chapter 5 会議は踊る、だが進める side:M
『そんなバカな!嫌です、死にたくないです!1』
『なので、しばらくこの施設にいてもらおう、と考えています。ここならセキュリティが万全ですので。簡単には襲撃できないでしょう。』
そんな会話がモニター越しに聞こえてくる。まあ正直あいつが誰にやられようとも全く関係はない。いや、むしろやられてしまえばいいのだ。
「調子はどうだい、メルトさん?」
解説の役目が終わったからだろう、向こうとの通信はオフにして、ハンサムが話しかけてくる。にしてもこいつ、イケメンなのかハンサムなのかややこしい。
「あんたに心配してもらうことはないわよ。あっちに行ってなさい、この女たらし。」
「おやおや、嫌われてしまったようだね…………僕は君と仲良くなりたいだけなんだけどな。」
「まだしゃべるのもだるいのよ。静かにしていてくれないかしら?殴るわよ?」
「おお、怖い怖い…………。」
こっちはまだ体の傷が回復しきっていない。あれだけの戦闘だ、生きているだけ奇跡だろう。事実、ここには連行されたというよりは、動けない私をこいつが担いで運んできたって感じだったし。
「でもミスターハントと楽しそうにおしゃべりしていたじゃないか?やはり主人とは会話したくなるものなのかい?うらやましいねえ!」
「ちょっと待ってろ、すぐ殴るから。」
本当ならばこんなところはすぐに逃げ出したい。このクソハンサムを殴ってから。でもこいつは私の修復用に、とナビを素早く修復するソフトを貸してくれたので、しばらくは体を癒すためにじっとしていることにする。
「にしてもあのピンク髪、なにが見抜いた、よ。バリッバリタブレットから情報を閲覧していたじゃない。」
「おや、気づいたのかい。その体でよくわかったね。」
「私達が犯人ではない、と判断したのはちゃんと下調べをした上で言っているのでしょう?第一、本当に犯人だと思っているなら、とりあえず独房に入れるだろうし、そもそも事件のことを細かく説明するはずがないもの。茶番よ、こんなもの。くだらない。」
「まあそういわないでくれ。ここに連れてきたのにもちゃんと意味がある。まず、君の主人が犯人でないと確定させる必要があったんでね。やはりはっきりしない証拠だけでは、有罪とも無罪とも言えないんだよ。」
「それであんなおもちゃみたいなので、あいつの反応を見ていたっていうわけ?」
そう、あの手錠である。まあ手錠といっても、最新型なので昔のもののようにシンプルなデザインではなく、色々な機能が付いたごてごてしたものになっているが。
「Nein、ナイン…………ああ君はエイト、だったね、失礼。」
「次しょうもないこと言ったらマジで殴るわよ。」
「失敬失敬。あれはおもちゃなんかじゃないよ。インターネットを使った犯罪対策として作られた、超最新型の手錠なのさ。そこのミスモモタが考案したんだよ?」
あんな奴が考案したとは。それだけで不安になってくる。
「まず手錠の装着者の周りに強力なジャミングを発生させる。オンラインにつなぐことが出来なければ大体無力化できるしね。無理に外そうとすれば強力な電流が流れるし、装着者の体の状態もいつでも把握できる。」
「で、今回は事件の内容を説明している間に、心拍数とか体温上昇とかを見ていたのね。」
「話が早くて助かるね。」
まあ警察に連れてこられて、目の前で自分の起こした事件について語られようものなら、何かしらの反応は起きるでしょうね。それにナビ使って悪さする奴なんて、どうせヘタレばっかだから、プレッシャーにも弱いでしょうし。
「まあもろもろの理由そして今回の反応を見て、君の主人はシロだと判断したのさ。今のところね。」
「ふうん。まあ私はあの変質者は牢屋にぶち込むべきだと思うけどね。」
正直そんなことはやはりどうでも良かった。気を紛らわせるために話しているだけだった。
白髪の戦闘狂をボコボコにしたからといっても気分は晴れない。もちろんいろんな理由があるが、やっぱり。
やっぱり心残りなのは、ソルヴィのことだった。
戦闘後、ロクに動けなかったので、どうしようもなかったのだ。彼女がそのあとどうなったかはわからない。まあさすがにもう誰かが回収してくれただろうが、その後修復するのか、それとも処分されるのか、そんなことまでは分からなかった。情けなかった。彼女を目の前で殺された自分が。
「ふむ、もしかして、ご友人のことを考えているのかな?」
「………………。」
「図星のようだね。見くびらないでくれよ、女の考えてることはすぐにわかるのさ、ハンサムだから……というのは冗談で、職業柄、相手が考えていることを推測するのが上手くなってしまうのさ。罪深いことにね。」
「生粋の女たらしね、滅びなさい。」
わかっているなら黙っていてほしかった。しばらくは一人でいたい。こんな状態であることをクソ主人に悟られることが一番嫌である。ボロが出る前に一人になりたい。
「つれないね…………せっかくいい話をしようと思ったのに。」
「女の話?聞きたくないわそんなもん。」
「女の話、か…………違う、といえば今回の場合嘘つきになるのは僕だから、イエスとしか言えないね。」
根っから腐った根性である。やはり男という生き物はこういうやつしかいないんだろうか。テレビの中に出てくる漢達は現実には存在しないのか。いや、そんなことはない。現に私は一人その人物を知っている。ということは現実の男のほぼ全てがこんな感じなのか。それはそれで絶望的だ。
「まあ君のご友人のソルヴィ君。生きているけどね。」
「黙れって言ってんだろ…………え?」
その言葉にすぐに反応しそうになるが、冷静になれと自分に命令する。男の言葉をすぐに信頼するのはそれこそ無能というものだろう。
「アンタ、何言ってんのよ?冗談でも潰すわよ?」
「いったいどこを潰すんだか…………でも僕は冗談は言わない。ソルヴィ・ザ・マター。彼女は確かに生きているよ。実際今この施設で治療を受けている。」
「本当に?でもアンタが回収する暇なんてなかったんじゃないの?」
「ああ、男に二言はないさ。回収は僕とチームを組んでいるもう一人のナビがやってくれたよ。安心してくれ。」
「…………良かった………………。」
実際にその姿を見ていない以上、この男が嘘をついている可能性は十分にある。でもその必要性を感じられないし、何よりその事実を、今は信じたかった。
良かった。本当に良かった…………。
「幸い、我が電課には優秀なメンツが揃えられている。君のソルヴィ君は、ほぼありのままで帰ってくると断言しよう。」
「…………ずいぶん至れりつくせりなのね。アタシの修復も手伝ってくれるし。なんだか安心したら今度は逆に裏があるんじゃないかって心配になってきたわ。」
「おや、疑り深いお嬢さんだ。そんなに警戒しないでくれ。私達はこれでも警察なんだ。一般市民、もちろんナビも含めて、すべての人に幸せになってもらいたいと思っているんだよ。」
こいつがそんな事いうと、顔が顔だけに、女をたぶらかすゴミみたいな奴と似ているといえなくもない。
そんな失礼な考えをしていると(私は失礼だとは思ってないけど)、ハンサムが急に真面目な顔で語り始めた。
「それに、これらのことは、今回の事件に対する僕たちから君たちへの謝罪の意味も含まれているんだよ。」
「謝罪?」
「ああ。今回の事件。ソルヴィ君の深刻なダメージ、そして君の深い傷。これの原因は、僕達警察の側にすべての責任があったといってもいい。その点については、被害者の君にはちゃんと説明しておく義務がある。」
神妙な顔でハンサムは続ける。
「まずこちらの初動の遅れ。今回の事件は、突発的なものに見えて、かなり綿密に準備されたものだということは、わかるかな?」
「まあね。戦闘狂は、人払いがどうとか言っていたし、途中で気づいたけど、やじ馬たちは途中から機能していなかった。こんなの思い付きですぐ出来るもんじゃないわ。」
「そうだ。その人払い、というのは、おそらく我々警察の到着を遅くさせることだろう。現に、君たちが戦闘を始めた時間、各地で自動車暴走事故が多発していた。あまりの件数の多さに、我々としてもそちらを最優先に対処するしかなくなった。」
つまりウチのボンクラが襲われた事件も、一応はそのうちの一つってわけだ。少々事情は違うらしいが。
「更に犯人側は、君のいう野次馬達をハッキングで動けなくすることによって、警察に通報するという初歩的な手段も封じた。このどちらか一つでも欠けていれば、ソルヴィ君の警戒信号を探知した近くの警察ナビが急行したか、通報を受けてやはり誰かが急行していただろう。」
「つまり、アンタたち警察は見事にしてやられたってわけね。」
「いいわけはしない、事実だ。さらにもう一点。」
「まだあるの?嫌なら言わないでいいわよ?弱い者いじめは好きじゃないし。」
「いや、言っておかなくてはいけないんだ、これは個人的な判断ミスから生じた問題なのだから。」
「個人的って、アンタが原因ってこと?」
「ああ。今回の事件、これだけ用意周到だったんだ。白髪のナビの目的は、警察にばれないところで暴力をふるうというものだった可能性は十分にある。しかし今回、君の主人は個人的に狙われていた。」
「まさか、アンタ、主人が狙われていたから、アタシも狙われていたんじゃないかって言いたいの?」
「可能性は十分にあるだろう?」
まあないとは言えないが、今回はソルヴィという別の被害者も出てるわけで…………。
「ソルヴィ君は単に巻き込まれた可能性もある。君を狙う犯人が、君のことを知っていて、邪魔をしそうなやつを先に潰した可能性はあるだろう。」
「……まあいいわ。アタシが狙われていたとして、なんでそれがアンタの落ち度になるわけ?」
「今回、君たちが事件に関係しているのでは、という情報は、先ほども言った通りわかっていた。だがあえて放置して、泳がせようとしたのは僕の判断なんだ。もし君たちのことが分かった時点で、君達に話を聞き、警戒を強めるように助言していたならば、ここまでの被害にはならなかったかもしれない。」
「……何よそれ。完全に結果論じゃない。別にいいわよ。ソルヴィが死んでいないってことだけでホントに十分。頭あげなさい。」
謝りながら頭を下げるイケメンを見ていると、こっちが悪いことをした気になってくる。
そう、彼の言っていることは結果論だ。確かに助言があれば危機を回避できたかもしれない。でも回避できなかったかもしれない。もう確かめようのないことだ。
それに、
「それに、アンタたちがどれだけ早く駆けつけてきたとしても、ソルヴィが刺されることはどっちにしろ回避できなかったでしょう。意味ないのよ、今更謝罪なんて。」
目の前で突発的に起きる事故をすべて警察が防げるなら、犯罪なんてなくなっている。
「……それでも、僕は事件を未然に防ぎ、防げなかったらできるだけ迅速に対処する、それを使命として生み出されたナビなんだ。本当に申し訳ない。」
「謝れば心が軽くなるって言うんなら、勝手に謝っときなさいよ。」
まだ頭を下げているハンサムから視線を逸らす。こっちは目の前の友人に危機が迫っていることも探知できずに、みすみす傷を負わせた身だ。謝ろうにも友人は話のできる状態じゃないので、心は重くなるばかり。
「……謝る代わりにアタシの質問に答えなさいよ、クソハンサム。」
「それで君の気が紛れるなら、喜んでそうしよう。」
「いちいちかっこつけなくていいから。」
どうせ他にすることもない。ウチの凡人さんはまだギャーギャー喚いてるし、これは鎮まるまで時間がかかりそうだ。それに、さっきからのハンサムの態度を見ていると、聞きたいこともできた。
「アンタは警察のナビとして生み出されたんでしょう?役割とかあるの?」
「役割?そんなの、すべての事件を防ぐ、もしくは被害を最小限に食い止める、これに尽きるね。」
「でも犯罪って言っても色々あるでしょ?アンタの見た目的には、交渉とか、そこら辺担当に見えるんだけどね。」
「ああ、この美貌が気になってしまうのかい?…………オーケー、その拳をしまおうか。まあ確かにそれぞれ細かい役割を与えられて生み出されるものもいるけどね、これでも僕はかなり高性能で、万能なナビとして制作されたんだ。よってその任務は一つにとどまらない。すべての事件が、僕の担当さ。」
「今はこんな日本の小さな町で、少人数の課に所属しているのに?」
いわゆる左遷ってやつなのか。ならこのウザい性格にも納得できる。むしろそうとしか考えられない。酷なことを聞いてしまったかもしれない。
「ああ、それはね。高性能といっても、試験的に制作されたといった方がいいんだ。だから先ずは、腕試しというわけさ。と思ったらこんな事件が起きて、人生ってわからないねえ。これも僕がモテモテのせいかな?こまったねえ!」
「ああそう。もうわかったわ。もういいわ。」
真面目に語っているかと思えばすぐこれだ、顔はいいんだから、性格をもう少し調整できなかったんだろうか、惜しい奴だ。
「怒ってしまったかな?失礼。では逆に、こちらから一つ質問してもいいかな?」
「女の話とセクハラ以外ならいいわよ。答えるかは別だけれども。」
「Ja。では質問。君は自分の主人のことをかなり嫌っているようだけれど、彼はそこまでヒドイ人間なのかい?確かに調べている過程で、思想に問題がある人物だと分かったけれど、君の毛嫌いの仕方はかなり極端じゃないかな?彼は君になにかしたのかい?」
…………ハンサムめ、まためんどくさくて、答えたくない質問をしてくる。
「そんな風に見えるかしら?屑みたいな男に対する女の態度は、みんな似たようなもんだと思うけれど?」
「僕が聞いているのは、どうして彼をそこまで屑だと思うかなんだけどね?」
「………………………………………………………………。」
やっぱり質問なんか聞くんじゃなかった。さすが警察なのだろうか、嫌なことをぐいぐい効いてくる。やはりコイツは交渉、いや尋問が得意なやつなんじゃないのか?
「…………別に何もないわよ。ただただ女のことをなにも考えてもいない屑ってだけ。回答終了。」
「ふむ、まあ気味がそう言うんなら、そうなんだろうね。」
ハンサムはそれ以上聞こうとはしなかった。ぐいぐい来る割には引きは早いもんだ。そういう話術か、それとも飽きただけなのか。どうでもいいけど。
「……じゃあアタシからもう一つ質問。」
「何かな?」
「アンタ、苦しくないの?」
「苦しい?何に関していっているんだい?」
「もちろん、アンタに課せられている使命に対してよ。すべての犯罪に対処するために生まれた存在。犯罪と戦うことを義務付けられた存在。自分の非はほとんどないのに、アタシに深々と頭を下げて謝罪しなければならない存在。そんな存在である自分に、嫌にならないの?」
「………………ふむ。これまたずいぶん深いことを聞いてくるね。」
こちらの質問の意図はわからないようだったが、悩みもせずにハンサムは話し始めた。
「それはもちろん苦しい時もあるさ。嫌になることも。でも。僕達はその使命を背負うためだけに生み出されたといってもいい。ナビなのだから。」
「やめてしまいたいと思うことはないの?」
「ないね。」
きっぱりと言い切った。
「苦しいとは思うが、やめたいとは思わない。それは使命を持っているからでもあるけれど、何より自分の使命に誇りを感じているからだ。与えられた使命を背負って、完璧にこなせるようになる。それこそが僕の生まれた意味だし、作り手の願いでもある。」
そう言って真っすぐこちらを見つめてくる。心の底を見抜くような、顔からは想像できないような鋭い視線。
「君もそうだろ?主人の世話をするために生まれてきた。まあもう少し特殊な使命もあるようだけれど。そんな使命を背負って、それを達成するために生まれた君が、全く使命をはたそうとしないのには、かなり大きな理由があるんじゃないのかい?」
こちらが質問していたはずなのに、いつの間にかまた質問されていた。まるで最初から誘導されていたかのよう。結局さっきとほぼ同じ質問だ。
「…………アンタは立派なのね。いやもちろんアタシも立派だけれど。でもその質問はさっきも答えたはずよ。あいつがどうしようもない奴だから。」
なぜこんな質問をしてしまったのか、もう後悔の念が押し寄せてくる。
だが、この質問にちゃんと答えたとしても、おそらく彼には理解できないだろう。理解できたとしても、どうしようもないだろう。
「…………ただ一つ言っておくとすれば、アンタとは、背負っているものの量が、違い過ぎんのよ。」
それ以上はしゃべりたくも詮索されたくもなかったから、黙っていた。ちょうど凡人の説得が佳境に差しかかぅているようで、時子から応援を要請されたハンサムはそちらに集中し始めた。
心の中には、ナビに心なんてあるのかは知らないが、靄がかかったままだった。
エイトという名前は、あまりにも重かった。




