勇者様のサポート係
ジャンル詐欺になっていたら申し訳ありません。
「勇者様のお帰りだ!」「今回も魔物を倒し、マッカラ領を救われたそうだ!」「勇者ラッセル様万歳!!」
茶色の髪を一つにまとめて結い上げ、黒いロングスカートのメイド姿をしたコリーンは、外の喧騒を眺めつつ、この部屋の主を迎える準備をする。程なくノックもなしに扉が開き、背が高く、体格のいい金髪の美青年が入ってくる。
「おかえりなさいませ。」
「ん。」
コリーンは深く頭を下げ、きれいなお辞儀をする。その彼女の隣を通り過ぎ、彼はソファにうつぶせに飛び込む。
「疲れた。もう嫌だ。」
これはずいぶんとお疲れの様子、とコリーンは用意しておいたお菓子とお茶の中から一番彼に合ったものを用意しようと動き出す。
「今回の魔物の討伐はそんなに大変だったのですか?勇者様。」
「その呼び方も話し方も、嫌だ。」
彼の拗ねた声にクスリと笑うと、コリーンは言い直した。
「魔物、強かったの?ラッセル。」
「全然。むしろ領で抱えてる兵で討伐できなきゃいけないレベル。」
むくっとラッセルは起き上がるとコリーンを手招きする。コリーンは作業の手を止めると、ソファに座り直したラッセルの近くまで行った。ラッセルはコリーンの腰あたりに抱き着く。コリーンはラッセルが本当に疲れてるんだなあと思い、いたわるように頭を撫でた。
「マッカラ領の兵は使えなかったの?」
「素人しかいなかった。」
「あら、マッカラ領ってそれなりに大きいところだから、軍があるんじゃなかったかしら?軍の維持費が予算に組み込まれるのを認められてるわよ。」
「そうなの?でもあの人たち、素人だったよ。だからやり易かった。」
「え?やり易かったの?」
「うん。下手なところ行くと、若造に指図されたくないとか言うんだよ。でもあの人たちはちゃんと俺らの言うこと聞いてくれたし。」
「じゃあ、なんでこんなに疲れてるの?」
そうコリーンが言うと、ラッセルはさらに強く抱き着き、額をコリーンにこすりつける。
「やな女がいた。気持ち悪いし、くっ付いてくるし。もうやだ。」
なるほどとコリーンは思った。ラッセルはこうやって彼女にベタベタとくっつき甘えてくるが、それはコリーンにだけ。あまり人が好きではなく、女性なんてもっと苦手な存在だ。相当な苦痛だったのだろう。
「我慢したのね、偉いわ、ラッセル。」
コリーンはなだめるようにギュッとラッセルの頭を抱きしめると、もう一度頭を撫でて、お茶の用意をするから、とラッセルから離れた。
**********
「入るよ。」
短いノックの後、返答を待たずに黒髪の、ラッセルとは違ったタイプの美形が部屋へ入ってくる。ラッセルは狼のようなイメージだが、彼はしなやかなヒョウを思わせる。彼はジークベルト、宰相の双子の子供のうちの片割れだ。ジークベルトは部屋に入ると勝手にラッセルの向かいに座った。
「・・・僕のセリフは一つ減ったね。」
「どうなさいました?ジークベルト様。」
「ラッセルが疲れているから、労わってやってくれとコリーンに言うつもりだったんだけど。」
そこで言葉を区切り、改めてラッセルとコリーンを見る。二人は仲良くソファに座り、コリーンは手ずからラッセルにレモンパイを食べさせていた。独り者のジークベルトには目に痛い光景であり、ため息をつきたくもなる。
「はぁ。僕が改めて頼むようなことじゃなかったね。」
「それが私の職務ですから。」
ニッコリとコリーンは微笑み、そしてまたラッセルに別のお菓子を食べさせる。一応コリーンはメイドの服を着ている。そして、ここには彼女よりも立場が上の宰相の息子がいるのだが、ラッセルの横から動く気配のかけらもない。
「コリーン、僕にお茶は?」
「ありませんよ。」
即答される。だが、カートの上にはいくつかの茶葉とポットが用意されているのだが。
「あれは?」
「全てラッセルのために用意したものですので、ジークベルト様にお出しするものはないのです。」
「いやいや、僕、君たちの主なんだけど。」
「私の仕事は『ラッセルの戦闘以外での全てのサポート』ですし、私の主はミラ様です。」
確かにラッセルの主は自分だが、コリーンの主はジークベルトの双子の妹のミラだ。コリーンの言うことは間違ってはいなかったが、若干納得できないまま、ジークベルトはもう一つの本題を口に出した。
「まあ、いいや。ラッセル、実は、その、今夜の晩餐会なんだけど・・・聞いてる?」
コリーンとジークベルトが話していた間も、ラッセルはコリーンに色々と食べさせてもらっていた。もちろん今も。
「ラッセル、ミルクティーよ。」
「ありがとう。」
食べるのをやめ、ミルクティーを飲んで落ち着くと、ラッセルは嫌そうに主のジ-クベルトの方を向く。
「嫌だ。」
「まだ続きを話してないだろう!?」
「だってあいつら、ついてきたって聞いた。」
そう言うと、もう話は終わったとばかりにコリーンの膝の上に頭をのせる。ご丁寧にジークベルトに背を向けて。
「ラッセル」
「ジークベルト様、ラッセルに無理を強いるのはやめてください。」
ジークベルトは口を開け、話し始めようとしたところをコリーンに遮られる。今度はコリーンの方を向き、話そうとすると、一言も反論させずに矢継ぎ早にコリーンは話す。
「ラッセルから、マッカラ領で嫌な女に絡まれたと聞きましたが、領主の娘あたりですか?そういった輩をラッセルに近づけないことを条件にラッセルは勇者役を引き受けたはずです。もしかして、ついてきたというのはその人ですか?それでしたら、晩餐会にラッセルは出席させられません。こんなに疲れてるんですもの。」
そう、ラッセルは『勇者』ではない、『勇者役』なのだ。
**********
話は数か月前にさかのぼる。この国は代々魔物と戦ってきた。その歴史では、勇者が現れるとき、勇者を必要としない時、様々だった。王が代替わりするときに、預言者からその王の時代の勇者の有無を告げられるのだが、長々と繰り返される魔物との戦い上、預言者でなくてもある程度予測はできるようになったいた。
現王の時代に勇者は現れないだろう
それが、皆の予測だった。勇者が現れるのは、魔物が恐ろしく強く、全く太刀打ちできない時か、魔王が現れてしまう時。自分たちは魔物を簡単にではないが、確実に倒せるし、魔物の被害も今のところ、人間に及ばない程度で済んでいる。だから、勇者は必要とされないと思っていたのだ。
しかし、彼らは自分たちの王の趣味を把握しきれていなかった。王は勇者フリークだったのだ。歴史書や架空の勇者の物語、そう言ったものを読み漁り、王は勇者が現れるのを心待ちにしていた。
「勇者よ、どうかこの国を救ってほしい。」
そのセリフを何千、何万回と練習するほどに。
そして、預言者の告知の日、王は預言者の待っている部屋へと足を踏み入れた。緊張と興奮で眠れなかった王は、自分の時代に勇者が現れることを疑っていなかった。
「勇者は現れ」
「そうか!!!勇者は現れるか!!!!!皆に急いで知らせねば!民たちよ、憂うことはない、案ずるな、勇者が現れるぞ!!!」
そう叫びながら、部屋を飛び出していってしまった。もちろん、預言者は『現れない』と言いたかったのだが。預言者と王だけで行われる告知は、当然他の者は同席していなかった。そのため、城の者たちも半信半疑ながら王の言葉を大々的に民に伝えたのだ。
宰相がこの時に王の近くにいたならば、部屋を飛び出してきた王の首の根を捕まえ、部屋に連れ戻し、投げ入れられたであろうが、生憎宰相は風邪をひいて寝込んでしまっていた。回復して城へ行くと、城では勇者が現れると、上を下への大騒ぎだった。
宰相はそんなはずはないと思い、預言者に面会をすると、王は預言者の言葉を全て聞く前に飛び出してしまったという。痛む頭を押さえながら城へ戻り、周りの様子を見渡して、もうすでに王の言葉を撤回できない事態になっているのがわかった。こうなればできることはただ一つ。勇者を作ること。
宰相の息子と娘は親から見てもちょっとした変わり者だった。自分の基準で判断した、自分の手元に置いておきたいと思う者、そう言った者たちを身分も出身地も関係なく、集め漁っているのだ。あまりに人数が多すぎて、双子の従者候補だけで一つの屋敷を使うまでになっていた。
もちろん、それを許可した親の宰相も変わり者なのだが、今回はその変わり者の親子の機転で王家が恥をかくこともなく、勇者役を仕立てられたのである。宰相は息子と娘に正直に理由を話し、二人の従者候補の中から、勇者役になり得そうな強い者を出してもらった。
ジークベルトはラッセルを、ミラはコリーンをそれぞれ一番強いものと推薦したが、魔物相手となると、ラッセルの方が強かったのだ。こうして、ラッセルは勇者役をすることになった。
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「ラッセルは『勇者』に群がる女たちを自分に近づかせないこと、それと、私を戦闘以外でのすべてのサポート係にすること。その条件が守られるのなら勇者として見世物になっていいと言ったんですよ。」
「ああ、それは、そうなんだが」
「言っておきますが、私は『勇者ラッセルの戦闘』以外のサポートですから、始末するくらいたやすいのですよ。」
「いや、それもわかっているが、しないでくれよ?」
そう、コリーンは魔物相手でなく、人を相手に、特に暗殺に特化した能力の持ち主なのだ。数分もしないうちにマッカラ領の領主の娘の命を取ってくるだろう。もちろん、それはミラの命令があることが前提だが、一応釘を刺したジークベルトだった。
コリーンはミラの言うことなら聞くので、ミラを連れてきた方がいいか、とジークベルトが考えていると、タイミングよくミラがラッセルの部屋に来た。
「コリーン、お兄様はここにいて?」
「はい。ジークベルト様はこちらにいらっしゃいます、ミラ様。」
コリーンがミラを迎え入れると、ジークベルトは早速ミラに援護してもらおうと話し出す。
「ミラも、ラッセルとコリーンを説得するの、手伝ってくれないかな?実は、マッカラ領の領主は軍費を着服していてね、それを皮切りにあの領主の犯している罪を一気に暴いて、失脚させたいんだよ。だから、奴らには最期の夢のようなひと時を過ごさせて、油断させておきたいんだ。そのためにも、ラッセルに晩餐会に出てもらって」
「あら、お兄様、情報なら今更集める必要はないですわよ、証拠品もすべて押さえてありますし。それを報告しにお兄様を探しに来たんですわ。」
「情報は集め終わってる?」
「ええ。お兄様たち、『勇者御一行』について行った者が、マッカラ領の軍が素人の集まりと判断してすぐ、他の密偵が調査を始めましたから。審議にかけられるのは他の方々のご予定が合ってからですから、明日にでもと言うわけにはまいりませんけれど。領主たちがマッカラ領に逃げ帰る時間はありませんわ。」
そう言うと、ミラはジークベルトの腕を引っ張り、立ちあがらせる。
「お兄様ったら、コリーンとラッセルの邪魔をしてはダメじゃない。あの娘を城にとどめておく餌なら、わたくしの忠実な下僕の中から外見が良くて、身分もいい、飛びついてくるだろう上等な餌を用意しますわ。」
「まあ、ミラを女王と崇めている彼らなら役割を果たしてくれるよね。少し打ち合わせをしておこうか。悪かったね、ラッセル、後はこっちで対応するよ。今のうちにコリーンに沢山甘やかしてもらって、また勇者役をやれるまで回復しておいてね。」
そう言うと、ジークベルトとミラは部屋を出ていった。
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「そう言えば、あれだけイチャイチャしといて、コリーンはまだ『ラッセルの戦闘以外での全てのサポート』が妻のことだってわかってないの?」
ラッセルは勇者役を引き受けるときの条件に、ミラのものであるコリーンが欲しい。そう言ったのだ。屋敷にいる時から、ラッセルはコリーンのことが好きだったが、コリーンはミラの腹心の部下。手に入れるのは難しいと思っていた。そのコリーンを手に入れられるのなら、人前に出る苦痛も耐えると言ったのだ。
「あら、お兄様。コリーンはちゃんとわかっていてよ。ラッセルがきちんと言い直したのですもの。」
「言い直した?」
「ええ。好きだと告白して、ずっと傍にいて欲しいと跪いたわ。」
「ラッセルが!?」
「ええ。どこかの誰かさんと違って、必要なところは潔いのよ。ねえ、見習った方がいいのではなくて?どこかのお兄様。」
ジークベルトは思いを寄せている相手に意思表示どころか、全く心とは逆の行動を取ってしまっている。それをミラにいつも説教されるのだ。分が悪くなったジークベルトは話を元に戻す。
「コリーンが変わらずメイドの格好でラッセルの傍にいるのは、ラッセルが振られたってこと?」
「まさか。ラッセルは勇者として城から出て、城へ帰ってくるでしょう?勇者の妻として、勇者の家でラッセルを待っているよりも、城でメイドとしてラッセルの傍にいる方がよっぽど多くの時間を過ごせるわ。」
「確かに。それにしても、コリーンもラッセルのこと好きだったのか、良かった。」
ジークベルトは嬉しそうな顔をした。部下であり、友人でもあるラッセルの想いが通じたことを素直に喜んでいる。
「コリーンにとっては、この世界で大切なのは、わたくしとラッセルだけですもの。」
「僕は!?」
「まあ、お兄様も主であるわたくしの兄ですし、大事なラッセルの主ですもの、そこそこ守った方がいい人の部類には入っていると思いますわ。」
「ちょ、僕の扱い、酷くない!?」
一転してむくれたジークベルトは不服そうにミラに言った。
「ところで、コリーンは一口たりとも僕にお茶を淹れてくれなかったから、のどが渇いてるんだけど。そんな可哀想なお兄様が自分で入れるお茶、妹はご所望かい?」
気づけばもうジークベルトの部屋の前だった。ミラはくすりと笑うと、是非、とジークベルトと共に部屋に入っていく。部屋のドアを閉めた途端、ジークベルトは先程とは全く違う雰囲気になった。
「ミラ、報告書は?」
「机の上に。」
「さて、あの領主の一族の、どこまでを処刑しようか。」
「あら、やっぱり領主の娘も入っているのね。コリーンを止める必要はなかったのではないの?」
「人知れず殺したら意味がないだろう?直接手を下しているわけじゃないけど、あの女が原因で何人かが死んでいるんだから。僕のところの密偵だってきちんと働いてるよ、情報は入ってる。」
「ええ。お兄様のところが広く探っているから、わたくしのところは狭く、深く探ってみたのよ。」
報告書を読みながらお茶を淹れるジークベルトを見ながら、ミラはこういう表に出さない顔を見せる勇気がないのかしら、と兄の想い人を思い浮かべる。
「それにしても、叔父上の勇者発言はなかなか役に立ってくれてるよ。こうやって王都から離れた犯罪者も、魔物が出たと勇者を派遣することで、勇者活動のサポート係である僕が直接動けるんだから。」
「あら、そんなことお父様に言ったら、怒られるわよ。本当に苦労なさってたもの。あのお父様が、『くそ兄貴』ってぼそっと漏らしたんだから。」
「父上が!?それは相当だね。教えてくれてありがとう、ミラ。父上の前では決して口に出さないようにするよ。」
少し表情を緩めた後、ジークベルトはまた報告書に目を戻した。
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二人きりになった部屋で、コリーンは自分の膝に頭を乗せているラッセルを見る。まだ疲れが取れていないようだ。精神的な疲れは肉体的な疲れよりも抜けにくい。
「ミラ様のご命令をいただければ、さくっと殺ってきてしまうのに。」
ラッセルはコリーンを見上げて、自分のために怒ってくれているコリーンに表情を緩めつつ、真剣な声で言う。
「ジークのシナリオを邪魔したら駄目だよ。」
ジークベルトの前では散々雑な扱いをしていたが、ラッセルはジークベルトを主として認めている。本人の前で素直になれないのは、主人と似ているらしい。
「わかっているわ。今頃、ジークベルト様はマッカラ領の領主たちの裁判の草案をまとめていらっしゃるのかしら。晩餐会もあるのに、大変ね。」
「多分明日には宰相様にそれを渡すんだろうから忙しいと思う。まあ、ジークならできるよ。」
「宰相様はご自分の子供でいらっしゃるお二方が優秀で大助かりでしょうね。」
「ジークは人使いが荒いって文句を言ってるよ。でも、ちっとも宰相様は仕事が減ってないらしいけど。」
「そんなに皆さんが忙しい時に、こんなにのんびりしていていいのかしら?」
「もちろん。だってそれがコリーンの大切な仕事でしょ?」
「そうね。ラッセルをたくさん甘やかすのが私の仕事ですもの。」
二人で笑いあい、起き上がったラッセルがコリーンを続きの寝室へと連れていく。これからたっぷりラッセルを甘やかすコリーンは若干体力の心配をしつつ、ジークベルトに言われた仕事をきっちりこなすのであった。
イチャイチャしてる奴らがいたら、ラブコメだ!と思っている作者がお送りしました。
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