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chapter 9 休息なんてありはしない side:M

 白野郎、もとい今回の事件の主犯格の一人であるこのナビを連れて帰ってくるのは、なかなか骨が折れた。まあもともと崩壊寸前だったというのもあるけれど、色々あったのだ。


 時間はブレイブが派手にぶちかましたところに遡る。

「まあ、ひとまず事件解決なんだけれど、帰るって、後始末とかしなくてもいいの?」

 立ち上がって聞く。織上は帰るといったけれど、この現場はなかなかに滅茶苦茶になっている。ファイアウォールは守れたけれど、それ以外のところはボロボロだ。

 特にナビ達の損傷が激しい。当たり前だけれど、多くの防犯対策用のダブルネームが故障してしまっている。最後の芋虫の抵抗でやられてしまったのだ。加えて私達が到着する前に、ここの責任者のトリプルネームは完全にやられている。今はシステムが自動で電車を制御しているが、この状況が続くのは危ない。

「そういえばさっきから思っていたが、お前は誰だ?犯人の仲間か?」

 私の声に反応して、ブレイブがこちらを向く。そういえば自己紹介していなかった。てか普通に初対面だった。これは怪しまれても仕方ない。仕方ないが。

「とりあえずその危険な兵器をこっちに向けるのを止めなさい。」

 ブレイブがこちらを向くということは、その巨大な筒の先端がこちらを向くということだった。さすがに怖すぎるわ、あれは。

「心配せずとも、お前ならこれを使わなくてもすぐに沈められる。」

 不愛想でかつ失礼な返答にイラッとくる。どうやらこいつは桃田やハンサムだけでなく誰にでもこういう態度らしい。


「あら、ずいぶんなこと言ってくれるわね。初対面のレディに対して。」

「こらこら、喧嘩は、やめたまえよ二人とも。仲良く、仲良くだ。」

 ハンサムが間に入る。だがハンサムはこれでも死にかけなのだ。そこで織上が変わって、ブレイブに私のことを説明してくれた。

「なるほど、お前が例のお騒がせ野郎のお騒がせナビなんだな。」

「お騒がせとは何よお騒がせとは!」

 この野郎、年上な雰囲気を出してる割には、いちいち突っかかってくる。メンドクサイ奴だ。中身は子供、いや所詮男か。

『ブレイブ、やめなさい。すみませんメルトさん、彼ってこういう性格で。許してやってください。』

『アタシは許す気はないけれどね!』

 桃田が横から口を挟む。どうやらいつもブレイブに何か言われているようだ。


『メルトさん。改めて紹介します。彼の名はブレイブ・ザ・ジャスティス。電課のナビの一人です。ハンサムとコンビを組むことが多く、桃田さんのナビということになっています。』

「ほぼ監視訳、みたいなもんだがな。」

『ぶっ飛ばすわよ。』

『彼は外での仕事が多く、あまりウチの本部には顔を見せないのです。だからメルトさんとも会う機会がなかったのでしょう。まあ仲良くしてやってください。』

「部外者とは気安くは仲良くできないがな。」

「そんなのこっちから願い下げだっつーの。」

 ともかくこれで自己紹介はすんだ。個人的に頼みたいこともあるから、こんなことで時間をかけている暇はない。


「で、さっきの話だけど、もう撤収しても大丈夫なの?」

『ええ、大丈夫です。ナビのことなんかは、部外者である私達よりも、持ち主の方が詳しいですからね。修理は鉄道会社の方々に任せます。』

「ファイアウォール周りの点検も同じことが言える。こういうのはデリケートだからな、部外者が触るのは良くない。専門家に任せる。」

「僕も、早く修理してもらわないと、しんどいしね。」

 最後のはほっとくとして、プロがこういっているのだからほおっておいていいのだろう。なら本題に入るとする。

「じゃあさ、帰るついでに、あのナビも連れて帰らない?」

 私が指さしたのは、ショックを受けたのか、壊れたのか、どちらにせよもう動こうともしない白野郎だった。ただ消えないところを見ると、まだ生きているらしい。

「あいつならもちろん連れて帰るさ。色々調べなければならないことがある。どうせ正式な手順で作られたものじゃないから、仕組みを調べれば誰が作ったのかある程度特定できるしな。」

 まあそうだろう。事件の手がかりをみすみす置いていく警察ではないはずだ。


「それでね、連れ帰る時に、あの容姿を崩さないようにしてほしいのよ。あの姿と顔が、外からでも見えるようにしてほしいの。後喋れる状態にしておいて欲しい。」

「……なんでそんな面倒くさいことをしなければならんのだ。情報があればそれでいい。」

 これも正しい。このナビはほぼ壊れかけているので、無理に動かせば崩れるだろう。それでもデータだけ残ってれば問題はないはずだ。ただ、

「ちょっと見せたい奴がいるだけよ、そうすれば、データを探る以上の発見があるかもしれないわよ?」

 ブレイブは怪訝そうな顔をしている。部外者の私が言っているのだから無理もないかもしれない。むしろ殺すな、治療しろと言っているようなもんだから、犯人の関係者だと疑われてもおかしくはない。だがこれだけは譲れない。

 しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのは、織上だった。

『メルトさんにも考えがあるのでしょう。それぐらいならば危険はないでしょうし、いいのではないですか、ブレイブ。』

 

 その声を聞いて、ブレイブもやれやれ、といった顔をして、

「俺はお前達の指示に従うまでだ。駅の修理ナビを一人こっちに回せ。せめてもう少しマシな状態にしておかないと、話にならんぞ。」

 と言って向こうに行ってしまった。ついでにハンサムを担いでいった。悪い奴ではないのかもしれない。そんな簡単に判断するのは危険だけれど。

「ありがとう織上。」

『いいですよ。別に問題はないですし。それが、あなたが今回ついてきた理由の一つでもあるんでしょう?』

「……以外にするどいのね。」

『女ですから。』

 そんなことを言うとは、やっぱり女らしかった。


 みんながばたばたしている間、倒れている白野郎のところに近づく。良く見ると、相変わらず動かないけれど、目は開いている。その瞳だけが、こちらを向いた。

「よお、何するつもりだ?助けようってならごめんだぜ。情けをかけられるほど落ちぶれちゃいない。」

「誰も情けなんかかけてないわよ。ただ利用させてもらうだけ。こっちの都合よ。」

「殺さずに利用してやるってか。なかなか残酷だぜ。まあ負けた俺が言えることは何もないんだがな。」

「まあ、よく言う、生きて罪を償え、ってやつよ。簡単に殺してあげないってやつかも。どっちでもいいけれどね。死なないならさ。」

 なんだかやけに穏やかな会話だった。先ほどまでならこんなことはなかっただろう。目の前に倒れている白いナビは、顔が上手く動かせないのか、無表情のままだ。だがその目だけ見ても、雰囲気が違っている気がした。

 大体こいつ、さっきまでなら、今の状況に怒り狂っていたはずだ。ふざけんじゃねえ、情けなんてかけるんじゃねえ、俺を殺せ!みたいな?


「ずいぶんと落ち着いてるのね。まるで別人みたいになってるわよアンタ。気持ち悪い。」

「まあな。自分でも不思議だが、今は落ち着いてるんだよ。全く自分でも気持ち悪い。」

 あれか、限界まで殴り合いをするとスカッとするとか、熱い感じのアニメとかでよくあるやつか。負けても悔しくない、とかいうやつ。……それはないか。

「もう限界なのかもしれん。ま、もともと捨てられて消える運命だったこの体だ。それがここまで好きかって暴れることが出来たんだから、もう悔いはないのかもしれんな。わからんが。」

「捨てられる、というと、失敗作だったわけ?」

 こんな凶悪な失敗作があってたまるか、という気もするが。

「ああ、どうやらそうらしい。もっともその時は、考える知能なんてほぼなかったから、なんで捨てられたかもわからなかったがガ。今になってカンガエレバ、まあ俺は不良品に違いないわな。」


「……えらく冷静な語りと考察ね。そんなキャラじゃなかったでしょアンタ。」

「ああ、ああ、ソウだったな。でもよ、これはお前のせいだぜ、クソ野郎。てめえが俺をぶっ飛ばしたから、修理が必要になった。そして修理の段階で、あの野郎、オレに今までより数段上の知能をつけやがった。オカゲでこのざまだ。」

 それは気づいていたけど。前回と今回じゃ、明らかに違うし。ちゃんと文章を話している時点で、それは明白だった。

「んで、せっかく知能を得たって言うのに。やることは前と変わらず、ってのはどういうことかしら?意味ないじゃない。それじゃあ。」

「まあ、そうかもしれんな。だが、それ以外にやることもなかったし、楽しみも見いだせなかった。ならやるしかないだろう?血沸き肉躍る戦いってやつをさ。」

 無茶苦茶なことを言う。他にないのか。

「アンタにとっては楽しいかもしれないけど、巻き込まれるこっちはとんだ迷惑よ。しかもそれで死にそうになってるってどうよ。折角賢くなったんだから、人目に付かないようにしていればいいじゃない。死んだらどうしようもない、でしょ。」

 そう言うと、白いナビは目を細めた。遠くを見ているようだ。どことなく儚さを感じる。こんな顔もできたのねこいつ。顔は動かないけど。


「そうだなあ、そうすれば生きられたのかもなあ。でもよ、楽しくないとか、それ以前によ。何もせずにただ生きていくなんてことに、意味があるとはオモエナイナ。」

「それは見つければいいじゃない。アタシだって、最初は右も左もわからなかったけれど、今では好きな音楽を聞き、好きなドラマやアニメを見て、たまに出かける、それだけで十分だと思ってるわよ。」

 生きていれば、いいことがきっとあるさ。そんなありふれた励ましの言葉。でもそれは、大切なことだろう。一時の感情に流されていいことはない。

「そうだな。お前はそうかもしれない。何かをするために生まれた存在だし、生きてやらなければいけないことがある。やってはいないみたいダガナ。そして何より帰る場所がある。人間だってそうだ。人生は長い。いつか何かをなせるかもしれない。」

 そこでふっと、その瞳は悲しいものへと変わる。

「だがなあ、残念ながら俺はナビなんだよ。しかも捨てられた存在なんだ。帰る場所もなけりゃ、すべきこともない。だから自分のしたいことをするしかない。生憎俺は、新しい趣味を見つけられるほど心は豊かじゃないし、誰かと新しい人生を送れるほどキヨウでもねえ。」

「……。」

「仮にお前の言う通りとりあえず生きるとしよう。何もせずに。今の俺の知能なら可能かもな。だけどよ、それはとてもつらいことだろうよ。」


「……辛い?」

「ああ、さっきも言ったように、意味のある存在じゃないんだからな。お前はもういらない。死んでくれ。そう願われた存在なんだからな。」

「そんなこと、考える必要ないじゃない。メンドクサイねアンタは。」

「ああ、そうだ。だが考えてしまうんだよ。だって、俺達は、ナビなんだからな。何かをなすため、使命を背負わされて生み出された、ナビなんだから。」

 使命、責任、義務。私達を縛りつけるもの。逃げられないもの。

「ホント、難儀なもんだぜ、ココロってのは。こんなことを考えるんなら。前のままのがずっとましだった。」

 考える心は、時として重荷になる。ダブルネームのナビなら、こんなことは絶対にない。捨てられても、後悔だとかはないんだろう。

「ま、それとは別に、ただただ俺は、コワシタカッタダケダケドナ!」

 だがそのナビの性能というのも、生まれつきなのだ。人間のように、努力すれば、変われる!とは言えない。だから、身勝手なんだ。あいつらは。こいつがしたことは肯定できないが、コイツだけに原因があるという意見も到底肯定できるもんじゃない。

 目の前のナビは、笑おうとしているのだろう。壊すことにしか生を感じないなら、笑うしかないのだろう。だがその顔はうまく動かないのか、なんだか歪んで、余計に悲しそうに見えた。


 いけない。センチメンタルになってる場合じゃない。要件を伝えないと。

「ねえ、今からあんたを、おそらくあんたを作ったであろう人物に合わせようと思うんだけど、どう?」

 単刀直入に本題に入る。そう、私が今回ここに来た理由の一つが、これなのだ。

 もちろん根拠はある。前回の戦闘で、自分と相手の構造が似ているとわかったからだ。もちろんナビなんてものは高度な技術で作られているので、基本構造は大体どれも同じだ。だが作り手の個性というものもちゃんと現れる。特にウチのクソ野郎は自作しているので、癖がでやすい。だから似ていると感じたのだ。

 他にも理由はある。このあたりを野良でうろつくナビなんてほぼいないし、何より性格。まあ何と言ってもウチの主人は失敗作だと感じたら処分しているので、なぜ普通に暴れまわっているのか疑問ではあるが、ハズレでも構わない。その時は普通に事件解決に役立ってもらうだけだ。

 

 さて、これを聞いてこいつがどんな反応をするのか。少し心配していたが、返ってきたのは、

「ふうん、そうかい。」

 という、お得意の興味ないぜな感じの返答だった。

「あら、動揺とか、怒ったりとかはしないのね。ちょっと大人になりすぎじゃない?」

「ふん、前の俺でもたぶん同じような反応をしたと思うぜ。なにせ覚えてないんだからな、ほとんど。俺を作った奴の顔なんぞ。」

「じゃあ別に恨んではいない、と?」

「それは分からん。もしかしたら恨んでるのかもしれん。だがまあ、捨てられた理由、分からんとは言ったが、思い当たることはある。俺だって立場が逆なら、自分の手元には置いときたくないだろうぜ、こんな破壊魔はよ。だから知らない誰かに合う感じだろうよ。」

 その言葉はよどみがなかった。本心なのだろう。ここで嘘をつく必要もないし。

「ま、その時どうなってるかは、わからねえがよ。」

「何?どう言う意味よ?」

「文字通りさ。今はこうして賢くおしゃべりしてるが、おそらくそろそろ限界がくる。もともと無理やり性能を上げてるんだ、長くはもたない。だからこんな知能を持った状態も、今で終わりだろうな。次にしゃべるときは、また片言の壊れた奴になってると思うぜ。」


 さらっととんでもないことを言う。つまりは、折角色々考えられるようになったというのに、また超短絡的な思考回路に逆戻り、というわけだ。それは、あまりにも酷なことではないだろうか。

「アンタがそう言うんなら、こっちではどうしようもないでしょうね。警察もそこまで手厚く治療してくれるとは思わないし。でもいいの?怖くない?」

「怖いもんかよ、むしろすっきりするぜ。こんな面倒くさいこと考えなくてすむんだからな。だからまあ、後のことは、知らん。どうなっても、俺は知らんさ。たとえ昔の主の顔を見て暴れ出したとしても、そんときはそんときだ。」

「そういう無責任というか乱暴なところは変わらないのね。安心しなさい、今度こそボコボコにしてあげるから。」

「それは楽しだなあオイ。」

 口調は変わらないが、段々と力が抜けてきている。目もうつろだ。限界だ。よくここまでもったものだ。そこだけは褒めてやりたい。


「後、最後に一つ。お前の主にいっとけ。」

「なによ、しぶといわね。」

「別に恨んじゃいねえが、捨てられるってのは、悲しいもんなんだぜ、ってな。」

「……。」

 そこで言葉が途切れた。目も閉じられた。動かなくなった。最後の一言は、嫌味なのだろうか、それともほとんど残っていない記憶から漏らされた言葉なのだろうか、よくわからなかった。


 そして今に至る。何とか修理を間に合わせ、消滅および修復不可能の状態になることは防げた。知能とか能力周りに関しては、本人の言葉通り、かなり壊れてしまっていたが。

 だがその甲斐はあったようだ。目の前で青ざめた主人を見ればそれははっきり分かる。


「どうやらビンゴみたいねえ、クソご主人?」

 名前まで言いやがった。プリティ。なるほど、その名前は何度も見たことがある。やはりこいつが作ったもので間違いない。こいつが一度作って、そして捨てたナビの名前。プリティ・ジ・ワン。命名規則に伴って考えると、一人目のナビ。最初に作ったナビだ。

「さあ、黙ってないで質問に答えなさい。なんでコイツが外で暴れまわっているのか。アンタ知ってるんじゃないの?」

 聞いてみるが、口をパクパクとさせて何もしゃべらない。そんなに衝撃の事実ならば、やはりこのナビは勝手に行動していたのだろう。そしてウチの主人の中では、死んだ存在になっていたのだろう。

『兄貴、どうしたんですか。そんな魚みたいになって。こいつのこと知ってるんですか、てか誰ですか?』

 それでも動かない。その時なにやら玄関が騒がしくなった。どうやら織上たちが到着したらしい。まあ詳しくは警察に尋問して聞いてもらいましょう。

 

 さあ、見せてもらいましょうか。アンタが、忘れようとして、なかったことにしようとした、過去の因縁に対する行動を。







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