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chapter 7 デッドライン=ファイアウォール side:H 後編

『え?』

「え?」

  二人はこいつ何言ってんのみたいな顔をしたが、その時ロボットが声を発した。

「…………侵入者二名発見。速やかに殲滅、駆逐、抹殺します。」

「え………………まじ?まじですか!?」


  ようやく状況を察したようだ。しかしもう敵は攻撃態勢に入っている。しかも今コイツ二人って言ったか?となると当然バンともう一人…………。

「僕も、ターゲットなのね…………。」

「兄貴!逃げますよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 バンが叫んで、走りだすのと、ロボットがこちらに突進を開始するのはほぼ同時だった。もちろん僕も自分の身が非常に危険なことは理解しているので、バンと一緒に走りだす。


「とりあえず部屋の外に出るぞバン!ここは障害物が少なすぎる!」

 幸い会議室は大きいので、前と後ろにドアがある。どうせなら窓から外に出たかったが、少し遠すぎる。後ろで車輪をぎゅいぎゅいいわせてるロボに追いつかれては元も子もない!

 そして走って外に出る時、時間のロスを覚悟しながらもドアを閉めた(この部屋のドアは今時珍しく完全に手動で開け閉めする奴だった。)

「何してるんですか兄貴!ヤバいですよ!」

「まあ落ち着け!あのロボットは侵入者撃退用とはいえ、さすがに建物を破壊してまで追いかけては来ないはずだ。アームでドアを開けるのは時間がかかるし、後ろのドアから出るのも時間がかかる。今のうちに少しでも……。」


 ドカーン!

 少し余裕を持って説明をしていた僕の背後から、なかなか屋内では聞けない音が聞こえてきた。そう、まるで一昔前のドラマのワンシーン、鍵がかかっているドアを、体当たりして無理やり開けるあの音のようだ。

「目標再発見。処理を続行。」

「兄貴、時間、稼げてなくないですか………………?」

 まあつまりは、何の躊躇もなくドアをぶっ壊して中からロボットが出てきたわけで。

「………………とりあえず、逃げるか?」

「うっす。」


 バンと僕は再び全力ダッシュを開始する。後ろからは殺気を隠そうともせずにロボットが追いかけてくる。あんなの警棒で殴られなくても、体当たりされただけでかなりのダメージを受けるだろう。

「どうするんですか兄貴!?ずっと逃げてても仕方ないですよ!何とかしないと!」

「うるさい、僕だって今必死に考えてるんだ!とにもかくにも奴との距離が近すぎる!とりあえず逃げるんだよ!」

 そう言いながら廊下を走るが、まあ当然車輪で走っているロボットの方が早い。むしろ距離を詰められていく。


「バン、右に曲がれ!全速力でだ!」

「でも、やみくもに走ったら追い込まれるんじゃないですか!?」

「いいから言うこと聞けって!」

 これまた幸いなことに、ここの廊下はシンプルな作りになっていて、上から見ると□の形になっている。直線は多いが、進んでいれば確実に曲がり角がくるし、行き止まりもない。

 しかもしばらく曲がることを繰り返していると、段々と距離が開いてきた。


 当然である。曲がり角では車輪走行のロボットは大幅に減速しなければならない。まさかドリフトなんてできるわけもないし………………できないよね?

「兄貴、何とか、引き離せてきましたよ!で、これから、どうするんですか!」

「も、もちろん、そこら辺の、部屋に、、入るんだよ!見られていない隙にな!」

 運動ができそうなバンはともかく、こっちは超インドア派なのだ。全速力で走り続けた結果、もうへとへとである。そろそろ休まないと死ぬ。

 

 曲がり角を曲がって、相手に見られていない隙に、近くの部屋に入ろうとした…………が。

「兄貴、鍵かかってますよ!しかも電子ロックのドアですよ!」

 まあ、こっちは侵入者扱いされてるんだから、簡単に部屋には入れないか。再びランニングを開始する。

「これは想定内だ。鍵が開いていないのなら、開けてもらうしかない。次の一手だ!バン、おんぶしやがれ!」

「ええ!?無理ですよ!おんぶしながら走るのって、めっちゃしんどいんですよ!」

「いいから!生き残りたいだろ!早く!」


 バンは渋々といった感じで僕をおんぶした。いつもなら喜んでやりそうなもんだが、さすがに疲れているのだろう。しかし耐えてもらはないと困る。

 次の一手はいたって単純。

 「聞こえますかー!ここ三日この建物でお世話になってた近松凡人です!電課の人、残ってるんでしょう!聞いてください!」


 普通に呼びかけることだ、つまり自首。捕まることは確定するが、あんなロボットに殺されるなら牢屋に入る方がましだ。しかしどこにいるのかわからないので、大声を出す必要がある。全力疾走中に大声を出すのは、今の僕ではかなりつらい。よっておんぶしてもらう。

 

「今僕と一緒に走っているのは、悪い奴じゃないんです!バカなだけなんです!ちゃんと事情を説明しますから、このロボットをいったん止めて下さい!」

 全力で声を出すが、ロボットが止まる気配はない。まだ全力で追いかけてくる。やはりバンはスピードダウンしているようで、段々とまた距離が詰められているようだ。

 

 聞こえていないのか、それとも自立型のロボで簡単には止まらないのか?

「すぐに止められないなら、とりあえずどこかの部屋の鍵を開けてください!中に避難させてください!お願いします!」

 必死に叫ぶが、やはり反応はない。

「あ、兄貴、そろそろ、限界、です………………。」

 バンも限界のようなので、降りる、しかしその隙にも、どんどんとロボットは迫ってくる!

「くそっ!トッコ、なんとかなんないのか!あいつにアクセスして、止めれないのか!」

『さっきからやってるんですよ!でもあいつ、なんか変なんです!』

 なんか変?どういうことだ?いや、今はトッコでも止められないという事実だけで十分。十分絶望的だ。


「兄貴、俺は、もう、走れません…………ここは、俺に、任せてください…………。」

 もう廊下を何周したかわからなくなってきたころ、バンが立ち止まってそう言った。見るともう足ががくがくと震えていて、肩で息をしている。

「バン!すまない、僕がおんぶさせたばっかりに………………!」

「いいんです兄貴!さあ先にいって!こんな俺でも、時間稼ぎくらいはできます!さあ!」

 完全にバンは戦う気で合った、だが相手は危険な武器を持っている。流石のバンでも今回ばかりは…………!

「くそっ!なんで止まらないんだよ!なんでドアも開かないんだよ!なんでこんな不幸なことばっかりなんだよ!何とかしてくれよ!神様!」

「兄貴!早く、早く行ってください!」

 もうバンの目の前までロボは来ていた。衝突は避けられない。くそ!もうダメか!

 

 そう思い、バンの思いを無駄にしないためにも、再び走り始めようと思ったその瞬間。

 すさまじいブレーキ音が鳴り響き、ロボットがバンの体にぶつかって、停止した

「え………………と、止まった…………?」

 衝撃を覚悟していたバンも、さすがに驚いたようである、見ると、完全にロボットは停止していた。

「よ、よかった………………。」


 思わずその場に座り込んでしまう。どうやら危機は去ったようだった。もう何の音も聞こえない。

電課の人が止めてくれたのであろうか?ずいぶん時間がかかったし、やはり自立型だったのか。


 バンも安心した様子でもたれかかってきているロボットを横に放り投げて(少し悪意があるような気がする)、こちらのほうに来た。

「兄貴、なんとかなったみたいですね。よかったよかった。」

「ああ、怪我がなくてなによりだよ、バン。さっきはありがと…………。」

 改めて囮になってくれようとしたバンに礼を言おうと思った時、天井のスピーカーのスイッチが入ったような音が聞こえてきて、続けて声が聞こえてきた。

『……あー、あー、聞こえてる?これ聞こえてるの?…………OK?…………あー、やっとつながったか!良かった!』


 スピーカーからは男の声が聞こえてくる。この建物は通信とかに厳しいから、おそらく電課のメンバーの誰かの声だろう。織上さんと桃田さん以外見たことも喋ったこともないが。

『カメラもなんとか見えてるな…………あー、おほん、一階の廊下にいる学生二人組、聞こえているかな?』

 どうやら僕達のことを言っているらしい。

「聞こえてますよ――――!」

『おお、聞こえているか、良かった。さすがに完全には壊れていないか…………当然だがな、この建物建てるのにどれだけ金が掛かったことか…………ピンクチビのやつ…………イライラしてきたぜ……頭を下げるのは俺だっていうのに…………なんだってこんな目に!』

「あのー、聞こえてるんですけど…………。」


 なんだか脱線し始めているようだが、こっちとしてはそんなことよりも、早く安全な場所に移動したい。

『……おっと失礼。ストレスが溜まっているんでね、ついつい。そうだそうだ、君達に早く伝えなくてはいけないことがあるんだった。』

「おい、こっちは良く分からないロボットに殺されそうになったんだぞ!それなのに顔も見せずに高い所から挨拶とは、ずいぶんなご身分じゃあねえか!出て来いよコラ!」

「バン、やめろ。もとはといえばこっちが悪いんだから。それになんか事情があるみたいだし。」

 何より警察に向かってそんな口は聞いてはいけないんだ。お前はまるで状況を分かっていない!

 ……それ抜きにしても、あちらさんの様子からして、なんだか普通じゃない感じがする。


『おう、元気がいいねえ!学生はやっぱりそれくらいじゃないとな!大人になったらそうもいかなくなるんだよなあ、何やっても文句言われるし。俺はやりたくてやってるんじゃねえのに、なんで頭下げないといけないんだ。戻りたいもんだぜ、あの青春時代…………。』

「あの、本題に入ってくれますか?結構僕達疲れてるんですけど。」

『おおっとすまない。ついつい、ついついね。いやはや年はとりたくないもんだなあ。』


 …………もしかして、電課ってこんな感じのひとばっかりだったりする?

『まずは君たちに謝らなくてはならないね。危険な目に合わせてしまって。今回のロボット暴走は完全にこちらのミスだ、許してほしい。』

 謝るということは、予想外の出来事だったのか。確かにロボットは普通ではなかったけれど、桃田さんならこんなロボットでも作りそうだ。

『後直接謝れないことも詫びなければならない。こちらとしてもそうしたいのだが、なにせまだこの建物のシステムが完全に復旧していないんだ。僕達は部屋から出ることもできない状況なのさ。』


 なるほど。ドアが開かないのであれば、直接会いに来るのは無理に決まっている。仕方のないことだ。

「こっちも驚きはしましたけど、幸い怪我もなかったんで、気にしないでください。」

「さすが兄貴、誰よりも優しく、それでいて聡明。憧れるっす!」

『そういってくれるとこちらとしても助かるね。』

 僕はバンほど血気盛んではないし。別にここで紳士的な態度をとれば今回の一件をうやむやにしてくれるかもとか思ってないし。


『ついでにもう一つ謝っておくけれど、システムの復旧がいつまでかかるかわからないから、しばらくはこの建物の中で我慢しておいてね。何か不測の事態が起きるかもしれないけれど。』

 もちろん我慢でもなんでもしますとも。不測の事態でもなんでも………………あ?

 不測の事態?それってどういう…………。

『まさかこっちも、何の前触れもなく管理システムが止まるとは思わなかったよ。それでいて普段は埃被ってる侵入者撃退ロボットだけは動きだすし。ここのセキュリティは万全だって話なのに、これじゃ上になんて説明すればいいのやら…………というかこれ、ばれたらやっぱり俺が謝るんだろうなあ…………嫌だな…………。』


 また勝手に話し始めているが、アンタが怒られることは正直どうでもいいことだ。悪いけれど。それより問題なのは、今の話を聞く限りでは………………。

「あの、一つ質問してもいいですか?」

『謝りすぎて腰が痛いってどうよ…………うん?どうかしたのかね、凡人君。』

「不具合が起きていたのは、このロボットだけじゃないんですか?」

『ああ、ああ。そうだった。そうだ、これを言うのを忘れていた。そうなんだよ。実はね、織上たちが出ていった直後から、この建物のシステムが大体ダウンしちゃってね。いや、こんなことは今までなかったから驚いたよ。』


「……トッコ、まさかお前じゃないだろうな?」

『やだなあ兄貴。さっきも言ったでしょう。ここのセキュリティは厳重過ぎて手が出せなかったんですよ。アタシじゃない。』

 トッコはつまらない嘘はついたりしないので、おそらく本当だろう。おそらく。

『最初は停電かな?と思ったんだけれどね、機械が止まっていないから、違うなと思って調べたんだ。そしたら一部の管理システムに不具合が起きていて、それ以外のシステムがダウンしている、ということが分かってね、今まで直していたんだよ。』

 不具合、ねえ…………。


「ちなみに、どんな不具合だったんですか?」

『ああ、取り合えずすべてのフロアで電子ロックが勝手に起動して、更に部屋の中の照明管理システムがダウン。これのせいで停電かと思ったよ。あとは何故だか知らないけど、一階の階段のところの隔離防壁が下りてしまってね、おかげで僕達は上の階に閉じ込められてしまったのさ。』

 つまり一階は孤立してしまったということか。正面玄関も確か電子ロックだったしな。

『後は君たちが体験したように、警備ロボットの暴走。まあ普段でもこの建物に登録されていない人物が一定時間いることを確認すると勝手に動くんだけどさ。さっきのは普通じゃなかったね。人を殺すことはないようにしてあるのに。』

 やはりさっきは普通の状態ではなかったということか。危ない所だった。

『でも凡人君、君が叫んで助けを求めたのはナイスだったよ。実はカメラもマイクもダウンしていたからね、外の状況は全く分からなかったんだ。君の声が聞こえなかったら、もっとのんびり復旧していたと思うよ。』


「おお、さすが兄貴。作戦はばっちり成功していたんですね!」

「ああ。バンが頑張ってくれたおかげだよ。」

 なんだかんだでいつも助けられている気がする。少しは優しくしてあげてもいいかもしれない。

 とにかくこれで事件の全貌がわかった。つまりはたまたま織上さん達が出ていった瞬間にシステムに不具合が起きて、たまたま僕たちだけが一階に隔離されて、たまたま一階で暴走したロボットに追いかけられた、そういうわけだ。納得納得。


「にしても兄貴、運悪いですよねえ!この前は車にひかれて死にそうになって、今度はロボットに殺されそうになるとか、死神でもついてるんじゃないですか?」

「まったくだよホント。お祓いでもした方がいいかもな。でもお前が縁起でもないこというな。不吉すぎる。」

 でも確かにバンの言う通りだ。ここんとこいいことがないよなあ。車に迫られる、電気ショックで病院に運ばれる、警察に軟禁される、あげくロボットに殺されそうになる。運ってのはこわいもんだ。


 …………狙われてるんですよ、あなたは。


 そこで急に織上さんの言葉を思いだす。…………ばかばかしい。運が悪かっただけなのだ。この前の事件も、今回のことも、運が悪かっただけ、僕に責任はないのさ。


――――――サプライズ、喜んでくれた?

そんな時また別の言葉を思いだす。あれ、これはどこで聞いたのだっけ?


――――――でもまだまだ足りない……あなたをもっと、驚かせて、あげる……


 この声は。そうだ、思いだした、あの時聞いたんだ。

 何がそれを思いださせたのか。そんなことは少し考えればすぐにわかることだった。


 揃い過ぎた偶然は、もう偶然なんかじゃあない。それはもう、必然なのだ。

『まあとにかくそういうことだから、しばらくの間待っていてね。大丈夫だよ、ウチのメンバーは優秀だから、そんなに時間はかからな…………。』

 そこで突然スピーカーからの音声が途絶えた。代わりにノイズのようなものが聞こえてくる。

「なんだあ?まだ全然直ってないじゃないか。やっぱダメだな、警察ってやつは。」

『…………おいバン。なんだか様子がおかしいぞ?あれは、壊れてるって感じじゃあない。あれは…………。』


 トッコは何か違和感を感じているようだったが、彼女が説明する前に、もう異変が起き始めた。

『…………アー、アー、キコエテル?……コエガヘンネ…………あー、あー、聞こえてる?』

 先ほどと同じような感じで、再びスピーカーから声が聞こえてくる。しかし、その声は先ほどまで話していた男のものとはまるで違う。最初は機械音声のような声。そして次第に女の声になっていった。

 普通に考えれば、話す人物が交替した、と思うだろう。だがその声を聞いた瞬間、体に寒気が走る。激しい悪寒。この声、どこかで聞いた。


『あー、ちゃんと聞こえているみたいね、よかった…………。ふふ、声が聞こえないと、お話できないものね?一方通行の恋はいいけれど、一方通行の会話は良くないわ。独り言と変わらないもの。ねえ?』

 本能が告げている。この声は危険だと。わかっている、この声はあの時聞いたものだ。

「なんだなんだあ?うるせえ野郎がしゃべってると思ったら、今度は良く分からねえ女が話し始めやがった。大丈夫か、警察。」

『バン、ちょっと黙ってろ。この声は警察なんかじゃねえ。あの時、兄貴が倒れたときに、腕時計から聞こえてきたやつだ。』

 

 トッコは気づいていたようだった。そう、この声はあの時のものだ。あの時のナビの声だ!

「おい、それって、兄貴を病院送りにした犯人の声ってことかよ!?」

「そうみたいだな、僕も激しく聞き覚えがある。」


 あの時の声。しかしそれ以前にも、聞いたことがあるような気はするが…………。それは今考えることじゃない。

 『あら、覚えていてくれたの、トッコさん?それに凡人さんも。嬉しいわ、わざわざ同じ声にした甲斐があったわ…………うふふ。』

 ナビの声は最初に設定されるが、そんなもの音を出す機械によっていくらでも雰囲気が変わってくる。常に全く同じ声を出すなら微調整が必要だ。そんなことまでやる気持ちは分からないが。

『オイ、てめえ!なんでアタシの名前知ってやがる!誰だこの野郎!』

『あら、さっきから何回も自分たちで言ってるじゃない。まあ私は最初から知っているけどね?あなたが私を知らなくても、私はあなたを知っている。でもあなたは私を知っているはずなの。忘れているだけよ。』

 なんだかややこしいことを言っている。だが名前の話は今は重要じゃない。


「で、アンタはこんなところまで来て、何をしたいんだ?」

『忘れちゃったの?相変わらず忘れん坊ねえあなたは。そこが可愛いんだけれども。言ったじゃない、驚かせてあげるって。』

「警察に予告状を出したのはアンタだろ?なのにこんな人のいないところに、僕を驚かせるためだけに来たのかい?」

『そうよ。』

 即答かよ。あまり即答してほしくない質問だったのだけれど。にしても思いだせない。本能は今スグ逃げろといっているし、体の震えも止まらない。知っているはずなのに。まるで心が思いだすことを拒否しているかのようだ。


 でも今下手に動くことはできない。敵の目的、実力、もろもろを知らなければ、逃げたってどのみちつかめるだろう。おびえる心を奮い立たせて、平静を装う。

「あれだけ大胆に予告したのに、嘘だったのか?警察達を外におびき出すための?何を考えているのかさっぱりわからない。どうして僕を狙うんだ?」

 何とか質問をする。そう、とりあえず僕が狙われる理由を聞かなければなしにならない。

『ふふ、それはまだ言えないわよ。だってこれはサプライズだもの。全部わかってしまうと、楽しみがなくなるじゃない?まあ予告状に関しては、話してあげてもいいわよ。私の発案ではないんだもの。』

「アンタのじゃないってことは、やっぱり複数犯なのか。チームを組んでいるのか?」

『チームだなんて。そんな薄いつながりではないわよ。まあつながりは濃いといっても、仲間意識は薄いけれど。利害の一致なのよ、結局は。』

 またよくわからないことを言う。


『今回はあの子がどうしても派手に暴れたいって言うから、それなら私の計画達成のための囮になって、って頼んだのよ。快く承諾してくれたわ。』

「つまりは、今電車のところにいるのはアンタの相棒の戦闘狂だと。そしてアンタの目的はあくまで僕だと。」

『あの子は今回死ぬ気で暴れるようだけれど、気にしてないわ。一度助けてあげた上に、あそこまで魔改造したんですもの。ちょっとは自立してほしいものだわ。』


 魔改造?強くなっているというのか?前回でもやばかったらしいのに?そんなの、メルトが戦って勝てる相手じゃない。

「なんとかして織上さん達に連絡しないと。そっちは囮ですって。トッコ、どうにかならないか?」

『すまねえ兄貴、ここのセキュリティは依然健在みたいだ。外には通信できないぜ。』

 くそ、やっぱりこうなるのかよ。メルトを行かせるべきではなかった。

『ああ、言っておくけど、あっちは囮とは言っても、ちゃんと電車は暴走して、人はたくさん死ぬからね?』


「な。」

『いくら囮っていっても、ちゃんと予告したことはしないと美しくないじゃない?嘘だとわかったら邪魔なやつが戻ってくるかもしれないしね?邪魔させないわよ、この楽しい時間は。』

「じゃあアンタは、僕を襲うためだけに、大勢の命を犠牲にしようとしてるってことか?」

『そうよ。』

 これまた即答。しかしさっきとは比べ物にならないくらいの不気味さだ。僕を狙っているというのは分かる。だがそれだけのために、ここまでする必要があるのか?

「はっきり言って、頭おかしくないか、あんた?」

『ふふ、怒っているのかしら?でね、恋は盲目というじゃない?愛の前には、どんな犠牲だってつきものなんですもの。人間の百人や二百人の命なんて、軽いものだわ!』

「あ、兄貴、こいつ、ヤバくないですか…………?」 

 ヤバいなんてもんじゃない。しかも今コイツ、愛とか恋とか言ったか?ますますおかしなことになってきた。


 どうやら電車の方はどうでもいいようだが、どうでもいいとということは戦闘狂が好きかって暴れまくるということだろう。そんなことになったら、今度こそ本当にメルトは……!

『焦っているのかしら?自分の身に迫る危険に?いいえ、違うわねえ。あなたが心配なのは、自分のことでも、電車に乗っている人のことでも、現場に向かった警察達のことでもない!大切な彼女のことなんでしょう?』


 な…………なんでコイツがそんなことを知っているんだ!?

『でもね、すぐにそんなことは考えられなくしてあげるわあ!あなたは私のことしか考えられなくなるの!』

 いよいよテンションがおかしくなってきている。いったい何なんだコイツは?……しかしこの狂った感じに覚えがある自分がいる……いや、今はメルトたちに連絡することが先だ。考えろ、どうする……?

 頭を働かせていると、スピーカーの声は一瞬止まった。……そして次に聞こえてきたのは、先ほどとは違う、怒りを含んだような声だった。


『……まだ忘れられない?でもまあ大丈夫よ。前回あなたの彼女さんに痛めつけられて、あの子もかなり怒っていたもの。優先的に狙うでしょうねえ。そして、潰すでしょうねえ。』

「お前、ふざけるなよ…………!」

『もう今頃、ミンチになってるかもしれないわねえ!あはははははははははははははははははははははははははは!』

 もう怒りは感じられない。その声からは、狂気しか感じられない!

『さあ、そんな女のことは忘れて、精一杯私と遊んでちょうだい!そして私を満足させなさい!』

 倒れていたロボットが自力で立ち上がった。おしゃべりは終わりのようだ。


 だが…………どうか無事でいてくれよ、メルト…………!







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