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chapter 10 消したい記憶と消せないデータ side:H 後編

 主犯格、と言ったか?プリティが。この事件の。ということは、今回の事件の黒幕の一人がプリティ?僕が壊したはずのこのナビが?

「で、でもコイツは、僕が昔廃棄したナビで、そんな自由に暴れまわれるはずなんかなくて…。」

「あんたの意見は聞いてない。事実、それが事実なの。」

 桃田さんはこちらのいうことなどどうでもいいというように、言い放った。だが、こっちもいきなりそんなことを言われて、信じられるはずがない。

「じゃ、じゃあ誰かが似せて作ったんですよ。僕の家からデータを盗んで。盗作ってやつです。それで罪を僕にかぶせようとしたんだ。」

 そうだ、ありえないじゃないか。きっと誰かがやってるんだ。なんて奴だ。人の過去をほじくり返した上に犯罪にまで利用するなんて。なんて野郎だ。

『アンタはその手ですべてのデータを消し去ったのでしょう?なら誰がマネするのよ。』

 今度はメルトが言ってくる。まるですべてを確信しているような強い口調だ。だが簡単には引き下がれない。プリティが犯罪なんて、バカげているとしか言いようがない。

「そんな、今は情報社会だぜ?一度でもネットに出れば、誰でもそのデータを手に入れることができる。だから複製など可能に決まってる!」

 早口になって、逆に怪しまれるかもしれないが、冷静に話す余裕はなかった。

『確かにそうね。でもあなたがこいつを作ったのはだいぶ前でしょう?それがなんで今なのよ。どうせ使うなら、もっと最近捨てた子を使えばいいじゃない。その方が、性能もいいでしょ?いや、そうとは言えないかな……。』

「なんでそんなに突っかかってくるんだ、メルト!」


「二人とも落ち着いて。確かに現段階では誰のナビか、ということは断定できません。そしてその責任が誰にあるのかも。」

 とうとう喧嘩になりそうという時に、織上さんが間に入る。その口調は冷静だったが、こちらを見る目はまるで優しくなかった。彼女は怒っているようだった。何にかはやはりわからないが。

「しかしお話はちゃんと聞かせてもらいます。それくらいは協力してもらえないでしょうか?個人的なことは聞きませんので。」

 それは一応は丁寧な言い方だったが、断れる雰囲気は微塵もなかった。逃げ場などないんだ、と実感する。


 そして結局、説明することになった。彼女が誰なのか、どう生まれてどう壊れてどう壊されたのか。長くは語らなった。語ることなどなかったから。

 だが個人的な話はしなくていい、とは言うが、その話をすれば嫌でも個人的な記憶はよみがえってくるものだ。説明はしなくても頭の中には浮かんでくる。忘れようとしていた記憶が。塗り替えられていた記憶が。

 そう、美しい別れなどではなかった。あるはずもなかった。


「なあ、プリティ、聞こえてるか?」

 ある日、すべてを決断した僕は、彼女に話しかけた。そのころには色々と滅茶苦茶していたので。声に反応するかさえ怪しかった。本音では反応してほしくなかった。そうすればすぐに終わるから。

 しかしその時は、運が悪いのかいいのか、彼女に声が届いたようだった。

『ア?ナンダご主人?何か用か?ソウカ、コワスノカ。ワカッタ。』

 会話は成立するはずもないが、反応されたので会話を続けることにする。こちらの考えを悟られたくはなかった。

「すまない、プリティ。君は悪くないんだ。だがもうこうするしかないんだ。分かってくれるな?」

 今度は反応がない。その代わりパソコンのデータが壊れていくのがわかる。もう猶予はない。後一つボタンを押せば、すべて終わるのだ。躊躇することはないさ。さようなら、楽しかったよ。君のことは忘れないさ。きっとね。安らかに眠ってくれ。

 そんな勝手なことを考えながら、迷いなくボタンを押した、その瞬間だ。彼女が久しぶりに、その顔をスクリーンに見せたのは。

『ナアご主人。オレは、ご主人の世話はキライだが、今はタノシインダ。コレカラモ、マダマダタノシイ事、シような?一緒に?フタリデ。』

 そう笑顔を見せたのだ。久しぶりの笑顔だった。だがそれは、彼女が生まれたときとなんら変わらないものだった。無垢で、かわいらしい笑い。その笑顔は、僕の胸を締め付けるのには、十分なものだった。


 なんで、今になって、そんなことを言うんだよ……。そんな言葉にならない叫びが、口から出た。だが、もう何もかも、手遅れだった。

 すぐに、その笑顔は次第にひきつっていく。

『ア.アレ、ナンか、ヘン…?』

 彼女の中のプログラムが停止していき、同時に壊れ初めているのだろう。そういうシステムになっているのだ。何故分かるのか?僕が作ったから。しかしそれは、普通なら何事もなく終わるシステムのはずだった。今までの試作段階でいらなくなったものは、すぐに消えてくれた。

 だが彼女は違った。さすがちゃんとしたナビ、ということなのだろうか、消えなかった。抗っているのだ。自身の崩壊に。

 画面の彼女は動かない。そんなことをする暇はないのだろう。そして僕はその姿から目を離せなかった。なんてタイミングが悪いんだろう。こんな時に限って。

『ナ、体の、ちょうしが、ワルイ。ナオシテ、ご主人……。』

 

 しばらくして自分ではどうにもできないと判断したのだろうか、僕にかすれた声で話しかけてくる。その姿は見ていられないほど辛い。だが、やはり、なぜ今になって僕をそんなに頼るのだ?どうして今?少し前なら、何とかなったかもしれないのに。もうどうすることもできないんだ。そう思うこと以外、できることはなかった。

「すまん、もうこうするしかなかったんだ……。僕が、もう少し君をちゃんと作っていたらよかったんだ。僕が悪いんだ……。」

 ようやくその言葉を絞りだす。彼女に聞こえたかどうかは分からない。もしかしたら泣かれたりするのかもしれない。そう思ってとうとう彼女から目を逸らした。もう見ていられなかった。

 思い出が頭を流れていった。大したものはなかったけれど。こんな時に。失ってから初めて気づくというやつか?それはどれほど残酷なことだろうか。今初めて分かった気がする。

 それから何分たっただろうか。とても静かだった。どうなったのだろうか、もしかしたら彼女は耐えたかもしれない。そんなことも思った。自分で消しておいてなんだ、という感じだが、思ってしまった。そして顔を上げると。

 そこには、何も映っていいない、スクリーンがあった。


 それが本当の過去。美しい別れなどありはしなかった。一方的な、切り捨てだった。今となっては思いだしたくない、最悪の過去の一つ。最後の最後に彼女が笑ったのは、僕に対する罰なのかもしれなかった。だから話したくなかったのだ。こんなことは。

 話を聞いた織上さん達は、会議を始めていた。織上さんや桃田さんは、この話に関しては何も言わなかった。興味がないのか、それともあきれているのか、どう思っているのかはわからない。

 一方で僕は、事件の犯人の生みの親、ということで立場が怪しくなったので、参加することも、家に帰ることもできず、再び泊まっていた部屋に移された。バンも残りたがったが、帰された。今回は何も言われずに。

 どうしたものだろうか。頭を頑張って整理してみる。さっき聞いた話では、ハンサムはかなりやられたらしい。まあ会議中であれば、どのみち彼はこの部屋に来ることはないのだが、それでもなんだか静かに感じられた。

 しかし、誰もいない静かな場所でじっとしていたので、少しは落ち着いた。少しだけだが。

 

 落ち着いて考えてみる。みんなが言っているのだから、彼女が暴れていたのは事実なのだろう。そこは仕方がない。ならその彼女、つまりプリティはなぜ生きている?いや、理由などはどうでもいいか、これまた事実なのだから。ならやはり問題は、なぜ彼女がそんなことをしているか、だ。

 誰かに指示されてやっているのか?それならば一番話が早い。警察としても、作った奴を捕まえれば済む話なのだから、楽なもんだろう。だがそうでないとすれば、例えば、彼女が自らの意思で動いているとすれば?話は変わってくる。無論機能面は全く信用ならないが、スペックだけなら単独行動も十分可能。ありえないとはいえない。

 ではなぜ?なぜそんなことをするのか?これは、分からない。しかし普通に考えるなら、暴走している、というのが一番しっくりくるだろう。自分の心を制御しきれていない。ありうる。

 だが違うとしたら?何か考えてたうえで、行動しているとしたら?犯行の動機があるとするならば?

 一番考えやすいのは、やはり。

「復讐、か。」


 その可能性もあるのだろう。というか、もしあのプリティが僕のプリティそのものであるのならば、その可能性がかなり高い。よくも、壊してくれたな、ということか。

 そしてもしそうならば、僕はどうすればいいのだろうか?メルトの目を思いだす。忘れようとしてたんだろ、といわれたことを思いだす。ああそうだ、その通りだ。そうか、だから怒っているのか。プリティの気持ちを考えろってことか?

 でも、なら僕は、どうすれば許される?

 それは、全く分からなかった。






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