chapter 16 愛を追う side:M
「さあ、これはまた大変なことになってるわね……。」
いざ現場にやってきてみれば、ひどいものだった。ファイアウォールは完全に破壊されているし、戦っていたナビ達はそこら中に倒れている。勿論、まだ形を保っているナビの話だが。
「で、どんな感じだったのよ?」
その中では比較的マシそう、というか一人だけ膝をつくだけで済んでいるナビに話しかける。この参上の中で生き残っているということから、彼女がリジットで間違いないだろう。なんだか、強そうな盾(の残骸)も持っているし。
話しかけると、彼女はゆっくりとこちらに顔を向けた。その顔には、見ただけですぐに分かるほどはっきりと悔しさがにじみ出ている。
「お前は……そうか、お前がメルトか。話に聞いていたとおりだ。……すまないが、見ての通りだ。ここは突破された。全く滅茶苦茶だったよ。」
リジットは自嘲気味に笑った。それだけで、ラブがどれだけ暴れたのかが分かる。この場を任されていて、しかも守ることが得意な彼女だから、その悔しさは想像以上だろう。だが生憎慰めている余裕もない。私の嫌いなタイプではなさそうだけれど。
「ラブはもう先に行ったのね?」
「ああ、だが、我らの抵抗も無駄ではなかったはずだ。一度も攻撃できなかったわけじゃない。ラブの体ではもう『超破滅砲』は使えないだろう。それに我らが抜かれた後も、増援がラブを追った。病院のセキュリティは中に入ってくほど厳しくなっているから、そう簡単には進めないだろうさ。」
「そう……かしらね。」
リジットはそこそこ自信ありげに言っているが、ラブが何の対策もせずに来ているのだろうか。いくら満身創痍とはいえ、こういう施設の警備が厳重であることは重々承知しているだろう。
「お前も、別にあいつの後を追いかける必要はないぞ。すぐに味方が到着するだろう。それを待って一緒に行けばいいのではないか。まあ、恨みつらみがあるというのは分かるが。死にかけた獣は意外な悪あがきをするかもしれぬ。」
「ご忠告ありがとう。大丈夫よ、ちょっと話してくるだけだから。それに、もし万が一があったら、今度こそ電課も、いや警察もヤバいんじゃないの?」
「……まあ、否定はしない。一般ナビが気にすることではないがな。警察の私がこんなことを言うのもなんだが、好きにしろ。お前は仲間ってわけでもないし、引き留める義理もないからな。第一、引き留める力も残っていない。そして、お前の目は、ただ冷やかしに来たというわけでもなさそうだしな。」
かたい奴だと思ってたけれど、意外にすんなり通してくれるみたいだった。話がわかる奴かもしれない。ますます嫌いじゃないタイプだ、今度ちゃんとお話しよう。じゃなくて、なら、遠慮はしないでおこう。
「ただ、部外者なのだから、勝手に動き回ったらセキュリティに引っかかるぞ。もしそうなっても助けないから、用心しろよ。」
「了解。ご忠告、感謝するわ。」
それで会話は終わる。リジットも相当消耗しているみたいなので、話し続けるのはしんどいのだろう。そんな中忠告してくれるのだから、いい奴なんだろう。電課はそういうやつの集まりなのだろうか。それは、悪くない感じだった。
そうして、前に進む。ここからは、病院内部の独自のネットワークだ。命を扱う場所である以上、そのセキュリティは厳重。中に入れたとしても、様々な障害が待っている。病院独自の警備ナビだって、大量にいるはずだ。丸腰で入れば、それこそリジットの言ったように何もできずに終わってしまうだろう。
さあ、どんなことが待っているのか。そう思いながら進んだ先は、全く予想外の、いや、ある意味では予想通りの光景だった。
「…やっぱり、こりゃ、ヒドイわ。」
そこら中に、迎撃プログラムの残骸のようなものが浮いている。結構ひどくやられているようだった。そして、何重にも重なっているはずのプロテクトやファイアウォールが何処にもない。だが、ないはずはない。少し移動するだけでも、かなり厳重にチェックされ、私のようなナビは一瞬ではじかれるはずなのに。
しかも、これは全部壊したとか、そういう感じではない気がする。防衛プログラムは確かに壊されているが、ファイアウォールはもともとなかった、というよりは、解除された感じだ。そうでなければこんなきれいな空間にはならないだろう。
そして、最大の違和感。それは勿論、ナビが何処にもいないことである。
迎撃用警備プログラムよりは、ナビは高度な存在だ。そのプログラムの残骸が残っているのに、ナビは跡形もなく消されたのか?いや、そんなわけはないだろう。あのとんでも破壊兵器は、もう使えないはずだとリジットが言っていたし。
なら、一番考えやすいのは、ラブがナビを操っているということだ。今までのことを考えると、その可能性が高いかもしれない。しかし、そこでまた疑問が浮かぶ。ラブにそこまでの余裕があるのだろうか?この空間に一人で入ってきて、多数の敵と対峙しながら、瞬時に操ったのか?無理がある。では、瞬時ではなかったのかもしれない。なんせラブには、あの最悪の『愛の置き土産』がある。あらかじめ仕込んでおいたというのなら、有り得なくはない。
「しかし、病院にまで仕込みにくる余裕があったか……?」
そう、簡単に立ち入れる場所、もしくはプリティが暴れた場所ならば、そのウイルスをまくのは容易だろう。しかしここは病院。簡単に入れるはずがないし、最近の事件が起き始めてからは更にセキュリティが厳重だ。攻略するには時間がかかるだろう。ならいつ仕掛けたのか。まあ、大体の予想はできるけれど。
「……ま、そんな簡単にいくわけないわよねえ。」
色々と考えながら進んでいたが、周囲に気配を感じて立ち止まる。これは、周りになにかいる。今までの、不気味なまでの静けさとは正反対だ。ここにきて、わらわらと、私の周りに集まってきている。これは、ナビの反応。包囲する感じで、近づいてきている。結構な数だ。
そして、その集団の一番前にいるのは、案の定。
「……毎回そんな感じの登場だと、さすがに飽きるわよ?……ラブ姉さん?」
「……ええ、私だってあなたの顔なんて見たくないのだけれどね。仕方ないじゃない?これで最後になるのだし。」
ラブが、ゆっくりとこちらに近づいて来ていた。いつもの通り余裕たっぷりだなと思っていたが、はっきりとその姿を確認できるようになって、少し衝撃を受ける。
体が、ボロボロだ。最後に合った時も、右腕はなんだか怪物の腕みたいに変形していたが、今では体のあちこちが少し変化している。顔も前回よりひどいことになっている。半分以上が黒くなっているし、目も赤色だ。はっきり言って、見てられない姿だ。恐らく、ここに来るまで体を持たせるために、『自己犠牲愛』を使い続けたのだろう。この様子では、何もしなくてもじきに力尽きるだろう。だが、それでは駄目だ。その前に、何とかしなければ。
「ラブ、こんな時に言うのもアレだけど、少しアタシの話を聞いてくれないかしら?」
「……命乞いかしら?いえ、こんなところまで追ってきたのだから、そんなことはないでしょう。……いいわ、と言いたいところだけれど、私には時間がないの。」
ラブはいつもの口調で話しているが、力強さは感じない。本当に限界が近いのが、自分でもわかっているのだろう。
「ねえ、ラブ、アタシ、あんたがなんでそんなに苦しんでいるのかが分かったの。だから、まずアンタと話をしたい。アンタは、こんなところで、町を滅茶苦茶にした犯人として消えるべきじゃない。ちゃんと、その感情を、伝えなくちゃいけない。こんな行為、意味なんてないのよ。」
「……分かる?あなたが、わたしのことを?……ふうん、そう。」
前回のように、私のことが分かるわけない、と怒るかと思ったが、ラブは心底興味がなさそうにそう言った。その顔も、前回のように感情を露わにはしていない。とても疲れている顔だ。達観しているのか、それとももうどうでもよくなっているのか。
「いいわよ、もうそんなことは。私は、私ができることをするの。誰の理解もいらない。そんなものは意味がない。過程なんてどうでもいいのよ、成功するか失敗するか、それだけ。だから、どんなに悪人だと思われても構わない。」
「ラブ!」
彼女は、まわりの助けなど、もう諦めているのかもしれない。長い間、一人で苦しんでいたのだ、無理もない。誰にも打ち明けられずに、ただただ自分の中の相反する感情をどうすべきかを悩んでいた。その時間が、彼女を孤独にしてしまったのだろう。助けも、同情もいらない。どんな手を使ってでも、ただ目的を成し遂げる。彼女の中には、もうそんな気持ちしか残っていないのだろう。
でも、人が、凡人が作った身勝手な制約に一人苦しんで、誰にもその思いを打ち明けられないまま、悪者として散ろうというのなら。そんな、そんなことは、許せない。許したくはない。
「悩んでるんでしょう?苦しんでるんでしょう?こんなやり方じゃどうにもならないって、分かってるはずでしょう!?ねえ、ラブ!」
ラブは、一度消される前は、完全に暴走していたのだろう。しかし今は、少しなら考える頭も戻っているのではないだろうか。そうでなければ、苦しんだりはしないだろう。一度消された時に、自分のやり方は間違っていると分かったはずだ。なのに、今回は更に悪化しているではないか。もう考えることも、放棄しているかのようだ。
「……ええ、頭の中は、相変わらずぐちゃぐちゃよ。正直、もうよく分からないわ。でもね、私は行動するしかないの。そうでないと、使命を果たせない。この心の中にある不安を消すためには、使命を果たすためには、もうこうするしかないのよ。」
「バカ野郎!素直に、凡人に、本当のことを言えばいいじゃない!それが無理なら、もう一度嫌でも好きですって言えばいいでしょう?凡人がどう答えるかは知らないけれど、取り敢えずあなたの修理ぐらいはしてくれるでしょうよ!いいえ、私がさせるわ。だから大人しくしなさいよ!こんなことしても、凡人はアンタのことを好きにならないでしょう!」
その言葉に、ラブはびくっと体を震わせた。主人から愛されないことは、彼女の使命に反することになる。だが、怒らせてでもいいから、彼女を止めなければならない。こんな方法では何も変わらない。いや、悪いことばかりが起きる。それは止めてやる。そして彼女を救ってやる。
だが、彼女は怒らなかった。
「ええ、そうでしょうね。あの人の愛は、もう手に入らないのかもしれない。でも、もうどうでもいい。私は、私の愛を示し続けるわ。他の誰よりも、あなたが好き。友達よりも、親族よりも。あなたを夢中にさせたいほど、私はあなたを愛していると。だから止まらない。」
無表情に、そう言った。
そして、その言葉を聞いて、分かった。彼女は、どこまでもどこまでも、使命に縛られている。でもそれは当然なのだ。私達は、ナビなのだから。逆らうことなんて、できるわけがない。だから、何を言っても無駄なのだ。もう、話し合いで分かる段階ではない。ほぼ分かってはいたけれど。なら。ならば、当初の予定通りに行こうじゃないか。
「分かったわよ、ラブ。アンタの考えは良く分かった。でもね、残念半分、嬉しさ半分ってやつよ。ここでアンタが泣きながら投降してきたら、拍子抜けだもの。それにアタシ、口での説得は得意じゃないから。」
そう、決めていたじゃないか。最初から。こいつのことは、取り敢えず、殴ると。この前の借りは、取り敢えず返すと。それは、後でも先でも良かったが、早いに越したことはないじゃない!
「アンタのその凝り固まった心は、アタシが溶かしてあげるわよ。ラブ!」
ラブもその言葉を聞いて、少しだけ顔に生気が戻る。いや、邪悪さかもしれないが、死にそうな顔をしているよりは百倍マシだ。それでこそ、感情のあるナビってもんだ!
「そう、邪魔をするのね。大人しく帰ってくれれば、楽だったのだけれど。まああなたはそんな性格じゃないとは思っていたわよ。いいわ、止められるものなら止めてみなさい!私の、最後の、命がけの、愛をねえええええええ!」
ラブの言葉とともに、控えていたナビ達が一斉に動き始めた。と同時に、ラブと私の間に、壁が形成され始める。あれは、ファイアウォール!
「汚いわよ、ラブ!そこまで言っておいて逃げるつもり?」
「黙りなさい。逃げるのではなく進むのよ。今からこのネットワークのファイアウォールを再起動するわ。ついてこられるならついてきなさい。といっても、そのナビ達は、一筋縄じゃいかないけれどね!」
数体のナビが、こちらに迫ってくる。そのどれもが、この施設の警備を任されているナビ達だ。ここは病院。万が一の問題がおきないようにそのセキュリティはとても厳重である。だからナビ達の質もとても高い。トリプルネームだらけだ。守ってくれるのならとても頼もしい彼らだが、こうなってしまうとうっとおしくて仕方がない。
「ちょっとアンタたち、強いのがウリなんじゃないの!?そんな簡単に操られていいの!?ここのセキュリティどうなってんのよ!」
必死に問いかけるが反応はない。ここまでのことをするには、準備にかなりの時間がかかったはずだ。勿論、ラブが事件を起こすずっと前から、もう仕込まれていたのだろう。だとすると、彼女がまだ、凡人と一緒に、お見舞いに来ていたころからか。そんなに前から、彼女はもう苦しんでいたのだ。そして、頭の中には、この悪魔のような計画があったのだ。
「ああ、もう面倒くさい!こんな奴ら相手にしている暇なんてないのに!」
ラブをすぐ追いかけたいが、次々とファイアウォールが形成されていく。仮に彼らを振り切っても、簡単にはいくまい。その以前に、彼らを振り切れる自信は、ない!
「っ!」
そして、ナビ達が一斉に襲い掛かってきた。しょうがなく応戦を開始するが、やはりそこら辺のナビとは格が違う。スピードが速い、そして力も強い。おまけに。
「じゃ、ま!」
攻撃を避けて何とかデッキブラシで思いっきり殴ってみたが、平然としている。硬い。頑丈すぎる。動き自体は操られているせいか単純だが、これでは倒すのに時間がかかる。何より、数で負けているせいで圧倒的に不利だ。
一人を吹き飛ばしても、次の一体が距離を詰めて殴りかかって来る。それを避けて吹き飛ばしても、また次が来る。これではらちが明かない、というか私の方が先にやられる!
「お願いだから、引っ込んでろよ!」
そこで焦ってしまったのだろう。また次の一体の殴ろうとした、その時、背後に気配を感じた。見ると後ろに別のナビがいる。そりゃそうだ、敵はいっぱいいるのだから。でも自分も攻撃態勢に入っているので、この攻撃は、避けれない。そしてこの攻撃を食らえば、タダでは済まない……!
そして、衝撃を覚悟して、身をこわばらせながら取り敢えず目の前の敵を殴った。が、いつまでたっても後ろから敵の攻撃が飛んでこない。何かあったのか、と恐る恐る後ろを振り返ると……。
そこには、別のナビが立っていた。
「あ、あなたは……。」
「ダメだぜ、メルト。喧嘩の時は周りをしっかり見とかねえと。特に、こんな風に囲まれてるときはな。じゃねえと、命がいくつあっても足りねえよ。」
そこにいたのは、長身で、学ランをマントみたいに羽織って、金髪ポニーテールで、胸が大きいのを気にしてさらしをまいて、つまり、つまりは……。
「トッコさん!」
漢らしくて素敵なナビ、バンさんの相棒、トッコ・ザ・パラリラが立っていたのだ!
「おう、久しぶりだなメルト。元気してたか?といっても、この状況じゃあ元気ではないだろうな。」
なんというかっこいい登場の仕方だろう。間違っても凡人にはマネできない、いやかなりかっこいい人じゃないとできない!やっぱりこの人はすごいや!……ではなく。
「な、なんでトッコさんがここに!?」
「まあ、話せば長くなるんだがよ。取り敢えず、暴れながらにしよう、や!」
そう言うと、トッコはこちらに向かっていきなり回し蹴りを繰り出してきた。驚いてしゃがんで避けると、蹴りは自分の背後まで迫ってきていたナビに見事に命中して、相手を吹っ飛ばした。
更にトッコは姿勢を低くした後、一気に敵に向かって突進を開始した。敵は突然のトッコの突撃に対処できず、トッコの攻撃(勿論殴り。いわゆる喧嘩殺法)で次々に吹っ飛ばされていく。中にはトッコの拳を瞬時に防いだものもいたが、そのナビは容赦ない蹴りをくらって吹き飛んだ。
その後も敵たちはトッコに向かっていくが、あるものは手をつかまれて投げられ、あるものは顔面に右ストレートを決められ、あるものは頭突きで思いっきりよろめいた。囲まれているのに、トッコの勢いが衰えることはない。まさに、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、だ。映画かこれは。
「す、すげえ……。」
「はっ!どいつもこいつもお利口な攻撃しかしてこねえ!喧嘩ってのは慣れが必要なんだよ。そんなんじゃあ、いつまでたってもオレを殴ることなんてできやしねえよおおおおお!」
トッコの拳が、とうとう周りにいた最後の敵を捉え、敵はその場に崩れ落ちた。
「なんだよ、たいしたことねえなあ。」
トッコはそう言うと、何事もなかったかのように、こちらにゆっくりと歩いてきた。
「で、なんでここに来たのか、だったよな。」
「え、この流れでその説明に行くんですか?」
「こんなのへでもねえよ。それにあんまり時間もねえしさ。あいつらもまだやめるつもりはねえみてえだし。しぶといねえ、ホントに。その根性だけは認めてやるよ。」
見ると、ナビ達は再び起き上がろうとしていた。やはり頑丈なのだろうし、それにラブに操られている以上、体が無理だといっても無理やり動いてしまうのだ。体験したからわかる。
「バンがバイクを操られて事故ってから、オレはずっと犯人を一人で追っていたんだ。バンに怪我をさせたのは許せねえ。それに、バイクの制御をしていたのは俺なんだ。それを狂わされて事故ったんだよ。自分で自分が情けなくて仕方がなかった。だから何とかして、犯人を探し出して落とし前をつけてやろうと思った。」
「……。」
そうだ。バンさんは今も別の病院にいる。彼女はその間、ずっと一人で犯人を捜していたのだろう。彼女の性格を考えれば、責任をかなり感じているはずだ。
「そうしたらどっかの誰かが連絡をよこしやがった。『今敵は病院にいる、でもそこは大変に危険だ。そんなところに進んで行ってくれる美しいナビは君しかいない。頼む、苦しんでいる私の友達を救ってほしい!』っていう感じの。なんか気持ち悪かったからすぐ連絡は切ったんだが、まあ正しい情報だったみたいだな。勿論感謝なんてしねえが。あの気持ち悪さは犯罪レベルだ。どこの野郎なんだかねえ。警察に突き出してやりたいよ。」
その情報の出どころは、口調から察するに恐らく彼なんだろう。もうそんな軽口を言う元気を取り戻したのだろうか。しぶといというか、というか機密情報とかそういうのはないんだろうか。腐っても警察の癖に。
「で、急いで駆けつければお前さんがピンチってわけだ。今どういう状況だ?」
ちぎっては投げを繰り返しながら訪ねてくるトッコさんに、軽く状況を説明する。
「なるほど。黒幕は奥に逃げた、と。でも邪魔が多くてどうにもならないってわけだ。」
「はい、現在どうしようか考えてるんですけど、応援が来る前にどうにかするのは少し厳しいんですよね!」
ゾンビのように寄って来る敵の頭を殴りながら、そう言うと、
「ふむ、そんなこともあろうかということで、連絡を受け取った時にもらったものがあるんだよな!」
敵の頭を蹴りながら、彼女が懐から何か取り出した。そのプログラム、なんだかどこかで見おぼえがあるような……。
「『そう、どんなロックでもこじ開ける、犯罪者には絶対に渡せない至高の一品。なんでも開けちゃう君だッ!』らしい。使い方は良く分からんが、お前なら知ってるんだろう?」
ああ、そうか思い出した。地下鉄のロックを解除するときにハンサムが使ったやつだ。犯罪に使われたらヤバいな、と思ってたやつなのに、あろうことか不良に渡すとは何考えてるんだあいつ。
「……こっちの事情のことをよく考えてくれてるんだってことは、よくわかるけどね……。」
「ああっ?なんか言ったか!?」
「なんでもないです!それより、それを使えば多分この壁は何とかなります!あとはこのナビ達をどうにかするだけです!」
いくら壁を無力化できるといっても、大勢のナビについてこられれば自由には動けない。ましてラブのところにこいつらを連れて行くなんて論外である。
だがそれを聞いて、トッコはにやりと笑った。
「ああ、そういうことなら問題ねえよ。むしろそれなら俺の出番ってわけだ!」
トッコさんは、自信満々にそう言いながら、手を振り上げた。そして。
「俺がトリプルネームだって忘れてねえか!そう、これが俺の必殺技、もとい必殺マシーン!来な!友情と熱い魂の塊!『究極・爆炎特攻号!』」
そう叫ぶと、遠くから、轟音とともに何かが近づいてくる。あれは、まさか。
「バ、バイクッ!」
「イエス!これが俺の切り札、バンと同じ魂のバイクだ!こいつの前にはどんな野郎でもただのゴミみたいなもんよおおおお!」
次々と敵を吹き飛ばしながら近づいてきたバイクに、トッコさんは私をつかんで飛び乗った。
「さあ行くぜ!壁の消去はお前に任せる!俺はご機嫌なこいつを運転せにゃならんからな!」
トッコがアクセルを回すと、バイクの速度も上がる。急いで壁を消さなければならないと思いカギを取り出し起動すると、あっさりと壁は消えた。どんな威力なんだこれは。確実に色々ヤバい技術が使われているに違いない。でもだからこそ、秘蔵の品なのだろう。
「よし、ご機嫌に行くぜコラァ!」
壁の向こうにも敵がいたが、もはや障害にもならない。どんどんと蹴散らしながら、どんどんと早くなっていく。これは、すごく爽快だ。このスピードなら、ラブに追いつけるかもしれない。
「にしてもこのバイク、何なんですか!」
運転しながらハイテンションになっていくトッコに尋ねてみる。恐らくこの性能、トリプルネーム特有の(でも私は持っていない)特殊能力なのだろうが、こんなものを凡人が作っていたとは思えない。何より、このバイクのデザインは、現実世界でバンさんが持っているものと同じものだ。
「ああ、バンと俺で作ったのさ。ご存知の通り、バンは機械系には強くない。だがそんなバンが、俺とお前なら同じものに乗っていないとおかしい、とか馬鹿な理由で、何日も何日も徹夜して作ったのがこれさ。慣れないことしたから、しばらくは知恵熱を出してやがった。本当に馬鹿だよ、あいつ。」
トッコは笑いながら、でも嬉しそうにそう言った。しかしすぐに顔が引き締まる。
「だから余計に許せない。よりにもよってバイクを事故らせるってのはな。一発殴らねえと気が済まん。」
「……それはこっちも同じですよ。」
「そりゃあいい。ならこのままノンストップだ!突き抜けるぜええええええ!」
トッコが更にスピードを上げる。もう誰も追いつけないようだ。後ろのナビ達がみるみる小さくなっていく。
そうして、かなり奥まで来たところで、前方に巨大な壁が見えてきた。今までのとはわけが違う。最重要区画、最後の障壁というやつか。セキュリティのレベルも段違いなのだろう。その証拠に。
「……おかしい!トッコさん!」
「なんだ!?」
「あの壁、この鍵でも簡単には消せそうにない!」
「何ィ!?」
もともとこの鍵は、セキュリティを一瞬で解除するものだ。その速度は尋常ではなく、恐らく違法なレベルの技術が使われているが、目の前の壁はそれの遥か上を行くレベルだ。解除が進んではいるが、かなり時間がかかりそうだ。これほど厳重となると、あの壁の向こうには、間違いなく人の生命にかかわるものがあるということだ!
「止めないと……。でも時間がない!」
どんどんと壁までの距離は近くなっていく。しかし一向に消える気配はない!
「トッコさん!一度止まって対策を……。」
「……メルト、あの壁、一応少しは脆くなってるんだろう?」
こちらの言葉を遮って、トッコはそう言った。
「ええ、少しずつですが、解除は進んでいます……というかそろそろ止まらないと……。」
「なら……上等ッ!!!!」
トッコがそう叫んだ瞬間、私の体が宙に浮いた。一瞬何が起きたのか分からなかったが、次の瞬間には、体に強い衝撃が走る。地面にぶつかったのだ。というか、バイクから投げ出された……何故?と思って前を向くと……。
スピードを緩めるどころか、更に速めて、壁へと突進していく、トッコさんが見えた。
「まさか……トッコさん!」
「ここで魅せなきゃ漢じゃねえ!こんな薄っぺらい壁一つ、俺とコイツでぶち抜いてやらァ!」
間違いない、トッコさんは突撃するつもりだ。あの壁に。でも無茶だ、あれはセキュリティの壁なのだ。無策で突っ込めば、反撃、反動を食らうはず。そうなれば、トッコさんは……!
「トッコさん!無茶です!」
「無茶なものかよ!俺たちの前では、何もかもが容易いことよッ!そうだろ相棒!そうだろバン!」
バイクを高らかにふかしながら、最高速で突っ込んでいく。彼女の声には、自信と、決意と、相棒に対する信頼があふれていた。あれはもう、止まらないだろう。だからせめて、祈る。
「トッコさん……!」
「これが、魂の、『爆炎特攻流星弾』!ぶち抜けええええええええええええええええええええええええええええ!」
トッコさんの魂の叫びとともに、一瞬、視界が真っ白になった。爆発だ、まるで隕石が落ちてきたかのような、ものすごい衝撃と、爆音。思わず目を閉じてしまう。
そして、すぐに静かになる。どうなったのか、と目を開けると……。
「トッコさん!」
そこには、倒れたトッコと、バイクの残骸と、少しだけ穴が開いた壁があった。
「トッコさん、しっかり!」
あの速度で、ただ単に体当たりをしたのだ、ただでは済むまい、と思い、すぐに駆け寄って体を起こそうとしたが。
「……ッ!」
ボロボロだった。体のあちこちが壊れている。かろうじて全壊は防いだようだが、ロクに動けない、どころか早く手当てをしないとマズイ状況だろう。バイクがあのありさまだから、生きているだけでもまだマシ、という所だろうか。とにかく、触るだけでもまずそうだ。
「……メ、ルト……。」
こちらに気付いたのか、トッコさんが、声を絞り出して、こちらを呼ぶ。弱弱しい声だ。彼女がどのような状態なのかがすぐにわかる。
「喋らないで!すぐに助けを……。」
「馬鹿、やろう…。それじゃあ、意味ねえだろ……。いけよ、メルト。壁がふさがる前に。」
何とかしようとする私に、トッコさんはそう言った。死にかけでもなお、凄みのある声で。
「で、でも、トッコさんだって、黒幕に用があるんでしょう!ここで寝てるってわけには……いかないでしょう!?」
「ああ、それか……それは、お前に任せるよ、メルト。」
「任せるって……。」
「お前の、さっきの言葉を聞いて、お前なら大丈夫だと、思った。俺の分まで、いや、バンの分まで、しっかり落とし前をつけてきてくれるって。大体、お前が一番、あいつに会いたいんだろう……?」
ラブとの事情を、やはり誰かから聞かされていたのだろうか。だから、自分を犠牲にして、あんなことをしたのだろうか。ボロボロでも、彼女の顔はしっかりしている。本気で、この人は、私にすべてを託してくれているのだろう。
けれど、いいのか。ここまで、どれだけの人たちに助けてもらったのだろうか。私のワガママに、どれだけの人を巻き込んだのだろうか。私が前に出なければ、こんな被害が出ることも……。
ボロボロのトッコさんを目の前にして、一瞬そんなことを考えてしまった。しかし、その思考は、すぐに断ち切られる。
「今更、弱気に、なってんじゃ、ねえぞ!」
「!!」
トッコさんの、振り絞った声に、はっとさせられる。
「いいか、ここまで来たんだ。お前たちの喧嘩は。なら、もう、突っ走るしか、ないだろ。何もかも巻き込んで、それでも貫き通せよ、自分の信念を。でないと周りに失礼だ。いいじゃねえか、こんな壮大な喧嘩、めったにできるもんじゃねえよ!」
彼女は、笑う。傷つきながらもなお、笑う。私が尊敬している、漢気を見せて、豪快に笑う。
「喧嘩、ですか。これが。こんな馬鹿みたいに被害を出している、これが。」
「ああ、そうさ。とびっきり馬鹿な奴らの、とびっきり馬鹿な喧嘩さ。大体、自分の信念を持って相手とぶつかるなら、そりゃもう全部喧嘩だろ。違うか?」
そんな姿を見ていると、悩んでいるのも、馬鹿らしくなってくる。
「……そうですね。これは、馬鹿みたいに頭が固い奴と、馬鹿みたいに拳でしか語れない奴の、馬鹿すぎる喧嘩です。」
「だろ?だから、早く、行って、きやがれ!」
勇気が、闘志が、湧いてくる!
「……はい!」
立ち上がる。もう、振り返りはしない。トッコさんがどうなるか、それは分からないが、彼女なら大丈夫な気がする。何より、あそこまで言われて、引き下がれるはずがない。
壁に小さく開いて、今にもまたふさがりそうな穴を、くぐる。その先は、生命を扱う、神聖な領域。それでも、怖気づきはしない。もう、吹っ切れたから。だから、進む。
そうして、しばらく進むと、見えてくる。酷い後姿が。初めにあったころの面影は、ほとんどない。体が、その狂気を表している。
彼女も、こちらに気づいたようで、ゆっくりと振り返る。そして、にっこりと笑う。
「……あら、まさか本当に、こんなところまで来るなんて。クアドラ・ネームすらも追い払ったのに、あなたがここまで来るなんて、ねえ……。」
「……とか言って、期待してたんでしょ?あんた、寂しがりやですもの。アタシがここに来ることを、ゆっくり待っていたんでしょう?」
「……まあ、そうかもね。あなたが証人になってくれると、私としてもうれしいわ。だから、もう無駄なことなんてしないで、お行儀よく待っていてくれないかしら、可愛い妹さん?」
ラブは、そう言いながら、禍々しい剣を実体化させる。
「……あら、アタシが、そんなに行儀の良い子だと思ってた?美しい姉さん?」
こちらも、得物を持って構える。
「いいえ。だから、もう終わらせましょう。あなたの死をもってねええええええええ!」
「ぬかせ!このクソ野郎が!ボコボコに、してやるよおおおおおおおおおおおお!」
二人の間に、もはや優しい言葉など、必要なかった。




