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chapter 1 どうしてこうなった? side:H

 ちゃんとした自己紹介をしていなかった。僕の名前は近松凡人。凡人と書いてハントと読む。決してボンジンと呼んではいけない。先ほども述べたようにこの春高校三年生となった。両親の都合上、高校生ながらマンションで一人暮らしをしている。この年頃の男子としては少し寂しい環境も、はたから見れば少し(かなり? )痛い、彼女作成計画に拍車をかけたのかもしれない。


 そんなこんなで完成したこのメルト。一般的に見ればたった五年でこのクオリティーのものを完成させたのは恐らく驚愕すべきことだろう、僕だって自慢したい。しかし、ご覧になってもらった通りメルトは想像していたものとは全く違うものになってしまったのである。

 

 最初は完璧であった。まさに思い描いていた通りの女の子になった。

朝は笑顔で「おはようございます、ご主人様」と言ってくれ、僕が起きないで駄々をこねていると、困った顔をして少し拗ねたようなそぶりを見せながら、「もう、しょうがないですね。後五分だけですよ?」と囁いてくれた。まさに完璧。

 

 もちろん朝だけではない。指示を出しておけば、朝食を自動で作ってくれるし、洗濯、掃除も問題ない。

 メルトは目覚ましナビなんじゃないの?と思うかもしれないが、そんなことはない。彼女はネットワークを通じて、アクセスできるものにはすべてに干渉することができる。よってあらかじめ改造しておいたオーブントースターや洗濯機はオンライン状態になっているので、メルトがそれを動かすことは容易なのである。

 その特性を利用して、僕が学校に行っている間は、腕時計型小型端末にアクセスすることで、ちょくちょく僕の様子を見に来てくれたりもした。「ご主人さま、勉強は順調ですか?」みたいに。

そして僕が家で暇にしている時なんかは、遊ぼうと提案して着たり、甘えに来たり…… そう、メルトはまさに理想の彼女だったのである。


 は何故今のような状態になってしまったのか? システムの不具合? バグ? ウイルス? いや違う。メルトは完璧である。そこは間違いない。そもそもいきなりこのような状態に変化してしまったわけではない。彼女の変貌には、深い理由があるのである……。


 メルトは超高性能の人工知能を搭載している。そして人間のように知識を吸収して、物事を覚え、成長していくことが可能になっている。これがそこら辺の市販のナビと大きく違うところだといえる。そしてメルトは起動した瞬間から、主人である僕のことを徐々に理解していき、僕に対する最善の対処を自分で考えるようになった。

 

 そしてまず、朝いくら起こしても目覚めることはない僕に対して、メルトはその対処法を考え始めた。最初は少し大きな声で呼びかけることや、目覚まし以外のものを動かす(テレビを大きな音量でつける)のど試行錯誤していたが、それでも僕の寝起きは改善されないため、今度はネットでどうすればいいかを検索し始めたのである。そう、メルトがネットの情報に触れるようになってから、悲劇は始まったのである。


 Q:朝目覚ましをいくら鳴らしても起きない人がいるのですが、どうすればいいのでしょうか?

 A:朝きっちりと起きることができないのは、社会で生きていくにあたって非常に大きな問題です。心   を鬼にして、強引な手段を使ってでもたたき起こしましょう。


 こんな感じだろうか。参考にした情報は。メルトはネットに書かれていることを吸収して実行に移し始める。「強引な方法」といっても様々なものがあるが、「強引」という言葉を正しく理解したメルトは、いきなり無茶をやり始めるのである。


 ある朝、いつものように起きない僕は、メルトが起こす声をぼんやりと聞いていた。そしてその声が止まったのに気づき、どうしたのだろうかと思いつつも眠っていると、なんだか焦げ臭いにおいが漂ってくる。朝食のパンを焦がした?いや、今まではそんなことはなかった。なら一体なに?もやもやしている自分にメルトは再び語り掛ける。

「…ご主人様、起きてください。起きないと家が家事になって寝ている間に死んでしまいますよ?」

「うーん……あと五分………ん?」

 ぼんやりした頭で聞いたその声は、とてつもなく物騒な単語が混じっていたような気がして、うっすら目を開けると……

 そこにはコンロから立ち上る炎。それは天井にまで届き(ガスコンロにそんな力があるのか?いや、メルトが勝手にシステムをいじって極限まで出力を上げたに違いない)、天井に黒い焦げ跡を形成しつつあった。その炎の様子は、見るものをどこか惹きつける魔性の魅力を持っており、僕もその様子に見入ってしまい……


 違うよ!今そんな場合じゃないよ!メルト、一体何が起きているんだ!」

意識を急に覚醒させた僕に、メルトは微笑んでこう言う。

「だって、ご主人様なかなか起きてくれないんですもの。だから、ちょっと強引な手段を使いました。テヘッ☆」

「うん、可愛い!いや違う!これは少し強引すぎやしないか?下手すれば一生目覚めることが出来ないんだけど?」

「はい、私も悩みました…でも、結果的にこうして目覚めさせることが出来たので、私には何の悔いもありません……」

「待て、なんで今日でもう終わりみたいになってるの!?もうちょっと燃えはじめそうになってるよ?とにかく止めて!」

「目覚めというものは、ベッドから起き上がり、カーテンを開け、朝日を拝みながら背伸びして、初めて達成されるものなのですよ?甘いこといわないでください。止めません。」

「なんだよその目覚めの定義は!?どこでそんな入れ知恵されたの!? とにかくとめて!あと消化!もうスクリンプラーを起動していいから!お願い!」

「私の朝の役目は、ご主人様を目覚めさせること。その為ならこのメルト、心を鬼にします。よってすべての電子機器は動かないようにロックしてあります。」

「ジーザス!!!」


 こんなことがあった。

 それからというものメルトは毎朝滅茶苦茶だった。エアコンを起床時間の何時間も前からフルパワーで動かし部屋を冷凍庫のようにする(おかげで布団から出られない)、テレビに最大音量でアレなビデオを映し出す(お隣さんの視線が数日痛かった)、台所の蛇口をあらぬ方向に噴射させる(一時期冷蔵庫が殉職)、などなど。たまったもんではない。


 さらにメルトは朝もロクに起きれず、家事をほとんど自分にまかせる主人を次第に問題がある人物と認識。そんな僕のお世話をする自分を母親のような存在だと認識する。

 それからである、割烹着やら三角巾やらを装備し始めたのは。そして次第に僕に対する接し方が変わる。ご主人様とは呼ばなくなり、敬語を使うのをやめ、乱暴な口調に。しかしさすがは高性能、僕に意見する隙を全く与えてくれない。おかげですっかり僕は彼女の下の存在になってしまった。


 そして更に事態は悪化する。僕に尊敬の念をもはや抱かなくなったメルトは、暇な時間はネットを通じてドラマなんかを見始める。(おそらく)主人のダメダメでナヨナヨして男らしくないところに嫌気のさしたメルトは(悲しい推理である)物語に登場する男らしく(鬱陶しく)、熱い(あつかましい)男に惚れてしまったのである!


 熱い男への憧れに憑りつかれたメルトは、とうとう僕の指示に従わなくなった。

 朝は熱い男のロックなビートを流し。

 僕が学校にいる間は他のナビとお茶をしに行き。

 夜には絶えず罵倒してくる。


 これが望んでいた理想の生活なのであろうか?いや違う、そんなはずはない。僕は優しい彼女に毎日癒されたかっただけであって、謎の母親属性を持つ少女に日々罵倒されながら暮らしたいと願っていたのではない。断じて違う。そんな趣味はない!


 なら無理やり修正すればいいんじゃないの?と思うかもしれない。もちろん試してみようとした。しかしそれは不可能だったのである。なぜならそれは、彼女は僕が生み出した、超高性能ナビだから。


 具体的にいうと、こちらが手を出そうとしても、防いでくるのである。自身でプロテクトを構築しこちら側からのアクセスをとことん跳ね返すようになってしまった(一度手を出そうとしたら、「バア―――――カ!」という声とともにパソコンのデータを吹き飛ばされた。悪夢である)。メルトは創造主である僕を凌駕しつつあるということだ。


 ならばこちらもと、メルトがアクセスできないように家の電子機器にアクセスをブロックするようにプログラムしたこともあった(本末転倒である)が、メルトは一瞬で突破してしまうのである。いくらこちらが手を尽くそうが、彼女には全く問題にならないのである。


 ならいっそ向こうから出ていってくれないかとも思ったが、

「は?このご時世自分の住む場所を探すのにどれだけ苦労すると思うわけ?ああ、神様、なんと残酷な主人何でしょう………。」

 といって出ていかない。


 そう、今までの彼女達のように心を鬼にして廃棄することもできない。初期化もできない。完全に八方ふさがりなのであった。ここに、僕の理想を実現するという夢は潰えたのであった………。


 そして今に至る。

「何度も言ってるが、せめてもう少し僕への態度を改められないのか!?」

「あんたに尊敬できるところが一つもないのが悪いんじゃなくて?たまには男らしいところを見せてほしいもんだわ。」

「例えば?」

「窓からダイブして登校するとか?」

「………死ぬじゃねえか。(ちなみに僕の部屋は十階)」

「じゃあ無理ね。あ、あたしお茶する約束があるから。じゃあね」

「………………………………………………………………………………」


運命とは、残酷である。









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