chapter 13 ラブ・エンカウント side:M 前編
ラブ・ザ・セブン。ウチの主人が創った七人目のナビ。私の一つ前のナビなので、血のつながりもクソもないが一応姉、ということになる。まさか生きているなんて思わなかったけれど。
例のメモ帳、消えていったナビ達が残した日記帳を見る限り、一番強烈な性格をしているのはこのナビであろう。詳しいことは全く知らないが、恐らく凡人にトラウマを植え付けたのもこいつである。彼のでかい脂肪の塊(別名巨乳)嫌いも、コイツから来ているならば納得できる。
そして今の様子を見る限り、その性格は直っているどころか、更に曲がっているように見える。ていうか残念ながら普通ではない。今までの行動のことも考慮すると。
「あらあら……私一人を捕まえるためにこんなに大勢で来たの?嫌だわ、周りから見たら誤解されるわよ、これ?あなた達、あんまり警察っぽくないしね。」
ブレイブ達はここに到着した後、すぐに私と話をしているのが標的であると理解し、彼女を取り囲むように広がった(勿論私も囲まれたわけである)。その動きの無駄のなさを見る限り、優秀なダブルネームとトリプルネームが大勢いることが分かる。しかも数でもこちらが圧倒的だった。確かに何も知らない奴が見ればいじめっぽいかもしれない。若干強面の奴が多いし。
ブレイブが一歩前に出る。彼がこのナビ達のまとめ役であるようだった。
「散々好き勝手したくせによく言う。こちとらお前をそろそろ捕まえなけりゃ、どうなるか分かったもんじゃないからな。」
「あら、私が悪いの?そっちが私の予想をはるかに上回る無能だったからじゃない。私だって、まさかこんなに色々できるなんて思ってなかったわ。あなた達のおかげよ。それともわざとやってくれたのかしら?どっちにしろお礼を言わなくちゃね。ありがとう。」
「そりゃどういたしまして。」
ブレイブとラブの挑発合戦の間にも、警察のナビ達はラブが逃げられないように包囲を強固にしていく。外からアクセスできないようにブロックし、逃げようとすれば発動する罠を設置していく。そう、彼女を取り囲む円をじりじりと小さくしていっているのだ。そこに隙間は存在しない。
「だがもう逃げられん。流石にこの人数を真面目に相手するのは無理だろう。それにお得意のハッキングも、こいつらには通じにくい。俺も含めてな。」
「対策済みってこと?予想外だわ……。対策を講じるのが遅すぎることが!ほんっと使えないわね、あなた達は!可哀想なぐらいに!」
今ので何人かが舌打ちした。がブレイブは動じない。それに舌打ちするくらいではこの包囲は解かれない。バトル漫画であればその隙をつけるかもしれないが、生憎ここは電脳世界である。精神的な隙はあまり意味をなさない。
「仮にお前のハッキングがこちらの対策の上を行くものだったとしても、一人を操る間に他の奴がお前を取り押さえる。また取り押さえられる前にハッキングに成功したとして、二人になったところでこの戦力さは覆らない。そうだろう?ちなみに誰が操られようとも、俺達は躊躇しない。」
ブレイブは敵の脱出の可能性を否定していく。恐らく投降させるためなのだろうが、全然おかしなことは言っていない。ざっと見ただけでもこちらのナビは40体。そしてちょっと見ただけでもトリプルネームっぽいのがちらほらいる(恐らく警察以外からも応援のナビが来ているのだろう。この町の警察は電課以外はこっち方面に強くないといっていたし)。
「外への逃げ道はウチの奴が閉じている。もう争う意味はないと思うんだがな?」
「そうね、聞いている限りでは私に勝ち目はないわね……。とっても絶望的。でもそんな困難を乗り越えてこそだと、あなたは思わない?それにいくら口にしたところで、それが真実にはならないもんなのよ。この世界ってやつは。」
これだけ言われてもラブは相変わらず平気そうにしている。もう諦めているという可能性もなくはないだろうが、これはやはりまだ何か策を持っているということだろうか。変な言い回しをするその言葉からは、何も読み取れないが。
「時間稼ぎをしているのか?確かにお前にまだ未知の仲間が大勢いるというならば、この状況もひっくり返るかもしれんな。」
すかさずブレイブが探りを入れる。
「そうだとしたら?」
ラブは面白そうにそう答える。ブレイブはあまり表情を動かさないが、イライラしているのは明らかだった。だからそこでとうとう指示を出した。
「今すぐ確保する。」
もう一切待つ気はないという感じで。相手が何か策を持っているかもしれない以上、だらだらと話し続けるのは得策ではない。アニメとかだったらたっぷり話すのだけれど、さすがに警察は違う。冷静に、無慈悲に、使命を実行する。
だがその指示を受けて、全てのナビがラブに飛びかかろうとした瞬間、別の声が響き渡った。
『危険!何者かがここに侵入しようとしている!』
その声は聴いたことがなかったが、こちら側の人間であることは分かった。その声を聞き、飛び掛かろうとしていたナビ達が動きを止める。それほどまでに必死な声だったのだ。
「侵入?お前の自慢の盾はどうなっている?守ることに関しては右に出る者はいないだろうが!まだ封鎖してから大して時間がたっていないぞ?」
『分かってるよ!でもこいつは何かおかしい!私の盾がこんなに簡単に破れるはずがない!そんなことが出来るなら、それこそウチのあれしかない……!』
通話の相手は、ブレイブとのやり取りを聞くにどうやら電課のナビらしい。そしてここに他の誰かが侵入することを防いでいるようだが、声を聞く限りではヤバい状況のようだ。もう敵が入ってくるのは時間の問題、という感じだ。
周りのナビ達もその声を聞いていたので、焦って隣のナビ達と顔を見合わせる。どうするべきか。まさかこちらが敵の罠にはめられたのではないか、と不安そうな顔をしている。今までラブがしてきたことを考えると、どんな可能性も否定できなくなってしまうのだ。残念ながら私も。
「全員、そのまま確保しろ!あいつの盾はそう簡単には破れん!もし誰か入ってきたとしても、まずはそこのハッキング野郎を抑えろ、ソイツさえ潰せればどうにでもなる!」
そこに鳴り響いたのは、ブレイブの指示だった。その声を聞いて、他のナビ達も決心したように再びラブの方を向き、突撃する。ラブが敵の親玉であることは間違いない。そしてブレイブがいう盾というやつも、恐らく強いものなんだろう。だから全員迷いはなかった。
そして一番先頭のナビが、ラブに触れようとしたその瞬間に。
「なっ…………!」
バン、という音が鳴り響いた。そしてそのナビは、ラブになにかをする前に、倒れた。その体には、いくつかの小さな穴が。
全員が再び動きを止める。何者かが攻撃を仕掛けてきたのは明らかだった。しかもラブではない。別の誰かによる攻撃だ。彼女は見たところ何もしていない。いや、実際はしているのかもしれないが、少なくとも目の前の敵を倒すための動作はなかった。それはつまり。
「ちっ、全員散れ!くるぞ!」
ブレイブが叫んだ瞬間に、再び先ほどの音が響く。そしてそれと同時にナビ達は一斉に散らる。訓練された動きだった。次の瞬間には、何かが高速で前を横切る。音と合わせて考えると、あれは恐らく……銃弾。散開していなければ、誰かにヒットしていただろう。
回避が終わった後でも緊張感は抜けない。次の攻撃はどこから来るのか、そもそも誰が攻撃してきているのか。警戒して周囲をうかがっていたが、何も起きない。代わりに目に飛び込んできたのは、ラブの前にいつの間にか現れた、ナビの姿だった。
「……………………。」
銃弾はひとまず収まる。恐らくそのナビが発射していたものだったのだろう。しかし散らばったナビ達は、突然現れたナビの姿を見て、再び驚愕した。勿論、気づかれずにそこに現れたステルス性能にも驚いているが、重要なのはそこではない。
その姿は、とても見覚えのある姿。両手に拳銃を握っている。そしてその顔は、憎たらしいほどイケメンだった。
「……何してるのよ、クソイケメン。」
誰も、ブレイブですらも声を上げなかったから、私がそいつに話しかけた。そう、そいつは、私の記憶が正しければ、今はまだメンテナンスを受けているはずの、ハンサムだった。
彼の顔が、ゆっくりとこちらを向く。その顔は、いつものように笑っていた。どことなく、悲しそうな顔であったけれど。
「いやあ、どうにも、体が上手く動かないんだよねえ……。まだ、調子が、悪いって、ことかな……?」
その声も、完全にハンサムだった。だがとても話づらそうだった。自分の思いどお入りに声が出せない感じ。そしてうまく動かないらしい体の手に握られた銃は、ゆっくりとこちらを向き始めてるのだ。その様子を見れば、彼の身に何が起きているかはすぐにわかる。
「あら……。抵抗できるのね。自我も失っていないし。やっぱりなかなかすごいのね、あなたって」
ラブは嬉しそうに言う。そう、彼女がハンサムをハッキングしているのだ。でなければこんなおかしな状況にはならないだろう。いくらハンサムがちょっとおかしいとしても。またハンサムが来たというなら、外のブロックがあっさり突破されたのもうなずける。先日の地下鉄のセキュリティを簡単に突破した鍵、『なんでも開けちゃう君』をこいつは持っているはずだから。
「なんだこいつら……っ!」
続けて周りから声が聞こえてくる。振り返ってみると、先ほど散らばった警察のナビ達が、どこから現れたのかも分からないナビ達と戦闘を開始しているのだ。敵の動きはしっかりしているが、外見的に職業はバラバラっぽかった。恐らくラブに操られたナビ達だろうが、その数はこちらとほぼ同数である。
「これだけのナビを操る暇があったなんて、意外だわ。てっきり逃げ回ってるのかと思ってた。」
「逃げてたわよ、あなた達から。勿論凡人さんの監視は続けていたけれどね……。」
「ただ逃げていただけでは、説明も付かんことがあるんだがな。」
他のナビは予想外の敵との戦闘で忙しくなっている。あれだけ強固だった包囲網も今ではぐちゃぐちゃだ。いつの間にか私の後ろにいたブレイブと私、それに対してラブとハンサムが、向かい合って立っていた。誰も邪魔する様子はない。
「そこの青二才はウチで修理していたはずだ。外から入る隙はどこにもない。どうやったらそんなことになるか教えてもらいたいもんだ。」
前回の襲撃以降、あそこのセキュリティは特に厳重になっている。容易には突破できないはずだ、とブレイブには言いたいのだろう。確かに警戒されている中を行くのは至難の業である・
「それはあなたの考えている通りよ。さっき言ってたわよね、時限爆弾がどうのこうの。私の技をそんな品性のないものに例えられるのは心外だけれど、品性のない人なのだから仕方ないわよね。いいわ、教えてあげる。」
ラブは楽しそうに言う。自分が敵と対峙していることなどまるで意識していないかのように。友達同士の会話を楽しむように。ゆっくりと挙げられていくハンサムの手を見ながら。
「私が行うのは主に三つ。一つは近くで直接動かす『近距離恋愛』。障害になるものが少ないから、かなり自由に動かすことが出来るの。楽しいわよお、相手を人形みたいに操るのは。ああ、ちなみにただのハッキングとか乗っ取りとかとはレベルが違うわよ?同じにするのが失礼なくらいにね。」
「ずいぶんと嫌な趣味を持っているのね、アンタって。」
「いいじゃない、人は支配欲が強いのよ。ナビだって同じ。二つ目はまあ定番の遠くから操作するやつ、『遠距離恋愛』。近くでやるよりは制度が下がるけれど、それでも危険が少なくなるから、どっちもどっちよね。これもそこら辺の奴とはレベルが違う。天に祝福されているのよ、私は。」
「お前とおしゃべりする気はないんだがな。」
ブレイブがイライラして声を上げるが、先ほどとは違い容赦なく攻撃を仕掛けたりはしない。それは恐らく、ハンサムがいるからだろう。彼が今どんな状態なのか、分からないのだから。ブレイブなら、覚悟は決めているでしょうけれど。
「そんなに急がないで、ゆっくりお話しましょう?私だってこんなに色々と話すのはとても久しぶりなの……。分かったわよ、怖い顔しないで。そんな難しい話ではないの。三つ目は、あなた風に言えば時限爆弾、まあもっと悪くいえばウイルス。何かに設置しておけば、指定した時間に起動、指示された内容を実行してしまうってわけ。ね、簡単でしょ?」
「学校で起きた一連の出来事はそいつのせいってわけか。なるほど。だがな、そこの青二才は修理されてたんだ。いつ仕掛けたって言うんだ?」
「ふふふ、そんなの、プリティちゃんと戦った時に決まってるじゃない……。あの子はね、ウイルスの感染源にもなっているのよ。あらかじめ何人かにはしっかり爆弾をつけておくように、指示を出していたの。あ、そんなにセットしたのが前なのに、どうして今日こんな時間ぴったりにこのハンサム君が私を助けに来たのか、疑問に思ってる?」
彼女は、子供が親に自慢をするときのような感じで、そう尋ねる。正直あまり興味はないが、敵の手の内を知ることも必要だと考え、恐らくたずねないであろうブレイブの代わりに私が聞く。
「……どうしてなのよ?クソッたれのお姉さん?」
すると彼女は、うっとりした顔をして、つぶやく。
「決まってるじゃない…………。愛の力なのよ、これは。愛は何だって可能にしてしまうの。無限の力なのよ……。愛がない人には、分からないでしょうけれど。」
……嘘つけ。絶対緻密な計算をしているはずだ。
というか彼女は楽しそうに言うが、それはとても恐ろしいことだった。そもそもこのナビは性能がおかしい。みんな自重して特殊な力は一つしかないというのに、お構いなしに三つも持っているなんて。それでいてどの力もスペシャルな感じだ。まさに常識破りである。
「さあ、もうわかったでしょう?私の『愛の置き土産|』によって、このハンサム君は自由に動けない。まあ複雑な命令はできないのよね、この爆弾は。シンプルな命令を実行させる。その代わりに同時に大量の爆弾を仕掛けられるし、とても見つけにくい。彼は今、ここにやってきて、私を襲おうとしたナビを攻撃する命令を実行しようとしているのよ……。」
そこで、バン、という銃声が響いた。それはハンサムの銃から放たれたものだったが、私たちには当たらなかった。ラブはこう言っているが、ハンサムはまだ抵抗しているらしい。現に銃口はかなりあさっての方を向いていた。
「この子、なかなかやるのね……。でもそろそろ限界でしょう?なんせ病み上がりですものね、そんな抵抗力があるとは思えないわ。たいした愛があるとも思えないし。」
「そんな大した戦力になるとも思えないがな?病み上がりはすぐにぶっ壊れるぞ?」
ブレイブは馬鹿にしたように言う。現にハンサムの動きが鈍いのは、抵抗しているからだけではないだろう。あんなにボロボロだったのだ。いくら優秀とはいっても厳しいものがあるのだろう。
「まあ、そうかもしれないわね……。でももともと捨て駒みたいなものだし、相手を足止めできるならなんでもいいのよ。それに、彼は色々と訳に立つでしょう?現に今あなたは私を攻撃しようとしないじゃない?」
いじわるそうに笑う彼女が言いたいことは良く分かる。つまり、簡単に言えば、身内は攻撃しにくいでしょう?ということなのだ。完全に悪のやることだ。それだけに効果的なのだろうが。
その言葉を聞いて、ブレイブは一瞬黙る。彼はどうするつもりなのだろう、と一瞬心配になったが、すぐにいつもの厳しい目線をラブに向けた。
「……そんな甘っちょろいことを、俺が考えてると思うか?こういう仕事だ、もともと味方だった奴と潰し合いになることだってある。だから躊躇する気は全くない。そうだろ、青二才?」
ブレイブが問いかけると、ハンサムは苦しそうにしながらも、こちらにゆっくりと顔を向ける。あくまで笑いながら。
「……そうだね、相棒。たまにはこういうのもいいんじゃないかと、僕も思うよ。それに、そろそろ本当に限界だ。女性を傷つけるくらいなら、誰かに葬られた方が、まだマシってものさ。それが君だというのであれば、猶更いいじゃないか。愛はないかもしれないが、男のプライドはもっているのさ。」
その言葉に嘘はないようだった。ブレイブも少しだけ笑った気がする。そしてとうとうハンサムはブレイブに銃口を向けた。もう、戦いは避けられないということだろう。
それにしてもこういう時は、男同士というものはやっぱりいいものである。なんというか、熱いというか、絆というか?無論女同士だって一緒なのであるが、それはまた別の良さがあるってもので……。
「メルト。おい、聞いてるのか。」
少し違うところに行きかけていた私の意識は、、ブレイブによって引き戻される。
「腐ってもあいつは高性能だ。俺でも止めるのに時間がかかる。だからお前が親玉を叩け。」
振り返らずにそうブレイブは告げる。私にラブを捕まえろというのだ。普通に考えれば私なんかに任せてもいいのか、ということになるだろう。だが私は、ブレイブがわざと私に譲ってくれたのだと感じた。身内のことはしっかり面倒見ろよ、みたいな。単純にハンサムと戦いたいだけかもしれないけれどね。
「すぐに応援が来ないということは、恐らく外にもなにか細工をしているのだろう。だがそれでも簡単に逃げれないことには変わりはない。逃がすなよ。後そこのクソハンサムをどうにかしたら、俺はすぐに手を出すからな。待つつもりはない。」
「誰に言ってんのよ、誰に。」
ブレイブは少しだけ笑った。そしてもう次の瞬間には、まるで最初からそこにいなかったかのように、姿を消した。同時にハンサムも姿を消す。後はもう知らない。なんだかちらちら影っぽいものが見えるけれど、あいつらの世界なんで邪魔しない。
私がやることは変わらない。目の前にいる奴を、取り敢えず大人しくさせるだけ。
「さあ、まずは一発殴らせてもらいましょうか?」
「ふん、あなた、何も分かってないわね……。いいわ、教えてあげる。あなたが如何に無力で邪魔で目障りで無駄で意味のない存在であるかということをね。」




