chapter 12 あなたは、一人じゃない? side:H 前編
「お前…………生きてたのか。」
そんな、死んだキャラクターが終盤にやっぱり生きてた時に聞くような言葉で、クラスメイトに迎えられた。
学校を休んでいたのは数日間だったが、なにせ最近町は騒がしい。各地で車が暴走したのだ、誰だって事件が起きたことは知っている。となると、発表されていなくてもけが人がいたのではないか、と考えるのは当然のことである。更に僕が休み始めたのと事件が起きたタイミングが重なっていたから、クラスメイトは結構本気で事故にあったと思っていたらしい。
まあ、全身ボロボロで数年は動くことができないだとか、むしろこの混乱に乗じて世界に旅立ったのではないかとか、バンが休み始めたのも同時期だった(警察署の前で張り込みを始めたから)ので、バンに沈められたのではないか(バンは周りから一体どんな風に思われてるんだ、という話だが、日頃の行いだから仕方なし)とか、変な噂もあったらしい。だからこんな言葉をかけられたのだ。そんな噂に踊らされないでほしいもんだが。
しかし皮肉なことに、病室で動けなくなっているのは、バンの方なのだった。そしてみんなはこのことを知らないらしい。バンと関わることをみんなは恐れているので、特に興味もないようだった。
にしても、少し休んだだけなのに、学校が懐かしく感じる。窓からの風景を見ると、町が混乱に陥っていることなど、嘘のように思えてきてしまうから不思議だ。さすが山の上の学校である。
本当のことを言うと、あまり学校には来たくなかった。周りの人間が巻き込まれるかもしれないし、何より敵のナビと戦う手段を用意しておきたかったからだ。もし万が一また自分が狙われたなら、今度は反撃できるようにしておきたかった。家にこもって作業をすれば、そのくらいはできたはずなのだ。
大体警察が敵を捕まえるのを待っているだけ、というのももどかしい。現に、桃田さんに色々と話した後に、すぐに僕のところに織上さんから連絡が来たのだ。その内容は、
『あまり混乱させたくないのですが、伝えておいた方がいいと思いまして。実は先ほど、もう敵が動いたようなのです。あなたがよく行く電気屋が、被害にあったようです。』
という、あっさりした報告ではあるが、少なからず僕に衝撃を与えるものだった。
敵の動きは予想以上に早いものだった。警察が網を張り切る前に動くつもりなのだろう。電気屋は爆発させられたとか、そんな大規模な事件にはならなかったそうだが、店のパソコンやら、展示してあった商品やらがやられたらしい。聞いただけだと地味だが、店としてはたまったものではないだろう。
だからこそ、僕も独自に動く必要があると考えたのだ。そうすれば、捕まえられずとも、敵を早く追い詰められるかもしれない。そういうことだけは得意なのだ。やってやろう、と思っていた。
だが結局、今日は登校することになったのだ。もちろん、高校三年生という大事な時期に、あまり長い間休むわけにはいかない、という考えもあった。しかし一番の理由が…。
『……なんだ。あまりこちらを見るな。今は警戒中だからな、しゃべってやる暇などない。』
この、僕の腕時計に居座っている、超不愛想な感じのナビのせいなのだった。
こいつがいると気づいたのは、家に帰ってからのことだった。普段はメルトは好き放題やっているから僕が家に帰ってきても何も反応はないのだが、その日は違った。部屋に入ると電気が付いたのだ。変だなと思って、自分のパソコンを見てみると、コイツがいた。
『ああ、帰ったか。しばらくはここにいることが多いが、気にしなくていい。まあ周りには少し注意深くなってもらわねば困るがな。電課と連絡が取りたいだとか、何か思いだしたことがあるなら、俺に言え。それ以外は大人しくしてろよ、面倒だからな。』
「…………いや、お前誰だよ。」
画面の中でさも当然というかのようにそう話すナビに、僕は呆然としてそう言うのだった。
最初に見たときは、誰かわからなかった。それもそのはず、僕は警察にいる間も、このナビの顔は見たことがなかったからだ。少なくとも今までの記憶の中で、こんなあからさまに鬼教官とかやってそうなサングラスのごつい男を見たことはない。リアルでの話だが。
『誰?ああ、姿を見せるのは初めてか。声は聞いていたはずだがな。電課所属のブレイブ・ザ・ジャスティスだ。主に外部の仕事と桃田のお守をやっている。覚えておけ。』
そういえば、会議室でこんな声を聞いたことがある気がする。そうか、これがあの、桃田さんと仲が悪いやつか。なるほど、確かに性格は合わなさそうだ。桃田さんに合う人を探す方が難しそうだが。
後から改めて織上さんから連絡が入り、言い忘れていたが、しばらくの間ウチのナビがそこでお世話になる、と言われた。そういうことは先に言ってほしかったのだが、あの時はまあ忙しかったから仕方ないのかもしれない。
そんなわけでコイツは昨日から家にいるのだ。まああまりうるさくなさそうだし、こちらのやることに口出しをしないのなら、別に構わないと思った。
だがしかし、このナビはあまり周りのことに興味がないような感じだと思っていたが、そんなことはなかったのである。そこが大きな誤算だった。
僕は家に帰ってから、早速敵を倒すための何かを作ろうと思った。簡単なところで言うと、やはり罠とかだろうか。敵が襲いそうなところに仕掛けておけば、引っかかってくれるに違いない。ともかく何かしなければ、と思っていた。
そしてパソコンで作業を開始しよう、と思ったら、ブレイブが口を出してきたのだった。
『まさか、攻撃ウイルスやら、対策ソフトやら、しょうもないものを作ろうとしてるんじゃないだろうな。』
ブレイブがいきなり口を開いたのも驚きだったが、考えを読まれたことも驚きだった。
「え……まあ、そうだけど。なんか文句あるのか?」
別に隠すつもりがなかった(というかパソコンを使う以上隠せないだろう)ので、正直にそう答えると、スピーカーからは盛大なため息が聞こえてきた。
『これだから、ガキってやつは……。お前は、何もするな。面倒くさくなるって言っただろうが。黙って勉強でもしとけ。』
「……別に関係ないだろ。大丈夫、迷惑はかけないから。危なくない範囲でやるだけだよ。」
あからさまにバカにしたような言い方に、少しむっとして答えると、
『そろいもそろって面倒くさい奴らだな。お前が動けば敵の思うつぼだろうが、大人しくしてろ。』
「大人しくなんてできるかよ、こっちは周りの人間傷つけられてるんだ。これで普通に生活できる奴は、普通じゃないと思うけれどね。」
『黙れ、それ以上文句を言うなら、このパソコンの中全部吹き飛ばす。』
……急に恐ろしいことを言いだした。恐ろしく短気である。相手するのが面倒だからハッタリを言ってるのか?いや、そんな感じではない。そう言えばこいつの最終兵器は、全部ぶっ飛ばすやつだ、とか桃田さんが言っていたような……。
「で、でも、そんな乱暴なことを警察がしてもいいのか?僕は善良な一般市民だぞ!」
『善良だと?てめえが作ったナビが暴れてるんだぞ、それなのにお咎めなしなんだ、むしろこっちに全力で感謝してほしいな。被害者の人たちが知ったらどうなることやら……。』
こ、こいつ、脅してきやがった……!それこそ警察のすることではないんじゃないか!?
『俺は別に面子とかは気にしないからな。どうとでも思え。とにかくお前に動かれると、色々厄介だ、いいな。マジで全部ぶっ飛ばすぞ。』
さすがに相手の性能が全部わかっていないので、それが本当か嘘かもわからなかった。だから、今回は退くしかなかった。マジでぶっ飛ばされたら正直立ち直れる気がしない。
そんなわけで対策をすることは禁止されたのだった。まあ僕が危険なことをしないように、と考えてそう言うことをするのを止めるのなら、まだ分かったんだ。それならば仕方ないことだろう。彼の方が正しい。しかしそれだけではなかったのだ、このナビは。
それは僕が夕食を食べようとしたときのことだった。
『…………お前、それが夕食なのか?』
あれから一言も話していなかったブレイブが、飯を食べ始めた僕に向かってそんなことを言い始めたのだ。これまたいきなりのことで驚いたが、別にやましいことをしているわけではないので、気にせず食事を続けながら、
「そうだけど、それがどうしたんだ?」
と返すと、またもや大きなため息が聞こえてきた。苦労人かコイツ。
『お前はまだ高校生だろ?それが夕食にカップ麺とは、なんともバカなことじゃねえか。しっかりしたもの食わねえと、ますます貧弱な体になるぞお前。』
その言葉に、一瞬唖然としてしまった。なんだコイツ、別に気にしなくてもいいとか言ってたくせに、事件となんら関係のない僕の食事に口出しをするのか……?そもそもこんなものを食べているのは、外に出るのは危険であるし、三日間急に警察にとらえられていたから家に大したものがなかった、というのが大きな理由なのに?
「別に、アンタが気にすることじゃないでしょう。この事件が終わったら、ちゃんとするし。」
『そんなこと言って、いつでもそんな感じなんだろ?だからそんなひょろひょろなんだ。はあ、こんなんじゃ襲われてやられちまったとしても、かなりの割合でお前に責任があることになっちまう。自業自得だな。』
「余計なお世話だ!体調崩してないんだからいいだろ!お前は母親か何かなのか?」
『黙れ。一般論だよ、クソガキが。』
なんなんだこのムカつく野郎は。何が迷惑はかけないだ、精神的に迷惑かけまくりじゃあないか。桃田さんが怒ってる理由も何となく分かる気がする。そうだ、
「お前、どうせ桃田さんに、しっかり食事しないから、いつまでたってもちびのままなんだ、とか言ったことあるだろ?」
『…………。』
図星だよコイツ。デリカシーのかけらもあったもんじゃない。まあ彼女の場合は、いっぱい食べたものが全部あの恐ろしい胸にいってしまった、という感じなのだろうが。おおコワイ。というかこんなこと考えてたら桃田さんから電話がかかってきそうでコワイ。
それからもブレイブの謎の世話焼きは続いた。部屋を明るくしろだの、風呂上りはストレッチをしろだの、部屋を片付けろだの、さっさと寝ろだの……。
しかし考えてみてほしい。そもそも事件の発端は僕が理想の彼女を作ろうとしたことだ。しかしそれが巡りに巡って、なぜか今僕の部屋には不愛想な男のナビがいて、二人きりで、何かと色々と助言してくる。本当にどうしてこうなったというんだ?誰がこんな展開を望んでいるんだ?神か、神様なのか?
ちなみにメルトは、僕が帰ってきた後に一度戻ってきたのだが、ブレイブの存在に気づいた瞬間に、「バカなっ!」と言いながら一瞬でどこかに消えた。彼女も知らなかったのだろう。気の毒に。気の毒だが僕を一人にしてほしくはなかった。二人きりにしないでほしかった!
帰ってきたときは事件の犯人に対する怒りばかり感じていたのに、いつしかブレイブに対する、というかこの環境に対するストレスが怒りに完全に勝っていた。そして、三回目の早く寝ろという忠告を聞いて、ついに爆発した。
「……お前は何なんだよ!?あれか、新感覚不愛想執事ナビだとでもいうのか?はやんねえよこの野郎!それともあれか、ギャップ萌えでも狙ってんのかこの野郎!可愛くも面白くもかっこよくもねえよ!」
画面の向こうにいるであろうブレイブに向かってとうとうそう叫んだ。さぅきまでは一応警察だしな、静かにしておくかとか思っていたが最早そんな問題ではなかった。もうどうにでもなりやがれ、どうせ僕のパソコンには真面目なものしかねえよ、不真面目なものは全部メルトに消されたよ!
それからしばらく沈黙が続いた。ブレイブは反応しない。まあ少し冷静になって考えてみれば、僕がいくら怒鳴ろうと、直接は何もできないのだから相手は黙っていればいいだけだった。
しかし、スピーカーから、再び、今日何度目かわからないため息が聞こえてきた。
『……つくづく似てるってことかお前らは。全く、それならしょうもない意地の張り合いなんかせずに素直に仲良くしてればいいものを。』
「なんだ、何言ってやがるこの野郎。」
するとブレイブは画面に姿を現した。
『俺は別にお前のことを心配しているわけでもないし、お前に世話を焼きたいわけでもない。正直に言うと、お前の生活態度は見ていてイライラする。思わず口に出てしまうほどにな。』
相変わらずこちらをバカにする感じなので、ますますイライラしてくる。
「男の一人暮らしなら、これくらい当然なんだよ、とやかく言われたくはないね。まあナビのアンタにはわからないかもだけどな。」
『一人暮らし、ねえ……。そんな態度を見ていると、あの小娘がお前のことを嫌いになる気持ちも少しは分かるな。』
あの小娘……?桃田さんのことか?いや、違うか。嫌いになるというのなら、この場合はメルトのことなんだろう。
『必死に世話しても態度が全く改善されず、いつまでも自分を頼ってくるとなれば、どんな奴だって疲れるだろうよ。それでもなおそんなダメ主人に仕えるしかないとなれば、歪んで当然ってわけだ。』
なんだか急に痛いところを突いてくる。それは、警察で襲われる前に自分で考えていたことだ。だから何も言い返せない。ブレイブは何も変なことは言っていないのだから。
「……それは、少なくともお前には関係ないだろ。」
『ああ、関係ないさ。今のは忘れていい。俺がお前にあれこれ言うのは、そんなことを考えているからじゃない。ただ腑抜けた奴を黙ってみていられないだけだよ。』
「あっそ、なら目を閉じてればいいだろ、わざわざ丁寧に言わなくてもいいさ。」
『だろうな。だが言わせてもらうと、俺はできることをしない奴は嫌いだ。そして、能力を持っているのにやり方がわからない奴に向かって、自分で考えろ、だの言う無責任なやつはもっと嫌いだ。人だろうがナビだろうが、何もない状態から自分で歩きだすのは、ほぼ無理だからな。』
こんどは真面目なことを言いだす。だが相変わらず上からだった。
「ほう、つまり、僕はしっかり早くから寝たり、掃除をしたりする才能はあるが、そのやり方は知らない無知な男だと言ってるわけか?それはなかなか面白い冗談だな。」
いくら僕でも、高校生ながら一人暮らしをしている以上、そんなことは知っているさ!まあそれならブレイブが最初に言った、できるのにやらない奴になるのだが、そんなのはほおっておいてほしいもんだ。
『実際そうだろ。いや、知っていたが忘れてしまったんだろうな、自分のナビに全部押し付けることでよ。』
……またそんなことを言う。十分心には刺さっているから、いい加減やめてほしいもんなんだが。
『まあナビも悪いわな。なんでもしてあげるか、何にもせずに主人を嫌うか、その二つしかしなかった、だからこんなことになっちまったんだろうよ。何事もしっかりできない残念主人の完成ってわけだ。』
「分かった、もうわかった。僕が悪かったから。もう寝るから。」
これ以上嫌味を言われては敵わない。素直に従おう。やっぱり桃田さんの相手をしているだけのことはある。
だがブレイブは、そんなことはお構いなしに話をつづけた。
『自分の意見だけを出してれば認めてもらえると思ってるやつばかりだよ最近は……。まあいい。後もう一つ理由はある。』
「はあ、なんでしょうか。」
もう話を聞くしかないと諦めて尋ねた。いや、ブレイブの声のトーンが少し下がったから、少し気になった、というのもある。
『俺は、自分から進んで滅んでいくような奴を、黙ってみているのは、趣味じゃないんだよ。』
その言葉は、単純に考えれば、先ほどの言葉と同じくしっかりしていない奴は気に入らない、という意味だったが、彼の雰囲気からして、そんな単純そうなものではなかった。そう、まるで、昔目の前で、誰かが壊れるのを見ていた、というような感じだった。
『ああ、てめえらといるとついつい臭いことばかり話しちまう。気持ち悪い奴らだよお前らは。さっさと寝ろ、これ以上はもう何も言わん。学習能力がない奴は滅べ。』
急なブレイブの変化に、少し好奇心がそそられたが、それ以上彼は話すつもりはないらしかった。
なんというかナビも色々あるのだな、と思いながら布団に入った僕は、次の日の朝にたたき起こされて、学校に行くことになったのだった。




