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蠱惑的

 蠱惑的な、私の息子。


 最初、私はフィルのことを天使だと思っていた。

 いや、今もそれは変わらない、だけれどもフィルはそう……たまに悪魔のような、堕落を誘うことをする。



「ねぇ、母さん」

 ほら、また……――



 悪魔の誘惑、そう言っても過言ではないこのフィルにおねだり。絡みつくような抱擁に加えて、滅多にしないフィルのおねだりは不思議と逆らえない、拒否出来ないのだ。



「街に、行きたい?」


「うん、駄目?」


 駄目だと、叫びたい一心、引きずり込まれそうなほどに綺麗な、翡翠の瞳がジッと私を繋ぎとめる。

 息が止まってしまう、逆らえないのだ。頷いて、従って、抱きしめてあげたい、無数の誘惑がジリジリと私を掴んでくる。



「心配してるの? 僕が街に行ったら母さんのことをおざなりにしちゃうんじゃないかって」


「ぁ……っ」

 心すらも読まれたかのように簡単に思っていることを的中させて来るフィル。心の底から思っているのだ、フィルを街に連れて行けば、一瞬でこの村のようになるだろう。

 居住を街に変える? そんなのは簡単だ、フィルを連れて町中を練り歩き、引っ越しの用意を役所に届け出ればいい。

 相手が女性なら更に簡単だろう、身も心も魅了されてしまうような、天使のようなフィルが同じ場所に住むと考えただけで普通なら悪い返事は間違いなく、確実に来ない。


 お金がなくても周りの女性が出費してくれるだろう、絶対にだ。


 けれど――



「大丈夫だよ、母さんに一杯構ってあげるから、ね?」


 嘘だ。嘘を吐いている。


 その罵倒はフィルに投げかけられることはない、フィルが傷つくのを見たくはない。

 その分、私の心は掻き毟られるように苦しい。



 いっぱい構う、子が親に言う言葉としてはあり得ないその言葉は私にとって甘美なものだ。


 きっとフィルに羞恥と言う気持ちが根付いてからだろう、一緒に寝なくなったのは。

 一緒に井戸を汲みに行かないのも、水浴びをしないのも、おはようやおやすみのキスもしないのも、全部全部だ。



 力が抜けていく、座り込んでしまう私を妖しい瞳で射貫くフィルは薄らと笑っているようにも見える。


 恥ずかしい、この隙だらけな姿は元の夫や、両親にも見せたことはない。

 いつも一線を引いていたはずなのに……フィルはその線をぐちゃぐちゃにし、その上で縛り付けてくるのだ。



 長くいればいるほど分かる、もうフィルから逃れられないのだ。


「……本当?」

 毒を食らわば皿まで、そういう言葉を聞いたことがある。


 もう逃れられないのだ、堕ちるところまで堕ちても……問題ない。



「母さん、僕が嘘を吐いたこと……ある?」


 一度たりとも無かった、だからこそ怖い。

 フィルに捨てられることも、フィルに信じてもらえなくなるのも――だから逆らえない、そして深い穴に嵌っていく。



「そう、だから……お願い、ね?」

 私は頷くしかなかった。



 けれど、フィルは優しい。そんな私にも構ってくれるのだから、私は、私は――


 フィルの手を握ると嬉しそうに握り返してくれた、それがもう溜まらなく愛おしい。



「一緒に夜、寝ましょう?」


 恥ずかしい、どっちが子供か分からない。顔が真っ赤になっていくのが分かってもっと恥ずかしくなる。


「うん、全然いいよ!」



 受け入れてくれた、その事実が嬉しい。

 ともすれば私の胸に詰まっていた感情が、想いが、溢れんばかりに口から零れていくのだ。



「えっと――えっと――」

 子供のようなことをしてしまった私を見て笑うフィル、恥ずかしいのに、それでも止まらない言葉。



 もしかすると、フィルはこの為にわざと一緒に寝てくれなかったのかもしれない。

 でも、なんでも良かった。この今の幸せに浸れればもう、なんでも良かった。








 すんなりと、街への引っ越しは完了した。

 リーフはフィルがいればどこにでも付いてくる、今回の引っ越しに関しても文句は無いらしい。



 フィルはニコニコと笑みを浮かべて街を歩き回っていた、恐ろしい数の女性に食い入るように見られていたがそれは村とあまり変わらない、違う点は人が増えただけ。


 フィルのことを攫おうと考える輩もいるだろうけれどこの街は衛兵の女性率が高めだ、3人に1人は女性だと思う。


 でもきっとこれからもっと増えるだろう、フィルのことを守れると考える女性が絶えず出ることになる。

 もしかしたら貴族に見初められ――止そう。



 私はいやな事を頭から振り払い、フィルの方を向いた。



「どう? これで良いの?」


「うん! 無茶言ってごめんね?」


「良いのよ、貴方のお願いくらい叶えさせて、ね?」

 そういうと嬉しそうに笑顔を見せるフィル。蕩けてしまいそうなほどに愛らしい笑みを浮かべたフィルを抱きしめるとリーフがギュッと私の腕を掴んだ。



「私も、フィルとぎゅってしたい」


 ……良くも悪くも私の娘なのだと改めて感じた、したたかな態度である。

 結局フィルとの抱擁はリーフに取られてしまったが実はあまり怒っていない。



 フィルと一緒にいることさえ出来れば私の飢えにも似たフィルへの感情は少しは安らぐ、一緒にいればいるほどそう感じるのだろう。



 けれど――



 私は村にいた女性達に心の中で謝罪をした。


 ずっと一緒にいない彼女たちはもしかしたら冗談抜きで狂ってしまうような人も出てくるかもしれない、私はフィルを定期的に村に連れて帰ろうか、本気で悩んでいる。



 フィルは楽しそうに街を見て回っている。それを微笑ましそうに、いや少し血走った眼で見ている女性もいる。


 物理的に暴力を振るう女性はいないだろうけれど、フィルに少し教育する必要もあるだろう、私は引っ越しの作業を行いつつもこれからの事を、考えていた。

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