chapter 11 スクランブル・シンキング side:H
なん…て?今、織上さんは、なんて言った?
「ちょうど帰る途中だったようです。バイクで、建物に突っ込んだとか。詳細はまだ分かりませんが、とにかくあなたに伝えておかなければならないと思いまして。」
「な、なんでバンが……?」
ようやく落ち着いてきたところだというのに、また心臓が激しく動き始める。頭もくらくらする。最悪だ。なんでこんなことに。しかも立て続けに。
バイク、と言ったか?ならバンお手製のあの超巨大バイクに違いない。まあ今回は面倒くさいということで、警察に没収されずに見逃してもらったやつだ。桃田さんの独断だが。
「幸い酷い事故にはならなかったようです。死者も今のところいないとの報告です。」
それは、良かった。良かったが、肝心なコトがわからない。聞くのが怖かった。だが、確かめない方がよほど嫌だった。だから尋ねた。
「バ、バンは、どうなったんですか……?」
バンは、肝心のバンは、いったいどうなったのだ……?
「……彼は、今病院にいます。現場に救急車が駆け付けたときは、意識はあったようです。ですが、重症だと聞いています。現在は治療中でしょう。申し訳ありませんが、なんとも言えません。」
織上さんは、冷静に事実だけを述べた。冷たい、と一瞬思ったが、それは違う。交通事故など、どこでも起こることだ。そして、誰もが命を失う可能性のあるものなのだ。その対処をする警察が、一人のことで、感情的になるはずはない。
だがその言葉で、ますます不安になってしまう。はっきりと言わなかったということは、どうなるかわからない。即死でなかったとしても、もしかしたら……。そう思うと、どうしようもなくなってくる。
そもそもなんで交通事故なんだ?こんな時に限って、そんなことをするなんて。でかいものに乗るのなら、そこら辺はしっかりしなくてはいけないだろう。バンの奴、どうなってんだか……。
「……で、もしかして、普通の交通事故、だとか思ってるの?だとしたら、とんだ間抜けね。」
少し黙って、そんなことを考えていたら、すぐに桃田さんに読まれてしまった。まさに考えていたこと。だが交通事故ではないのなら、何だというのだ?
「……本気でわからないのなら、馬鹿以上の馬鹿。でもアンタの場合は、違うでしょうねえ。アタシ、なんていうか知ってるわよ、そういうの。」
かなり怒った、いや、憐れんだ様子で、桃田さんは話しかけてくる。何故そんなことを言う?今はそんなことをしてる場合じゃないのでは?いや、そもそも交通事故なんかで、電課がなぜ集まるんだ?
いや、分かっているのだ、頭の中では。だが、認めたくないのだ。だからこんなとばかり考えてしまう。自分はつくづくバカだ、と自分でも思った。でもやめられなかった。桃田さんが次に何を言うのかも、大体わかるのに。そう、これは、まさしく……。
「現実逃避、って言うのよ、このクソ。」
そう、まさに、その通りだった。愚かな行為だ。だが不幸に、いや幸いにか、この場は、そんなことを許してくれる場所ではなかった。
「まあ、簡単よね。あの不良が事故を起こしたのは、確実にハッキングナビの仕業。それとも、日頃から事故る運転をしているの、あいつは?」
そんなことはない。バンは、あれでも他人に自分から迷惑をかけるのを嫌う(普段の行いは無自覚)。傷つけることなどするはずがない。だから、運転などは慎重なのだ。それに。
『あのバイクには、トッコがいるわ。だから、たとえ暴走しようと思っても、止められるでしょうね。だから、突っ込むなんてことは、ほぼないはずよ。』
黙っていた僕の代わりに、メルトが答える。その通りだ、トッコは運転の制御もできるナビだ。だから、大事故にはなりにくい。ならやはり原因は。
「ハック野郎に、やられた、ってこと、ですか。」
それしかなかった。このタイミングでは、誰でもそう考えるだろう。だが疑問は出てくる。
「そう。奴の仕業、でしょうね。でもここで問題なのは、なんで今までアンタしか狙わなかった奴が、いきなり他の奴を狙ったのか、ということよねえ。しかも前回の無差別攻撃ではなく、今回は個人を狙っているんですもの。不思議ね。」
僕ではなくバンを狙った理由。それも、考えなくてもわかることだった。ハックナビの去り際の言葉。それがすべてだ。
「……。周りから、攻める、いや、責める……。」
奴の言葉だ。そしてその言葉の直後にバンが狙われたのだから、間違いない。本気だ。本気で、僕の周りから、苦しめるつもりなのだ。そう思うと、寒気がした。こんなにすぐに、行動に移すとは。
「でしょうね。音声記録にも残ってたわよ。」
桃田さんはつまらなさそうに言う。てかこの人、知ってたのか。それでいて僕に考えさせるとは。いや、現実を見ろ、ということなのだろうか。気を引き締めなくてはならない。今は動揺している場合じゃない。逃げている場合でもない、と。
そんな僕のことを理解しているのかしていないのか、桃田さんはさらに続ける。不機嫌そうに。
「あんた、この状況、分かってる?まさか、このことを伝えるためだけに、ここに連れてきた、と思ってるの?」
「え……違うんですか?ああ、次に狙われるのは誰か考えろ、ということですか?」
そうだ、周りから、といったのだ。まさかバンだけで、話が終わるはずがないじゃないか。そう考えると、ここでしっかり考える人ようがある。やはり危険なのは、家族だろうか。といっても両親は遠くに住んでいる、この町にいるのは祖母だけだ。なら危ないのは…。
しかし桃田さんは一層不機嫌そうになる。
「まあ、そうなんだけどさ。それも考えてもらうけどさ……。ああ、織上、やっぱり任せるわ。バカの相手は疲れる。」
「了解です。ここで問題になるのは、狙われたのが血の繋がった家族ではなく、親戚でもなく、友達ということですね。」
「そうですが、それが何だっていうんです?」
血の繋がっていない、それはそうだが。親戚でもない。だがそれに何の問題が……。と少し考えて、ようやく彼女達が言いたいことが何かを理解した。そうか、つまりは。
「問題ですね。敵の標的が、全く未知数、ということですよ。『周り』の範囲が、無限になってしまうのです。少し失礼ですが、家族だけ狙ってくれればその方がいいんです。守る対象を把握しやすい。ですが今回狙われたのは友達。まあバンさんはあなたと親密ですが、それだけではなんとも言えないのです。」
「つまり……友達程度、でも襲われる可能性がある、ということですか?」
織上さんは頷く。そうだ、敵は、もはや本気で僕の周りを攻撃しに来る、ということなのだ。事件に関係ない人で、僕とあまり親しくない人でさえ、対象になりうる、ということだ。
それは……とても恐ろしいことだ。考えるだけで、体が震えてくる。自分は無傷なのに、周りの人間はどんどんと傷つけられていく……。とてもそれは、僕に耐えられるものじゃない。バンが負傷したと聞いただけで、こんなに動揺する僕に、耐えられるはずがない。
あのナビの恐ろしさが、今になって分かってくる。元はといえば、一連の事件もすべて、僕を標的にしたものだ。幸い僕は無事だが、被害は少なくない。
嫌な汗が噴き出てくる。誰も僕を責めないが、精神的にはダメージが大きいのだ。
押し黙った僕を見て、織上さんは続ける。
「そのことをあなたにはしっかり分かっておいてほしかったのです。もちろん直接はあなたの責任ではありません。しかしこの状況では、責任を感じないのは難しいでしょう。そんな人には見えませんし。ですから、先に報告しておきます。」
織上さんは淡々と言ったが、事前に伝えておくことで、負担を減らそうとしてくれている、ということなのだろう。こんな状況ではあるがその気遣いは、嬉しかった。だから、また少し落ち着くことができた。気を使われているのに、震えている場合では、ないのだ。怒りを感じるのも、後だ。
そう、今の僕は、恐怖だけでなく、怒りも感じていた。友を傷つけられた怒りなのか、むやみに人を傷つけることに対する正義の怒りなのかは、分からないが。
そこで、新たに一つ疑問が浮かびあがる。
「あ、あの、ところで、トッコはどうなったんですか?」
「トッコ?ああ、不良の不良ナビのことね。大丈夫よ、ちょっとおかしくなってたけど、今はここで修復させてあるわ。深刻なダメージはないみたいだし、事件のことを聞かなくちゃならないからね。そのうち目覚めるでしょうよ。」
それは良かった。なにせバイクが暴走したのだ、それを制御するトッコにも何かしらのダメージがあったはずだと思ったが、電課の人間がそういうのであれば、問題はないだろう。
それにバンが起きたとき、トッコがいないと、悲しむだろうし。所詮はナビ、と思うかもしれないが、あいつらの絆は、そんな言葉にできるほど簡単なもんじゃない、らしい。本人たちが言っていた。ちょっと羨ましい、かもしれない。
「さ、納得したのなら、色々話してもらうわよ。取り敢えず学校関係者ね。同じクラスはもちろん、それ以外にも交流がある生徒。ていうか学校で見たことある奴全員。その次は、行きつけの店とかも教えてもらおうかしら。忙しいわよ。」
「そ、それ、全部監視するんですか?」
僕と少しでも繋がりがある人、という条件で考えると、大変なことになるのだが。
「なわけないでしょ。でもね、どこが襲われるか、目星だけでもつけてれば、対応は早くなるもんよ。それに、敵はそう長い間自由に動き回ることなんてできないわよ。そんなことは、させないわ。」
「桃田さん……。」
桃田さんは忌々し気に言うが、しかしそこには、市民を守ることが最優先、という、正義の心が感じられた。僕は少し感動した。やはりこの人は、警察なのだ。体は小さいし、性格は悪いが、その心だけは強く持っているのだ、と。
「…毎日遅くまで帰れないなんて、最悪なのよ!眠たいったらありゃしないわ!」
……。頬を膨らまされても困る。
「照れ隠しなんですよ、あれでも。可愛いでしょう。」
織上さんが小声で伝えてくれる。そうなのか。あんまりそうは見えないが、桃田さんならあり得るかもしれない。可愛がられるのを嫌うのだろう、たぶん。織上さんが桃田さんのことを好きすぎるという可能性もなくはないのだが。
「ああ、その前に、もう一つだけ伝えておくことがあるわ。」
少し空気が和んだところで、桃田さんが気を取り直したようにこちらを向く。顔は、真剣なものに戻っていた。
「あんた、今日は帰ってもらうから。」
「へ?帰るって、家にですか?」
「もちろんよ。」
落ち着かせた頭がまたもやこんがらがる(何回目だ)。しかしその内容は驚くべきものだ。ここ三日、一度も家に帰れなかったのだから。だがそれ以前に、なぜこのタイミングでそんなことを言う?バンが襲われたばかりだというのに?
「驚くのも無理はないでしょうが、そうなっています。というのも、犯人のメッセージが、残っていたのですよ。バンさんの、バイクの中に。」
「メッセージ、ですか?」
「ええ。『あなたにはもうこちらからは接触しません。決してしません。あなたにこちらから危害を加えることもありません。何故か?何故なら、あなたが私に、会いに来るからです!自分で、自らの意思で、己の足で!』という内容です。」
なんだそれは、と思ったが、ふざけた言い方をするのは、敵の得意分野だったことを思いだす。つまりこいつは、ちゃんと意味のあるメッセージ。そしてその意味は、あまり難解なものではない。つまりは。
「僕の周りを荒らしまわって、僕が我慢できなくなるのをひたすら待つ、ということですか。」
「そういうことですね。」
『でも、嘘かもしれないじゃない?大丈夫なの?犯罪者の言うことなんか信じて。』
そこでメルトが口を挟んだ。まあそれもそうだ。ついさっきだって、電車は囮で、こっちが本命だったのだから、今回も素直にしているとは限らない。電車が襲われたのは事実だが。
「大丈夫よ、勿論凡人にも監視はつけるわ、特別なやつをね。それならもし攻撃してきたとしても対処できる。むしろその方が捕まえやすくていいわ。探す手間が省けるもの。それに、アタシの勘では、この敵はそんなバカなことをする奴じゃないはずよ。」
まあ、彼女がそういうのなら、そうなのだろう。
にしても、ふざけている。メッセージのこともそうだが、そこまでして、僕を苦しめたいというのか。僕が苦しむ姿を見たいというのか。
そうだ、ちゃんと考えてみれば、プリティのことだって、敵の仕込んだものに違いない。敵は僕を苦しめるためなら手段を選ばない。僕に精神的なダメージを与えるために、わざわざ彼女を復活させたのだろう。まあ敵の思惑通り、僕はかなりショックを受けてしまったのだけれど。
「……ふざけやがって……。」
気づくと思わず口から言葉が漏れていた。小さな声だったので、皆には聞こえなかったようだが、織上さんがこちらを見た。どことなく心配そうな顔をしているように見える。そしてこちらに、小声で話しかけてきた。
「感情的になるのも仕方ないことだと思います。ですが、それでは、大切なことが、見えなくなってしまいますよ。あなたが今すべきなのは、怒ることではないでしょう。」
その声は、先ほどの淡々としたものではなかった。内心を見透かしたような言葉に、少しドキッとする。何故分かったのだろうか、人前では感情をあまり出さないようにしている(つもり)のだが。
「べ、別に、怒ってませんよ。」
「ではその怖い顔を何とかしてみてはいかがですか。」
そう言われて、顔に手を当ててみると、眉間にしわができていた。気づかなかった。どうやら無意識のうちに、怖い顔になっていたみたいだ。頭で考えているよりも、イライラしているということだろうか。
嫌な感じだ。織上さんの言っていることは正しいだろう。冷静さを失えば、相手の思うつぼだ。大体さっきまでびくびくしていたのに、敵のメッセージを聞いただけで、イライラしてしまった。操られているような感じだ。ナビでもないこの自分が、か。先ほどから感じていた怒りが、メッセージのせいで、恐怖よりも大きくなったのだろう。
「とにかく、まず色々話してもらうから、帰るのはそのあとだから、いいわね。」
桃田さんはこちらの様子には関心が無いようだった。まあとにかく、次の犯罪が起きる前に、できることはしなくてはならない。積極的に、行動しよう。
それが終わったら、帰ろう。バンのところにも行きたいが、今は言っても会えないだろう。無事を祈るしかない。
ともかく、敵は追い詰められているのだ。なにを恐れる必要があるだろうか。捕まるのも時間の問題。正義の鉄槌を下してやる。最後には文句を言ってやる。ここまで僕の生活をかき回してくれたのだから。
今は、それが自分の義務だと、強く感じた。




