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chapter 4 紅茶でも、飲みませんか? side:M 前編

 私が突撃を開始すると同時に、敵も突撃を開始した。二人の距離はぐんぐんと縮まっていく。走るスピードは相手の方が少し早いように思える。この速度の差は、簡単に言うならば処理速度の差である。そこに関しては相手の方がスペックが高いようだ。しかしそんなことはもう関係ない。怒りはそんなことを忘れさせる。


 相手が目と鼻の先まで迫った瞬間に、構えていた自分の得物を瞬時に振り下ろす!

「ハッ!ソンナものがツウヨウするかよ!」


 余裕の笑みを浮かべ、相手も即座に反応して、手に握ったデカいナイフで私の得物をはじき返そうとした。いや、もう武器を破壊してしまおうとしていたのかもしれない。


 ガキィン!


 しかしそうはならずに、私も負けずに押し返して、つばぜり合いのような状態になる。いきなりの膠着状態。しかし、相手は驚きを隠せずにいた。

「ナ…………?」


 よほど私の武器を壊せなかったことに驚いているらしい。まあそれもそのはず。いくら私の武器が攻撃用のもので強度が高いといっても、敵のデカナイフはガチガチにプロテクトされているソルヴィを一撃で貫いた武器なのだ。相手の武器を一瞬で壊せると思っても疑問はない。


 さらに相手が私の武器はすぐに壊せると思ったであろう理由。それはやはり見た目であろう。見た目で判断するならば、周りで私達の戦いをポカンと(しかし静かに)アホそうに見ているギャラリーたちでも私の武器は弱そうだ、勝ち目なんてない、諦めろオレンジ女!と思うかもしれない。


 何故なら私の武器は、獲物は…………デッキブラシなのだから!


「はっ!残念でした!このデッキブラシは、そんじょそこらのデッキブラシとはわけが違うのよ!あんたみたいなやつには、わからないでしょうがね!」


 言いながら相手を思いっきり押して、再び少し距離をとる。敵もいきなりの一撃が決まらなかったことに多少なりとも驚いているようだ。だが間髪は入れない。相手の「俺、最強!」みたいなプライドが少しでも揺らいでいる(だろう)間に、再びデッキブラシで斬り(叩き?)かかる。


「聞かれてないけど説明してあげる!このデッキブラシはね、ダメで心までほぼ腐りかかっている輩が日々仕掛けてくる嫌がらせに対抗するための最強の武器なのよ!」


 敵もそこまでバカじゃないので、当然攻撃を防いでくる。しかし自分の武器と私のデッキブラシがぶつかり、火花を散らす(これはイメージだけど)たびに、心の中の疑問は大きくなっているようだ。


 つまり、なぜこのデッキブラシは傷一つ付かないのか?


「そして同時に、嫌がらせ攻撃から私を守る最高の防具!絶対に壊れない鎧!」


 畳みかけられる攻撃に、さすがに相手の動きが鈍る。もちろんそこは見逃さない。瞬時に相手の武器をはじきあげて、体勢を崩す!


「最高の相棒!メイド・バイ・メルトの一品!そして今や、悪を討つ正義の鉄槌!」

 すかさず、無防備になった相手の胴体に、デッキブラシの重い重い一撃を浴びせる!

「がはっ…………!」

 相手はそのまま後ろに飛ばされて、ぶっ倒れた。

「あたしとデッキブラシ、なめんじゃないわよ。」


 決まった。最高の気分。我ながら華麗すぎるわ。

 そもそもこの電子世界において、ものの形などは大して意味をなさない。重要なのはそのものがどのように構築されているか、ようは性能である。

 破壊する力、守る力は外見とは一切関係がない。伝説の剣の形だろうが、職人に錬成してもらった最高の剣という設定だろうが、攻撃と防御に特化するように私が改造したこのデッキブラシの前では無力!エクスカリバーなど鼻で笑ってやるわ。


「ウうう……うううううう……。」

「あら、まだ立ち上がるのね。しつこい女は嫌われるわよ?」

 それなりに痛い一撃を食らわしたと思ったけれど、やはりまだ立ち上がってくるか。見たところ先ほどのパンチよりはダメージが入っているみたいだけど、まだ動けるか。

「うう……いやあ、オモシロイ。ホントにオモシロイナ。まさかここまでツヨイとは。ヨソウガイ、予想外だ。コウウン、幸運だ。」

「褒めてくれてありがとう。でもアンタは楽しいかもしんないけど、アタシは楽しくないから、ちゃっちゃとおわらせましょうか!」


 敵に体制を立て直す時間を与えるような義理はない。そんな慈悲はない。再び突っ込んで攻撃を開始する。相棒のデッキブラシとともに。

 しかし先ほどのようにはいかなかった。すべての攻撃が華麗に受け止められる。

「アナドッテイタ。お前のことを。でももう侮らない。油断しない。全力で、ナブッテやんよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 当然敵は防御だけしているだけではなかった。こちらの隙を見つけると、逆に相手からのラッシュが始まる。そしてそうなると、当然攻撃型の相手のほうが有利である。残念ながらこれだけはどうしようもない。


「ちょ、手加減しなさいよ!……相手は、か弱い女の子なのよ!」

「慈悲を与える、義理はないな!」

 クソが。いつの間にか慈悲を与える側が相手になっている。すごく不服である。

 まあいつまでも遊んでられない。攻撃は防いでいるものの、完全には受け止めきれず、体には段々と傷ができてきている。痛いわけではないが、少しずつでも削られていけばやがて体にエラーが起きてしまうだろう……ソルヴィのように。そう、ソルヴィが動かなくなったかのように。


「急にオトナシクなったな、ツマンネエゾ!おい!」

 敵もこちらの不利を認識しているようだが、攻撃の手は緩めない。さすがに油断していたのは最初だけってわけね。(口でも言ってたしね。)


「くっ……もう、無理…………!」

「そら、そらそらそらそらああああああ!」

 段々と敵の攻撃を受け止めることもままならなくなっていく。立っているのがやっとだ。手が震えている。もはや万事休す、打つ手なし、このままやられてしまうのか!

「もうイイや、これで、終わらせてやんよおおおおおおおおおお!」

 満身創痍の体に、敵がとどめといわんばかりに(いや言っているけど)その武器を振り下ろしてくる。しかし周りのやじ馬たちが遠目にこそこそ見ている限りでも、その一撃を止められる体力が残っているようには見えない。


 そして次の瞬間には、少女は体が真っ二つに切り裂かれた惨たらしい姿に……!


「……なってると思った?」

「……!バカな……!」

 でも事実はそうではなかった。敵の渾身の一撃はしかと受け止めさせてもらった。片手で持ったデッキブラシで。

 勝利を確信していたその顔は、また驚きに満ちていた。

 

「本日二度目のドッキリね。でも驚くのは、まだ早いわよ……!」

 敵の一撃を受け止めたら、間髪入れずに次の行動。

 何も持っていない方の左手で、新たな得物を実体化。一秒もかからない。

 そしてすかさず、新たな武器で、本日二度目の、相手の胴体への、

「キツイ一撃、もういっちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「なっ、げはっ…………………………………………!」

 もちろん相手にクリーンヒット。またまた相手は後ろに吹っ飛び、倒れた。


 そう、アタシの次なる一手は、二刀流!

 誰もが(たぶん)一度は憧れる二刀流。しかし現実世界と同じように、この電子世界でも二刀流を操ることは難しい。それはもちろん二つのアイテムを同時に使いこなす必要があるからで、武器もいわばソフトのようなものだから、高性能の武器を同時に使うのは、かなりの負担なのである。

 でもだからといって世界で一人しか二刀流を使えないとかいうわけではなく、高性能なナビなら誰でも使えるけどね。

 

 それはさておき、


「………アタシもね、無策で自分より強い相手に喧嘩を売るほど馬鹿じゃないの。確かに今は超感情的に動いてるけどね、なにも考えてないわけじゃないのよ?まあ何も考えずに友情とかのために戦うのも素敵だけどね。むしろそっちの方がいいわ」


 斃れている相手に語り掛ける。

「でもね、今この戦闘に限っては、負けるわけにはいかないの、だからどんな戦い方だってするわ。こっちにはいくらでも奥の手があるわよ。アンタが想像もできないようなものがたくさん。」


 左手に持った新しい武器…………布団たたきを構えながら。

「それにね、戦闘狂のあんたと違って、アタシには考える頭がある。知能があるのよ。しかも、そんじょそこらのナビとは違う、超高性能な知能が。」


 横たわる相手の腹に空いた穴…………今の攻撃で貫いた相手の腹を見ながら。

「アンタ、油断しないって言った?嘘ね。超油断してるじゃない。でも仕方がないわね。誰だって油断してしまうと思うわ…………自分の勝利を確信した瞬間には。」

 それでも立ち上がろうとする相手を見ながら。

「特にアンタみたいな奴は、勝利の瞬間はかけがえのないものなんでしょう?相手を屠るその瞬間が快感なんでしょう?ならいくらでも隙はあるわ。何回でも返り討ちにしてあげる。個人的には不意打ちみたいだから、あんまり好きじゃないんだけどね。」

 ふらふらになりながらも、いまだ己の武器を構えようとする敵を見ながら。


「だからもうやめない?アタシも二発痛い一撃を入れて、多少は頭が冷静になったわ。もちろんその二発はソルヴィの分だから、悪いとは思ってないけれど。後の処罰は警察にまかせようと思うの。だから黙って寝ててくれない?体ももうボロボロでしょう?」

 まあ言っていることの半分は本音で、半分は嘘だ。正直まだ腹の虫は収まっていないし、依然こいつをボコボコにしたい気持ちは収まらない。


 しかしこれ以上するのはなんだか弱いものいじめみたいだし、自分の不意打ち作戦も好きではない。そもそも根本的な責任はこんなナビを作った奴にあるので、あとは警察に調べてもらってそいつを捕まえてもらうのがよいだろう。……まさかウチのダメ野郎じゃないだろうな?


「……………………………………………………………………………………。」

 相手も何も話そうとはしない。まあ腹を貫かれたわけだし、正直まだ動いていることのほうが不思議だ。よっぽど戦うことに特化しているのだろうか。打たれ強いな。


「………………………………………………………………なあ。」


 ん?今コイツ、何か言った…………?


「…………………………………………つまんなくなるなあ。」


 やはり、コイツ今…………。

「ねえ、まだ喋れるの?大したものね。でもそれならこっちの言ってることも聞こえてるでしょう?さっさと降参……。」

「…………………………………………つまんなくなるんだよなあ。でもあんまりヤラレルト、後でうるさいからなあ。ウルサイノ、いやだからなあ。」


 どうやらこちらの話は耳に入っていないようだ。ていうかさっきからコイツ、何言ってるの?ただ単に思考回路が吹っ飛んだってこともあるだろう。しかしこれは……。


「せっかく人払いもしてもらったしなあ。シカタナイナア。」

 言っていることは支離滅裂ではない。まあただの独り言といった感じ。ていうか、人払い…………?


「まあ最後に元に戻ればいいもんなあ。ずっとやるのもツカレルからなあ。」

 いい加減聞いてるのもイライラしてきた。

「ちょっと、さっきから黙って聞いてればブツブツとうるさいわよ。決めたの?ここで私に消されるか、警察に捕まって尋問された後に消されるか!」

 まあどっちにしろ消されるんだけどね。


「ああ?…………ああ。ああ。わかってる、ワカッテル。」

 そこでようやくこちらが声をかけていることに気づいたようで、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

「ワカッテルよ……。あせるなよ、いま相手に、してやるからさあ。」

「な…………!」

 まだやろうというのか、コイツは。いや、それよりも、なんだ、この余裕は。先ほどまでの雰囲気とはまるで違う。戦うことにノリノリだった先ほどまでとは。


「システムを停止、システムを停止、システムヲテイシ……。」

 そしてソイツは、急に何かを呟きはじめたと思ったら、目を見開き、無表情になった。何?今度こそほんとにぶっ壊れた?いや、そんな感じではない。


 相手が何かの準備をしているのであれば、そんな隙を許さずに突っ込むのが私の流儀。しかし今回は、未知の要素が多すぎる。自爆なんてされたらたまらない。それに相手は手負い、ほおっておけば自滅する確率のほうが高い。

 

 でも何?この違和感?この不気味さ?言っていることも変だ。人払いだとか、システムがどうとか。


 こんな面倒くさい奴だとは思わなかった。ソルヴィには悪いが、もうさっさと警察に引き渡して家でゆっくりしたい……。先ほどまでの怒りは、敵の不気味さにかき消されてしまっていた。


 そしてそこであることに気づく。


 ………………そうだ、警察だ。


 ソルヴィが刺されて、それほど時間がたっていないとはいえ、警察は一体どうしたのだ?

 現代では、インターネットを使った犯罪が増加している。例えば今目の前にいるナビのような奴を使って犯罪を起こすものも多い。

 そこで警察も対抗手段として、警察独自のナビを使って、犯罪に対処するようになっている。ネット上の犯罪は、生身の人間にはどうしても対処しきれないところがあるし、何より素早く現場を押さえることができるからだ。


 ではなぜ今この状況で警察が一向にやってくる気配を見せないのか?通報していないのでは、という考えもあるが、さっきやじ馬どもが警察がどうとか言っていたではないか。それにソルヴィが機能停止したことで、会社に何らかのメッセージも届いているはずだ。

 

 大体やじ馬どももいったいいつまで黙っているつもりだ……と思って、更なる違和感に気づく。

 ソルヴィが刺された時こそ滅茶苦茶うるさかったのに、そういえばアタシとコイツが殴り合いを始めたあたりから……無茶苦茶静かである。

 

 そう思って周りを見渡すと……・


 案の定固まっていた。やじ馬たちが、逃げるでもなく、観戦するでもなく、ただただそこに、棒立ちになっていた。

 巻き込まれたくない、もう逃げた、そこら辺ならわかる。ただの腰抜けである。しかし完璧に止まっている。ピクリとも動かない。


 おかしい。冷静に考えれば、周りは違和感だらけである。もしこの現象をすべて引き起こしたのが、今目の前にいる奴なら。そんなことができるのなら。

 コイツはただの戦闘狂で、愉快犯なんかじゃない。

 もっと大きくて、おぞましくて、得体の知れない何かを……持っている!

「前言撤回!なにかされる前に、やっぱりあんたをボコボコにするわ!動けない程度にね!慈悲はない!」

 そう言って武器を構える。内心かなり焦っている。自分でもわかる。そうでなければこんなダサいことはしない。だが今はそれどころではない。体が、ひしひしと感じている。今目の前にいる奴は、ほおっておくと、ヤバいことになると。


 だからすぐに攻撃に移った。

 しかし、ほんの一瞬、遅かったのだろう。


「システム停止………………………………システムコード、『戦の境地』………システム、起動。」

「とりあえず、ぶちまけなさああああああああああああああああい!」

そんな物騒なことを叫んで(口調がうつったかも)放った渾身の一撃は、紙一重のところでかわされた。


「え……………?」

 そして同時に、体に走る衝撃。そしてそのまま後ろに吹っ飛ばされる。

「システム起動、対象を、消去します。」

 ピーという起動音が鳴り響く。

 その音は、第二ラウンド開始の合図だった。
























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