プロローグ: 頑張っても憂鬱な朝
朝。しかも平日の朝。それは「うーん、今日もいい天気! さあ、張り切っていくか! 」 なんて言える人以外にとっては憂鬱以外の何物でもないのではないだろうか。そりゃあもちろん、毎朝美人の彼女や優しい妹(ツンデレ可)なんかが起こしてくれれば話は別かもしれないが、絶賛一人暮らし中のモテない男子のこの僕にはそんなイベントは起こりようがない。
しかし、しかしだ。そんな現実があるからといって諦めてしまうのはどうなのか。現在独り身の自分だが、一度でいいから清々しい朝を迎えたい!
「朝よ!ご飯も準備しておいたから、早く起きてたべてよね。」
「うーん。まだねむいよう……」
「もう、こまったちゃんなんだから。あと五分だけよ? 」
なんていう(清々しくはないかもしれないが)甘い朝をむかえたいじゃないか!
ではいったいどうするのだ、という問題が生じてくる。恥ずかしながらも、(自称)ルックス普通、(自称)交友関係普通、(自称)頭の良さ普通、(自称)ハイパーオールラウンダーな僕では、そう易々と彼女なんて作れやしない。そして妹だっていない。見たところ八方ふさがりのようである。
だがしかし、ここで別の選択肢が現れるのだ。僕の場合に限っては。
それは、「女の子がいないなら、自分で作っちゃえばいいじゃない! 」という画期的な発想である!
もちろん本物の女の子を作るなんてできないに決まっている。ではどうするか? ここで僕の、「コンピューター、特にプログラム関連に非常に強い」という特徴が生きてくる。そう、つまりは、自分で女の子のナビを作ってしまえ!という話である!
現在の進歩しつつある科学技術は、介護用や家事用など、様々なサポートナビが各家庭で稼働させることに成功している。それならば、朝起こしてくれる女の子の姿をしたナビを買えばいいのでは?という疑問も起こるだろう。しかし各家庭に支給されるものは、定められたプログラムに従い、「おはようございます」やら「朝食の準備ができました」などの決まった言葉しかしゃべらないのだ。もちろん最初はそれもいいかもしれない。だがいずれ飽きてしまうのも明白だろう。時に怒り、時に慰めてくれる、そんな彼女がほしいんだ!
簡単な道のりではない。それはそうだ、技術があっても環境がない。だがめげない。やるんだ、この手でやってみせるんだ!
そんな発想から始まった僕の彼女作成計画はかれこれ五年の月日を経た。最初は失敗ばかりだった。やっと完成したと思っても、すぐに不具合が起きてしまうのだった。そんな時は泣く泣く彼女たちを廃棄し、新しい彼女作成への礎とするしかなかった。だが僕は、やめなかったやめることはできなかった何故ならここでやめてしまえば散っていった彼女たちに顔向けができない!だから進み続けた。まだ見ぬ、黄金の朝を迎えるために!
そして時は過ぎ、高校三年生になった春、ついに完成したのだった。
七人の犠牲を経て誕生した、完璧なるマイハニーが!
ずっと待ち望んでいた。高校になってからふつふつと増えていった同級生の番を恨めしく思いながらも彼らと笑顔で接する拷問のような日常を耐えながら!「俺、こんなことやってていいのかな……」とかいう心の声に耐えながら!
さあ来い! 甘くてとろける朝よ!地獄の朝はもう終わり……のはずだったのに。
――プルルルルルルルルルルルル――
朝だ。眠たい。起きたくない。
――プルルルルルルルルルルルルルルルルルルル――
耐えろ。もうすぐ彼女が起こしてくれる。
――プルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル――
早く。優しい声で起こして!
――プルル……パチ。
きたきた!目覚ましの音が止まった!
――さあ、俺たちの歌を聞いてくれ!熱いソウルで! ――
え?待て待て待て待て……
――ドゥン!ドドドドドドドドド!バンバンバン! ――
え?うるさいうるさい……
――燃え上がれえ! 熱いソウルゥ! 響けえ! おれ達のパトスゥ! ……――
「うるせえええええええええええええええええええええええええ!」
我慢の限界だった。なぜ朝っぱらから頭の悪そうなロックバンドの暑苦しい歌を聴かなければいけないんだおかしい間違っているこんなの想像していたのと違う。
寝起きでもやもやする気持ちを抑えながら、ベッドの横に付けてある時計の液晶画面を見ると、案の定そこには時刻を表す数字ではなく、よくわからないバンドが頭を振り回しながら歌っている動画が流れていた。目覚まし機能はどこに行ったのか。いや、それよりも大きな問題がある。
「おい。朝からご主人様をお越しもせずになにやってるんだ! 聞こえてるんだろ! 返事しろよ! おい……メルト! 」
僕は何もない空間に向かって叫ぶ。別に寝起きが悪くて頭が混乱しているわけでもない。かといってバンドの歌を聴いて頭がおかしくなったわけでもない。
では一人暮らしの男の部屋に他にいったい誰がいるというのか? それはもう察しがつくだろう。そしてそのもう一人の住人も僕の声に反応するのだった。
「……もう。そんなでかい声出さなくても聞こえてるっての。やっぱり寝起きにとことん弱いのねえ。一体どんな風にしたら何も考えずにそんな長い間ぐーたら寝てられるのかしら。ほんと、将来が超不安になってきちゃうわ。あーあ。」
そんな声が部屋に響き渡る。人を完全にバカにしているような声で。
「なんなんだその言い方は! いや、まあそこはとりあえず置いておいて。なんなんだこの歌は! 寝起き最悪じゃないか! 」
そう言うと、歌が止まり、映像も止まった。代わりに液晶画面に表れたのは、女の子だった。
オレンジの髪の毛でツインテール。服の色もオレンジであり、背は少し小さめ。顔もかなり小さく、美人でありながらかわいいというイメージを相手に持たせる。
しかしそんな小さな頭の上には三角巾がのせており、オレンジの服の上には懐かしの割烹着。極め付けに背中にはデッキブラシと布団たたきをXの形で背負って、かわいい顔が台無しなくらいこちらを見下したような顔をしている。
「はあ…せっかく気持ちよく目覚めたいってうるさいから、今(私の中で)人気急上昇中のロックバンド、『ブロウクンハートロケッツ』の素晴らしい歌声で目覚めさせてあげたのに。この良さがわからないなんて。ああ神様、こんな人間がどうして生まれてきたのでしょう……私は悲しいです……」
「うるせえ!てか朝からハートをブレイクしたら意味ねえじゃねえか! もっと優しく起こせないのか! 」
「優しくしても起きないでしょ! 自分のことぐらい把握しろバーカ! 」
そう言われて言葉が詰まる。くそ、乱暴そうにみえてなんて口喧嘩が上手いんだ。ずるがしこいやつめ。
しかしそう思うとまた苦々しい気持ちになる。
何故なら、彼女を作ったのはほかでもない自分だから。
そう、今モニターの中で不機嫌そうにしている女の子こそ、この五年間の集大成。
八番目にして最高傑作。
その名はメルト。
(俺的)正式名称……『メルト・ジ・エイト』!