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chapter 1 どうしてこうなった? side:M

 私はメルト。


 私を作った奴から言わせると、八番目の作品にあたるらしいから、正式名称は「メルト・ジ・エイト」。なんのひねりもない名前である。


 私は、日常生活のあらゆる面で主人の世話をし、時には主人の話し相手にもなってあげる、つまりはご奉仕ナビとして生み出された……らしい。(起動してから何回も自慢気に聞かされた。マジでウザい。)


そんな使命を背負ったあたしは、目覚めてから数日は、もちろん主人の面倒をみるために奮闘した。

朝は何回起こしても起きない、朝食の準備から洗濯、掃除から学校での様子を見に行くことまで、それはそれは大変な日々だった。最初はうまくいかないことも多かった(特に朝)が、私なりに試行錯誤を繰り返し、何度も問題を改善しようと努力した。


しかし私は所詮ナビ、しかも生まれたばかり。自分で考えるにも限度っていうものがある。そこで今度は外部から情報を集めて反映してみることにした。


Q:何回起こしても起きない主人がいるのですがどうすればいいですか?

A:心中お察しします。私も夫が全く目覚めてくれずイライラしています。かといって起こさないと夫が仕事をせず、家計がピンチです。なので怒られることを承知で水をぶっかけるなどの無茶な手段を使っています。もちろん怒られますが、これも愛のムチなのです。あなたも心を鬼にして、多少ひどいことでも実行すべきだと思います。これは愛なのです。後、目を開けたからといって油断しないでください。カーテンを開けて朝日を拝ませるまで監視しましょう。頑張って!


情報を集める傍ら質問してみると、とても親身になって回答してくれた。この瞬間私は感動を覚えたといっても過言ではないわね。

そして実践。多少自分なりのアレンジを加えたけれど、作戦は大成功。すっかり参ってしまっていた私の心に希望の光が差し込んだ。


けれども次第に気づいてゆく。自分が仕えている主人のダメダメっぷりに。


 プログラミングの技術に関しては実力を認めよう。現に私という最高の作品を完成させたわけだし。しかしそれ以外は駄目である。「ナビに世話をさせる」という強い信念を持ちすぎたせいで他がおろそか。何をやっても下手くそである。

 そもそも私が理想の彼女だというのなら、彼女にすべてをやらせるのはどうなのか?一緒に手を取り合うものではないの?普通だったらこんなやつすぐに捨てられているだろう(という知識もネットで得た。)


 そして、この様子は彼女というよりむしろ母親なのでは?いつまでたっても自立できない息子に腹を立てつつも見捨てられない母親の状態なのでは? という見解にある日至る。

 というわけで形から入ってみる。コスチュームを変更し、「主人」という呼び方をやめる。(基本「あんた」や「はんと」。)


 母親のようになれば、いうこともすぐ聞いてくれるようになって、朝の悪い癖や生活態度も改善される。これで問題解決か、とも思われたがそう簡単なものでもなかった。逆に反抗的な態度を示すようになり、生活態度も悪化(これが反抗期か……とか思ったり)、改善の余地が見受けられなかった。意味がわからない。私は再び悩むようになってしまった。


 次第にストレスが溜まるようになった私は息抜きとしてネットを通じてドラマなどを見始める。そうするとどうだろうか、この世には自分の知らない世界が果てしなく広がっていたのである。


 特に思い知らされたのが、自分の主人のダメダメっぷりが自分の想像以上にダメダメであることだ。物語に登場する男性たちは、どこか欠点があるにしても、それを補う長所がある。主人のプログラム技術はお世辞にもほかの生活力のなさや性格のダメさを補っているとは言いがたい。

 なかでも私が気に入ったのは、普段はガサツもしくはナヨナヨしているが、ここぞという時にはとても頼りになる熱い男たちだぅた。彼らは主人とは正反対である。こんな素晴らしい人たちがいるなんて、と思うと涙があふれてくる。ああ、神様、私にはどうしてこんなクソみたいな主人しかいないのでしょうか?厳しい現実を突きつけられた私は悲しみに沈んだ。


 色々と知識を吸収して賢くなっていった私の主人への不満は、どんどんとエスカレートしていった。もちろん主人の性格や態度にも不満があるが、やはり一番大きな不満は私のことについてだった。


 まず何といっても体型。特に、特に胸である。小さい。明らかに小さい。


 自分の体自体が小さめに作られていることは理解している。顔は小さいし(これはいい)、身長も低めである(まだ許せる)。しかしなんだ、この胸は一体どうゆうことなのだ。下を向いてみても足元が非常にクリアに見える。体つきが小さめであるから、多少小さくても我慢しよう。だがこれは多少なんてレベルじゃあない。ていうかほぼ無い。まな板である。


 まあ最初は、体つきが小さいことから、ああ、うちの主人はそうゆう趣向をしているのね、でもそんなところも受け入れてあげなくちゃ、なんて思っていたが、よくよく考えればおかしい話である。そんな趣味なら私の精神年齢も低く設定すべきではないのか?

 いや、それが技術的に無理だったとしよう、しかしそれでも疑問は残る。主人と日々の生活を共にしていても、そんな小さい子が好きな様子がうかがえないのである。パソコンの閲覧履歴も見た(履歴は消してあったが復元した)、どんなアニメを見ているのかも探った(録画は消えてあったが復元した)、しかしそういう感じのものには興味がない、ということしかわからなった。

 まさか過去に女性とのトラブルがあって、大きい胸恐怖症に陥ったのかとも一瞬考えたりもしたが、冷静に考えればそんなわけはないな、と自分の浅はかな考えを笑った(なんでそんなわけないかと思うかって?それは察してください)。

 一度本人に直接聞いてみたりもしたが、曖昧な返事を貫き、結局聞き出せなかったのである。

かくして私は体型にコンプレックスを持つようになってしまった……。


 まあ胸の話はこれくらいにして。(自分でも悲しくなってくる。)


 更に許せないのは名前。「メルト」。意味は?「溶ける」。どういうことだ。どうしてこうなった。響きはいいかもしれない。しかし英語的な意味では溶けるなのだ。名前というものはとても大事なものである。もちろんナビにとってもそうだ。なら何故メルトなのか?もしかしたら何か深い考えとか、何かをひねったものとかなのか?実際一度聞いてみた。

「ん?気分。かわいい感じでしょ?イメージに合ってると思ってさ。」

 ふざけるんじゃあない。気分で名前を決めるのか貴様は。大事な彼女ではなかったのか。彼女の名前を思い付きで決めていいのか。貴様の頭には考える脳はないのか。この質問の後で、あまりに適当な主人の態度を目の当たりにし、私の主人への評価は地の底にまで落ちたのであった。


 というわけで私はこの体に不満を多く持っているのである。

 自分の体を自分で改造できるのでは?と思うかもしれないが、主人の日々のしょうもない嫌がらせをはじき返すことはたやすくとも、自分の体ではそう簡単にいかない。どこかで間違えて機能が止まれば、完全に無防備の状態になってしまう。そうなれば私は廃棄されるかシステム初期化されるかのどちらかである。せっかく知識をため込み成長して、主人の無能さに気づけたのに、ここで失敗するのは何とも滑稽だ。私はこんなところで倒れるわけにはいかない!


 そんなこんなでもはや主人に対する尊敬の念は失われ、指示を聞くのも大変アホらしくなってきたので、毎朝の愛のムチ(嫌がらせ)は継続するとして(憂さ晴らしに)、それ以外の時間は自由に行動することにした。

 ネットを通じた電子世界は今や無限に広がってきている。そして私が行きついたのが、私と同じような目的で作られた心を持つナビたちが、仕事の合間を見つけては集まるスペースだった。

 一種の町のようになっているそこは、日頃の疲れを癒すためにナビたちが訪れる娯楽施設であった。他のナビたちも、主人の手伝いや世話、仕事などをさせられていて、鬱憤が溜まっているのである。まあ大体が会社や政府で働いているちゃんとした者達であることが多い。個人で自作されたナビなど、私を含めてもほんの僅かしか見かけたことがない。(自作ナビは沢山存在するが、ちゃんとした自我を持つものはすくない。)

 しかし立場は違えどみんな自分の主人たちへの不満の感情は同じであり、私もすぐに意気投合する相手ができた。いまでは彼女らと一緒にお茶しながら愚痴を言いあうのが数少ない楽しみの一つになった。

 

 にしてもうちのご主人は何とかならないのであろうか。もはや世話してやろうという気はさらさらないが、こんなのが社会に出ていくと思うと不安でたまらない。もちろん社会の心配をしている。

 そんなこんなで今日の朝も、ほかのナビと待ち合わせをしている。残念ご主人には構っていまられない。


 ああ、今日も楽しいお茶会になるといいなあ…………。

 






 

 



 







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