第25話 サーシャの想い
プレアデスにパシィ人が乗船した。
彼女たち(パシィ人は人口の大半が女性だ)は「マインドトランス」と言う意識共有を身に付けている。
今回のパシィ人は通信士官としての着任だ。
フェルミ通商条約機構はパシィに対し、宇宙開発に関する技術供与と資源提供を約束し、彼女たちを陣営に取り込んだ。
◇
「初めまして! ユウナだよ!」
「よ……よろしくお願いいたします」
アイラは新入りの軽さに面食らった。
仕方がない。
パシィ人は「マインドトランス」によりお互いの意識を共有できる。それゆえに他の文明で見られるような堅苦しい社交辞令などは意味をなさないのだ。よって、パシィには敬語という概念も存在しない。
「やぁユウナ。俺は艦長のソウコウだ。これからはここを我が家だと思って暮らしてくれて良いぜ」
「ありがとう!」
屈託のない笑顔で微笑むユウナだった。
◇
プレアデスの正面には今、敵の大艦隊がいる。
フェルミの各艦にはプレアデス同様にパシィ人の通信士官が配属された。
今回は勢力の境界付近を哨戒中だった他の船からの敵軍発見の報を受けた出撃だ。
「ふぁぁ! あれはカテゴリ2のゲルマニの部隊ですよ!」
艦隊を指揮する旗艦の紋章を見てウサが興奮する。今までの戦闘を目の前で見てきて、敵に対しての恐怖が麻痺しているようだ。
「敵が密集してるな。サーシャ、ギガフレアだ」
ソウコウはサーシャに新兵器の使用を指示した。
新兵器ギガフレアは未だ使用したことのないプレアデスの主砲だ。
「しかしソウコウ様、まだギガフレアは使用実績が……」
サーシャは不安に思ったのか、新兵器の使用に躊躇した。
「だから、ここで試すのさ」
「承知いたしました。では……」
サーシャは目を閉じ、精神を前方空間に集中させ、膨大な魔力を熱に置換してゆく。
プレアデスの前方空間が熱で歪む。
「いきます!」
目を見開き、呪文を唱える。
「超極大火炎魔法!!!」
次の瞬間、プレアデスの前方に数百万度の巨大な炎の帯が生まれ、新体操のリボンのように宇宙空間を暴れまわる。
敵艦は次々と炎に飲まれ爆発四散する。
逃げようとする敵すら炎は襲い、宙域からジェミ軍事同盟の艦は消滅した。
「やりましたよ! カテゴリ2をやっつけましたね!」
一瞬の出来事だった。
ウサは大興奮だ。
「見たか! これがギガフレアじゃ!」
開発したアルデも会心の出来だと興奮している。
「よしっ! よくやってくれたサーシャ!
もういいぞサーシャ。
……サーシャ?」
ソウコウの停止指示があったにも関わらず、炎の帯はおさまることを知らず暴れ続ける。もはやプレアデスは小規模な恒星のごとき熱を放っていた。
「サーシャ! やめろ! サーシャ!」
ソウコウはサーシャを制止する。しかし、虚ろな目をしたサーシャにはソウコウの声が届いていない。
「サーシャがおかしい! ベリアルっ! 魔力の放出を止めるんだ!」
「んぁ!? わかった」
ベリアルが魔力の放出を止める。
サーシャは糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
◇
サーシャ不在の今、ベリアルの強大すぎる魔力を制御できる魔導士はいない。プレアデスは実質的に航行不能に陥ってしまった。
慣性に任せて宇宙を漂うプレアデス。この状況で敵に遭遇すれば全滅は必至だ。
回復系魔法を専門とする魔導士たちは懸命にサーシャを看護する。
◇
サーシャは回復した。
正確にはサーシャの「肉体」は回復したが、意識は混濁している。
治療にあたった魔導士長は、強大な魔力を解放する際に、意識が汚染されたものと考えられるとの見解を示した。
「サーシャの意識が戻らなかったらプレアデスは大きな棺桶と一緒だ。この状況を解決せねばならない」
ソウコウは深刻な顔をして乗員を見渡す。
ユウナが手を挙げた。
「じゃぁ私がマインドトランスでサーシャの心に入ってみるよ」
「そんなこと出来るなら、是非頼む」
ソウコウも了承した。
◇
「じゃぁ行ってくるね!」
ユウナはマインドトランスを使用し、サーシャの意識に飛び込んだ。
荒野のど真ん中にユウナは立っている。
時間は夕方だろうか、薄暗い。
上空には燃えるように赤い月が浮かび、流れ星が雨のように降っている。
「あ、いた!」
ユウナはサーシャの後ろ姿を見つけ、小走りで駆け寄る。
「あれ??」
サーシャの前に回り込み、顔を覗くユウナ。
端正な顔があるはずのその場所には目玉だけがギョロついていて口がない。
「どうしたの? 口がないよ? それじゃ何も話せないよ」
その時、ユウナは背後に気配を感じ振り返った。
全身を鉄の鎧で覆った人物が佇んでいる。
サーシャはその人物を見つめていた。
「この人の事を想ってるんだ。でも、何も言えないんだね」
ユウナは鉄の戦士をまじまじと見つめた。
「……なるほどね。わかった。連れてくる」
◇
ユウナはマインドトランスから戻り、サトシに向かった。
「サトシ。ついてきて。サーシャはサトシの言うことしか聞かないと思うんだ」
「え? 俺?」
サトシは困惑したが、この状況は何とかしないといけないので、ユウナと一緒にサーシャの意識に入ることにした。
「わかった。じゃぁ行ってくる」
サトシはそう言うとユウナに連れられて意識の海に飛び込んだ。
意識を失い倒れるサトシをユカとアルデが支える。
「アルデさん、これって……」
「まったく、あの男は……たまらんのぅ」
◇
再びユウナは赤い荒野に立っている。
今度はサトシも一緒だ。
サーシャと鉄の戦士が立っている。
「サトシ。あれはあなたね?」
サトシは鉄の戦士を観察した。
不意に記憶が甦る。
血のように赤い月。
無数の流れ星。
激しい戦い。
サーシャと二人での作戦。
二人きりの夜。
その夜の出来事。
そうだ、俺はあの日無理矢理サーシャを……
「あぁ……思い出したよサーシャ……」
サトシはサーシャに頭を下げる。
「すまなかった、サーシャ」
サーシャの顔が普段の顔に戻っていく。
「サトシ様……こんな時も嘘をついてくれないんですね」
サーシャは悲しそうに微笑む。
その頬には涙が止めどなく流れている。
「サーシャはサトシのことが好きなんだよ」
ユウナがはっきりと言ってしまう。
「えっ?」
サトシは困惑した。サーシャが自分の事を恨んでいるだろうと思ったからだ。
「あの日、サトシ様はアルデの事を考えながら私を抱いたでしょう? 私はそれが悲しかった…… 私の事を考えてほしかった……」
「サーシャ……」
「サーシャ抱いてほしいんだって。ちゃんと」
サトシはサーシャを抱いた。
今度は他の誰のことも考えず、サーシャだけの事を考えて抱いた。
サーシャは泣いた。
◇
サトシとユウナがマインドトランスから戻った。
サーシャの目も輝きを取り戻す。
「……皆様……、私……」
サーシャは不思議そうな顔をしている。
「サーシャ、病み上がりで悪いんだが、近場の基地に行ってくれ。そこで少し休むことにしよう」
「はい、ソウコウ様。承知いたしました」
サーシャは再び立ち上がる。
魔王の炉から膨大な魔力がサーシャに流れる。
「よし、発進だ」
プレアデスは直近の基地へ進路を向けた。




