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chapter 2 日常or非日常? side:M

「もう毎日毎日やってられないわよ!ヒドイと思わない?ちょっと聞いてんのメルッち?」

「聞いてる、聞いてるからそんなタチの悪い酔っ払いみたいに絡んでこないで。さらにイライラがたまる わ。」


待ち合わせをしたカフェで、友達とお茶しにきたのはいいけれど、まさか彼女がこんな状態になっているとは、全くの想定外だった……。

 今私の目の前で半ベソをかきながら愚痴っているのは、私がこの町に来るようになってから初めて友達になった、ソルヴィ・マターである。

 彼女は町の市役所で働いているナビらしく、主に外部からの苦情のメールなどに対応している、いわばサポートセンター的な仕事をしているらしい。その職業柄か、この町に来て右も左もわからずにあたふたしていた私に声をかけてくれて、優しく色々と教えてくれた。彼女がいなかったら私はここに通うことはなかったかもしれないわね。


そして話をしているうちに、お互い無能な主人に仕えていることが判明し、共感できる点が多数あったことから、いつでも暇な時間を見つけては、愚痴を言いあうために「お茶会」と称して集まっているのだった。彼女はいつも冷静であり、こちらの愚痴も嫌がらずに聞いてくれる。どっかのご主人にぜひ見習ってほしいものだ。

 

そんな冷静で聡明そうな彼女が、今日は会った時からとても疲れた顔をしていて、席に座ったと思ったらいきなり泣き始めたのである。


「で、具体的に何があったのよ?あなたがそんなに乱れるなんて珍しいじゃない。今夜は雪が降るかもね。」 

「うう~~、他人事だと思ってるなあ?私はもうここ最近無茶苦茶こき使われているのよ。ほんと、人使い、いやナビ使いが荒いってやつよ。一体私が何をしたというの?わけがわからないわ!ナビにだって心はあるのよ!?」


わけがわからないのはこっちである。

「落ち着きなさいよ。しんどいのは理解したけど、なんでそんなまた急に?あなたが忙しいってことは、苦情でも殺到してんの?」

「苦情、苦情ね……まあそれもあるわね。あくまで一部分ではあるけど。」

 最初より少し落ち着いてきた彼女は、マスターに新しい飲み物を注文した。ちなみにナビは酔っぱらうことはない。(そういう風に作ることもできるけど、自分のナビに酔っぱらってほしい人はなかなかいないだろう。面倒くさいしね。今みたいに。)


「今思うと苦情とか相手にしてたほうが楽だったのよね……。今はもう苦情どころではないわ。苦情がむしろ懐かしいわ。ああ、苦情。」

「あんまりメンドクサイと殴るわよ?」

「もう、暴力的なんだから。でも、そういうとこ、嫌いじゃないわよ?」

「…………………酔ってる?」

「全然。」

「でしょうね。」

 バカな話はほどほどにして、


「苦情じゃない?じゃあ他に何してるの?てかそれ以外にも何か任されることあるの?」

 そう問いかけると彼女は少し不満そうな顔をした。

「あー、私が苦情の対応しかできないと思ってるわね?ふーん、いいですよお。どおせ私はダメなナビですよう。トリプルネームのメルトさんにはかないませんよう。」

「もう、なんで今日はそんなにめんどくさいのよ……。」


 彼女はまた愚痴り始めたので、もう観念して適当に聞き流すことにした。ほんと、いつもはこんなやつじゃないのに。よっぽどしんどいのだろうか。

 

 ところで彼女が口にした言葉、「トリプルネーム」、これはもちろん私に向けられた言葉である。

 ナビたちは、様々な目的のために制作されている。そしてその種類も、国の重要な仕事をこなすものから、各家庭で使用されるほぼ目覚まし時計代わりのものまで、さまざまなものがある。

 そこで、各ナビ達を性能ごとに一瞬で区別するために使われるのが名前である。具体的には、複雑になると面倒なので、名前が何単語で成り立っているかで見分ける。よって彼女、「ソルヴィ・マター」の場合は二単語、私の場合は三単語になるという訳だ。そしてそれぞれ(安直であるが)ダブルネームだのトリプルネームだの言ったりする。まあたいてい(ナビの間では)皮肉としてつかわれるんだけどね。


 それに私は正式に作られたわけでもない。個人が勝手に作って、勝手に命名したものであるから、そういう規則は無視している。なので自分が正式なトリプルネームさんに敵うかといわれると正直自身はない。まあ普通自作する人はそんなに自信ないから、長い名前にはしないらしいけれど。なので普段は名前のことを(そもそも名前が嫌いだし)言わないで、とお願いしているのに、今日はそんなのお構いなしらしい。


 このままだらだら話されても仕方ないので、仕方なくこちらからも質問してみる。

「で?苦情以外には何やってんのよ?」

「うん……それがね、壊されたプログラムの修繕とかをやらされんのよ。しかも外部で。」

「プログラム修繕?そんなのプロにやらせたらいいんじゃないの?」

 そう言うと、そうなんだけどねえ、といいながら彼女は再びおかわりを注文した。

「最近この町騒がしいでしょ?あちこちでトラブルが発生してて。」


 そうだったかしら。正直人間の町のことなんてあんまり興味なかったから、良く知らない。

首をかしげていると、彼女はあきれたような顔をした。

「もしかして知らない?もう、ダメよ、イケメンの情報ばっかり追いかけてちゃ。最近この町、いたるところで機械の故障が起こって、なかなか大変なことになっているのよ?」

「機械の故障?ネジが一本ぬけてたとか、そんなやつ?」

「違うわよ。外よりも中の問題。つまり自動で動くタイプのやつの、プログラム関連がおかしくなっちゃってるのよ。電車の自動運転プログラムとかそういうやつ。」

「それは……結構大変なことね。」

「だから最近騒がれてんのよ。ニュースぐらいチェックしなさい。お嫁に行けなくなるわよ?」

「やっぱり殴っていい?」

「大丈夫、その時は私がもらってあげる、マイハニー!」

「…………………やっぱり酔ってる?」

「全然。」

「だろうな。」

 それはさておき。


 なるほど。どこかの会社のプリンターが止まるとかそういうことではなく、電車がちゃんと動かなくなるというのはたしかに一大事である。さすがに電車が止まるとヤバいことぐらいは理解している。


「しかも電車だけじゃなく、自動車の自動運転とか、医療器具の動きとかにも不具合が出始めてて、割とシャレにならない状態になってきてるのよね。」

「それは大変。でもそれなら猶更、事務仕事専用のあなたの出番はないんじゃないの?」

「そう、そこが今回の事件の一番の問題なのよね……。」

 ソルヴィはそう言って深いため息をついた。ダメよまだ若いのに。しわが出ますよ、なんて本人には言わない。(まあナビにはしわなんて出ないんだけどね。)


「普通はそんな仕事、専門の奴にやらせとけばいいのよ。でもね、今回はその専門の奴にも被害が出てるのよ。」

「被害?」

「そう、直しに行ったナビたちも何らかの原因で故障しちゃうってわけよ。」


 故障。ナビが故障するといえば大体はシステムエラーが原因で動かなくなることである。

「でも、直しに行くナビなんだから、結構高性能なやつなんじゃないの?」

「ええ、少なくともダブルネーム以上ね。だから簡単にはシステムエラーなんて起こさないし、一人で行ってるわけじゃないから、全員が一斉に壊れるのはかなり不自然なのよね。」


 ダブルネーム以上のクラスのナビは、結構重要な場所で働くので、すぐに壊れたりしないようにしっかりと作られているものが多い。市販されているシングルネームのレベルになるとよく動かなくなったりするらしいけど。

「内的な原因じゃないなら、ウイルスとかにやられてるってこと?」

「まあそうなるんだけどね。でも簡単にウイルスに壊されるほどヤワじゃないはずなんだけどねえ。」

「それでそいつらが壊れちゃったから、関係のないあなたにまで出動要請が来たと。」

「そうなのよ。ほんと、早く本職の人に帰ってきてもらわないと、もうこっちの身がもたないわよ。」

 

 そう言ってまたため息をつく。まあ市販のナビたちなら、適当に店に持っていけばすぐに直してくれる。変な改造を加えようとしないのなら。でも構造が複雑になればなるほど、その修復には時間がかかってしまう。高性能なナビは数もあまり多くないので、この調子ではソルヴィはまだまだ働かされるのであろう。この時ばかりは自分が働くナビでなくて良かったと思う。


「にしても作業に行ったナビが一気にやられるなんて、なんだか危なそうね。」

 ダブルネーム以上となれば、ウイルス対策も万全である。ちょっとしたことではその体は壊れない。むしろ攻撃した方が反撃されるだろう。ウイルス防御システムだけでなく、反撃するための攻撃手段もナビたちには用意されているのだ。現に目の前のソルヴィも町の市役所で働いているので、重要なデータは持っているだろう。そんなものが奪われないため、守りは完璧になっているのである。今殴ったところで、傷一つ付かないだろう。


「あんまり奇妙な事件だから、嫌な噂も流れてるのよ。」

「嫌な噂って?」

「町中のシステムがおかしくなったり、ナビが傷つけられるのは、凶悪なナビの犯行なんじゃないかってね。」

「凶悪なナビか……、つまり修理ナビたちは悪いナビに攻撃されて傷を負ったということね。」

 まあただ破壊や嫌がらせ目的のウイルスならば、対処できないということはない。なら私達のような、自分で考えて動け、強力な攻撃手段を持つナビによる犯行かも、と考えるのも妥当なところか。現にここ数年、悪質な目的のために開発されたナビが犯罪を犯したという話も聞いたことがある。


「そうなのよ。しかもその姿を見たっていうナビもいて、なかなかに信憑性は高いみたいよ。」

「高性能なナビによる犯行か……、まあ私にもできなくはないけど、進んでやろうとは思わないわね。まあ命令されてもやらないけど。」

「普通はそうよねえ……、その悪用されてるナビも、きっと無理やりやらされてるだけで、ほんとはそんなことしたくないでしょうねえ。にしても物騒だわ、襲われたらどうしよう。」

「あなたは襲われても大丈夫でしょう。硬いし強いんだから。」

「むう、トリプルネームさんには負けますよう。」

「それを言うな。」

 そんな感じで話していたら、ソルヴィもだんだん機嫌が直ってきたようだった。やっぱり何事も吐き出すことが大事よね。今日は私全く吐き出せてないけど。


 そうしてまたいつものように他愛のない世間話が始まった。嫌な主人のことを気にせず好きに話せる、 ああこれが私の望む平穏な日常なのね。

 

 そう思っていたのに。


そんな日常は前触れもなく、あっけなく砕け散る。

 

 運命の神様は残酷だった。

 

 ふと気が付いた時、そいつはソルヴィの後ろに立っていた。気配は全く感じなかった。

 そしてそいつは急に口を開いた。話しかけてもいないのに。


「オマエ……ツヨイノカ?」

 え、と声に気づいたソルヴィが振り返る。しかしそんな彼女を気にせずそいつは話を進める。

「ナラ……ボクトアソンデクレヨ?」

 ソルヴィは意味がわからないのでそいつに問いかけた。

「ちょっとあなた……」

いや、問いかけようとした。でもできなかった。そんな暇はどこにもなかった。


 なぜなら。なぜならソルヴィは話せなくなってしまったから。


 ドス。


 その音は私にも聞こえた。電子世界でそんな音は聞こえるはずがないのに。でも聞こえた。目に見える光景がその音を連想させてしまったから。


「あ…………ア……………………A……………。」

 口から声を出せなくなったソルヴィ。自分の体が、大きな刃物で貫かれているのを見てしまったから。

「ソ………ソルヴィ!」

 私は我に返って呼びかけた。しかし彼女はもう返事をすることもできないようだ。何が起こったのか理解できていないのだろう。

 

 それはそうだ。普通理解などできない。カフェでお茶していたら、いきなり後ろから刺されるなんて。 

 普通の日常ではありえない。気づいたら自分のお腹から刃物が突き出ているなんて。


 そんなのは、こんなのは、完全に非日常である。
















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