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1.プロローグ1

はじめての投稿です。どうぞよろしくお願いします。

 ──、ありがとう…。


 ──、よく頑張ったね…。


 ──。これからは──お前の為に──。


 ──。……。


 誰かの声が、頭の中に…いや、心の中に…? 響いていた。


 ──? 名前…だろうか。そこだけがよく聞き取れない。


 名前…わたしの名前…は──。




「あれれ!?」


 思わず声に出して飛び起きる。

 わたしの名前は…なんだろう? 分からない。思い出せない──!


≪目覚めたか 人間よ≫


 目覚めた瞬間、パニックを起こしかけたわたしの頭上に、何やら厳かな声が降ってきた。


≪我がそなたを呼び出しし者。よく周囲を見るがよい≫


 声というか、これもなんだか頭の中に直接響いて来るような感じだ。


 とりあえず声に従い、自分の周囲を見回してみる。


 暗い──広い場所だった。

 少なくとも全く記憶に無い場所には違いない。

 正面には若干広く空間が広がっていて、ずっと向こうにむき出しの岩肌が見える。五十メートルかそこいらはあるだろうか?


 左右も同じ。ずっと先にむき出しの岩肌が見える空間だ。

 上を見上げれば、かなり高くに岩肌の天井があって、空は見えない。今が昼か夜かも分からない。


 暗いとは言っても、何故か空間全体が薄ぼんやりと光っているような印象を受ける。自分の両手を見てみると、掌も指紋もはっきりと確認出来る。

 と言うか、なんだか自分の身体の印象が違うような…。違和感というほどでも無いのだが。


 てか、わたしは裸じゃないか! 花も恥じらう乙女がなんて格好を。着るもの、着るもの…。

 探してみても、目に付く辺りに服は無い。布切れ一つも無い。

 このままでは風邪を引いてしまうじゃないか。


≪落ち着くがよい、人間よ≫


 慌てるわたしを見かねてか、再び声が響く。

 人間よ──って、まるで声の主が人間じゃないみたいだ。

 わたしは再びきょろきょろと周囲を見回して、声の主を探す。


≪その位置では我は見えまい。その二本の足で立ち上がり、少しばかり前に進むのだ≫


 具体的な指示に従い、わたしは立ち上がり歩き出す。

 十歩ほど進んだところで、再び声が響く。


≪そこでよい。後ろを見るがいい≫


 声に従って後ろを振り向くと──。

 そこには、巨大な怪物の彫像があった。


 否、彫像ではない。微かに動く。こちらを見る大きな目が、ぱちりとまばたきをする。


「……」


 驚きの余り、わたしは絶句して巨大な怪物を見つめた。


≪そろそろ、驚くのは済んだか。人間の娘よ≫


 少しして、また声が響く。眼前の巨大な怪物の顔が、声に合わせて口や頬の筋肉が動き、まばたきをする。


 これはSFXの類だろうか──。特殊映像技術の専門家でもなんでもないわたしには、眼の前の、高さ三メートル以上はありそうな巨大な顔が、本物かそうでないのか判別は出来なかった。


≪ふむ。驚くのも無理はないが…いつまでも呆けていられては話も出来ぬ。とりあえず自己紹介をしよう。我はエルダードラゴン。此の世界の数多在る竜種の中でも、最強にして唯一たる古神竜である≫


「あ、はい。これはご丁寧に」


 我ながら間抜けな返事をすると、私はぺこりと頭を下げた。殆ど反射的と言っていい、日本人的なお辞儀というやつだ。


 それにしても、ドラゴン。怪物と思った巨大な顔は、言われて見れば確かに、アニメやマンガやゲームのファンタジー世界に出てくる西洋竜の姿そのものだ。

 巨大な顔が乗った胴体部分は、地面に寝そべっているようで、ざっと見ただけで軽く体長五十メートルは超えているだろう。畳まれた竜の翼は、広げればどれだけの大きさになることか見当もつかない。


 とは言え『この世界』とやらの基準を知らないわたしには、この目の前のドラゴンが世界的にどの程度なのか、さっぱり分からないのだが。

 此の世界の数多在る竜種の中でも最強にして唯一たる──等と自分で言っているのだから、或いはこれが世界最大のドラゴンなのかも知れない。


「わたしも礼儀として名前を名乗りたいのですが、残念ながら自分の名前が思い出せないのです。どうかお許しください」


 名前以外の事は──辛うじて思い出せる、気がする。だがわたしがその事を口にする前に、ドラゴンが言った。


≪名前とは、其の者の世界に於ける存在の証である。名が思い出せぬのは、お前が元々生きていた世界との繋がりが、絶たれた所以であろう≫


「えっ? えっ、えっ!? 世界との繋がりが絶たれたって、どういうことですか!?」


 思いもよらない言葉に、慌てて問いかけると、ドラゴンは続けた。


≪思い出すがよい。お前は元の世界で一度、滅んだのだ。その魂を我が引き寄せ、此の地にて蘇らせたのだ──≫


 その言葉に、半ば呆然として、ドラゴンの目を見つめる。頭の中が真っ白になったような気分だったが、それでもわたしは改めて、自分の記憶を呼び起こしてみていた。




 わたし、は──。


 やはり名前は思い出せない。けれど、それ以外の事は鮮明に思い出せる。


 年齢は三十五才。女。独身。十才年下の弟と二人暮らし──だった。つい最近まで──。


 十七年前──わたしの高校卒業を目前にして、両親が事故で死んだ。

 大した額でもなかった保険金も、僅かな遺産も、自称親戚やら友人やらの大人たちが押し掛けて、毟り取って行った。


 まだ小学校低学年だった弟と、世界にたった二人だけ残されたような気持ちになったものだ。


 でも、そこでめそめそ泣いてなんていられない。大人は誰も頼りにならない。ならばわたしが弟を守らなければ。弟が立派に、一人前に成長するまで育て上げなければ!


 そう決心したわたしは、自分の進学は取り止め、働くことを決めた。

 家から比較的近くに店舗のある大手のスーパーに就職したわたしは、惣菜部門を希望して配属され、以来ずっと──十七年間──惣菜部門の厨房で、フライヤーと格闘しつつ、パートのおばちゃん達に囲まれながら──お客様に買って頂く家庭のおかずを作り続けた。


 惣菜部門を希望したのは、売れ残って廃棄される惣菜を従業員価格で安く買えるからに他ならない。

 弟はスーパーの惣菜が毎日おかずに並ぶ事に辟易したりもしたけれど、元はわたしが作ったものなのだから、立派な家庭の味に違いない。そうきちんと言い聞かせれば、ちゃんと残さず食べてくれたものだ。


 そんな生活を続け、弟は無事進学、大学を卒業して就職。そして半年ほど前に、可愛らしいお嬢さんを家に連れて来た。

 お嬢さんのご家族との顔合わせの時に、彼女のお母さんが、わたしの職場で働いていたパートのおばちゃんの一人だったことが判明して、世間は狭いと驚いたものだ。


 そして話はトントン拍子に進み、二人は結婚──。それがひと月ほど前のこと。

 そして新婚旅行に出かけたのが昨日の朝──結婚式から間が開いたのは、お嫁さんのご両親が同行することになり、予定が変わったせいだった。


『新婚旅行なのに、向こうのご両親が一緒に行くの?』

『今はそういうのも珍しくないんだって、旅行会社の人が言ってたよ。家族旅行にした方が楽しいからって』

『なんだか釈然としない気がする』

『いいじゃん、彼女も親御さんに甘えたいんだろうし。ウチも、ねーちゃんも一緒に来ればいいんだよ』


 弟の提案に、彼女さんもご両親も快く賛成してくれ、これも最初で最後の家族…親族?旅行かな──と思って、結局わたしも同行した。


 旅行先には有名な自殺の名所があり、その景色が絶景だと、弟の義母さん──お嫁さんの実母さんが、一緒に行こうとわたしを誘った。いくら絶景でも自殺の名所に新婚の娘を連れて行くのは縁起が悪い、だから職場の同僚で仲良しなのだから一緒に見に行こう、と。


 断る理由も無く、一緒に出かけたのは今日の朝。

 おばちゃんは眼前に遥か大海原が広がる断崖絶壁の下を覗き込み、わたしを手招きした。

『すごいものが見えるよ! 見てごらん!』

 その言葉を疑いもせず、下を覗き込んで──背中を押された気がした。


 次の瞬間、わたしは宙を飛んでいたのだ。



 

「わたし…突き落とされのか…」


 半ば呆然として呟く。

 ドラゴンが、なんとなく気の毒そうな表情をしている気がした。


 思わず、自分の頭を抱える。


「そうだ…! おばちゃん達と話してる時、『弟が一人前になったら、今度はねーちゃんが楽させて貰うんだ! 弟と嫁さんに養って貰おう!』って話したことあったっけ…。あれかぁ…」


 勿論、冗談のつもりだった。おばちゃん達が『自分の進学諦めて、弟さんの学費稼いでいたんでしょ? 偉いね-』と、あんまりわたしを褒めそやすものだから、照れ隠しに言ったのだ。あの時のメンバーの中に、間違いなく弟の嫁さんのお母さんもいた。


 きっとわたしの言葉は、あのおばちゃんにとっては、とても冗談に聞こえなかったんだろう。彼女にはわたしが、自分の娘の人生に寄生する、虫か何かに見えていたのかも知れない。


 わたしは弟が一人前になって、手が離れたら、好きなように生きようと決めていた。諦めた大学に、通教でもいいから通って、勉強して、相手を見つけて結婚も出来たらなぁ…と。

 十七年間おばちゃんに囲まれてお惣菜を作り続けて、出会いなんか望める筈もなかった喪女だけど! どこに出しても恥ずかしい立派な喪女だけど!

 夢を見るくらい良いじゃないか!


 でも…それはもう、叶わない。


「あはは…。甥っ子だか姪っ子だか分からないけど、これから生まれる弟の子供の、お祖母ちゃんを、サツジン犯にしちゃったよ…。うっかりな伯母さんでごめんよぉ…口は災いの元だね…ははは…」


 頭を抱えながら、ぼそぼそとそう呟くと、ドラゴンが困ったような口調で話しかけてきた。


≪もうよいか、娘よ≫


「あっ、はい。せっかくで嬉しいけど、わたし娘じゃないです。もう三十五才の熟女です」


 あははと力無く笑う。するとドラゴンが続けた。


≪ふむ。人間の年齢など我から見れば、幾つであっても赤子と変わらぬものではあるが…。確かに此の世界でも、人間の女の三十五才となると、子供はおろか孫がいてもおかしくない年頃ではあるな。年寄りと呼んでもあながち間違ってはいまい≫


 年寄り呼ばわりされちゃったよ。しかも思いっきりクソ真面目に。

 と言うか、三十五才で孫がいておかしくないって事は、それだけ結婚年齢が早いってことだ。江戸時代以前の日本みたいな感じなんだろうか。


≪だが、お前の魂を呼び寄せ、入れたその器は、此の世界でだいたい人間が一人前と見なされる程度の年齢に作ってある。そうだな、せいぜい十三才といったところか≫


 わたしの疑問にドラゴンが親切に答えてくれた。

 なんとなく自分の身体の印象が違ってた理由が分かった。そもそも三十五年間慣れ親しんだわたしの身体ではなかったのだ。

 改めて見れば、肌もすべすべでピチピチ──な気がする。ちょっと嬉しいかも。

 十三才程度の年齢らしく、胸の膨らみも控えめだ。それなのに自分の身体じゃないと気付かなかったのは何でだって? ええい、聞くんじゃない。


 ともあれ、やはりかなり早い年齢から一人前と見なされるらしい。結婚も出産も若いうちにするのが当たり前の世界なんだろう。

 ──そうだ、肝心な事を聞くのを忘れてた。


「そもそも『此の世界』ってなんですか?」


≪此の世界は、此の世界だ。それ以上でも以下でもない。お前の元居た世界とは、近いとも、遠いとも言える──。世界と世界とは、そういうものだ≫


 はぁ、と曖昧に頷く。分かったような分からないような。


≪此の地は世界に五つ存在する大陸の一つ、エメルカ大陸と呼ばれている。更なる情報については、我の知識をお前に受け継がせよう。それで少なくとも此の世界で生きるに不自由はすまい≫

 

「それは、ご親切に…ありがとうございます」


≪礼には及ばぬ。数万年にも及ぶ我の知識も、竜であるが故に、人間の営みについては、外から見た程度の知識でしかないのでな。あまり過大な期待はせぬよう、実際には自分の目で確かめるのが一番良い≫


「重ね重ね、ご親切な忠告ありがとうございます。──お話を伺っていますと、わたしはどうやら、此の世界──元の世界の言葉では、異世界──で、これから生きていかなければいけないようですが」


≪その通り。お前には頼みたいことがある──。是非とも我が頼みを聞き入れ、この世界にて生きて行って欲しいと思う。人間の娘よ≫ 


「頼み…? こんな強そうなドラゴンさんが、わたしなんかに?」


≪うむ。それがお前を呼び寄せた理由でもある──≫


 ドラゴンはわたしをじっと見つめた。



お読み頂きありがとうございます_(_ _)_

続きは近いうち投下します。

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