chapter 13 ラブ・エンカウント side:H
なかなか集合場所に来ない僕達のことを探しに来たのだろう、すぐに何人かの教師たちがやってきた。最初は僕たちを見つけられたことに安心したのか、こちらにゆっくりと声をかけながら近づいて来ていた。だがその歩みも、すぐに駆け足になる。
不幸中の幸いか、まだ分からないが、この日和さんが落ちた位置は、それほど高いところではなかった。しかし、体を全く動かせない状態、つまり受け身をとれない状態で落ちたのなら、たとえ一段だろうがそれはかなりの危険につながるのだろう。
現に、彼女の頭からは、血が出ていた。仰向けに地面に倒れているから、恐らく後頭部からの出血だろう。どっちにしろ無事そうには見えなかった。依然として気を失ったままだった。ピクリとも動かない。
教師たちはこちらの状況を理解し、一人は日和さんの様子を確認し、一人はどこかに連絡をして、もう一人は僕にどうしてこうなったのかを訪ねた。こちらを心配そうに見ていたが、勿論僕はその問いに答えられなかった。
日和さんのことがショックだったということもある。突然のことに呆然としているというのもある。でもそれ以上に、誰が信じてくれるのだろうか?
昔消したはずのナビに彼女が襲われました、ということを。
そう。前から分かっていたのだ、あいつの正体など。ただ僕自身思いだしたくなかったし、何より思い込んでいたのだ。彼女はこの手で消したのだから、この世に存在するはずがない、と。そんなことを考えていたから、今まではっきりと認識できなかったのだ。
それでもここまでくれば、もはや疑いようがない。疑うことの方が、現実味のないことだろう。僕を狙い、僕のことを良く知っていて、僕の周りのことも良く知っている。そんなのは他人では不可能だろう。
そして何より、あそこまで『愛』というものに執着するナビなんて、彼女しかいないじゃないか。そんなの作り手の僕が一番分かっていることである。散々体験したのだ、彼女の愛というやつに。
愛を求め、愛に生き、愛を貫く、絶対無垢なる純粋愛。
彼女はラブ。正式名称、ラブ・ザ・セブン。
時間は遡る。かといって何年も前の話ではない。ちょうど一年かもう少し前の話である。
最初にプリティを作って、そして失敗して消去した後も、僕はナビを作り続けていた。勿論失敗の経験を生かして、毎回最高のものを作り上げるつもりで頑張った。僕はいつでも最高の彼女を求めていた。今もだけれど。
だがそう簡単にはいかなかった。プリティの時は、感情というか精神的な面でうまくいかなかったので、二番目のナビはかなりクールな感じのキャラにしてみたが、予想以上に冷静なキャラになり、結局はシステム面の不具合が重なって動かなくなってしまった。
三番目は、取り敢えず性格は控えめにして、不具合が起きないように細心の注意を払ったのだが、結果極端に内気な性格となり、意思疎通がほぼ不可能、ということになってしまった。まあ最初と同様に精神的な面で失敗したのだった。
四番目は和の女性を意識した結果、とてもストイックな女性になってしまい、僕の生活態度に耐えられず精神的にも暴走気味、そしてその暴走にシステムが耐えられなくなってしまった。またもや感情面での失敗だ。機械に心を持たせるということは、予想以上に厳しいことだった。
とまあこのようにして失敗は続いていった。五番目も正義感が強すぎておかしくなり、六番目の双子は性格が違いすぎ、双子で機能的にも個性をつけようとした結果、システム的な粗が増えてしまい、最終的にはうまく動かなくなった。つまりは、システム面と感情面、どちらもしっかりとしたバランスの取れたナビがそれまでいなかったのである。
そして迎えた七番目。今度はその両面に気を配りながら、これまでの反省をしっかり生かし、更に新しい技術を導入することで、ついにほぼ完璧といってもおかしくないナビが完成した。
さて、それなら問題は性格である。今のメルトは、前も言ったように純粋で可憐な少女をイメージして作ったものであり、そこまで強い個性というものを与えていなかった(今は見る影もないの)。だがそれまでのナビは、そこそこにはっきりしたものが与えられていたのだ。
まあメルトにそれを与えなかったのは、七番目のせいであるのだが。
当時の僕は、ようやくナビが完成したことをとても嬉しく思っていたが、同時にとても疲れていた。それは学校の勉強が難しくなり、更にナビづくりも並行して行っていたから、という理由もある。だが最も大きな理由はやはり、ナビを消す作業が続いていたからだろう。精神的にかなりつらい状態だった。時には汚い手を使った。彼女達の最後は見ていられなかった。
そんな僕が、ラブの個性をつける段階になって考えたのが、包み込んでくれるよな、母性に溢れているような、優しく愛してくれるような、そんなキャラである。まあほんわかなお姉さん、といったところだろうか。今考えてみれば、親と離れて暮らしているので、少し寂しかったのかもしれない、恥ずかしながら。
それで生まれたのが、ラブ・ザ・セブンである。名前の由来は、もうわかると思うが、愛があふれるナビになってほしかったからである。体型に関しては、まあ、包み込むを表現したかのような……やめておこう。
完成したラブは、最初はほかのナビ達と同様、色々なことを覚えていった。きちんと毎朝起こしてくれたし、最初に想像していたような、「早く起きないと、遅刻しちゃうわよ?」的な感じになったので、僕はかなり嬉しかった。巡り巡ってここに至った、という思いだった。
また、起動してからしばらくたっても、エラーが発生することはなかったし、急に暴走し始める、ということはなかった。それどころか色々すぐに覚えて、これならすぐに完璧になるだろう、と思われた。
こんな感じで舞い上がっていたから、気づけなかったのだろう。彼女の変化、というやつに。
その先を思いだすのは今でも恐ろしい。どんな風になったかというと、簡単に言うならば、彼女の愛が予想以上に大きくなりすぎた、という感じだろうか。成長する機能を持っている以上、勿論性格も経験に影響されて変わるものだが、彼女の場合は最初から持っていた『愛情』というものが大きく影響を受けたようだった。どうしてそうなったかは、分からないのだが。
最初は、彼女が僕に話しかけてくる頻度が多くなったくらいの変化だったのだ。その時は、仲が良くなったものだなあ、良いことだなあ、ぐらいしか考えていなかった。
だが段々と、常に話しかけてくるようになった。更に僕に彼女と目を合わせて話すようにせがむようになった。
『ねえ、凡人さん。こっちに来てお話しましょう?あなたの顔が見たいの。』
ただ、愛情を主にした設計なのだから、そのくらいは仕方がないか、と思ってしまったのだ、僕は。注意すれば治るだろう?と。今までの経験が残念ながら生かされていないのは、やはり舞い上がっていたからなのか、それとも失敗を認めたくなかったのか。
しかし注意しても、彼女の態度がもとに戻ることはなかった。いや、懇願するようなことはなくなったが、その代わり、
『凡人さん、私の何が気に入らないの?ダメなところがあるなら、言ってください。直しますから。絶対に。』
みたいなことを言うようになった。といってもこれでも結構典型的な言葉である。尽くすタイプ、だろうか。だから少し注意しながらも、何か大きな修理をするようなことはなかった。
そして加速していく。愛が加速してい。それはもう怖いぐらいに。
それからは、一種のストーカーのような感じになっていった。常に顔を見せるようになったのだ。家の中では勿論、外出先でも頻繁に顔を出すようになる。今ほどの力は持っていなかったから、ハッキングなんてできないが、セキュリティさえゆるければどこの画面にも顔を出す。監視されているようなものだ、たまったものではない。
とうとうこれはまずいことになった、と思い、こちらから手を加えようとしたのだが、そこは今のメルト同様、こちらの干渉を彼女は許さなかった。というかパソコンをいじろうとすると画面いっぱいにラブが現れるので、段々と画面を見るのも嫌になってきた。
更に更にこちらに呼びかける回数も極端に上昇する。というかほぼ常にである。家の中にいると彼女の気配を常に感じるのだ。僕はそのうちなるべく家に帰らないようになっていく。休日はほぼ外出である。
一度素直に、もうついてくるな、と言ったことがある。その時彼女はひどくショックを受けた顔だったが、意外にすぐに了承してくれた。なんだ、素直に接すればよかったのではないか、とその時は安堵する。だがそんなことでは終わらない。
『あら凡人さん、お帰りなさい。どうでしたか、図書館は?最近毎日言ってるみたいですけど、そんなに楽しいですか?まさか他の女の子に興味がおありで?確かにあそこは、女性も良く利用していますものね。でも今日あなたの四つ隣に座っていた女はどちらかというと気品が全くないように……。』
帰宅するとそんな会話が延々と続く。完璧に監視されているのだ。とうとう僕は本格的に怖くなってきた。彼女の姿を見るのも嫌になってきた。それだけで寒気がするようになった。
ここで僕の、残念なトラウマができてしまうのだった。ああ、男としては本当に悲しいものだと思っている。まさか母性を表現してみた結果こんなことになるとは、誰が考えただろうか。
まあ大きな胸がトラウマになったからといって、小さいのが好きになったかというと、そんなわけもないのだが。なので余計につらいのだが。
ともかく、こんな悩みを他人に相談するわけにもいかず、かといってこれ以上放置するのは無理だと確信した僕は、ついに最後の手段に出る。いや、最後の手段、というのは正確ではないか。今までも、何回も、繰り返してきたのだから。
そう、この手で、もう何体ものナビを、作っては、消してきたのだから。
結局、学校にはそのあとすぐに消防車が駆け付けた。また学校も、『ほぼすべて』の生徒の無事を確認した後は、消火活動の邪魔にならないように生徒たちを学校外まで誘導した後、各自解散、ということになった。いつまでも団体行動していても意味はない、と判断したのだ。勿論体調がすぐれない生徒は、病院に送られることになったが。
僕も別にとがめられることはなかった。あの現場では、僕が誰かを階段から突き落とすようなことをする人間でないのならば、日和さんが自分で階段から落ちた、と考えるのが妥当だろう。避難中ということもあって、彼女を助けられなかったことも仕方ない、と。
僕は、先ほど言ったように、誰にも信じてもらえなさそうなので、何も言わなかった。いやただ単に責任を追及されるのが怖かっただけかもしれないが。先生たちも、目の前で日和さんがけがをするところを見たショックで、言葉数が少なくなっているのだと判断したらしい。何度かこちらに大丈夫かどうか確認した後は、すぐに開放してくれて、そのあとも他の生徒のように家に帰らせてくれた。
家までの道を歩く。バスを使いたかったが、何やら動いていないらしかった。それどころか町中で色々問題が起きているらしい。人々が「またかよ」と言ってるのがよく聞こえる。原因は、もう考えなくても分かるんだが。
町がざわざわしているのが、たまらなく嫌に感じた。だが、今感じているのは、申し訳なさとか、そういうものではない。ちょっと前までなら、こんな町を歩けば、罪悪感でいっぱいになっていただろう。悪い、とは思ってはいるが、それどころではなかった。
というかよくわからなかった。この感情は、怒りかもしれない。悲しみかもしれない。だがそんなことは、もうどうだっていい。今頭の中にあることは、たった一つだ。
それは勿論、もう一度、この手で……。
そこで携帯が鳴る、見てみると、織上さんからだった。
『もしもし、織上です。凡人さん、現在どのような状況ですか。』
彼女の声は、かなり焦っているように感じられた。こちらも町の状況を見れば、どういう状態かは大体わかるが。
「ああ、織上さん。遅かったですね。どうなってるんですか、そっちは?」
『え、ああ、連絡が遅れてすみません。何しろ忙しいもので。凡人さんこそ大丈夫ですか?』
少し織上さんは驚いた声をした。僕が慌てていないのが予想外だったのかもしれない。
「こっちは大丈夫ですよ。今から家に帰るところです。大分遅くなっていしまいましたけど。」
『そうですか。ブレイブが離れたので、どうなったのかと心配をしていました。今のところは彼らが犯人を追っているので、そちらに攻撃をする暇はないはずですが……。』
「織上さんは、犯人のことを知っていたんですか?」
質問してみる。聞かずにはいられなかった。嫌な質問になってしまったかもしれない。だが、はっきりともっと前から知っておきたかった、という気持ちが強かった。
『……確証はありませんよ。確実な証拠がありませんでしたからね。しかしブレイブ達の報告で、はっきりしました。ですが凡人さん、あなたも分かっていたんでしょう?メルトさんからの話を聞く限り、彼女の性格を知っていれば、想像することは容易でしょう。』
てっきり謝られると思ったが、織上さんは逆に切り返してきた。相手の方が一枚上手だった。だが全く持って彼女の言う通りだ。一番最初から、思いだすことは可能だった。僕は、ただ単に、思いだしたくなかった、だけなのだ。改めて実感する。
「……すみません、責めるようなことを言って。」
『いいえ、こちらもはっきり言わなかったので、お互い様です。』
こちらを混乱させないために言わなかったはずなのに、織上さんは誤ってくれる。つくづく自分が子供だということを思い知らされる。だから誰かが傷ついてしまうのだと、手を強く握る。
『こちらの現在の状況ですが、犯人……ラブ・ザ・セブンと交戦状態にあります。かなり拮抗状態になっているようですが、色々な妨害のせいで詳しくは良く分かっていません。』
ナビがつぶし合うとなれば、性能差が近いほど、戦いは長引きやすい。相手の体を壊しにくいし、自分の体も壊れにくいからだ。しかし敵がやっていることを考えると、倒し切るのは難しいかもしれない。長期戦になれば、あちらの方が有利だ。
『どうなるかはわかりませんが、任せるしかないでしょう。彼らの強さは伊達ではありません。凡人さんは、家にいてください。』
「……分かりました。」
素直に返事をする。織上さんも、僕がこの前とは違い、素直で落ち着いていることに少し違和感を感じていたようだったが、忙しいためかすぐに電話を切った。
さて、こうなったら早く家に帰らなくてはならない。あそこにはすべてがそろっている。誰もいない今が、集中して作業をするチャンスだろう。織上さんにはああいったが、勿論大人しくする気などは全くない。警察が何とかしてくれるなら、それが一番である。だが今までのことと、今回のことを考えれば、いずれ終わるとしても、しばらくは被害が続くだろう。それではだめなのだ。
自然と早足になる。いっそのこと走りたかったが、町にはどんな危険があるか分からないので我慢する。その代わりに、頭で考える。奴を、どうやって、消すかを。
彼女を作ったのは、僕だ。そして一度彼女を消したのも、僕だ。なら今回も、その役目は僕がやらなくてはならないのだ。どこの誰が彼女達を復活させたのかは知らないが、なんとかなるはずである。
プリティの凶悪な性能と、ラブの異常なハッキング能力。もともとは持っていなかった力ではあるが、全く新しいものでもない。プリティは昔はあらゆるものを壊していたし、ラブは僕を監視するために、色々なところに侵入していただろうから。
ということは、根本的な部分は変わっていないはずなのである。なら、いくらでも対処のしようはあるはずだ。
もう逃げるのはやめだ。この手で、終わらせる。誰かをこれ以上気づつけさせないために、終わらせる。
アイツをこの手で、消してやる。




