呟きッターで『やっと弟が結婚した! とーちゃんとかーちゃんに報告したいよ! ねーちゃんは頑張ったって、褒めて貰いたいよー!』と、書いたことがある。

 きっとあれが遺書と見なされて、わたしは自殺として処理されるのではなかろうか。落ちた場所も自殺の名所であることだし。


 それに…両親に褒めて貰いたい望みは、叶ったような気がする。

 魂がこの世界に来る時に、両親の声を聞いたような気がするから──。

 それが夢であったのだとしても。


 だから、わたしに心残りは無い。


「大丈夫だよ、エル。わたしは、貴方の為に此の世界に呼ばれたんだから。エルと一緒に、此の世界で生きることが、今のわたしの望みだよ」


 そう答えて、微笑んで見せると、エルは安心したようだった。ほっとする気持ちが伝わって来る。


≪そ、それじゃ…とりあえず、ここを出ようか? まずは外に出なくちゃ、何も始まらないし! オレ、生まれたばかりだから、外の世界を、ちゃんと見てみたいよ!≫


「そうだね、一緒に行こう!」


 こうして、わたしと世界唯一竜の旅が──始まった。


やっと旅立ち。

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