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第1話 夢が現実に

 サトシは薄暗くなってきた荒野をバイクで走る。

 出で立ちはビジネススーツにメガネと、この状況には不釣り合いだ。



 視線の先には、赤い月を背景に降り注ぐ大量の隕石。その落下地点では無数の人影が蠢く。



 同じく並走する2つの影。

 一人は赤毛で小柄な少女アルデ。

 もう一人はサーシャ。長い金髪と赤い瞳を持つ女性だ。


 サトシはアルデとサーシャに目配せし、手元のスイッチを起動する。バイクはたちまちサトシらの体を包む強化骨格となった。


「行くぞっ! アルデ! サーシャ!」


「了解じゃ!」

「承知しました!」


 襲い掛かる鎧の兵団を斬り捨てる3人。

 おびただしい返り血が全身を真っ赤に染め上げる。



◆◆



「ふぅー」

 片山サトシはオフィスのベランダで煙草を吹かした。


 午前2時、仕事がひと段落したところだ。この時間になると電車はもう動いてはいない。


「今日も泊まりか」


 タクシーを拾えば帰ることはできるが、零細企業にタクシー手当は下りないのだ。



 片山は零細のIT会社「グローバルシステムズ株式会社」に勤める29歳のサラリーマンだ。職位はマネージャーだが、プロジェクトが炎上しているときは今日のように自らプログラミングもする。


 プロジェクトルーム――と呼んでいるマンションの一室には片山以外に3名がいた。


 チーフエンジニアで22歳の平田ユカ。

 ブラウスにタイトなスカートと隙のない服装をしている。

 見た目は新卒のようだが敏腕エンジニアだ。


 入社2年目大卒の西野ダイスケ

 ガッシリした体つきだか、内気なところのある男だ。


 同じく入社2年目で高卒の吉川トオル

 いかにも今時の若者と言った風体で背は少し低い。



 なお、未成年である吉川は深夜残業を禁止されているが、零細企業に法令遵守の精神などあるはずもなかった。


 この部屋はクライアントへの物理的距離を縮めるために、クライアント社屋の近くに借りた物件だ。

 シャワーがあることが泊まりの時はありがたい。

 本社の社屋にはシャワーがないので、泊まりの翌朝はベタベタの体で仕事をしないとならない。


「ちょっとキヨスミ行ってくるけど」


 片山はメンバーに告げた。

 この辺りはビジネス街なので深夜営業のスーパーもある。

 片山はこの現場が気に入っている。


「私もいきますー」


 ユカが立ち上がる。

 すると西野と吉川も「俺もいきます」と、立ち上がった。

 分かりやすい男たちだ。


「二人になれなかったね」


 ユカがすれ違い様に囁く。

 片山とユカはこのプロジェクトの少し前から会社に秘密で交際していた。



 スーパーキヨスミの弁当はご飯が盛り放題でチーム内では人気のスポットだ。

 プライベートの時間が取れないような働き方をしていると、どうしても楽しみは食べることだけになってしまう。

 片山のチームも例に漏れず、キヨスミの弁当が唯一の娯楽になっていた。



「おい西野、お前先月何時間残業したんだよ?」

 吉川が得意気に聞く。

 グローバルシステムズでは年齢による上下はない。職位、入社歴の順で格付けされる。


「180時間だけど?」

 弁当にわかめご飯を盛りながら西野が答える。キヨスミは普通のご飯とわかめご飯を選べるのだ。


「勝った! 俺200時間んー!」

 吉川が勝ち誇る。それを片山は止めた。


「お前ら、法令守れな」


「「はーい」」


 吉川は見た目からして未成年だ。

 それだけでも物騒なのに、こういう人前で労基法違反を堂々と自慢されるのは片山にとってはリスク以外の何者でもない。


「サトシさん、野菜も食べないと」

 ユカが片山のかごにサラダを入れる。ユカのかごにはサラダうどんが入っている。



「ここは俺が出すわ」

「「「ごちそうになりまーす」」」

 片山はレジで全員分の弁当を会計する。

 それはプロジェクトを炎上させたことに対する片山なりの気遣いだった。



 遅い夕飯のあと、メンバーはシャワーを浴び、それぞれの寝床についた。

 寝床といっても、ソファーや折り畳めるエアマットだが、デスクに突っ伏すよりは体に優しい。



 片山のスマホがバイブした。

「こんな夜中にメール? 客か......?」


 顧客の担当者もまた泊まりで仕事しているのがこの業界だ。

 夜中のメールは別に珍しくはない。が、不吉な連絡であることは間違いない。

 夜中の連絡というのは大半が上流行程でのミスに伴う仕様の急な変更だからだ。

 仕様変更が入ればまた対応に工数がかかる。メンバーの体力にも限界がある。

 とはいえ、顧客の要望に対してNOを突きつけると、次の仕事はなくなってしまう。

 零細下請けの厳しい現実だ。







 片山は暗い気持ちでそのメールを開いた。案の定、メールはクライアントからの仕様変更依頼だった。

 電話帳を開き、クライアント担当者の名前を探す。


 その瞬間、片山の頭の中に声が響く。


「サトシ!!」


 聞き覚えのある声。片山はその声の主を知っている。


 片山は四年前、原因不明の意識障害で一年間の寝たきり状態にあり、その間に彼は長い夢を見た。

 「ヌージィガ」という星で「赤い月」という敵国と戦う夢だ。

 夢というにはあまりにもリアルで、片山は意識が戻ったあとも暫くは現実と夢の区別がつかなくなる後遺症に悩まされていた。


「また、この幻聴か……」


 片山は左手でこめかみを押さえる。


「サトシ、やっと見つけたぜ」


 声は近づいてくるようだ。

 夢の中で何度も現れた青年、勇者ソウコウの声だ。

 類いまれなる勇気と身体能力、ヒキの強さをもった青年である。


「ソウコウか?」


 片山は虚空に向かって話かける。


「サトシ!お前が必要なんだ」


「……すまない、俺はもうそっちには行けない。今の生活があるんだ」


 ガラッ


 ベランダの掃出し窓が開く。

 振り返るとユカが心配そうな顔で立っていた。


「……サトシ、どうしたの?

 クライアントからの電話じゃないみたいだけど……」


「ヘッドハンティングじゃないですかね」


 吉川が横になったまま吐き捨てるように言った。

 どうやら起きて電話を盗み聞きしていたようだ。

 

「喫煙室で他の出入り業者と仲良くしてたし。

 そうなんでしょ?」


 吉川の的外れな指摘。

 しかし片山はこの状況を説明できなかった。

 何も言わない片山に吉川の疑念はさらに深まる。


 ……異世界が存在しました。なんて言ったら俺は変人だな……


「行けばいいじゃないですか。

 ユカさんも俺たちも捨てて」


 吉川は完全に自分の言葉に酔っている。

 というか、片山にはユカと自分が交際していることがばれていたことが一番の驚きだった。


 声が大きかったのか、西野も起きてきた。


「吉川、うるさい。

 どうしたんです? 皆ベランダで何してるんです?」


 半分寝ぼけ状態の西野もベランダに出てきた。

 胸ポケットから煙草を取り出し火をつける。


「ううん、別になんでもないから。

 西野は寝てていいよ。

 吉川も変なことを言わない」


 場をとりなそうとするユカの姿を見て、片山はユカの成長を感じた。


 その時。

 夜中だと言うのにベランダの先の空中1メートルくらいの空間が大きな音を立て始めた。


「うるせぇ! なんだ!? ……って熱っ!!!」

 西野が驚いて咥えた煙草を自分の足に落とした。


 なお空間は轟音を立てる。雷のような音だ。

 近所の住人が窓を開け、こちらを見ている。


 片山はこの状況に気まずさを焦りを覚えたが、どうすることもできない。


 音がやんだ。

 そしてメンバーは目の前の空間に起きた出来事に目を見張った。



 何もない空間に人が入れるくらいの穴が開いている。

 そしてその穴に人の顔がのぞいている。


「「うわぁぁぁぁぁあぁ」」

 西野と吉川が仲良く驚いた。

 ユカは絶句している。

 片山……いや、サトシはそれを見てはにかんだ。


「やぁ、……アルデ」


「……サトシ……久しいの……」


 アルデ――、サトシが異世界で交際していた恋人だ。

 アルデはサトシが最後に見た時よりも大人になっていた。

 なお、ユカはその存在を知らない。


「サトシ、時間がない。

 この転送フィールドは不安定なのでな。

 早くこっちに来るんじゃ」


「え……でも俺には今の生活が……」


 近所の人たちがこちらに向けてカメラを向けている。そりゃそうだろう。超常現象が目の前で起きているんだから。

 サトシはどうしたらよいのか分からなかった。

 まごついているうちに穴の中から巨大な金属の手が伸びてきて、サトシの体をつかんだ。


「行くぞ、サトシ」


「待って!!!」

 その金属の手にユカがしがみつく。


「「危ない! ユカさん!」」

 ユカの足と腰に西野と吉川がしがみつく。


 さながら昔話の「大きなカブ」のような状態だ。


 しかし巨大な金属の手は、そんな4人をまとめて穴の中に引きずり込んだ。



 そして穴は消えた。

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