chapter 8 漢達の鎮魂歌 side:M 後編
「アンタもつくづく食えない男よね。ますますその性格が、残念に思えるわ。」
「はは、惚れ直したかい、メルト君。僕は心も体も、イケメンなのさ。」
「だから、そういう所だっての。」
私もハンサムも動けなかった。だがなすべきことをなした後なので、緊張感はなくなっていた。このままいけば列車が暴走することもないだろう。私達の勝ち……。
「くふ、ははは、ははははははははははははははははははははは!」
安心しそうになった時に、不気味な笑い声が聞こえ始めた。嫌な声、誰のものなのかは一瞬でわかる。驚いてその声の主の方を見る。そこには、もうボロボロでつつけば崩れそうなナビが、横たわっていた。
「……あんた、そんなになってまで、まだ喋れる、もとい笑えるなんて、もはや尊敬するわ……。」
白野郎は笑っていた。ただ笑っていた。こちらも仰向けに倒れているので顔は分からないが、どうせいつもの顔をしているんでしょうね。この感じだと。
「ふふふ、笑えるさ。この状況、笑わずにはいられない。負けたんだよ、俺は。負けちまった。戦いに。そしてお前らは勝った。俺との勝負に。それはいい。」
傷ついた体でしゃべり続ける。その姿は、何もできないはずなのに、ひどく不気味だった。見えないけど。
「だが最後に泣くのは、やっぱりお前たちなんだよなあ!」
その声と、ファイアウォールの方から聞こえる音が大きくなったのは、ほぼ同時だった。
「何?何がおきてるの?何しようってのよアンタ!」
「ふん、俺はここで終わりだ。だがもう一つ作戦があるのさ!お前らにとっては、最悪のサクセンがなあ!」
あまりに楽しそうな声。自分が死にそうなのはお構いなしのようだ。
「俺が死にそうになったら、ウイルスどもは、暴走するようになっているのさ!あははははは!俺が仕組んだわけじゃねえが、こいつはなんともいやらしくて、ケッサクな罠だよなあ!」
「な、なんですって……!?」
その言葉は嘘ではないようだ。急激にウイルスの動きが活発になり始めた。今まで優勢だったダブルネーム軍が明らかに押されている。こんなことがあるのか。先ほどまで弱かったのは、本当にこのいかれ野郎の邪魔をしないためだったというのか。
「アンタ、悪あがきは嫌いとか言っといて、自分は結局するの!?最低ね!」
「何言ってるんだ、俺は戦いに負けた、それはそれで終わりだ。この列車がどうにかなっちまうことに関しては、全く関係ないね!」
そんなわけあるか、お前のせいでこんなことになってるんだろうが。だがこの死にかけをどうしようが、あのウイルス達はどうしようもないだろう。こいつを脅したところで止まるはずもない。コイツは負けを認めているんだから。死ぬ覚悟も十分みたいだし。
「ハンサム、どうにかならないの?あれは結構やばいわよ!」
「残念ながら、自力では、動けないんだ……。」
それはそうだろう。なら私が何とかするしかない?いや、今ようやく立ち上がれるくらいにはなったが、あの凶暴な芋虫どもに立ち向かう力は、残っていないだろう。というか万全の状態でも、あれだけの数を相手にするのは無謀である。
「へへっ、困ってやがるな?残念だなあ、目の前で起きてることなのに、どうしようもないってのはよお!せいぜい絶望しやがれ!俺はゆっくり、観察するさ。ファイアウォールが崩れる美しい様と、ついでにオマエラが悔しがる姿をな!」
もうこいつに構っても仕方がない。どうにかならないのかと考え、今この場で何とかできそうなのは、織上、というか警察しかないのでは、という考えに至る。そうだ、ここが予告上の本命ならば、警察は全力で止めに来るはずである。
「ねえ、織上!そろそろ他のところが危険なしってわかったでしょう?警察はここに全員動員してもいいころなんじゃないの?」
『それが、各地でも、ここほどではないにしてもウイルスがばらまかれているみたいで、そのせいで各地で警戒態勢がひかれているんです!一気に全員ここに来させることは不可能です!』
織上が叫ぶ。なんてことだ、白野郎が負けることを想定してもう手は打たれているのか。仮に数体のナビがここに来ても、このウイルスの量だ、突破は難しいかもしれない。ましてこの町の警察に、ハンサムのように優秀なナビが何体もいるわけがない。
「残念!俺を倒すのに、時間と労力をかけすぎだ、もうどうにもなんねえよ!」
白野郎は笑う。確かにもともと傷つけられていた所だ、芋虫がホンキを出した今、破られるのに時間はかからないだろう。万事休す、か……。ここまで奴を追い詰めたのに、こちらが最後に負けるというのか。悔しさで頭がどうにかなりそうだぅた。
「おら、クソ警察、声もでねえか?あん?」
ハンサムにも挑発的に話しかける。自分を倒した相手には、余計に悔しがって欲しいのだろうか、趣味が悪い。
しかし、ハンサムは、焦りも、怒りもしていなかった。静かだから、もしかして死んだかと思ったが、そうではなかった。笑っているのだった。
「……ハンサム?頭。大丈夫?まああれだけの戦いだから、壊れても仕方ないかもしれないけど…。」
「いや、違うよメルト君。別におかしくなったわけではない。」
ハンサムは余裕そうに言う。全く焦っていない。頭がおかしくのではないとすると、これはもしかすると、何か策があるのだろうか。この絶望的な状況を一瞬で覆す策が。
「そこで勝ち誇ってるお嬢さんには悪いが、今回は私達の勝ちだ。いや、最初から、勝っていたんだよ。心配することなんて何もなかったんだ。」
「ふん、無理だ!何もできねえよ!もう止まらないさ!適当なことを、いうんじゃねえヨ!お前にはもう、何もできない!」
その余裕そうな態度に、白野郎は苛立っているようだ。
「そう、僕にはもう何もできない。僕にはね。」
怒る敵を無視して、ハンサムがそう言った時、一人のナビが、その横に現れた。ゲートを通ってきたのだろうか。あまりにも、唐突な登場だった。こちらが声を出す暇もないほどに。
「僕は何もできないが、一人ではないのだ。だからこそ、勝因は多くなる。僕の戦闘能力のことを外して考えても、僕は無敵さ。」
そのナビは、ハンサムの方を向く。強化されたハンサムよりもさらに大きな体。青いアーマーを装着しており、顔にはサングラス。肌の色が黒めで、スキンヘッドなので、良く映画名で見かける、鬼教官、といったイメージが湧く。
「一つ目は、まさに幸運の女神ともいえる、モモミの存在。彼女が勝つといったなら、それはもう勝ったも同然。これだけでも十分だ。そして二つ目は、そのモモミをサポートするトキコ。彼女の存在なくして、モモエの作戦は実行できない。社会は甘くないからね。」
白野郎も突然のナビの出現で驚いたのか、黙っている。それは私も同じだ。この状況で単騎でここに侵入してくるなど、あまり考えられない、という以前に意味のある行為だとは思えない。だがハンサムは話し続ける。
「そして最後に、強力なパートナーの存在。彼と僕は弱点を補いあう。これで勝利の図式は完成さ。文句はないだろう?」
ハンサムの語りにも、私達の目線にも反応せずに、男は何も言わずに今度は周りを見る。状況を確認しているのだろう。そしてしばらくすると、再びハンサムの方を向いて、ようやく口を開いた。
「……急げ急げとチビがうるさいから来てみたものの、これはどういうことだ、若造。」
「遅れてきておいて、ずいぶんな言い草じゃないか、ブレイブ。」
混乱しているこちらのことは気にせずに、二人は自然に会話を始める。
「こっちがどれだけの仕事をあのチビに押し付けられてると思ってるんだ。護衛役だとか言って大して仕事をしないお前に言われたくはないな。」
「それは君が嫌がるからだろう?子供のお守はごめんだ、とかいつも言うじゃないか。」
二人は会話を続けている。雰囲気からして、知り合いどころではないのだろう。ということは。間違いなく先ほどから織上が言っていた、増援、ということなのだろうか。だが、一人だけなのか?この状況を打開するために来たのが、一人?
「おいおいオイ。そこのでかい奴は、お前のオトモダチかなにかなのか?まあいずれにせよ、今更一人増えたところで、どうにかなるとは思えないなあ?」
状況についていけないのか、少しイラついた様子で白野郎がとうとう口を挟んだ。私と同じ考えらしい。すると、ブレイブ、といわれた男は、その声の主を見た。
「あんな奴にやられたのか。こんなの一人相手にするのに、そこまでボロボロにされちまうなんて、やはりお前もまだまだ若造だな。お前は甘すぎるんだよ。どうせ女だから手加減した、とかだろう?なってないな。」
「そういわないで、なんとかしてくれないか、ブレイブ。これでもピンチなんだよ。」
全く相手にされなかったので、白野郎は何やら言っているが、そんなことは気にならないようだ。ハンサムに言われ、改めて暴れている芋虫ウイルスを見る。
「まあ、確かにコイツは厄介だな。話は大体織上から聞いている。そして時間もないとなると、アレを使うしかなくなる。許可してくれるか、チビ助。」
そう言うと、久しぶりに、織上ではない声が通信で聞こえてきた。
『アンタねえ、さっきから聞いてれば、ずいぶん失礼なこといってるじゃない。アンタの態度が悪いから、いつも私達が怒られてるのよ!大体チビって言うなっていつも言ってるでしょうが!チビじゃねえよ!炙る!絶対に炙る!』
桃田の声だ。先ほどまでは何をしていたのだろうか。まあそんなことは今は問題ではないが。
「静かにしろ。状況を理解できていないわけじゃないだろう?早く許可を出してくれんと、どうなるかわからんぞ。貴様に責任が取れるのか?」
『ちっ、いちいちムカつくやつね。まあいいわ、とりあえずこの事件を解決しましょう。しょうもない犯罪はさっさと潰すに限るわ。早くお家に帰りたいしね。もう私眠いもの。さあ時子、やってちょうだい。もう、いつまでも泣いてんじゃないわよ!』
『な、泣いてなどいません。分かりました。管理者からコード入力。ブレイブ・ザ・ジャスティスの武装制限を解除します。どうぞ。』
織上が何かを入力したようだった。続けてブレイブが右手を上げる。どうやら彼もさっさと仕事を終わらせたいようだ。動きに無駄がない。というかめんどくさそうにしている。
「了解。ブレイブ・ザ・ジャスティス、行動を開始する。」
先ほどのハンサムと同様、彼にも何か隠し玉があるのだろう。言葉が同じだ。彼らの何かしらの制限の解除の合図なのだろう。彼の右手に何かが具現化し始める。
「ちょっとハンサム、コイツいったい何なのよ?大丈夫なの?余裕そうにしてるけど?」
とりあえず無愛想そうなブレイブに話しかけるのはやめて、何とかはいずってハンサムに近づき、声をかける。ハンサムは相変わらず動けないので、顔だけこちらに向け、「大丈夫だ、問題ない」的な笑顔をしている。信頼はしているのだろう。
そしてしばらくして、ブレイブの右手に現れたものは……。
「……ちょ、なんなのアレ。」
「オイ、オイ、オイ……。」
(残念ながら)私と白野郎にまたもやほぼ同じリアクションをさせたのは、ブレイブが具現化した武器だった。いや、武器というんだろうか、あれは。
だって、そこにあったのは、超、超巨大な、筒のようなものだったのだから。
「ハハハ、いつ見てもでかいね、ソイツは。」
「黙ってろ死にぞこない。さっさと終わらせる。」
私達を置き去りにして、作業は進む。ブレイブは、その筒の先を、今やファイアウォールを派手に食い散らかしている芋虫たちのほうに向ける。
「さあ、害虫駆除と行かせてもらおうか。」
筒を肩の上にのせ、安定させる。しっかりと狙いをつけている、という感じか。ということは、まさか……。
「ハンサム、聞きたくはないけど、あの筒は打撃武器というわけではないのね?」
そんなわけないだろう、と肩をすくめる(ような動きをする)ハンサム。ではあれは……?まさか予想通り、巨大ビーム砲とかでは、ないだろう。まさかな。てかなんでお前はさっきからしゃべらないんだ。
『さあ、燃やし尽くすのよ!その超ド級戦略殲滅兵器、『超破滅砲』でねえ!』
「発射する。」
不穏すぎるその名前に、まさかねとか思った時には遅かった。ブレイブの声とともに、その筒は光り始め、先端からはその大きな筒をはるかにしのぐ半径の、極太ビーム(おそらくビーム。光の塊にも見える)が、打ち出されていた。
驚いて声を出す暇もなく、その光は、一瞬にしてファイアウォールに到達し、そこは光に包まれた。かすかにだが、芋虫が為すすべなく崩れていくのが見える。一瞬で。更にブレイブは、筒を横にスライドさせることで、捉えきれなかったものもすべて呑み込んでいく。もう見ていることしかできない。それほどまでに圧倒的で、破壊的だった。
そして間もなく、光が収束していく。すべてを焼き払ったのだろうか。その光は幻想的で、少し見とれてしまっていた。
「相変わらず、君のそれは豪快だね。しかし品というものが足りないんじゃないか?」
「貴様のそのふざけた性格の方が、よっぽど必要ないものだと思うがな。」
さきほどと変わらず平然と会話をする二人をしばらく観察して、ようやく意識が戻ってきた。そしてこれはやばいという危機感も湧いてきた。
「ちょ、ハンサム!何よあれ!あんなのじゃ、ファイアウォールどころじゃないでしょ!全部消し飛んだわよ!どうしてくれんのよ!何のためにさっきまで戦ってたのよ!」
横で呆然としていた白野郎も、ようやく我に返ったようで、また笑い始めた。
「アハハ、コイツハケッサクだ!自分で全部フキトバシやがった!」
しかしこちらの態度をみても焦りもせずに、またもやハンサムは、大丈夫、という顔をして、ファイアウォールのほうを指さす。そしてそちらを向くと……。
「な、なんですってえ……。」
そこには、ちゃんとファイアウォールが存在していた。それどころか、ダブルネームのナビたちも健在である。消えていたのは、芋虫だけだった。芋虫だけが、世界から消えていた。
『舐めんじゃないわよ。標的だけを完全に破壊する、それがこの力よ!どこぞの破壊魔と同じじゃあ、警察で使えるわけがないじゃない!まさに無敵!魔だけを討つ絶対の力!これぞ正義の力!見たか小悪党!私達に戦いを挑もうなんて、百年早いわ!』
「お前が偉そうに言うんじゃない。」
『うるさい!口を挟むな!』
桃田とブレイブは仲が悪いのだろうか。いや、ブレイブが容赦ないといった感じか。周りのことなど一切気にせず、また口論が始まっている。なんとも気が抜ける会話だ。
『落ち着いてください桃田さん。事件は解決ということでいいでしょう。ひとまず署に帰りましょう。』
「そうだね、そうしてくれないと困る。僕は今にも消えてしまいそうなんだよ。」
「我慢しろ。お前には我慢が足りないんだよ。」
織上とハンサムも加わることで完全に電課のやり取りになってしまったが、白野郎はそれどころではないようだった。再び呆然として、目の前の光景を見ている。
「う、嘘ダろ……?出鱈目だ、ワケわかんねえよ……。」
そんな白野郎に気づいたのか、ハンサムがこちらに少しだけ顔を傾けて、言った。笑顔で。
「何はともあれ、だ。白いお嬢さん、今回は、我々の勝ちだね。」




