chapter 6 乙女心は、ショーの後で side:M
暇である。ここ三日暇である。
外出、というか外へのアクセスを制限されてしまっているから、どうしようもない。いやまあ、セキュリティが突破できないか、といわれればそんなことはない。
一度外に出られないか、と確認したことがあるけれど、やろうと思えばできそうだった。でもさすが警察、しかもこっち方面に強いと自負しているところのセキュリティ。一筋縄ではいかなさそうだった。メンドクサイし、見つからないようにするとなると滅茶苦茶時間かかりそうだから、それはやめておいた。
よって暇なのである。お気に入りの映像も、音楽も、家に保存してあるから、楽しむこともできない。せっかく新曲を聞くために生き残ったというのに、聞くこともできない。
しかもこの建物のなかのパソコン(アクセスできるもの)の中には娯楽要素のあるものが一つもない。ないといえば嘘になるかもしれないが、あったのはどこぞの変態が収集しているのであろう桃色な内容のファイルばかりであった。マジでくたばれクソハンサム。
この建物に出入りしている連中も話し相手にはしにくい。ゴミ主人とハンサムは話しにならないとして、織上は非常に真面目で、話していても退屈しのぎにはなるが楽しくなることはない。
桃田に関しては、生意気なちびっ子かと思っていたけれど、意外に話のわかる奴だった。特に男性に対する印象については一致する意見が多かった。不埒な輩をどのように処罰していくかで盛り上がることはできた(あいつ基本的に炙るしか言わないけどね)。
話を聞くと、桃田にも相棒のナビ、つまりハンサムとチームを組んでいて、今回ソルヴィをここまで運んでくれたナビ、がいるらしいが、まだ会えていない。どうやら桃田にこき使われているようだ。一度はあってお礼を言いたいのだけれど仕方ない。
だが二人とも忙しすぎるようだった。ただでさえ人数が少ない部署だというのに、今起きている事件はまさに彼女達にうってつけの仕事なのである。今働かずしていつ働くのか、そういった雰囲気だ。
更にウチの主人は昨日から何やら悩み始めたようだ。まあ家とは違って別の場所にいればいいから、常に見ておく必要はない、その点では大分マシであるが、一体何に悩んでいるのやら。しょうもないことだろうどうせ。考えるだけ無駄ね。
そして忘れてはならないのはソルヴィのことである……が、これに関してはまだ何もできない状態である。事件で忙しすぎるせいか、はたまたプログラマーが無能なのかは知らないが、まだ目覚めてはいないらしい。結局一言も話すことはできていない。
そんなこんなでいよいよやることがなくなり、仕方ないからちょっとぐらい何かちょっかいを出そうかなと思っていた三日目の午後、急に外が騒がしくなったのである。私のところにも先ほどハンサムがやってきて、会議室に来るように言われた。
そして会議室に、桃田の相棒のナビを除くメンバーが集まった。といっても織上と桃田以外はモニター越しで顔も見えないのだが。
『で、一体どういうことなんですか?犯人からのメッセージって?』
凡人も自体が把握できていないようだ。慌てていることが見ただけでわかる。私はハンサムから一応話は聞いていた。
『お伝えしたとおりです。先ほど警察に向けて予告状が送り付けられてきました。マスコミが騒いでおらず、一般市民にも動揺が見られないことから、警察にだけ送られたもののようです。』
「で、具体的にどんな内容だったのよ?」
今回の犯人は私にもかなり因縁がある。ふーん、じゃあ警察だけで頑張ってね、とはいう気にはなれない。普段なら言うけれど。
そう問いかけると、織上はモニターにメッセージを映し出した。
今日の午後五時、大規模なハッキングショーを披露したいと思います。大がかりなショーになるので、一般市民の皆さんにもゲストとして参加してもらいます。ですが何分危険なので、ゲストの皆さんの安全は保障しません。警察の方々はぜひ、見に来てくださいね♡
「……ずいぶん愉快なメッセージなのね。」
犯人からの犯行予告と聞いていたので、もっと露骨に『今日の午後、大勢の一般市民が死ぬ。止められるものなら止めてみよ』みたいなのがきていると思っていたから、拍子抜けである。
しかしこれはこれで、非常にイラッとするものがあるわね。
『…………なんか変な文章ですけど、本当にこの前の犯人からのメッセージ何ですか?イタズラとかじゃなくて?』
『ふん、無能ね!イタズラだとわかっていたらあんたなんか呼ばないわよ!一生閉じ込めとくわよ!でもね、ここにみんなを集めたってことは、本物ってことに決まってるじゃない!カニみそ!』
ここは桃田のいうことが正しい。しかし彼女は炙るとか、カニみそとか、なかなかに特殊な言い回しをよくするが、何故だろう?
『ちゃんとした理由ももちろんあります。このメッセージと一緒に、先日の事件でハッキングされた車両のリストが送り付けられてきました。しかもご丁寧にどこにあった車を、どのくらいの時間動かしたという詳細付きで。これはさすがに第三者には難しでしょう。』
「まあそれが本物かそうじゃないかはいいとして、警察はどうするつもりなのよ?」
「もちろん動くさ。今回が大規模なショーだというのなら、前回よりもさらに被害が大きいということだ。止める必要がある。」
ハンサムが自信たっぷりに答えるが、問題はそこじゃない。
「予告上には、午後五時から、としか書いてないじゃない。具体的に、どこで何をするかは全く書いてない。これじゃあ、どうしようもないんじゃないの?」
『確かにメルトの言う通りだ。一体どうするんですか?』
すぐにわかることといえば、ハッキングという単語から、何か機械に関係するということ。あとは大勢を巻き込むということぐらいか。当然前例から、この町で事件を起こすつもりだろうけれど。
現在午後三時。時間があるといえばあるが、準備するとなると時間がない。
『それでしたら、今警察の中で必死に調査しているところです。といっても、大した成果は出ないでしょうが。』
「それならマジでどうすんのよ?」
警察の人間が諦めているようでは、いよいよ本格的にマズイんじゃないだろうか。
『現在の状況で一番現実的なのは、とにかく人がたくさん集まるところ、もちろん機械があるところに警察官とナビを向かわせて、警備をすることでしょう。』
「それは、町中の建物やら道路やらすべての場所に警察を配置するってこと?」
『そうなりますね。』
バカげている。いくら小さい町だといっても、暴走させる車はそこら中に走っているし、工事現場だってある。建物だって火災が発生すれば死人が出るだろう。それらすべてに人を送るというのか?
『さすがに無理なんじゃないですか?あまりにも守る場所が多すぎますよ。』
凡人でもそれくらいは分かるようだ。
『ええ、普通に考えて無理ね。』
桃田までそんなことを言う。
「じゃあ一か八かの運任せで警備するの?アンタたちも?」
『バカ言うんじゃないわよメルト。そんなことをするのは普通の警察だけ。科学技術の進歩についていけない硬い頭の奴らには、お望み通り肉体労働をさせてあげればいいの。でもね、私達は違うのよ。』
「そうだよ、ミスメルト。こんな時のための私たちだ。我々は手あたり次第などではなく、しっかりと犯人の居場所を考えているんだよ。」
桃田とハンサムは誇らしげに言う。
『なにか考えはあるんですか?』
『もちろん。この天才、桃田茂紅絹にかかれば簡単よ!』
自身たっぷりである。自身がありすぎて逆に不安になるのはなぜあろうか。
「ハンサム、あんまり言いたくないけど、桃田に任せて大丈夫なの?」
「ん?ああ、心配しなくていい。彼女はああ見えて、かなり優秀なんだよ。いろいろな面でね。」
ハンサムも自身たっぷりである。これはもう信じるしかないようだ。
『時間もないから手短にいくわ。まず犯行現場。今までの犯行から考えると乗り物の可能性が高いわ。こういう犯人は同じようなことしたがるのよ。もし全然違うことをすれば、私達が見つけにくくなるじゃない?そうするとゲームとして面白くないもの。だから今回も、乗り物をハッキングして、事件を起こすつもりよ。』
『じゃあ今回も車ですか?それともバスとか?これなら結構人乗ってますもんね。』
『違うでしょう。わざわざ前とは規模が違うことするって言ってるんだから、たぶん……電車でしょうね。』
電車、か。確かにバスよりも人がたくさん載っている。今まで電車が遅れる事件などはあったそうだが。
『自動車事故よりも以前にあった電車が遅れる事件。あれは単にシステムが不具合を起こして、電車が止まっただけだった。なら今回は、車の時のことを考えると……電車を暴走させてくるでしょうね。』
『電車の暴走、ですか……。』
前の電車の事件は、システムに介入できるかの実験。車の騒ぎは、ハッキングで暴走させられるかの実験。そして今度は、二つの事件を踏まえた行動というわけか。短時間で考えたにしては納得は一応できる考えだ。
「でも、5時ちょうどに動いてる電車はいくつかあるわよ。どれかに絞らないと、相手の戦力を考えると止めるのは難しいんじゃないかしら。」
小さな町、といってもこのご時世、他の町に行く電車は何本かあるし、地下鉄だってあるのだ。しかも現場にハッキング女、運が悪ければ回復した戦闘女もいるとなると、対処は早くから、更に集中して行う必要がある。今だって、行動していないだけで、侵入している可能性はあるのだ。
「それなら心配ないさ。ちゃんと考えた上で、一番可能性高い所はもう特定してあるからね。」
「そうなの?えらく優秀なのね、アンタたち。」
『その場所にはハンサムと私のナビを向かわせるわ。正直この二人がいれば大丈夫だからね。一応他の地点には、保険として電課の残りのナビを向かわせるけど。』
……まあ、調査は警察が一番得意だろうから、考えたうえで言っているならいいか。今一番重要なのは、そんなことじゃない。それは。
「じゃあ、アタシもアンタたちについていくわ。」
彼らについていくことだった。
『な、メルト、本気で言っているのか?お前この前もボロボロになったんだろ!?やめとけよ、危なすぎるよ!』
一瞬の沈黙の後、凡人は急に焦り始めたようだ。なんだコイツは。
「あら、珍しく心配してくれるのね、意外だわ。てっきり早くぶっ壊れてほしいのかと。」
『っ…………今はそんな話してるんじゃないだろ。僕はやめとけっていってるんだよ。ヤバすぎるよ!』
いつになく真剣に言っている気がするが、このことはこの会議室に来たときから決めていたのだ。
ソルヴィはまだ動いていない。この落とし前はちゃんとつけなければならない。
「僕も反対だよ、メルト君。今回は敵も本気で来るだろう。かなり危険だよ。」
「行くって言ったら行くのよ。止めても無駄よ。勝手についていくから。」
「今回は、君を守る余裕はない。大勢の命を救うために、我々は動かなくてはならない。たとえ君が殺されそうになっていても、我々は人命を優先するんだよ。わかるかな?」
いつになく真剣な声でハンサムは言う。確かに彼の言う通りだろう。前回は私は一般市民で、事件に巻き込まれた側である。
しかし今回は事情を知っていて、それでも自ら危険な場所に行こうというのだ。そこで守ってくれというのはいくら何でもわがままだ。
「もう一度言うが、我々は君を躊躇なく見捨てる。それでも行くかい?」
「…………もちろんよ。行かなくちゃいけないのよ、こっちは。」
もちろんソルヴィと私の傷の仕返しをしに行くだけではない。少し気になることがあるのだ。もしあの二人が来るというのなら、危険を冒してでもあって確認しなくてはならない。
確証はないから、まだ誰にも言うつもりはないが。
『…………わかりました。メルトさんの同行を許可しましょう。』
『なっ、織上さん、本気ですか!?メルトは警察のナビじゃない!それにちゃんと生きているんだ、みすみす死にに行かせるなんて!』
『生きているなら、彼女の意思を尊重すべきでしょう。違いますか?』
凡人は言い返すことが出来ずに下をむいた。まあ無理もないだろう、警察相手に口喧嘩しても勝てはしない。
すぐに諦めてしまうその姿勢は、全く気に入らないが。
『ではすぐに動きましょう。ハンサム、メルトさんと一緒に先に行ってください。我々も後から合流します。』
「わかった。」
「わかったわ。」
『ちょ、ちょっと待って!メルト、ほんとにやめとけよ!ヤバいって!織上さん!何とかしてくださいよ!』
『ああ、心配しないでください。それぞれの場所を警戒するので、電課所属のトリプルネームは全員出動しますが、それでもこの建物のセキュリティは万全ですし、メンバーの大半はここに残ります。それに、もしもの時には特製の侵入者撃退ロボがいますので、物理的攻撃にも対処できます。』
『そんなことを聞いてるんじゃ…………!』
「黙りなさい。アンタはお留守番よ、役立たずのご主人様。」
そう言うと、さすがにもう何も言おうとしない。急にどうしたというのだ。今までとは様子が違うし、言ってることも変だ。ハンサムに何か吹き込まれたのか?
………………イライラする。そんな風に喚いてるだけじゃ誰も話は聞いてくれないに決まっている。言いたいことがあるなら、はっきりと言うべきなのだ。だからコイツは嫌いだ。何もかも中途半端すぎる。
ちょっとは成長したと思った私がばかだった。
「では行こうか、メルト君。」
「ええ、行きましょう。」
インターネット接続制限が解除されて、すぐに移動を開始した。
最後にちらっと見たけれど、やはり凡人はうつむいたままだった。




