chapter 8 漢達の鎮魂歌 side:H 後編
『さあ、どうするのかしら。時間ならたっぷりあるわよ?』
ご丁寧にロボットは一時停止までしてある。それほどまでに自信があるのだ、僕がここから逃げ出さないという確信が。
「な、兄貴!確かに外のことは気になります!でもここにいたら、殺されるのを待つだけだ!死んじまったら意味ないでしょう!」
バンが隣で叫ぶ。わかっている、コイツはいい奴なのだ。仮に外に出て僕がみんなに責められたとしてもかばってくれるだろう。単に兄貴だからとかそういうことは関係ない。こいつは普通にいい奴なのだ。悪ぶってはいるけれど。
だから、ここで決断しなければならないのだ。
「…………よし、バン。お前は先に外に出ろ。そして助けを呼んで来い。」
そう言った途端に、バンの表情は険しくなる。
「何言ってるんですか。それを言うなら逆でしょう。あんたが先に行ってください。助けが来るまでなら余裕で耐えられますよ。」
「それじゃダメだ。意味がない。奴の狙いは僕なのだから、お前がここに残っても奴は僕を追うだろう。だからお前が先だ。早く行け。」
強めに言い放つ。するとバンは近寄ってきて、僕の胸倉をつかんだ。怒っている顔だ。確実に。
「この晩地凱大納信吉に、ダチを置いて逃げろというんですか、アンタは。俺がそんなことするような小さいやつに見えますか!ええ!?」
怖い。本気で怒っている。だが退けない。もう退けない。
「思ってないさ!お前が実はすごい友達思いの奴だってことは誰よりも知っているつもりだ!だから言ってんじゃねえか!言わねえとわかんねえだろ!お前には俺のせいで大けがとかしてほしくないんよ!」
普段からまとわりついて来てウザいことこの上ないが、それでもこいつはいい奴なのだ。
「それにここにいたらどのみち共倒れだろう!今自由に動けるのはお前しかいない!」
「アンタが逃げるって選択肢はなんで無いんですか!」
「オマエこそ何もわかっちゃいねえな!僕が、人様に迷惑かけてでも生き残りたいとか思うほど、自分大好き人間だとでも思ってたのか!この野郎!」
本当は人に迷惑をかける勇気がないからだ、とは言わない。
そこまで言うと、バンはゆっくりと僕から手を離した。怒りは、収まっているようだった。
「……確かに兄貴の言う通りだ。人に言えたもんじゃねえ。そうだ、兄貴はいつも人のことを考えて行動する。そして無駄なことはしない。」
そして決心したように顔を上げた。
「分かりました。すぐに助けにきます。だから兄貴も、どうかご無事で!」
そして笑顔で走り去りやがった。そのセリフは、死亡フラグなんだがな……。
『あらあら、意外ね。あなたが他人のことを優先するなんて。ずいぶんと成長したみたいじゃない?』
「成長せざるを得ない環境にいれば、誰だって成長してしまうんだよ。」
『そんなかっこいいことまで言っちゃって。妬ましいわね、あのころとは違う、そう言いたいのかしら?』
「お前の言ってることはさっぱりわからんがな、一つだけ言ってやる。あんまり僕のこと舐めてると、痛い目見るぜ!」
と強がってみたものの、絶望的状況は変わらない。いや、バンがいなくなったせいでむしろ悪くなったというべきか。
『大体、彼を逃がしたのだって、彼の身を案じたというよりは、彼に迷惑をかけることが耐えられないだけでしょう?似ているようだけど全然違うわよ、これ。結局弱いままなのよ、あなたは。』
「……いつまでも知ったような口を聞きやがって。」
ガシン、ガシンと遠くでまだ音が聞こえている。そろそろ四体目が到着するのだろうか。相変わらずこの階にいる奴の動きは止めているようだが。
しかしこの状況はなんとも好都合だ。バンは逃がしたが、もちろん助けは呼びに行ってくれるだろう。トッコもいるし問題ないはずだ。ならここはそれまでの時間を稼ぐしかない。幸いこのハック野郎は僕とおしゃべりがしたいみたいだから、何とかなるかもしれない。大体ここ、警察だしね。助けなんてすぐだろう。
「んで、そろそろ正体を教えてくれてもいいんじゃないか?え?ハッキング野郎さんよお?」
『それはダメよ。それはあなたが自分でわからないといけないわ。記憶の奥底に封印しているみたいだけれど、それを引っ張りだしてもらわないと意味がないもの。』
またはぐらかされる。といってもこちらもうっすらとは思いだしているんだが、肝心なところが不透明だ。まるで思いだすことを拒否しているような、そんな感じ。
『そんなことより、私は今のあなたの作戦の方が心配だわ。時間稼ぎをするのはいいけれど、果たしてあの不良少年に助けが呼べるのかしら?』
完全に見透かされてるし。
「どういうことだ。いくらバンでも、そのくらいのことはできるさ。あいつを舐めちゃいけない。そしてもうすぐお前の負けだ。こんな余裕を見せたせいでお前は負けるんだ。」
『随分と信頼してるのね、普段は毛嫌いしてるくせに。都合のいい時だけ友情を持ちだす輩と何ら変わらないようにみえるわ。』
……確かに普段の態度を考えるとそうなるかもしれない。少し痛い言葉だった。
『でもね、仮に彼が誰かに助けを求めたとしても、まず信用してもらえるかが問題よね。彼の場合、とっても乱暴にお願いするでしょうし。』
つべこべ言わずとっとと助けやがれ!そんなことを言っているバンの姿が頭に浮かぶ。
『そしてここは警察。頼むなら警察しかいないけれど、彼はこの前バイクをとられてるのよね?とても信用できない。更に今警察は私の餌に食いついているから、大した奴は残ってない。更に更に、ここは警察の建物だからね。そんなところがどこの馬の骨ともわからないナビに乗っ取られたなんて、信じないし信じたくないでしょう?』
こいつが言ってることは、残念ながら正しすぎる。だんだんお腹が痛くなってきた。
『極め付けに、ここの人たちは警察の方々とあまり仲良くないみたいじゃない?だれも率先して助けようなんて思わないわよ。』
『………………。』
スピーカーの向こうで押し黙っている気配がある。図星なんだなこの野郎。
『まあいずれは助けが来るかもだけど、きっと日が暮れる頃じゃないかしら?もっとも私には、誰も助けてくれないから結局玄関のガラスを何かで叩き割ろうとするバン君の姿が目に浮かぶけれどね!』
やばい、僕でもばっちり想像できるぞ……。
『ちなみに玄関のガラス戸も強化ガラスだから、叩いたくらいでは壊れはしないぞ!』
うるせえぞこの野郎。もう黙っててくれ。
『さあ、どうするのかしら?ちなみにそろそろ五体そろうから、攻撃再開と行きたいところなのだけれど。』
かなり丁寧に現状を説明してくれたから、少し時間は稼げた、といってもまだ助けがくる気配はない。となると。
「やっぱりまだ逃げるしかないか。」
振り向いて再び走りだすと同時に、ロボも起動したようだった。また後ろから追いかけてくる。
だがそう長い間走っていることもできまい。敵は五体。先ほどまでより確実に挟撃される確率は高いし、されなかったとしてももう足が限界である。ほぼ積んでいるのだ。
『よく逃げるのね。諦めないのかしら?諦めない精神を身に付けた?それともやっぱり自分のこととなると話は別というわけ?とことん身勝手だわあなた。』
「命の危険を感じれば、誰だって必死になるだろうが!」
『その必死さをなぜ他に回すことが出来ないのかしら、いいえできなかったのかしら?』
走っている廊下の先からかすかに音が聞こえてくる。間違いなく前からも迫ってきている。このまま走れば確実に挟まれる。
そこでちょうど玄関の前に差し掛かった。玄関の部分はほかの建物と同じくスペースがある。つまりはこの四角の廊下から少し突き出ているということだ。
このまま走っても仕方がないので、玄関のガラス戸を背にして立ち止まる。ここからなら外の様子は良く見えるが、外からはあまり見えない仕様になっているのかもしれない。
『あら、威勢のいいこという割に、もう諦めちゃったの?あなたが頭を使って無駄に抗う所をもう少し見たかったものだわ。ああ残念!ああ残念!』
白々しい……だがそんな言葉に反応する体力も精神力も残っていなかった。今回は確実に追い詰められた。すぐそこに外が見えるのに、手が届かない。まあ届いたとしても外に出るわけにはいかないのだが。 後バンの姿も見当たらなかった。救出する方法が分からなくとも、一人ぐらい人を連れてきてもいいころじゃないだろうか。まさか本当に奴の言っている通りなのだろうか。
「へっ、追い詰められた奴は強いんだぜ。甘く見ちゃいけねえ。そっちも慎重になるんだな。」
『実際に私が触るわけじゃないから、多少何されても構わないわよ。』
淡泊だ。いや、冷静だと見るべきか。ロボもわらわらと集まってきて、目の前にはすでに五体がそろってしまった。五体だからって戦隊モノみたいなかっこよさはないが。外見ダサいし、全部一緒だし。
『でもね、正直私は感心しているのよ。昔のあなたなら逃げることなんかすぐに諦めて、泣いて許しを請うていたでしょうね。でもあなたは今でも完全には諦めていないように見える。何故かしら?』
「そんなこと知るかよ。さっきも言った通り、人は変わるもんだろ。社会に身を投じれば誰だって変わるしかなくなる。当然だ。」
『といってもまだ学生じゃないあなた。環境はさして変わってなんかいないわ。なら原因はやはり、周りの人間にあるということになるのえしょうね。いや、人間とは限らないのかしら?』
こいつの言いたいことは何となくわかる。確かにメルトが完成してからは、試行錯誤をすることが以前よりも格段に多くなった。彼女のせいで変わったものは確かにあるだろう。だがなぜ奴はそんなことについて言及しているのか?それは分からなかった。
『その事実がなんとも許せないわ。やはりあなたは私のもとでやり直すのが一番よ!』
じわり、じわりとロボ軍団が迫ってくる。やろうと思えばすぐにやれるだろう。時間稼ぎが成功しているのか、はたまたじっくり殺されそうになっているのか。
「ちっ、人間を守るために開発された奴らに殺されるなんて、笑えない冗談だ。」
『ええ、身勝手よね。自分たちの望む任務が遂行できないとわかったら、自分の手で作ったものも容赦なく切り捨てる人間は、どこまでも。』
その声には先ほどまでより怒気が含まれているような気がした。顔なんてみえないからわかるわけがないが。
『さあ、さすがにもう限界ね。私も待ちくたびれたわ。やっちゃって、いいわよね?』
誰も同意はしていない。だがそんなものは必要ないといわんばかりに、ついにロボたちが手に持った警棒を構え始めた。もう逃げ場もない。戦うすべもない。とうとう、万事休す、というわけか。僕の物語は、こんなところで終わるというのか。
まだ、仲直りどころか謝罪すらしていないというのに!
『ゆっくり、おやすみなさいな……。』
もう自分の死を覚悟して、後悔しながら恐怖で立ちすくむしかなかった。……そう、あの音が聞こえてくるまでは。
「……何の音だ?」
外から聞こえてくるその音が妙に耳についた。恐怖から目を閉じていたからかもしれない。しかしその音、何かのエンジン音だろうか、それは確実に、こちらへと近づいてきているのだ。
目を開ける。外に目をやる。そこに見えたのは。
「……へ、へへ、全く、やってくれるぜ!」
僕の異変を感じ取ったのだろうか。ロボの動きが一瞬止まり、その直後スピーカーから聞こえてきたのは、ハック野郎の驚きの声だった。
『な、なんなの、あれ!』
おそらく外部の監視カメラからでも見たのだろうか、今日一番驚いている声だ。まあ無理もない。
警察の敷地内といっても、少し奥まったところにあるこの建物には、警察の敷地内に入ってからも大きな駐車場を挟む。そしてその駐車場をこちらに駆け抜けてきているのは……。
『突っ込め、特攻だあ!何も考えることはねえ!』
「ああ、勿論だぜトッコ!何も迷う所なんてねえよ!」
それは、バンが操る、超特製の超大型バイクだ!
『あ、あんなもので、どうしようというの!バカじゃないの!』
目前に迫るバイクに、完全に素の声が出てしまっているナビに、僕は不敵に笑いかける。
「だからよ、さっき言ったじゃないか。頭脳派の僕と、肉体派のバンが組めば、無敵のパワーなんだよ!理屈も何も、ありゃしねえ!」
そしてしゃがむ。バンはもう目の前だった。そしてこの建物の玄関前には、短い階段がある。もちろん並みのバイクなら転倒するかもしれない。だがあのバイク、そしてあのスピードなら、どうなるかは一目瞭然!
『突撃!』
トッコの声とともに、バイクは階段を駆け上がり、そして、飛んだ。玄関のガラスに向かって一直線に。
次の瞬間、すさまじい音を立てて、ガラスが割れる。そして僕の体すれすれのところを、バイクが飛んでいき、それから。
「てめえらまとめて、スクラップだああああああああああああああ!」
バンの声とともに、密集していたロボたちに、まるでボーリングの玉のように突っ込んだ。
バンのバイクはカスタムされており、その前面にもなにやら良く分からないものがついているが、それが一番前のロボにヒットする。無論それだけでは壊れないかもしれない。
だがバイクはロボを押したまま進み、そして、ロボたちはバイクと後ろの壁に、プレスされることとなった。すさまじい音とともに!
バンのバイクは幅も広い。残さずロボ五体をすべて、プレスしたのである。
「へへっ、どうだ、サンドイッチの完成だぜ!」
『食べるのは、ごめんだがな!』
バイクの運転をやめたバンが、トッコとともに決め台詞のようなことを言う。幸い、彼らはガラスの破片による小さな傷ぐらいしか無いようだった。
『こんな、バカげたことがあるか!一歩間違えれば凡人は死んでいた!大体入口に凡人がいるとわかるはずがない!それをああも躊躇なく突っ込めるものか!』
確かに傍から見れば危険すぎる賭け。驚くのも全く疑問ではない。
「舐めんじゃねえよ。兄貴と俺はよ、心でつながってるんだよ。わからないわけねえだろ!」
バンが叫ぶ、でもそんなことあるはずもなく、まあほぼ偶然だ。ただバンが逃げる際に、本当に追い詰められたら玄関に逃げるようにする、とは言っていたが。こいつがそんなことを考えていたとは考えずらい。
『そのバイクだってそうだ!なぜそんなものがすぐ準備できる!そんなご都合主義があるものか!』
「舐めんじゃねえ!兄貴のためなら、どこへだってすぐ駆けつけるんだよ!こいつでな!」
またまた叫んでいるが、これに関しても偶然だろう。三日前にしょっぴかれたやつが、警察の駐車場にでも置いていたに違いない。それを持ってきたのだろう。幸運だった。
まあ何はともあれ。
「僕達の。」
「勝ちですね!」
沈黙するスピーカーを前に、互いにガッツポーズをとるのだった。




