私の中の春
『―――兄ちゃん! 次は鬼ごっこ!』
『ははは! 椿ちゃんは本当に元気ですね! なら、この鬼も本気になっちゃいますよ~!』
『キャ~!!』
……嫌な頭痛だ。まるで、頭の上に何かが乗っているかの様に頭が重い。
今は数学の授業中。数字だけが空中分解しているかのような昼下がりの中、私の意識は幼い頃の記憶を呼び覚ましていた。
一日も忘れたことなどない、「初恋の人」の記憶。そんな事を言えば、人は、その初恋の人とのその後を気にするものだ。しかし、残念ながら私には初恋の人との「その後」などない。それは、私が彼と出会った時、六歳という幼さであったが故に、その当時は「恋」などと認識していなかったからなのか。それとも、彼がもうこの世にはいない存在だからか。多分、どちらも正しくて、どちらも本当の理由ではないのだろう。
ただ、今でも私の好きな人は十二年間変わることなく「彼」であり、再び会えるのならば何が何でも、何を捨てでも会いに行く。そんな相手なのだ。まあ、こんな事を平気で言えるのも、もう叶うはずのない願いだと知っているせいかもしれないが。
私は、そんな事を考えながら、数学の教科書の上に広げておいた一枚のプリントに目を通す。何等分か分らないほどの折り目が付いているのは、何度も開いたり閉じたりを繰り返し、制服のポケットに入れておいた結果である。
「高校三年生対象、春の絵画展、作品募集中……。」
ぽそりと小さな声でプリントの太字を読む。ほぼ無意識の内の行為だったが、数学の教員の声が大きくて助かった。誰にも聞かれていないようだ。私はホッと溜息をつくと、何百回読んだか分らない文面に目を通す。
―――高校三年生対象、春の絵画展作品募集中!
新三年生の皆さん、進級おめでとうございます!
桜の道美術館では「春」をテーマにした作品を募集しております。
ジャンルや、あなたの部活等々は一切問いません!
あなたの中にある「春」を形にしてみませんか?