chapter 2 日常or非日常? side:H
学校。しかも月曜日の学校。それは「うーん、学校行くの楽しいなあ!よし、一週間また頑張るぞ!」なんていえる人以外にとっては憂鬱以外の何物でもないだろう。
もちろん学校でも、部活動や友達と話す休憩時間、寄り道をする放課後など楽しいところもあることにはある。しかし特に朝の休み時間など、これから始まる長い長い授業のことを考えると気分が落ち込むのは仕方のないことではないだろうか?
僕も全く例外ではなく、朝の疲れを感じながら、学校へ向かうバスの中で憂鬱な気持ちになっていた。
朝といえばメルトのことである。なぜ彼女はあそこまで変貌してしまったのだろうか?今までの彼女達は、思考システムに何らかの欠点を持っていたが為に、言語が上手くしゃべれなくなる、行動の制御がきかなくなる、感情が暴走して危険な行動に出始めるなどのトラブルが発生していたが、メルトは違う。彼女のシステムには全く問題はない。企業などで使われているものとも全く見劣りしない性能を保持しているはずだ。
もちろん僕自身に多少の問題があることは認めよう。そして彼女がそれに不満を持ったとしても仕方のない話である。しかし僕は彼女がそんな状態になったら、僕に合わせて臨機応変に対応してくれるように彼女を設計したはずである。間違っても突き放すようにプログラムしたつもりはない。なら何故彼女はああなってしまったのか。
もうこの問は自分に対して何度もしてきた。彼女がどうやったら機嫌を直してくれるかも考えた。だが答えは出ず、毎回深い悲しみが僕を襲うのだった。
そうしている内に学校に到着した。うちの学校は山の上にある。通学には多少不便であるが、機械が町に溢れているこの時代では、窓から森が見える学校というのは少ない。これはこれでいいと思っている。疲れている僕の心も少しは安らぐというものだ。もちろん学校のシステムはちゃんとハイテクになっているが。
教室に入って適当に何人かに挨拶する。前にも言ったが、別に家で少し(かなり)変な計画を進めているとはいえ、友達がいないわけではない。クラスでの立ち位置はいたって普通。ちょっと静かで地味なやつ、という感じだ。(あくまで自分の考えであるが。)
「おはよう~」
少し遅れて入ってきたのは隣の席の日和さんである。ほんわかした女の子で、男女関係なくゆったりと接してくる。高校に入ってからはずっと一緒のクラスであり、そこそこお互いのことを知っている。勘違いしないでほしいが僕は別に彼女に恋愛感情はない。もちろん僕の計画のことは知らない。(まだ何も言っていないって?こういうのは先に言わないと気にする人が多いのです全く。)
その後も何人かと話をしながら朝の時間を過ごしていた。
そう、普通の学生となんら変わらない生活である。まあ普通の学生である僕が普通の日常を送るのはある意味当然である。当然であるはずなのに。
その時一人の男が挨拶してくる。
「うっす、おはようございます、兄貴。」
ごくごく普通だった学生生活が変わったのは、この大柄の男が僕の周りにまとわりつくようになってからだ……。
「お、おう……、おはよう、バン。」
その男の名前は晩地凱大納信吉。ああ名前はすごく分かりにくいので(一応言うと「ばんちがいだいなごん のぶよし」、呼び名は「バン」である。
高校生にしては大きく、傷だらけながら引き締まった体。学ランの前は全開で、腹には包帯(おそらく、さらし、であろう)、建物の中なのにゲタを履いている彼は、何を隠そうこの学校の番長である。
「うっす、ごきげんいかがっすか兄貴。肩もみしましょうか。」
「うん、大丈夫だから。早く席につきなよ。」
そんな番長の彼のどこに問題があるのか?それは、彼が僕のことを兄貴と呼び、慕っている、という所である。
「あ………、兄貴、ちょっと失礼します。」
「ど、どうしたの?」
「いや、今入ってきたやつ兄貴に挨拶しなかったんで、ちょっと教育してきます。」
「やめて!ほんとやめて!」
まず困ったことに、彼は非常に血の気が多い。一緒にいるのはいいとしても(十分嫌だが)、周りにまで危害を及ぼそうとするのは勘弁してほしい。実際何人が被害にあったことか。
「兄貴、喉乾いてませんか。何か飲み物買ってきましょうか?」
「いや、もうすぐホームルーム始まるから、いいよ。」
「コーヒーですね、わかりやした。すぐ買ってきます。」
「なんで!なんでそうなる!待て、待つんだ!」
……行ってしまった。こちらの声は聞こえていないようだ。(いつものことだが。)朝ぐらい静かにしてくれないのか………。
さて、なんでこんな奴が僕を兄貴と呼び慕うのか。僕が彼よりも強いから?そんなわけはない。そんなに強かったら今頃女子にモテモ……。違う、そんな話じゃない。僕は家でパソコンをいじるのが好きな文系男子である。力なんてあるわけがない。
なら何なのか?それは高校二年生のときに、僕が彼を助けたことが関係してくる。
高校二年生になった僕は、クラスでの立ち位置はいつも通りの目立たないポジション。友達もそこそこにいて、普通の生活を送っていた。
そんなある日である。一緒のクラスになったはいいものの、血生臭い噂が絶えず、みんなが距離を置いていた、番長ことバンが僕にいきなり話しかけてきたのである。
「おい、おまえ。」
休み時間に急に話しかけられたので、僕は心底驚いた。そして、彼が話しかけてきたとたん、一緒に話していた友達はどこかに消えた。(薄情者!てか足早!)
「な、な、なんでしょうか?」
もちろん僕には番長に話しかけられる理由は思いつかない。そもそも話したことがない。(周りでは、「あいつ、終わったな……」的な物騒な声が聞こえる…。)
「ちょっとついて来てもらおうか?」
その言葉を聞いた途端、頭が真っ白になる。もちろん僕には番長にどこかに連れていかれるような心当たりはない。今日の僕の髪形が気に入らなかった?そんな、これは床屋さんが「最近の若者はこんなんがすきなんやろ?」って勝手に変えただけなのに。いや、まさかこれは
「お昼ご飯、一緒にたべようぜ。」
みたいなノリなのか?だといいなあ。今日の僕のご飯はコンビニおにぎりだ!
とかちょっと現実逃避して固まっていると(周りでは。「墓参りぐらいはしてやるよ」という物騒な声が聞こえてくる。)、
「早くついて来い。」
とすごまれた。ああ、神様、いったい僕の何がいけなかったんでしょうか?と思いながら渋々後について校舎裏まで来た。(シチュエーション的にはもう希望はない。)
「おい、お前。」
番長が呼びかけてくるが頭は回らない。視界に入るものがぼやけて見える。ついにはばあちゃんの顔まで見えてきた。ごめんよばあちゃん、俺は先にいくことになるかもしれない……
「聞いてんのか?なあ?…ちょっと相談があるんだけどよ?」
「はい、お金ならあんまりないんで勘弁してほしいんですが。」
番長が相談なのだから金だと思った。ここは早々に金を出して退散したほうがいい。あんまりないけど、真心込めれば許してくれる、はず!
「金?金じゃねえよ……お前の噂をちょっと聞いてよ、それで相談したいことがあるんだよ。」
どうやら金ではないらしい。というか俺の噂?まあとにかくどうやら暴力関係の話ではないことにまずほっとした。それどころかなんだか本当に困っている様子である。ここは丁寧に話を聞くことにした。そのほうが怖くないし。
「噂ですか?僕の噂って、なんかありましたっけ?」
「ああ、お前が機械に詳しいみたいなことをこの前教室で話してたじゃないか。それでな。」
機械か。まあ僕は機械に強いことから友達からよく質問を受けたりする。その会話をこの番長は横で聞いていたというわけか。番長のくせに意外と器用なことをするもんだ。
「まあ、普通の人よりは詳しいですがね。それで相談というのは?機械関係ですか?」
そういう話ならそこそこに自信がある。これなら無傷で乗り切れそうだという希望が見えてきた。
「ああ、実はな……こいつを直してほしいんだよ。」
そう言って番長が取り出した携帯の画面に映っていたのは、女性の姿をしたナビだった。ぱっと見る限り、目覚ましや今日のニュースなどを教えてくれる便利なタイプのやつで、市販されているやつだ。僕はもちろん持ってないが、主人の情報を入力することで必要な情報を教えてくれたりするやつで、いま町では便利だとかいって大人気のやつである。しかし、普通は主人の動きを察知して挨拶でもしてきそうなのに、全く動かない。
「こいつよ、ちょっと前から動かなくなっちまったんだ。何とかできねえか?」
「ちょっとよく見せてください……、なるほど。」
全く動かないところを見ると、データが破損しているのかもしれない。
「これくらいなら、直すことができそうです。」
そう伝えると、番長はほっとしたような表情をした。なんだ、どうやらただ怖いだけの奴じゃなさそうだな、と僕も少し気を緩めて、気になったことを質問してみる。
「にしても、どうして僕に頼むんです?これくらいなら店に持っていけばすぐ直してくれると思いますけど?」
そう言うと、番長は少し決まりが悪そうな顔をして、
「それは……、だってよ、恥ずかしくねえか?俺みたいのが女のナビ持って、修理してくれって頼みにいくのは?」
自分の外見は理解しているのか。確かにこんな強面が女のナビを直してくれというのは、少し決まりが悪いかもしれない。
「なるほど、じゃあなんで女のタイプにしたんです?男のやつもあったでしょう?」
「それはな……」
そこで少し押し黙る番長。女のナビを彼が買った理由、もしかして彼も僕と同じように女性の優しさに飢えているのか!?なら同士に……
「売り切れてたんだ。」
左様でございますか。まあ、なかなか気が合う人はいないよね。うん、わかってる、わかってるんだ。泣くな僕。
ともかく、暴力を振るわれるわけでもなく、簡単な仕事を頼まれただけなのだから、これはとても幸運といえよう。神は僕に味方したようだ。
「わかりました。これくらいならすぐに直せますよ。任せてください。」
「そうか、なら頼むぜ。」
番長はそう言ってナビを僕に手渡した。まあ僕も彼女制作が難航していたし、ちょうどいい気分転換になると思った。
しかし僕が立ち去ろうとすると、番長がまた声をかけてきた。
「ああそうだ、できるならよ、直すだけじゃなくて、ちょっと改造もしてくれないか?」
「え、改造ですか?」
その言葉を聞き、僕の晴れていた気分に影が差し始めた。
「そうだよ。そいつ、俺の相棒にしては不愛想なんだよなあ。いつも決まったことしかしゃべらないし。」
いや、このナビはそういうものなんですが。
「もっと熱い心を持ってほしいんだよ。じゃないと俺の相棒とは呼べない。」
そもそもナビを相棒にしようとするのはどうなのか。そこが間違ってるんじゃないか?(僕は間違ってない。断じて間違ってない。)
「いや、でも、既製品をいじるのって結構難しいんですけど……。」
「まあ頼むな。そこら辺も完璧にしてくれや。」
僕の言葉なんか聞いていない。ちょっと待て、それはかなり厳しいんだが。自分のさえも成功していないんだが。
そんな僕の気持ちを全く理解せず、番長は最後に、
「……失敗したら、わかっているな?」
といって去っていった……。
その後どうなったかというと、
「おい、お前も早く挨拶しろ!」
「うっす、兄貴、今日もお疲れさまです!」
……まあ今の状況を見たらわかるだろう。僕の命は失われずに済み、感謝の念から彼は僕のことを兄貴と呼び慕うようになった。もっともそのせいで僕は周りから「真の番長」だの「眠れる獅子」だの呼ばれるようになり、みんな少し丁寧に僕に接するようになった。どうしてこうなった。
まあ彼も悪い奴じゃない。話すようになってから、意外に怖い奴じゃないことも分かった。むしろすこし寂しがり屋だったようで、僕と話すときはとても楽しそうだ。人相の悪さのせいで誰も近づいてきてくれなかったらしい。番長とは一体なんだったのか。
しかしまとわりつくのは勘弁してほしいなあ……。俺は昔の当たり障りのない日常を思い出して今日も憂鬱な気分で授業を受けるのだった。……。