第31話 第8エリア宙域争奪戦(4)
吉川が敵の司令官アルゴンに倒された。
今の時点で吉川の生死は不明だが、コックピットの破損状況から見ると生存は絶望的だろう。
西野の心は醒めていた。何の感情も湧いてこない。ただ目の前で起きた出来事を認知し、次の行動を判断して実行に移す。
敵に向けて爆発魔法を実行。
敵が防御魔法で防御したところを高熱剣で追撃。
地面に転がっている吉川のコックピットと敵の間に自分の機体をねじ込みつつ、さらに近距離から広範囲速射火炎魔法を実行。
判断は正しかった。
敵を吉川から引き剥がすことができた。
しかし、敵を倒すには至らない。今の西野の能力ではそれが限界であることは分かっていたし、想定の範囲内だった。
事態は改善しない。
「ユカさん! 指示を!」
ウサがユカに指示を仰ぐが、ユカは混乱していた。
目の前で部下が死んでしまった事への焦り、恐怖がユカを支配していたのだ。
ウサはユカの任務継続は不可と判断、独断で艦の指揮を執ることにした。
「ウサです! ユカ艦長代理任務継続不可につき、これよりプレアデスの指揮は私が執ります」
ウサは各部隊に指示を出す。
「プレアデスに敵襲! 上陸部隊は急ぎ帰艦してください!
マァルさん、アイラさんと西野さんは敵に対応。
魔道士部隊は生存者の捜索及び回復を実施してください。」
「ウサ! 敵の数は!?」
サトシが確認する。
「一人……一人です!」
◇
プレアデスからの帰艦要請を受けてサトシの頭はフル回転した。
一人の敵で帰艦要請があったということは、かなりの強敵が現れたに違いない。しかし、現在当たっている戦局についても退くことはできない。ソウコウ、ベリアル、サーシャの3人が抜ければ戦局は瓦解すると想定される。
「向こうに割ける人数は2人が限界だ。ここは俺とアルデが艦に戻る!」
「分かったサトシ、頼んだぜ」
サトシたちは後退すると強化外骨格をバイク形態に戻し、プレアデスへと移動を開始した。
「間に合ってくれ……!」
◇
そろそろプレアデスが視界に入る。
サトシの心を不安が支配する。
戦いの中にあれば不安を感じることは無い。移動のような「考える余地のある状況」が不安を生む。
サトシの目にプレアデスの着陸した地点あたりから立ち上る煙が見えた。不安は強い不快感に変わる。
近寄るにつれ多くの情報が五感を通じて入り込んでくる。
肉の焼ける匂い、錆びた鉄の匂い、吐瀉物、便の匂い、赤黒く染まる大地、生ぬるい風、肌に張り付くような湿度、焼けた体が崩れ落ちる音……。
それらは死を意味する情報だ。
サトシとアルデは今、死体の只中にいる。
プレアデスの前で戦うマァルと敵の女幹部。
「副長! ウサです! 奴は『アルゴン』、カテゴリ1の強敵です」
ウサが敵の概要を報告する。
「分かった」サトシは一言そう言うと、知り得た情報をマァルに伝えた。
「敵はこちらの動きを予測しているようだ。気をつけろ」
「そんなことはとっくに気づいておるわ」
マァルは「何をいまさら」と言った風にサトシの言葉を聞き流す。
「フフフ、私たちの予測能力に気付いた?
でも私はそれだけじゃぁない
さらに、『魔法』も使うのだよ、私は」
不敵に笑うアルゴン。
「この装置は『魔法石』というらしいな。素晴らしいものだよ、これは。
魔法を使い、動きを読み、超人的な力を持っている。こんな私を君たちはどう倒すのかな?」
アルゴンの腕に装着された魔法石。それを見た瞬間にサトシは勝ちを予感した。
「マァル、取りあえず、魔法石は俺とアルデが何とかする。あんたは隙を見て奴を斬ってくれ」
「ほほぅ、『何とかする』か……、やれるものならやってるがいい。
その前に貴様が先に死ぬだろうがな! 火炎魔法!」
敵が魔法石を発動させようとしたその瞬間、サトシはアルデに呼びかける。
「アルデ! ルート奪取だ!」
「承知!」
サトシとアルデが同時に異なる言葉を発した。
「「こんにちは世界!」」
アルゴンの意に反して火炎魔法はアルゴン自身を襲った。それも通常の火炎魔法の何倍も強力な威力で。
「何!?」
炎に包まれるアルゴン。
その隙を突いたマァルが両袈裟斬りを見舞い、敵は両腕を失う。
「魔法石にはな、『バックドア』が仕掛けてあるんだよ」
「『バックドア』……だと?」
「『バックドア』つまり、裏口。開発者である俺とアルデだけが侵入できる命令系だ」
アルゴンはかろうじて立っているが、胴全体で息をしている。
「つまり、魔法石を持って俺たちに対峙した時点でお前の負けは決まってたんだよ」
◇
その後、ソウコウ達も敵兵を壊滅させ、第8エリア宙域はフェルミ通商条約機構の支配下となった。
今、サトシたちは吉川を荼毘に付した後の灰の前に佇んでいる。
ユカは涙に目を腫らし、西野は拳を握りしめる。二人とも吉川の死に責任を感じるとともに自分の無力さを悔いていた。
「なんで吉川を燃やしたんだ?」
ソウコウがサトシに尋ねる。
「俺たちの国ではこうやって死者を弔うんだ」
そう言いながらサトシは灰から吉川の骨を一掴みし、ジャケットの内ポケットにねじ込んだ。
「サトシは何も思わないの? おかしいよ……」
ユカが腫れた瞳でサトシを睨む。
「悔しいし悲しいよ。でもそれに溺れると死んでしまうからね」
サトシはユカに、そして自分に言い聞かせるように言った。
吉川が死んだその夜――。
「吉川……いつか俺が生き返らせてやる」
西野は人体組成の魔法開発を始めた。




