森
敵が全滅したのを確認し、剥ぎ取りを開始した。身元が分かる物があればと期待したが、流石にそこまで無能では無かった。それだけで彼らが山賊では無い、と言う証拠にもなった。本当に優れているなら、嘘の証拠を持っているものだが、それすら無かった。
一瞬、あの豚が首謀者だと分かる偽文書をボスの懐に入れようかと思ったが、やめておいた。俺の死体が無ければ疑われる。それに、相手を陥れるならしっかり準備をしないといけない。
侯爵の性格からして、この一件には関わっていない。彼なら罪をでっち上げて、俺を処刑する。どう転ぶか分からない山賊は使わない。しかし、息子が首謀者だと分かれば、息子を守るために色々動くだろう。
俺が豚の関与を匂わせれば、侯爵は俺の敵に回る。それは避けたい。豚を殺せたとしても、侯爵の派閥がガタガタになれば、俺が戦犯として処断される。どっち道、この襲撃も侯爵家の力で事故と処理される。ここで騒ぐより、ほとぼりが冷めるまで、少し行方不明になるとしよう。
俺は山賊と護衛から金目の物を集めながら、次の手を考えた。
ここから南東に行けばカッタルイ公国がある。500年前に召喚された勇者が作った小国だ。あそこは便利だ。金さえあれば知識だろうが素材だろうが何でも手に入る。国名は現地の言葉に聞こえるが、どう見ても日本語だ。勇者は勇者なりに何か考えがあったのだろう。
公国に向かうにも、先立つ物が無い。手元には300G。日本円にして300万円程度だろう。ちなみに俺の剣は安く見積もっても2000Gはする。
道中稼ぐか。この森を真っ直ぐ南下すれば馬車道に出るはず。それまでに遭遇する魔物を狩れば良い。あそこに見えるでかい山に向かって歩けば、大凡南だ。我ながら名案だ。
俺は馬車に積んであった背嚢に衣服と食料を詰め込んだ。大人なら1つ持つところ、俺は2つ持てた。それだけ俺の身体能力は高い。3つまで行けたが、そうしたら地面にくっきりと足跡が残った。追跡者が出るのに足跡は不味い。仕方無く、背嚢は2つまでにした。
最後に、俺は執事の死体に向かった。彼は俺が生まれてから仕えてくれた忠臣。若い頃は父上と共に戦場を駆けた従士だったらしく、騎士になるか執事になるかの選択で後者を選んだ男だ。騎士の柵に捕らわれず、終生父上に仕えたかったのだろう。
俺は彼の剣を拝借する。転がっている武器の中で一番出来が良い。俺の剣に比べれば玩具だが、俺の剣は他人に見せ辛い。表向きの剣としては執事の剣が丁度良い。鞘にも最低限の装飾が施され、貴族では無いが貴族の家中だと一発で分かる。
必要な物は揃った。俺は森の中に入った。
森に入って2時間程して、色々と独り言が増えた。
「森を突っ切ろうなんて言った馬鹿は誰だ?」
俺は牛並みの狼の奇襲をかわして、辛くも撃退する。反応が一瞬でも遅れていれば確実に死んでいた。不幸中の幸いなのか、4匹目にもなると、ある程度行動パターンが読める。とにかく毛皮を素早く剥ぎ取り、背嚢に放り込んだ。急いでいなければ品質に拘るのだが、今はそんな暇は無い。
「俺は強いと自惚れていた馬鹿は誰だ?」
剣で俺を飲み込んだ巨大食人花を切り裂く。体中に纏わり付く酸は《光魔法》の回復魔法を悪用して綺麗にする。本来は《水魔法》で洗い流すのだが、俺はまだ使えない。洋服はボロボロだ。背嚢と武器は無事なので被害は軽微だ。
俺は自分の判断ミスを嘆きながらも、今更後戻りも出来ず、森の奥深くへ分け入った。森の奥へ行くほど強い魔物が生息するのは知っていたが、なんとかなると楽観視した。森に詳しい大人がいれば、全力で止められただろう。が、最速で最強にならないといけない俺にはこの生き地獄が好都合にしか見えなかった。