chapter 12 あなたは、一人じゃない? side:H 後編
とはいったものの、勉強に集中できる気など全くしない。別に、勉強しなくてもそこそこの大学に行けるんだ、とかいうハイスペックな男でもないので、勉強はしなくてはいけないのだけれど。敵がいつ誰を襲うか分からない状況では、どうしようもない。
朝の時間は終わろうとしていた。もうすぐホームルームが始まるだろう。どうしようかな、帰りにどこで作業しようかな、とかぼんやり考えていると、急に声がかけられたのだった。
「おはよう~」
ああ、この気の抜けた声を聞くのもなんだかとても懐かしく感じる。そう、いつも遅れ気味に入ってくる、日和さんなのであった。いつもと全く同じ感じである。
「あれ、これは、これは、ハント君じゃない~。久しぶりだねえ。」
そんなほんわかモードで僕の隣に座るのであった。ああ、朝から何かもの足りないと思っていたが、彼女だったのか。彼女のキャラは強烈だからなあ。これがないと朝って感じがしない。
……これでバンがいれば、いつもの、そう、いつもの非日常っぽい、日常だったのに。
「最近いなかったから、心配したよ~。ダメだよ、女の人の恨みを買っちゃ。怖いんだからあ。」
「相変わらず結構きついのね。おはよう日和さん。」
一応僕がいないことは認識していたらしい。理由はともかく。
「最近は、バン君もいないから、教室は静かだったよ~。クラスの騒音係が、二人もいなくなってるんだから、当然だけどね~。」
「ああ、やっぱりそんな感じの認識なのね……。」
まあ、クラスの奴にしたって日和さんにしたって、覚えていてくれたのは嬉しいことである。これで忘れられていたら、立ち直れないだろうから。本気で。
しかし日和さんは、僕の周りを少し見た後に、少し残念そうな顔をする。
「でもやっぱりバン君はいないんだねえ。どうしちゃったんだろうねえ。」
発せられた言葉に、少しだけ緩んでいた心がまた締め付けられた。そう、やはり誰も知らないのだ。何故バンが来れなくなったのかを。誰のせいでこうなったのかを。だからこそ、やはりこんなところにいるべきではないのだ。
そこからしばらく二人とも沈黙していた。僕としてもどう答えればいいかわからなかった。別に交通事故に合っただけだよ、と言えばいいのだが、そのことだけを伝えるのは、嘘をついている気になってしまう。……何故、そんなことになったのか?誰の責任?バンの運転ミス?バイクの故障?違う、全部は…………。
「そんな、怖い顔したら、ダメだよ。」
その言葉にハッとすると、日和さんが僕の顔をじっと見ているのだった。至近距離で。この距離では恥ずかしいとさえ感じてしまうが、それよりもそんな近くで見つめられていることに気が付かなかった自分に驚いた。
「え……。そんな顔、してた?」
そんなつもりはなかったのだが。
「うん。どっかの復讐鬼みたいな顔をしていたよ~。今なら躊躇なく人を殺せるぜえ、って感じだったよお。おっかないんだからあ。」
「……ごめん。少し難しいこと、考えていたから。」
そういえば織上さんにも指摘されてしまったっけ。どうやら自分が思っている以上に、顔に出やすいらしい。ポーカーフェイスには自信があったはずなのだが、注意しなくてはいけないようだ。レディを心配させるわけにはいかない。……いかん、ちょっとハンサムがうつったかも。
「その感じだと、バン君がどうなってるかも、知っているんだね~。流石マブダチってことか~。羨ましいなあ。」
「……まあね。」
「ふむ、その様子、その感じ、その雰囲気、分かった。全部言わなくていいよ。私にはもうすべてわかったのだ。」
日和さんは何が分かったのかわからないが、とりあえず満足そうにして自分の席に戻ってくれた。これで日和さんがスタイル抜群だったらどうなっていたことだろうか。絶対に奇声を上げていたに違いない。そしてそれは女子に近づかれたから声を上げた女慣れしていないかわいそうな男認定されるのにつながってしまう。恐ろしい。
「で、バン君の、お見舞いには、行ってあげたのお?」
「ば……。」
少し久しぶりにバカなことを考えていたため、日和さんの言葉で不意打ちされる。思わず変な声が出てしまった。まさか、本当に理解したのか?バンが病院にいると?この短い会話で?女の勘?僕の周りは最近勘がいい人が多すぎないか?恐ろしい!
「よ、よくわかったね。あいつが入院してるって。」
まあ冷静に考えれば、心配しているクラスメイトがいるならばうわべだけでも話しておくべきだろう。だって彼女には、安否すら分からないのだから。ここは隠すべきではないのだろう、普通に考えて。
「ふ~ん、やっぱりそうだったんだあ、確信はなかったけれど、今のでよくわかったよ~。」
…………かまかけやがったなこの野郎。そのほんわかした口調はカモフラージュなのか。そうなんだなやっぱり恐ろしい。
「で、お見舞いは行ってあげたの?」
さらに追及してくる。もはやどうかわそうとしても見抜かれる気しかしなかったので、正直に答えよう。いきなり厳しい質問だけれど。
「いや、まだそんな段階じゃないみたいなんだ。かなりひどいみたいで。」
「……そっか~。心配だね。早く治ってくれるといいねえ。」
心配させることは言いたくなかったが、仕方ない。あまりこのことには触れられたくないし、日和さんも追及するべきではないのだ。少しひどいかもしれないが、これで彼女も話すのを止めるだろう。
「じゃあ、ハント君が、そんなに怖い顔をしていたのは、なんで?」
しかし彼女は止まらなかった。再び痛いところを突いてくる。心配してくれているのだろうが、本当にそろそろ勘弁してほしい。
「バンが心配なだけだよ。あんなやつでもいなくなると寂しくなるのさ、僕だって。」
「むふふ~、ダメだよハント君。女の子は、そんな見え透いた嘘、すぐにわかっちゃうんだよ~。」
恐ろしすぎないか。そんなものなのか、そんなものだとしたらますます僕は画面の向こうの彼女に恋をするしかなくなるじゃないか。諦めるしかないのかないのか?すべてを洗いざらい話すまでは、この場から逃れられないのか!?
もう諦めかけたその瞬間、チャイムが鳴った。そう、朝のホームルームの時間を告げるものだ。ここにきて、日和さんの登校時間が遅いことが効いてきた。ホームルーム中にさすがにこんなお喋りを続けるわけにはいかないだろう。
「あらら、もうこんな時間なんだねえ。嫌になっちゃうねえ。」
日和さんも同じ考えのようだ、残念そうにしている。まあホームルームなんて一瞬で終わるので、あまり意味はないかもしれないけれど、それでも考える時間があるのは嬉しい。
しかし、先生が教室に入ってくる直前に、再び日和さんがこちらを向いた。どうしたのかやはり追及することにしたのか、と思いこちらも再び緊張すると、先ほどまでより真面目な顔で、こう言った。
「とにかくハント君、何考えてるかはわからないけど、さっきの顔は、何をやっても失敗する顔なんだよ。しばらく、落ち着いた方が、いいと思うな。」
そして今度こそ日和さんは前を向いて、こちらに話しかけてくる様子はなかった。
その言葉は、またしても織上さんが言った言葉と似ている気がした。大切なことが見えなくなるとか、何をやっても失敗するとか。もうよく分からなかった。いや、単純に考えれば、冷静になれ、焦ると視野が狭くなって失敗するぞ、って感じなのだろうが、なんだかそれだけではない気もしてくるのだった。
『ふん、お前のお隣さんは、どうやらお前よりは賢いらしいな。』
「……。うるせえよ。」
見回りが終わったのか、ブレイブが絡んできたが、どうにも相手をする気にはなれなかった。
しばらくすると、教師が入ってきてホームルームが始まる。久しぶりのホームルームだが、大した内容ではないので、聞き流す。これからどうするべきか、ということで、頭がいっぱいだった。取り敢えず六時間分の授業はこなさないといけないのだけれど。
しかし、そんな『取り敢えず』なことも、許されていないのだった。
ホームルームも終わり、一時間目の授業が始まってしばらくした時だった。授業中、誰かがつぶやいた。おそらく隣の席の友人にでも言ったのだろう。しかしそれは僕の前の席だったので、その声は良く聞こえた。
「……。なあ、なんか、外、暗くねえか……?」
ぼそっとつぶやく。その言葉に、話しかけられた友人は、窓の外を見て、
「?そんなことねえだろ。どこだよ。」
と話しかけてきた友人に聞き返す。
だが、僕はその暗さを、目にしていた。
それは、窓側ではない。教室の前にある扉。そこについてある小さな窓から、廊下の様子を少しだけ見ることができる。
そしてその廊下は、うっすらとだが、確かに、何だが暗く見える。今日は晴れだ。廊下には窓がついているから、たとえ照明がついていないとしても暗くはならない。なら何故そのように見えるのか。それは単純。
「……。あれは、煙だぞ……。しかも、黒いやつだ……。」
再び前のクラスメイトが言葉を発する。その声は先ほどのものと違い、緊張している様子だった。それはそうだ。屋内で、黒煙など、想像できるものといえば、それは、火しかない。
その考えが正しいことを裏付けるように、次の瞬間には、外から怒鳴り声が聞こえてきた。
「火事だ!全員、早く非難しろ!」
その声は恐らくどこかのクラスの先生のものだろう。相当焦っているように聞こえる。それほど危険な状態なのだろう。
そしてその声を聞き、クラスが、いやこの階すべてが一瞬にして騒がしくなる。焦って教室から出ようとする生徒で滅茶苦茶になる。他のクラスでも同様らしく、一気に廊下に生徒があふれ出した。
「静かに!落ち着いて!恐らく下の階からの出火だ、生徒は焦らずに渡り廊下を使って本館に移動するように!絶対に周りを押したりするな!」
外に出た教師が叫ぶ。このクラスは南館の四階だ、そして階段の下から煙が上がってくるとなれば、下の階から火が出ているのだろう。幸い渡り廊下を使って本館という別の棟に移動できる。教師はそこに誘導することにしたようだ。
やがてスピーカーからも放送が流れてくる。
『南館一階家庭科室で火災が発生しました。生徒は落ち着いて先生の指示に従い、外に出るように。繰り返します……。』
人の声による放送。それで確定した、この南館の一階で、火災が発生したのだ。突然のことで立ち往生していた生徒もようやく状況を理解して、避難を開始する。
しばらくするともう教室に人影はなくなった。もちろん、僕を除いて、だが。
「…………。ブレイブ、これは、一体どうなってるんだ!」
そして叫んだ。幸い聞いている人間は残っていない。だから叫ぶ。まあ人がいたとしても叫んだだろうが。周りを気にしている場合ではなかった。そんな余裕は全くなかった。
『……。敵の反応は全く感知できなかった。この学校のネットワークには、絶対に侵入してきていない。』
しばらくしてブレイブの声が聞こえてくる。多分すかさず全てをチェックしたのだろう。だがその結果の報告は、あまりにも情けないものだった。
「そんなわけないだろ!こんな事態になってるんだ!何かされたとしか考えられない!そうさ、ここは四階だぜ?それなのに、こんなに煙が上がってくるまで、どうして誰も気づけなかったんだ!ありえないだろ!」
『そのくらい分かっている。少し黙れ、感情的になるな。』
「これが黙ってられるか!」
そうだ、ありえないのだ、今のこのテクノロジーが発達した世界では、よっぽどでなければありえない。まず全教室に火災報知器、消火用スプリンクラーが設置されている。これは当然である。更に最近は全自動消火器も設置されているし、家庭科室ともなれば自動強制換気装置があるだろう。火災を感知すれば、学校全体に避難用のアナウンスが流れるようにもなっているのだ。
それが、一階で起きた火災の煙が、四回まであがってきて、しかもそれまで誰も気づかなかった。有り得ない。そりゃ一つや二つ、調子が悪いことがあるかもしれない。だが、全ての装置はそれぞれ独自のセンサーを搭載しているのだ。それでいてこんなことになっているということはつまり、全てが今回偶々偶然奇跡的に不運なことに、作動しなかったということになる!
「ああそうさ、有り得てたまるか。やられたんだよ、敵に。明確じゃないか。ならどうして止められなかった、その為にいるんじゃないのかお前は!」
ブレイブに向かって怒鳴っても仕方がないのに、怒鳴らずにいられない。煙は少しずつ部屋に充満してきている。このままどの装置も動かなかったら、ここも危険だろう。
『落ち着け。そのうち復旧するだろう、もう応援は呼んだ。それよりも今チェックしたが、敵がここのシステムに侵入した形跡はなかった。それどころか外部からアクセスした痕跡すらなかった。何を言ってるか分かるな?』
ブレイブは冷静に話す。怒った相手と話すのは慣れているのだろうか、いやそんなことはどうでもいい。それよりも、ブレイブが言ったことが驚きだった。
「……。じゃあ、お前はやっぱり奇跡的に機械が全部いかれてたって言いたいのか?そりゃ素敵な話だ。」
『馬鹿が、そんなわけないだろう。つまり、今までこちらは、敵のハッキングについては二つの脅威があると判断していた。一つは敵のナビが近くで直接操る方法。トリプルネームを操ろうと思ったら、外部からはかなり難しいだろうからな。』
トリプルネームは複雑な作りな上に、防衛性能も高い。だが電課で何体か操られたので、そう考えているのだろう。それがどうした、という感じだが。
『そして次は普通の遠隔操作。まあ敵の性能が良ければ、これでもかなりのことはできるだろう。しかし外部からアクセスする都合上、足は残るがな。』
「じゃあ今回は、そのどちらにも当てはまらないじゃないか。だから偶然だと?」
『違う。これは恐らく敵の攻撃だ。火災関係の機器はプロテクトも硬い、しかもその全てが一度に停止するなんて、お前の言う通り奇跡だろう。誰も仕掛けをしていないのならな。』
「仕掛け?」
『そうだ。恐らく敵は何か仕込んだんだろう。自動でおかしくなっちまうようにハッキングされていた、と考えられる。』
……。確かにそう考えられる。どちらかというとウイルスという感じかもしれない。勝手にシステムが動いてしまうやつ。
『だが昨日、今日に仕掛けられたものではない。しかも俺のチェックをかいくぐりやがった。ということはこの事態は、敵が前から用意しておいた、とっておきってわけだ。』
そう考えると恐ろしい。敵はずいぶん前から、自分が追い詰められることが分かっていて、しかも僕が今日普通に登校することさえも予見していたというのか。
『敵の特殊な能力によるものだろう。誰も気づけない時限爆弾、っところだ。ハッキングされるよりも恐ろしいかもな。』
「そうだろうな、でも何故今それを話すんだ?だからこちらには一切の責任はありませんって言いたいのか?なら別にいいよ、誰もお前を責めたりしない、責められるのは犯人だけで十分だろうが!」
もう聞いていられない。そんなことよりも早く行かなければ。奴は僕を待っているんだ。僕が出向けば誰も巻き込まれずにすむ。そうだ、まだ誰か取り残されているかもしれない。
『……。校内放送。全校生徒は速やかにグラウンドに来るように。校内は危険です。速やかに非難するように。今からまだ確認が取れていない生徒の名前を読み上げます……。』
そこでスピーカーから声が流れてくる。これは外部から通信で流されるものだ。どうやら教師たちは火災の様子を見て、グラウンドに生徒をひとまず集めて点呼をとっているらしい。妥当な判断だろう、逃げ遅れた生徒がいないか確認するためだ。
だが実際にその放送を聞くことになるとは。誰もが、このご時世、学校の火災で、全校生徒が非難することになる日が来るなんて思っていなかっただろう。この文明社会でそんなことになるなんて、誰も。
『三年生、近松凡人君……。』
自分の名前が呼ばれる。それはそうだろう。だがここでみんなと一緒に避難するわけにはいかない。そんなことをすればどうなるかわからない。
そう思って、ごちゃごちゃうるさいブレイブのことはもう無視して、教室を出た、しかしその時、後ろから誰かに、制服を思いっきり、引っ張られた。
「どこに行こうとしてるのかな~?」
そして腑抜けた声が聞こえてくる。正直かなりびっくりしたが、その声を聞くとすぐに誰の仕業か分かった。
『三年生、日和風見さん……。』
「……何してるの、日和さん。」
日和さんであった。ニコニコしながらこちらを見ている。どうやら避難していなかったらしい。こんなところで何をしているのだろうか、ということは、何となく分かるが。
「うん、ハント君が馬鹿なことをしそうだったから、見張ってたの。」
やはり彼女はただものではないかもしれない。朝から妙に鋭かったし、今回も僕が一人教室に残っていることに気づいて、見張っていたのだろう。かなりいい人である。惚れそうである。しかし今はそれどころではない。
「ありがとう、心配してくれて。でも僕は行く必要があるんだ。君を巻き込みたくないから、先に避難しといてくれ。」
「火災の現場に一人で行って、何をしようというのかね。ダメだよ、バカなこと言っちゃあ。」
流石にこんなところにとどまってるくらいだから、簡単にいかせてくれそうにない。しかし彼女もこのままでは危険である。何とか説得しなければ。
「行かせてくれ。僕を待ってる奴がいるんだ。行かないとみんなが危ないんだ。」
そうして無理やりに階段を降りようとする。しかし、日和さんの手は離れなかった。
「……。頼むから……。」
「下には誰も、いや、誰かは不幸にもいるかもしれないけれど、少なくとも君の敵さんはいないんでしょう?この学校に入ってきてないんでしょう?ならどうしてあなたが行く必要があるの?おかしくない?」
そこで急に日和さんがまくしたてる。その内容は、再び驚かされるものだった。
「……なんで、知ってるの?」
「ごめんね、聞いてたの。ここで、君たちがあんまり大きな声で話しているから。聞こえちゃったの。だけどね、その話を聞く限りじゃ、君が今この階段を下りていく必要は、どこにもないと思わない?」
日和さんは止まらない。もはやいつものどこか抜けた感じは一切ない。だが何を言っているんだこの人は?ここで食い下がるわけにはいかない。
「必要がない?そんなことはないさ、行かなければならないんだ、そして僕だけを狙わせる、まずはそれでいい、後のことはそれから考える。まずはこの無差別攻撃を辞めさせる……!」
『ふん、こちらのお嬢さんの方がよっぽど分かってるじゃないか。』
だがさらにそこでブレイブが声を上げる。もう黙っておく必要はないと感じたのだろう。
『そう、敵がここのシステム侵入していない以上、行っても無駄だ。いないんだからな。だからさっさと非難しろと、さっきから言ってるだろう。』
……それはそうであるが。いや、言わなかっただろお前。もっと端的にいうことはできなかったのか。
「だから、必要ないでしょ?バカなんだから。」
追い打ちをかけるように笑顔で日和さんがそう言う。その顔を見ると、少しだけ落ち着いてきてしまった。……確かに冷静になればそうだろう。今行っても、ブレイブの予想が正しければ、僕が倒れるだけである。当然のことながら、無差別攻撃は終わらないだろう。
段々と考えが落ち着いてくる。女性の笑顔を見て少し落ち着くというのは、この場面ではなんとも情けない話であるが。
「………………そうかも。」
「ね、やっぱり怖い顔してると、良くないでしょ?」
それに彼女は折れてくれそうにない。ひとまずは一緒に避難するべきかもしれない。決して彼女の笑顔にドキドキなんてしていない。
『お前、想像以上に面倒くさくて単純な男だな。』
「うるせえ。」
ブレイブがこちらを見透かしたように言うが、気にしないようにしよう。さっきまで怒りでいっぱいだった分、余計に恥ずかしい。
「だが、ここから避難したら、今度こそ好き勝手させてもらうからな。どうぜもう学校どころじゃねえよ。」
一応釘は刺しておく。決して敵を許したわけではないのだ。
それから彼女を連れて渡り廊下へ向かい、その棟の玄関から外に出た。この学校は山の斜面に無理やり建ててあるので、火が出ている南館の一階は本館一階よりかなり低い位置にある(南館四階の廊下は、本館二階につながっている)。まだ外は大丈夫だった。サイレンも聞こえているので、消火活動も直に始まるだろう。
さて、グラウンドはさらに高いところにある。そこにつくまでに少しだけかかる。よってここら辺で恥ずかしいことを行ってしまっておこう。ブレイブがまたブツブツ言っているが気にしない。
「あの、日和さん?」
「ん?なにかな?」
彼女は相変わらず後ろからニコニコしながらついてくる。
「あの、さっきはありがとう。日和さんがいなかったら、火の中に突っ込んでたかも。」
「なんだ、そんなこと。いいんだよお別に、クラスメイトを救うのは普通のことでしょう。まあ、感謝してくれてもいいんだよお。」
そうして彼女はまた笑う。つられて僕も笑う。なんだか不謹慎な感じだけれど、久しぶりに普通に笑った気がする。確かに彼女の言う通り、怖い顔をしていたら良くないかもな、と思った。
そんな微妙に浮かれた雰囲気の中、グラウンドに到達する前の最後の階段を登っている時だった。ブレイブの声が響いたのは。
『侵入されている!警戒しろ!』
その唐突な警告に、僕と日和さんは一瞬呆気にとられる。しかし、もう外にいるのだし、周りに危険な機器はないのだから、大丈夫ではないのか、と思ってしまう。
だが、その気のゆるみは、次に聞こえた声によって、また一瞬で吹き飛んだ。
『……………………この、クソ女が……!』
かすれるようにしか聞こえなかった声。しかしそれは、確実にどこかで聞いた声。そう、僕が以前に、ハイテク腕時計を暴走させられたときに聞こえた声、気絶する直前に聞いた声……!
だからすぐに腕時計を見た。しかし何も映っていない。それどころか暴走して電気が流れるようなこともない。もはや携帯としても使えるこの時計は、前回の件で、特別に改造しているから、そんなことになるはずもない。
ならどこから聞こえた?
そう思って振り返るが、もう遅い。
「ハント……君……。」
その時見たのは、恐らく前回の僕が、気絶させられたときと同じ、気を失いかけている日和さんだった。しかし状況が違う。あの時は道路の上。ここは、階段の上。
「日和さん……!」
咄嗟に手を伸ばす。だが、届かなかった。




