第2話 魔法宇宙戦艦プレアデス発進
サトシたちが突如空間に生まれた穴に引きずり込まれてから一夜が明けた。
ネット上は昨夜の超常現象に関する話題でいっぱいだ。目撃者もおり、画像や動画もアップされている。
ニュースサイトではすでにサトシたちの会社名、個人名まで特定されている。
web掲示板も昨夜の話題で持ちきりで、早速サトシたちの個人情報の深堀りや、事象の分析ごっこが行われていた。
◇
石造りの道。上を見上げると、家々の間に張り巡らされたロープには洗濯物がかけられている。
町行く人々の服装はイソップの寓話から飛び出してきたようだ。その中には時折耳の長い人や獣の顔をした人も混じる。
馬車に揺られながら、サトシは懐かしい風景を眺めていた。
馬車は転送着地点にあらかじめ用意されていたもので、車体側面には赤い月の紋章が入っている。赤い月とは、この世界を現在統治している国で、王政による文明だ。
通常、紋章は国家的儀礼の際にしか使用しない。つまり、今回の拉致は国をあげての拉致だということだ。
「戻ったら俺ら多分有名人っね!」
吉川が嬉しそうに言う。
「吉川あのなぁ……」
西野は吉川のはしゃぐ様にうんざりしている。
「チームまるごとさらわれたんだぞ、案件どうなるんだよ。有名人にはなれるかもしれないけど社長はキレるぞ」
確かに西野の言う通りだ。
不慮の事故とはいえ、案件の遂行が不可能になった今、仕掛中のプロジェクトは失注するだろう。戻ったらその責任を問われてサトシは解雇になるかもしれない。
しかし、サトシにはそんなことよりも大きな懸念があった。
「そもそも元の世界に帰ることはできるのか?」
その問いにはアルデが答える。
アルデは肩までの赤い髪を持つ小柄な少女だ。
笑ったような形の目をしていて、いかにも悪戯そうな表情をしている。
「結論から言うと、無理じゃ」
「無理か……」
サトシはやっぱりと思った。
「可能性は0ではない。今回、儂が転送できたようにな。ただし次にフィールドが形成できるのは20年後じゃ」
問題はもう一つ。
新旧の交際相手が同じ空間にいる。
サトシの右側にはアルデ、左側にはユカが座っている。
文字通り板挟みだ。
「アルデ、この子はユカ。俺の部下」
「ユカ、この子はアルデ、俺の元同僚」
サトシは互いを紹介した。極めて事務的に。
こういった場合、どちらに肩入れするか決めてしまえば楽になれるのだが、サトシにそれだけの余裕はなかった。
その結果、三人の間に沈黙が流れた。サトシはしまったと思ったが、どうしょうもない。
馬車は王城の前に止まった。
「お待ちしていました、サトシ様」
全身真っ赤な軍服を着た女性がサトシたちを迎えた。
この世界は四つの星で構成されている。
資源豊かな惑星ヌージィガ。サトシたちが今いる星だ。
その衛星であり、文明を支配している軍事国家赤い月。
同じく衛星で古代魔法の残る古都青い月。
衛星の中では最も開拓が遅れている白い月。
現在、各星は赤い月の支配下にある。
赤い軍服は赤い月で生まれた士官のみが着用できものだ。
「私が通信をしたアイラです。
この度、ソウコウ様の依頼に基づき貴方を呼びました」
アイラは明瞭な声で話す。
黒い髪に大きな茶色い瞳。背は170センチくらいだろうか。
利発なイメージの女性だ。
「ご苦労様。
んで、俺は今回何をすればいいんだ?」
「今回なんて寂しいこと言うなよ、サトシ」
アイラの後方から青年が歩いてきた。勇者ソウコウだ。
白人とも日本人ともとれる顔立ち、185センチくらいの凛々しい男性だ。
「お前のお陰で俺たちの世界は大きく変わったんだ。魔法を技術として整理してくれたお陰で今じゃぁ宇宙も手が届く。俺たちはさらに先に行きたい。そのためにお前の知恵が必要なんだ」
ソウコウは目を輝かせながらサトシの手を握った。
「してソウコウ様、サトシ様以外の者の処遇は如何しますか」
アイラが物騒なことを聞く。この場合の処遇とは、生かすか殺すかを意味していると思われた。
「国賓として扱ってくれ、多分サトシの友達だ」
ソウコウは慣れた風に指示を出した。
「悪いなサトシ、こいつ空気読めないからさ、悪気はないんだよ」
「承知しました。では皆様作戦室にご案内します」
そう言うとアイラは胸元から護符を取り出し地面に張り付けた。
「転送開始」
次の瞬間、全員の体が光に包まれ、その光は天に伸びた。光は天を突き、上空に浮かぶ真っ赤な三日月型の建造物に吸い込まれる。
「……到着しました」
サトシたちが見渡すとそこは円形の部屋だった。壁の材質は金属とも陶器とも言えない。中央には大きなガラスの容器があり、中には裸の女性が立っている。女性は背を向けているため、顔を確認する事は出来ないが、豊満な体の持ち主であることは後ろ姿だけでもよくわかる。
「ここは……?」
サトシが聞く。そこはサトシの認識しているこの世界の建造物とは全く異なるものだった。
ガラス容器の中の女性が振り返る。
透き通るような白い肌、赤い瞳の持ち主。
整った顔立ち、サトシはその女性を知っている。
「「おおおおおおおおおおお」」
西野と吉川が歓喜の声を上げた。
「……サーシャ」
サトシはガラスの容器に触れた。
「こんなところで何をしてるんだ?」
「……サトシ様、お久しぶりです。
私はこの艦の操作を仰せつかっております」
「艦……?」
「片山さん、この美人さんも知り合いなんですか?」
吉川が興奮して尋ねる。
「まぁな、彼女も元同僚だよ」
サトシはそっけなく答えた。
「……同僚ですか」
サーシャは少しさみしそうに微笑んだ。
「ところで、『艦』ってのは……」
「儂とサトシの努力の結晶、惑星間移動艦じゃよ」
アルデが誇らしげに言う。
「動力源は無限の魔力を持つベリアルが担当、動体制御には魔力コントロールの良いサーシャを起用したのじゃ。魔力と機械の力で飛ぶ、新時代の翼『プレアデス』じゃよ」
「そう、そして俺たちは
これから他文明との外交のために空を飛ぶ!」
ソウコウがよく通る声で宣言した。
「サトシ、お前を副長に任命する」
「……わかったよ、あんたの言うとおりにしよう」
サトシは快諾した。
「サトシさん、私状況がよく呑み込めないんですけど
なぜサトシさんはこの状況に適応できるんですか?」
ユカが不安そうに尋ねた。
「大丈夫、俺も最初そうだった。
ユカもすぐに慣れるさ」
「よし、サーシャ! 発進だ!」
「承知しました」
プレアデスは大きな音を立てながら空に浮かび、
上空高くに舞い上がった。