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生誕

 天使かと疑った。


 それは誇張や、比喩等ではなく、本心からそう思ったのだ。


 生まれてきた子供は、私の大事な子供は天使のように美しく、泣き声すらも心を溶かすような美しい愛らしい音色だった。

 我が子――フィルが成長していくのを見るのはとても嬉しくて、それでいて悲しい。


 隣の家のルマンさんが尋ねに来た、子供を産み弱っているのではないかと食べ物を持ってきてくれたのだった。


「シェル、どう? 元気にして――」


「ルナン? どうかしたの?」


 少し意地悪だったかもしれない、夫と私にはフィルに対しての思いに差があると理解していた。

 私はフィルが産まれてきたことに対して涙が止まらなかったが、夫はフィルが産まれたことよりも私の方が大事だと言っていた。フィルの価値に比べれば私の価値なんて大したことがないのにだ。


 一目見たら分かる、親友だったルマンは完全にフィルに見惚れている。

 ルマンは手に持っていたスープやパンの入った皿を近くに置き、恐る恐る私に、フィルに近づいてくる。


「その子……」


「分かるわ、可愛らしいわよねぇ」


 ゴクリと唾を飲みこんだルナンはフィルの頭に手を伸ばし、撫でていた。

 彼女は私より先に結婚し、子を産んでいる。その時にみた子供を撫でている時よりも慈しみに溢れているのが手や表情から伝わってくる。



「あー」


 フィルが嬉しそうにしわくちゃの笑みを浮かべ、ルナンの指を握りしめた時、ルナンはビクンと跳ねあがった。



「っ――!!!」

 初恋の彼でも見たような、そんな表情を浮かべると顔を真っ赤にして慌てて立ち上がると、扉の前まで帰っていく。



「ご、ごめんねシェル、私ちょっと頭冷やしてくる、それは食べてて良いから――っ!!!」

 走って行ってしまった、フィルを見ると笑みを浮かべてルマンが出て行った扉を眺めていた。この最上級の笑顔にやられたのだと思う。



 その日から少しずつ、私やこの村は変わっていくこととなった。


 フィルの様子を見に来る村の女性たちはみんな一様にフィルのことを可愛がっていたがどうも村の男達はあまり良い反応ではない。



 村の女性が毎日のように遊びに来て、フィルの様子を見に来る。

 楽しそうに笑っているフィルの顔を見てこちらまで笑顔になってしまうときもあればスヤスヤと寝ている顔を見て表情を綻ばせる者もいる。



「もしかして、フィル君は本当に神様の使いか……もしくは天使じゃないの?」

 ルマンがある日そう呟いた、私はフィルを胸に抱きながらその話を聞いていた。



「確かに、これだけ魅力溢れる子が普通の子には見えないねぇ……」


「教会に言って、見てもらえば良いんじゃない? この子は天使ですかって」


「ふふ、その問いは天使です、って帰ってくるに決まってるじゃない」

 私たちは笑い合う、フィルもそれに釣られたのか「あーあー」と言う声を上げて笑っている。


「それよりシェル、また……」


「ええ、夫が二人目、二人目ってうるさくて」



 夫が夜、体を求めてくる。娯楽のないこの村ではその手段の一つと言ってもいいかもしれないが正直な所、私はあまり乗り気ではない。

 それは夫としている時にフィルに何かあったら困るし、何より次に生まれた子供をフィルと同じく、もしくは同等以上に愛することの出来る自信がないからだ。


 胸で楽しそうに笑っているフィルを見ているともうそれだけで満足なのだ、私の中はほとんどがフィルで埋め尽くされていた。




 それから数年、娘が生まれた。フィルの妹だ、名前はなんでも良かったのだが夫は喜び勇んで名付けていたのを冷めた目で見ていた。

 私はこの子を抱くより、そばで寝ているフィルを抱きしめたかったのだ。


 この子の名前はリーフと名付けられた。夫が好きだった果実の名前だ。


 数日たったある日、フィルはリーフと遊んでいた。

 私は理解した、この子もフィルが理解できるのだと。



 どんなに泣きそうでもリーフはフィルが傍にいると絶対に泣かないのだ、笑みを浮かべてフィルに向かって手を伸ばし、構ってもらおうとしている。

 その気持ちが私には痛いほどわかった、リーフはフィルに手が届かないと泣き出した。



 私はそれをあやしながらフィルの行動を見ていた。

 リーフもそこそこ大事だが私の中では一番に優先されるものはフィルだった。


 フィルこそ私の世界を占めるもので、フィルが全てだったの。





 それから、村の男達はフィルを邪険にし始めていた。

 理由なんて分かりっこなかったが、よくある話だ。



 大方、妻や娘がフィルのことしか考えていないと言うことに対する不満……いや、傲慢な話だ。



 男達が理解出来ていないのは知っていたがここまで愚かだと思わなかった、私や村の女性達は呆れかえっていた。



「面倒なことはもう止しましょう、さっさと男達を処理してフィルに構ってあげましょう」


「ふふふっ、構ってもらう……の間違いじゃないの?」


「う、うるさいっ!!」


 私たちは笑い合った。男達は馬鹿だと思う、私たちはフィルのことになるとこんなに幸せで楽しいのに、男たちはフィルを嫌がり、差別し、寄せ付けようとしない。


 村の女性達は夜、武器を取った。


 それは(クワ)や鎌、木を切るための斧だったりバラバラだが、殺傷性のある物ばかりだ。


 私も手に包丁を持った。

 隣で寝ている夫に近寄って――私は包丁を突き刺した。



 包丁が肉を引き裂く音、夫はしばらく悶え苦しんでいたが私を見ると目を見開き、枯れ細ったような声で言った。



「な、シェル……なんで……」


「なんでって……フィルの邪魔になってる貴方が死ぬのは当たり前じゃない」


「あの……悪魔を――」



 骨の砕ける音、私は夫の頭部を素手で砕いていたらしい。


「フィル……あなたね、貴方が私たちをこんなに強くしてくれたのね……」

 私は血を拭うと、涎を垂らして眠る最愛の息子、フィルの頭を撫でてキスをした。




 その日、小さな村から男と言う男は殆ど消えた。

 残ったのは皆、女性ばかり。その中に胸に抱かれていた少年だけが唯一の男の子であった。


 一夜にして男達が消え去ったその村の謎の真相を解明しに来た国の騎士団たちだったが誰一人としてその謎に行き着いた者はいなかった。

 だが夫や、息子、父親が消え去ったと言うのに村の女性は誰一人として悲しそうな顔をしていなかった。



 そしてその村は恐ろしい早さで復興し、街との交易を再開し、男達がいた以上に発展を遂げていた。








「お母さん!」

 胸を掻きむしられるような痛み、見ているだけで苦しくなるほど愛らしいフィルは手に持った椀を片付けに来たのだろう。


 後ろに娘がいた事に今更ながら気づく、フィルのことを見ているとそれだけで一日が潰れてしまう。

 庇護欲が掻き立てられるその一つ一つの仕草を見ていると抱きしめてしまいたくなる、それはこの村に住む者なら誰もが思うことだろう。



「お兄ちゃん」


「リーフも、お母さんもおはようっ!」


 まるで天使のような笑み、何度見ても飽きそうにないその美しい笑みに私たちは自然と釣られ、笑みを浮かべていた。

 リーフも兄であるフィルに挨拶を返されて嬉しいのだろう、私譲りの綺麗な緑の瞳を爛々と輝かせながら笑顔を浮かべていた。



 幸せな日々だった。





魅力/チャーム

性別がメスである者に対して全てに対して作用する力。

状態異常に近いが、少し違う。

対象者の思考を完全に破壊、書き換えて対象者の好感度を上げる力。

無性、男性には作用しないが両性の場合には作用する可能性がある。


魂と脳に干渉する能力のため、肉体のリミッターなどが外れる。

魂も書き換えられるため肉体能力や思考能力なども強制的に上昇する。

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