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chapter 10 消したい記憶と消せないデータ side:H 前編

「ついに、ついに完成したぞ、理想の彼女が!」

 理想の彼女というものは、待っているだけではダメだ、かといって攻めてもだめだ、ならばこの手で作るしかない。そんななんとも頭の悪い計画が始まって、試行錯誤の結果完成した。理想の彼女、になるはずのナビが。

 正直デキは完璧、とは言えない。思考回路もまだまだ稚拙ダだろう。最初から言葉もロクに話せないだろう。そこをどうするかかなり長い間考えた。だがあるとき、思い至ったのだ。

 別に、最初から完璧の必要はないのではないか。ほら、よくあるじゃないか。突然現れた少女を家に連れ帰ったものの、ロクに言葉も喋らないし、世界のことも何も知らない。でも主人公との交流を通じて、成長していくのだ。最後には立派な彼女へと成長する。

 まあそういうのはたいてい超大事なことを忘れていて、後半自分のことやら使命やらを思いだして、主人公のもとを離れていってしまう、というものも多いが。そこはまあ、いいとしよう。いいじゃないか、何も事件が起こらなくても。


 といううわけで、妥協ともいえるかもしれないが、とにかく完成した第一号。髪は短め、そして白という、子供っぽさと純真さと清廉さを表現してみた(個人的に)。体型もまあ小さめ?それはいいだろう。大人でグラマラスな体の女性が、片言を話すというのもなんだかアレだ。今回はそういうのではなく、シンプルにしよう。決して小さいのが好きとかではなく。誤解は良くない。

 ともあれ、まず起動してみる。すると、その赤い瞳が、こちらを向いた。そしてそのままじっとしている。動きはないが、なにせ最初だ、情報を整理するのに時間がかかっているのだろう。だがこの作業は自力でこなしてもらわないと困る。そうでないとこれからやっていけない。


 辛抱強く待っていた。そしてとうとう。

「ゴシュジン、サマ?」

 と発した。その瞬間に嬉しくなって踊りそうになった。成功だ、今まで出一番の出だしだ。地味だが、一番なのだ。やったぞ、これで僕のバラ色生活が…!

 と、興奮しすぎてしまった。落ち着こう。まあいい感じだ。この調子なら大丈夫だろう。第一歩はこんなもんだ。その後も、キョロキョロと周りを見回し始める。自分の置かれた環境を把握しているのだろう。事前にある程度入力しているが、それだけでは十分ではない。今後外の世界に出るのだから。

 ところでなぜ「彼女」なのに、ご主人様、と彼女は言ったのか?まあ別に名前で呼んでくれるのもありだが、身の周りの世話もしてもらう予定だし、なにより徐々に仲良くなるのがいいのではないか、と考えた。いずれは名前呼びになるかもしれない。それは、お楽しみだ。仲良くなれなかったら、その時はまた考えよう。

 

 またしばらく待ち、時間もたったし、会話もしてみることにした。先ほどの質問に答えなければ。コミュニケーションがとれるかも、確認しなければならない。

「そうだ、僕が君の主人の、近松凡人だ。ちゃんと覚えておくんだよ?」

「……ハイ、ワカッタ!」

 うむ、実に元気がいい。少々丁寧ではないが、これもまあありだろう。元気な子も好きだ。自分とは真逆だけど。だからこそいい、かもしれない。

 だがしかし、しばらく会話をして、問題が出てきた。彼女の名前をまだ決めていなかったのだ。完成した喜びで、そんなことを考える前に彼女を起動してしまった。これは失敗だ、今すぐ考えなければなるまい。彼女の情報としても、入力しなければならない。


 ナビというものは通常命名規則はないが、社会では二つ名、三つ名など性能に応じて分かりやすくランク付けをするらしい。もちろん従う義理などないが、彼女が将来社会進出した際に、恥ずかしい思いをしないようにしなくてはならない。これは僕の義務である。

 ならどうしよう。気分でつけるのは可哀想か。大体はそのナビのことを端的に表したり、そのナビに関することを名前に入れる。後長すぎるのは良くない。なら彼女は?三つ名の二つ目の部分はほぼ『ザ』であるからいいとして、上と下が問題だ。

 彼女ならどうだろう、ホワイト、とかか?いや、見た目だけで決めるのは良くない。ならなんだ、性格か?といっても性格なんて……。

『ワタシ、ウレシイ!ご主人様に合えて、ウレシイゾ!』

 ……可愛いぞ。よし、上はプリティにしよう。確か可愛いはそんな感じだろう。何となく呼びやすそうだし。シンプルなのがいいのだ。ちなみに嬉しいとか感情の類もそこまで理解が深くないはずなので、これから教えなくてはならない。むやみに連発されても困るし。このままでは悪い人に騙されそうだ。今は小学生でも人を警戒しなくてはならない世の中だ。

 

 では次は下の名前だ。上に可愛いなどという単語が来ているのだ、下はもっとスマートなのがいい。それならばいっそ番号とかどうだろう。モノ扱いしている、と思われてしまうかもしれないが、そんなことはない。記念の名前なのだ。

 今まで試作機を何体も作ったが、彼女達が起動することはなかった。話したとしても決められたことしか話さず、それではそこら辺のロボットと同じ。生きている、とは言えない状態だった。だから、彼女が記念すべき一人目なのだ。別にちょっとかっこいいとかは全く思っていない。

 なら「ファースト」でいいだろうか?数字関連の英語やその他の表現は色々あってややこしいが、これだろう。でもちょっとしっくりこないような……。ちなみに英語は苦手である。

『ワタシ、ガンバルカラナ!ナンデモ、イッテクレ!』

 ……。決めた。「ワン」にしよう。何故か?もちろん「一」の意味もある。だが彼女は、他のナビとは全く違うものだ。つまり世界に一人。つまりオンリーワンでナンバーワン!……ちょっと恥ずかしいがまあいいではないか。それで。


「よし、君の名前は、今日から『プリティ・ジ・ワン』だ!」

言ってみた感じも悪くない。彼女も一瞬「ん?」と首をかしげたが、すぐに笑顔になり、

『ワカッタ。ワタシは、プリティ・ジ・ワン、ダナ!』

と楽しそうに言うのだった。ああ、これから楽しい毎日になりそうだなあ……。


 しかし、そんな日々は長く続かなかったのだ。どうなったかは、いつか説明したとおりである。破壊に楽しみを見出した彼女は止まらなった。といっても無理もないかもしれない。主人に奉仕するだけの生活。それは楽しくはないだろう。主人を思う心があったとしてもだ。。そして、普通はそんな楽しくないことではなく、楽しいことに没頭するのだろう。単純に考えれば、そうだ。だが人間というのは、そういうものを我慢して生きていくものなのだ。社会で生きていくには、必要なことである。

 それに対して彼女には、そこら辺の人間らしさというか、心の制御が、全くなかった。一度覚えれば、己の望むままに。不完全ゆえの暴走。止まることはなかった。そして手に負えなくなった。

 その時は悲しかった。彼女を救うために、何とかしようと努力した。それでも、最後には、手放すという選択肢しか、残らなかった。

 だから、こう考えた。新しいことに失敗はつきものだ。その失敗を乗り越えて新たな技術が生まれるんだ。振り返ってはならない。彼女を礎に、新たな挑戦に挑む。だから君は安らかに眠ってくれ。ありがとう、楽しかったよ、と。


 そうして美しい記憶とともに、彼女との時間は終わったはずだった。終わったはずなのに。なのになぜだ。何故今目の前に、彼女がいるんだ。

 外見は前とは比べ物にならないほどに雑だ。そんなことに興味はない、と体で言っているようだ。だがその白い髪は、赤い瞳は、何よりその体は、僕に彼女がプリティであると確信させるには十分なものだった。


 しかし、おかしいではないか。頭が痛くなってくる。どうしてだ、彼女は消えたはずなのだ。僕の人生には二度と現れるものではないはずだ。お別れをしたはずなのだ。

『……よほど信じられないみたいね。それとも衝撃的?見たくない?自分が捨てて、忘れ去って、なかったことにしたはずのものが、自分の目の前にいる事実を?』

 その声は、とても冷たい。怒っているのかもしれない。悲しんでいるのかもしれない。分からなかった。分かるのは、自分が混乱している、ということだけ。

「ふ、ふざけるな。そんなことはない!驚いているだけだ!消えたはずの存在が目の前に現れたことに。」

『ふうん、そう。何故だ。どうしてだ、封印したはずなのに、そんな顔をしているように見えるけれど?』

 そんなメルトの態度を見て、怒りを感じた。楽しんでいるのか、コイツは。昔のナビを見て、僕が動揺するさまを。だとしたらなんと趣味の悪いことか。この様子だと、どこからこのデータを引っ張ったかは知らないが、きっとこれもこいつが用意した嫌がらせに違いない。なんと卑劣な。思い出を踏みにじるというのか。

「彼女を捨てたのは、事実だ。認めるしかない。だから目を背けたくもなる。僕の力不足で彼女に残酷なことをしたのだから。だがな、忘れたわけじゃない。今だって、彼女の思いを引き継いでいるから、お前という存在が生まれたんじゃないか。」

『技術的には、ね?でも、ならどうしてこのナビに関するデータは、技術的な面以外すべて消されているのかしら?そう、まるでなかったことにしたいみたいに。美しい思い出なら、せめて写真とか残しておいてもいいんじゃないの?』

 

 メルトがどこまで知っているのかしらないが、痛いところを突かれる。その通り、美しい記憶なら、残しておくべきだろう。それどころか、二代目、三代目にもプリティと同じ姿、いや、姿までとはいかなくても、面影が残っていてもいいかもしれない。

 だがそんなものは微塵もなかった。頭がさらに痛くなる。そうだ、本当は知っているのだ。美しい記憶などどこにもないことを。だが頭は認めたくないのだ。そんなことは。


『だんまり、ね……。いいわ、確かにいきなり色々言うのは良くないかもしれない。突発的な発言には意味がないしね。アンタがショックを受けるのも無理はない。そのことについては、またにしましょう。』

 メルトは何か自分の中で決めたらしかった。先ほどまでは責めているようだったのに、急にそんなことを言うとは。僕に謝罪の言葉でも求めているのだろうか。あまり多くを知らないはずのメルトが何を求めているかなんて、分かるはずもなかった。

『でもね、過去のことはともかく、コイツについてのことは、語る必要があると思うわよ。さすがにそこら辺を見逃してくれる奴らではないでしょう。』

「奴ら?説明って、誰に説明する必要があるんだ?」

 こんなすごく個人的な話を、誰にする必要があるというのか。混乱した頭ではロクに考えられなかった。だがその必要もなかった。すぐにその奴らが現れたからだ。


「そうね、そこんところ、洗いざらい説明してもらおうかしら……?」

 そう、先ほど到着した桃田さんと織上さんが、入口に立っていたのだった。また桃田さんの意地悪か、とも思ったが、その顔は真剣だった。

「説明……?なんで説明しないといけないんです?」

「もちろん、そのナビが一連の騒動の主犯格の一人だからに決まってるじゃない。」

「え……?」

 その言葉は、僕をさらに深い混乱に、突き落とすものだった。





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