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彼女と走る

彼女は幸せの魔法がつかえた。


 俺には電話ボックスってやつが秘密に満ち溢れた素敵な場所だと思っていた。思っていたがもう過去のことである。それよりも凄いものを知ってしまったからだ。正確に言うと、爺さんに教えてもらった。爺さんは身だしなみは綺麗とは言えないが、昔はすごい仕事をしていてその恩恵でまあまあな生活をしているそうだ。爺さんが言うに俺の暮らしは貧乏のくくりに入るといわれたが、ここらではこれが平均だし気にも留めない。俺らのような奴は爺さんを、過去の栄光にすがった哀れ爺さんだという。でも爺さんほど物事を知っているやつはいない。これだけははっきり言えるね、興味があったら話しかけてごらんよ。最初の一時間は、塔の周りの都市が素晴らしい鉄くずであることを語ってくれるはずだ。経験者から言わせてもらうけど、手洗いはちゃんとすませておくべきだね。


 話が大きく脱線してしまったが、俺が言う素敵な場所ってのは塔のことだ。知らない奴なんていないが、あれが何なのかはみんな知らないんだ。たまに壁面がはがれてさ、下に振ってくるんだがたまんないね。ガラクタの塔なんて言い出した奴に、飴玉プレゼントとしたいわ。それで物が落ちてきたら、警備に見られないように盗みに行くんだ。盗んでも見られなきゃ捕まらないのは、彼らの仕事が警備だからだ。そんな塔を俺は好きで、爺に塔の昔話を聞くのも好きで、アイツとバカやるのも好きだ。そんな俺の命がけの挑戦、ちょっと聞いてくれないか。誰にも知られないままってのは、ちょっと寂しいじゃん。


「爺さん、壊れた噴水前にいるんだって、アツシくん行こうよ。あの人一度寝だしたら次の日まで寝っぱなしだよ」とイコは言った。


 俺は、はいはと答え彼女と噴水へと行く。爺さんは噴水の中に入って、濡れること気にすることなく漏れる水を見ていた。受け皿の壊れたそれは、噴水の周りを水浸しにさせ錆びさせ、歩けば何処かの鉄か銅かがはがれる音がする。朽ちた鉱物はじゃりじゃりと音がした。


「その水汚いんじゃなかったのか」俺は言った。

「なに、飲めはせんがこの爺より綺麗だろうよ」

「そうかもな」

「どうだ、お前らも来ないか。ここは気持ちいいぞ。イコもほら来なさい」


 すると横にいたイコはあっという間に噴水に浸かっていた。頭からつっこみ何もかもびしょびしょで、笑顔を浮かべ此方に手を振っている。彼女についていた雫がキラキラと光に反射して綺麗だった。


「何してるんだよ。乾くまで時間がかかるだろうが。バカだな」

「ここ気持ちいよ。アツシくんも来なよ、もったいないよ絶対。それに水面に何かキラキラしたのが浮いているの、これ空き缶に詰めて持って帰れるかな。七色に光ってるの」

「持って帰らないからな。それ油だから」俺は噴水を覗き、イコの顔をみた。何でこいつとはこんなにも会話が成立しないんだろう。

「アツシもどこかに座りな。この爺の話を聞きに来たんだろう」


 慎重に噴水の柵に腰を掛けた。壊れて落ちたらたまったもんじゃない。二人はどうやら水の中から動く気はないようだ。


「イコね、おとぎ話聞きたい。魔法使いが出てくるのがいいな」

「そうかそうか、おとぎ話か。イコは女の子だからな、お姫様がでる話にしようか」


 とても素敵。彼女ははしゃぎ水しぶきをあげた。俺の顔はべたべたする水でぬれ、爺さんは笑った。


「やめてくれよ爺さん。爺さんが話してくれたおとぎ話をこいつ馬鹿みたいに信じているんだぜ。四六時中語られる俺の気持ちにもなってくれよ」

「ならどんな話なら納得してくれるかな」分かっているのに爺さんは言った。

「塔の話が言いな。もうはぐらかすのやめろよ。爺さんの仕事は塔にかかわった仕事だったんだろ。なら塔の外見じゃなくて中身のことを教えてくれよ。天辺にはなにがあるんだ」

「それは知らない」爺さんはぼそりと言う。「知らないことは言えないからな」

「わかったよ、お姫様が待っているんだよ」とイコは言う。

「そうかもしれないな」爺さんはそれが一番素敵だといった。爺さんの中では塔の天辺はいいものではないのだろうか。

「俺今度塔に侵入して上を目指すよ。爺さんが止めても絶対に行く。食べ物で釣ろうとしてもだめだからな、この考えは絶対に曲げない。だから、爺さん教えてくれよ。狙われるようなことなら、俺が絶対守るし、一番端まで行ってすぐ戻ってくる。約束するから」

「イコ、それはお前もついていくのか」

「アツシくん一人は可哀想だからついて行ってあげるの」

「別に来なくっていいし」


 爺さんは少し考えるそぶりを見せた後、ゆっくりと口を開いた。


「教えないのが愛情だと思っていたんだがな」

「愛って何だよ」

「幸せになることだよ。私知っている」

「それはちと違うな。愛を知らない、教えれない世の中になっていたとは悲しいな。お前らは可哀想だ」


 憐みの視線が痛い。愛という言葉ぐらい知っているさ。


「この都市は何の上にあるのか知っているか」

「星だろ」俺は言った。当たり前のことである。

「しかしな、この都市の下には星はない。あるのはここと同じような都市だ。そしてそれを唯一行き来でき支えてるのがあの塔だ。あのガラクタで一つで我々は支えられているのだ。そしてこの塔より下に行くエレベーターはもう生きてはいないが、上へのはまだ生きている。使われているのだ。決まった時間になると荷物を上へと運んでいるのを見たことがある。ここまで分かったか、もう二度と言わないからな」


 爺さんの言葉に硬くなった唾を飲み込んだ。イコも静かに耳を傾けている。爺さんを見ているのに、その後ろから姿をのぞかせる塔がやけにでかく近く感じた。


「荷物に紛れ込め、警備は誰も気づかん。奴らは知能の低いロボットだからな。エレベーターには荷物だけが乗せられる。それ以降は知らん。そして都市の奴らにも気をつけろ。警備ロボが紛れ込んでいるからな。奴らは自身が機械であることを知らない」

「爺さんありがとう」

「なに、孫孝行だと思っておくさ」

「じゃ、さくっと行って帰ってくる。行くぞイコ、濡れっぱなしで風邪ひいても知らないからな」


 着ていた上着で彼女を拭いてやり、抱き上げ噴水から外に出す。彼女は地面に足をつけると踊るように回りジャンプする。水を吸った布と、太陽で干上がった匂いがした。


「爺さん寝るなよ」

「もう歳だからな、お前らが道草していたら寝ているかもな」

「じゃ、早く帰ってきて私が子守歌を歌ってあげるよ」

「楽しみに待っておるわ」




 時折考えてはいた。今の生活に不満はなかったが、何か物足りないと。ならいつもと違うことをすればいいと思った。イコに少しだけ優しくしてみたり。物販で少し値が張るいいものを買ったりした。少しだから駄目だったのだろうか。今二人肩を寄せ息をひそめる。別に間違ってはいないよな。暗い箱の中では考えることしかできないから、後ろ向きになるのだろう。間違いなんてないんだから。


 荷物に紛れることは困難ではなかった。過去そんなことが起きたこともなければ、そうなる可能性というものを都市は考えなかったからだ。入った箱には朽ちた鉱物の粉末が詰められていたのだが、半分ほど捨て、俺らは入った。イコは一番安い飴玉を舐めている。大きな見た目だが、表面を薄く延ばされた飴でコーティングしてるだけで中身は再利用ガラスだ。もうとっくに飴なんてないはずなのに、口内でガラス球を舐め続けている。すると突然箱が揺れ動き、運ばれた。「動き出したね」と彼女が話しかけてきたので手でふさぐ。大丈夫だ。間違ってなんかない。

 動きが収まり、鈍い機械音が聞こえた。じりじりと鉄がする音はエレベーターが動き出したものだろう。少し蓋を押し上げあたりを見渡し、全開にした。


「エレベーターだな」

「本当だね。少し音がうるさいけど、ちょっと感動する」

「この建物も古いんだろうぜ。壁の白タイルが所々はがれて鍍金がみえてる」


 イコは積まれた箱に腰かけ、こちらを見てきた。足をぶらぶらさせている。


「生まれて初めて都市を出たんだなって思うと不思議。見えないのに離れていってるんだよ」

「もしかしたら俺達が初めて都市を出たやつなのかもしれないぜ」


 凄い発見をしたように思えた。誰も知らなかったこと、めにするんだ。


「でもさ、この扉が次に開いたら警備ロボがいるかもしれないのでしょ。すこし怖いな。上にも都市があって私達と同じ暮らしをしてるのかな」

「いるんだろうな。そして俺達みたいなこと考えているやつもいてさ、もし会えたら塔のこと聞けるな」

「きっと、お姫様が待っているよ、誰か来ないかなって。こんなに凄いこと出来るのは魔法使いだけだよ」

「それが一番素敵かもしれないな」


 冷静に考えれば、この扉が開くとき天辺である確率何て低い。もし天辺で開いて、彼女の言うお姫様ってやつがいたら、そいつに塔について聞けばいい。そしたら、アイツも俺も幸せだ。それも悪くない話、むしろ上等だ。それが愛ってやつかもしれない。そしたら塔の一番上で俺は都市を見下ろすんだ。そしたら何かが満たされる気がする。腹いっぱい食べたイコが、浮かべていた表情になれる気がした。


「イコ、よく聞け次に扉が開いたら飛び出して、上に行く道を探すぞ。階段か何かあるはずだから上を目指す。そしたら二人で都市を見下ろそうな」

「うん。分かった」

「警備が邪魔してくるけど、捕まるなよ」

「捕まらないよ」イコははにかみながら言う。「アツシくんが寂しがるでしょ」


 するわけがない。でも言わなかった。

 きしみ音が緩やかになり、エレベーターが止まる準備に入ったようだ。何かの手違いで止まらず上まで運んでくれたら、こんなに古いのだからそんな誤作動起こしてもいいんじゃないだろうか。


「ドキドキするね。私緊張してきた」

「大丈夫、次見える相手は全部悪い魔女の手先だ。なら俺らがすることは何だ?」

「手先を倒して、お姫様の救出だね」


 追手からから逃げ切り、ゴールを目指す。シンプルながら難しい、でも最後には最高に幸せな結末が待っている。その瞬間は皆満ち足りた表情で、爺さんも両手を広げ抱きしめてくれる。彼女は俺のなんてことない冗談話を真剣に、楽しそうに聞き見つめていた。


「アツシくん、最後はお姫様にキスをして悪い魔法を解かないとダメだよ」

「そんなもんか?」

「セオリーってやつだよ。キスは幸せの魔法なんだって、魔法使いじゃなくても出来る誰もが持って生まれた魔法なんだって」

「それは凄い魔法だな」


 物語の終わりは幸せに満ちていて、次への一歩に続くものでなければならない。それがイコのルールだった。


「アツシくんが悪い魔法で苦しんだら、私がといてあげるからね」





 扉が開かれると、もわっとした空気が流れ込んできた。案の定、運びに来てるロボットがこちらに手を伸ばす。人間の姿形と違うそれは、俺が初めて見た異形ロボットだった。大きなボディに点滅する赤ランプ。これは、危険な状況かもしれない。


「走るぞイコ」


 開ききらない扉に体をねじ込み走り出した。警告音が鳴り響く廊下をひたすら走る。後ろから聞こえる呼吸で彼女がついてきているのがわかった。遠くから聞こえる足音に、焦りを覚える。俺達のいたところとかなり構造が違うようだった。ロボットの姿も性能も、数も違う。爺さんのいう知能の低いロボットを思い出し、この落差は何かと考えた。俺たちのいた都市は何なのだろう。

 細身な人型ロボットが、ねじを鳴らしながら前方から向かってきた。一方通行のこの場所に逃げ場はない。


「走れイコ。怯むなよ、そのまま走れ」


 自分からロボットへ走り、ひざの関節に蹴りを入れ、ガチャンと音がしロボットは体を傾けた。次の手を考えなければ捕まる。その横をイコが走り抜けていき、ロボットが倒れながら手を伸ばしていた。無意識の中俺はロボットのひざ関節を踏み潰し、その右足を引く。暴れるのを無理やり壁にぶつけ、踏みつける。ガシャガシャと音が響き、視界は揺れる。機械の指は鋭く、もがく中で頬がぱっくり切れていた。無心に叩き付けるうちに関節の部品が外れ、細い右足を握りしめていた。迫りくる足音が遠くに感じる。


「アツシくん階段あったよ」


 イコの叫び声が聞こえた。疲れや恐怖がどっとあふれ出し、俺は戦利品の足でロボットの頭部を叩き付けると走り出した。足を振り回しロボットを押しやり、彼女の声がする方へ向かう。ロボットには勝てないはずだった。それは確かで、俺が逃げ切れたのも運だと思う。ロボットは俺らに殺意はなかった。俺はロボットに殺意を持った。その結果がこれだった。


「何なのそれ、あし、足なの?」

「でかい声出すなよ。戦利品だよ戦利品」


 軽くパニックになるほどイコは驚いていた。俺の勇士より足の方が気になっている。少し休みたい気分だったがのんきに立ち止まっていることも出来ず、ロボットの大群が押し寄せてきた。階段の上の方から滑り降りるような、何かかがきている。二人とも見るのは下に行く階段。本来とは逆の場所だった。イコは見るからに困っている表情を浮かべている。俺が何か話すのを待っているようだ。走ることしかできないのが二人に、役に立つかわからない足が一本。これで今行く道は一つしかなかった。


「階段を下るぞ」

「わかった。早くしないと追いつかれそうだしね」


 再び走り出した。二人は一年分走った気がした。下って行っても、やまぬ足音に嫌気がさしてきた。まだ俺らは迷惑になることをする前だったのに、なぜこんなに追いかけられるんだ。そろそろ諦めてくれたっていいのにさ。仕事熱心すぎるから、少し知能の低いロボットに分け与えればいい。それがいい塩梅だ。


「何処まで行けばいいのかな。このままだと私達の都市までついてきそうだよ」

「爺さん喜ぶだろうな。こんなに友達ができて嬉しいってね」

「無理だよ、あのロボットお口もなかったよ」

「ボケただけだよ、ボケ殺し」


 確かにこの団体様を都市まで連れていくのは避けたい。この階段がどこまであるかが勝負だろう。体力には自信があるからまだ走れる。問題は呼吸が速くなってきているイコだ。


「まだ走れるか?」

「走れるけど、疲れてきたかな」とイコは吐息交じりに言った。「走りにくいなら先に行ってもいいよ。私遅いから」

「なら、何か策を考えないとな」


 一番簡単なのはイコを背負ってくことだ。本人から苦情が来そうだから言わないでおこう。


「アツシくん、足音増えてきてないかな。私の気のせいだといいのだけど」


 確かに増えてるかもしれない、近くなってきたと思っていたがそうなのだろうか。


「もしかしてさ、あの」

「何だよ。勿体ぶるなよ」

「下からもロボット来てる」


 最悪な出来事が起きたなら、それより最悪な可能性を考える。まだ大丈夫、ましな方さ。小指を角にぶつけた後、荷物が乗ったぐらいの衝撃だ。服が前後ろ逆よりましだろう。ロボットの足を小脇なはさみ、イコを肩に担ぐ。彼女の太ももを支え走り出しだすと、俺の首に白い腕がまわる。


「突撃するからしっかりつかまれ。だけど首は絞めるなよ」

「このまま私達どうなっちゃうだろ。どうせなら、白馬に乗って逃走したいよ」

「そんなのあるわけないだろ。現実を見ろよ」


 階段を下がるにつれ銀色の何かがちらりと見えた。どうやら本気で挟み撃ちにあってるようだ。走る速度をどんどん上げる。なにしろこちらの武器はこの体のみ、下の階なのだから上ほど奴らは硬くないだろう。話せばわかってくれるほど柔らかくはなさそうだが。


「イコ死ぬなよ」

「何する気なの?命の危機に局面していたの?」


 焦る彼女にわざと手を緩め体を浮かせる。悲鳴と共に首が苦しくなったが、悪くない。


「危機にはもうすぐご対面だ。挟み撃ちだよ」

「私どうすればいい?歌おうか?手拍子も出来るよ」

「振り落されないように掴まってれば十分だ」

「それだけ?」


 階段下に十体程のロボットが見上げている。俺はスピードを殺さないまま飛び上がった。


「それで十分だ。そもそもそんなの求めてないぜ」

「ならそうする」


 彼女の絶叫と共に体は宙に浮き、ロボットの真上に投げ出される。銀色の海に俺はアイツらの腕を叩き込み、一体のロボットに馬乗りになる。他のやつらが動く前に地を蹴り、ロボットごと階段を滑り降りていく。銀色の滑らかなボディは加速していき、体重移動でカーブを難なく下る。ロボット自身この状況に、スピードに文字通り手も足も出せないまま無ざまに地面に叩き付け滑っていった。


「ロボットの足の代わりに、ロボットのスケートボードが手に入ったぞ」

「信じられないぐらい速い。きっと馬より早いよ凄い」


 彼女を肩から前に移動させ、ロボットのよくわからないでっぱりを掴ませる。


「今更だけど、予定変更してこのまま塔の一番下まで行こうか。一番上は俺らには無理だったけど」

「いいよ。私はアツシ君について行くって決めているから。上ったのに全然満喫できなかったから、今度はゆっくり見たいな」

「あまりにも遅いと、爺さん寝ちまうぞ」

「大丈夫、ここから歌っても聴こえるよ」


 母音だけの歌詞でイコは陽気に歌いだした。時折訪れる浮遊感に声が裏返り、間奏に鼻歌まで披露している。下れば下るほど古めかしいかいい段になり、不規則な曲がり角も増えた。塗装の剥がれもみられたが、模様はうっすらと見えていた。俺達が見てきた塔の内装と違っている。白に統一されていたのと違いここらの層は植物をモチーフにした模様が目立つ。この明白な変化は、俺達のいた都市の通過を物語っていた。戻れないとこまで来た。でも間違いではないはずだ。


「もしこの塔の下に誰かいたら、どうして塔を建てたのかわかるね。きっとこんなすごい塔をたてようとした人たちの都市なのだから、面白いことでいっぱいだよね。おとぎ話のような世界だよ。きっとそこにいる彼らも私達の生活を聞いて、それは素敵っていうの。ドキドキするね」

「そうだな。未知を目の前にして、恐怖より好奇心で頭が痛いぐらいだ」

「そんなアツシくんのために私が本から得た知識を教えてあげる」


 イコはその本がどんなけ素晴らしいこと書いていたか語り、俺にも読むよう勧めた。彼女にとって本が母親だそうだ。親とは絶対的な存在であるが彼女にとってそれが本なのだろうか。


「あのね、初めてあった人関係なく好きになってもらいたいなら、自分が先に好きにならないといけないんだって。どう?私のこと好き?」

「好きだよ。賢い脳にバカな考えで動くイコがな」

「私も好き。凄いね、あの本は本当のこと書いていた。たまに嘘も紛れてるから難しいの」とイコは高らかに言った。「ロボットさんも好きよ。私達を運んでくれてありがとう」聞こえているか、知能があるかわからないが、ロボットは何も言わなかった。

「そいつにとっては、仕事を退職させた俺達は疫病神だぜきっと」

「きっかけは悪くても、世の中何とかなるんだよ」

「だとよ、ロボットさんよ」


 このまま俺達の行き先も何とかなればいい。いや、こいつとなら何とかなるさ。苦笑いする爺さんの表情が頭によぎり、鉄のすり減る音に少し申し訳なくなった。




 だんだん肌寒くなり、彼女の体温に意識しだしたころ、俺らの挑戦はすごいスピードでエンディングに突入したのだった。ぴりぴりとした空気にいち早く彼女の腰を強く抱いた。遠くはない距離から、パラパラと何かが崩れる音がしたのだ。度々起こる揺れも、浮遊感も何かの前触れにしか思えなかった。塔の内装も穴が見られるようになり、暗い空が見える。


「冷えてきたね、外はもう夜だから仕方ないね」

「風邪ひくなよ。朝方水遊びしてただろ、大丈夫か」

「大丈夫。ロボットさんね、さっきから温かいんだ。私達のスキが伝わったのかな」


 それは摩擦熱だろう。


「みてみて、星が見えるよ」


 彼女の目線の先には鉄の骨組みしか残ってない壁だったもの。夥しい数の光が見えた。綺麗な空だった。濁った空気のなかでは見えないそれだった。


「この階段、螺旋階段に似ているね。少し不格好だけど、きっと本物もこんな感じだよ。夜空に螺旋階段ってなんか素敵だね」

「落ちるなよ」

「落ちないよ。落ちそうになってもアツシくんが助けてくれるから」


 もう壁はなくなっていた。階段も抜け落ちてるところが目立つ。俺達は夜空を滑り降りていく。


「何処まで行くの?」

「分からないけど、もうすぐだよ」





 星の薄明かりでは骨組みが見えなくなっていた。カツンカツンと鉄をはじく音が聞こえる。もう前の道は見えなかった。本当は存在してなかった。

俺達は空中に投げ出され、宙を舞った。くるりと世界が一転し緩やかに降下していく。夜空はそこにはなくて、あったのは宇宙だったのだ。浮いた彼女を抱き寄せロボットへと戻り跨る。仕方がないから乗せてやると言われたみたいだった。イコは少し息苦しそうだったが持っていた追加の飴を口に入れれば、ふにゃりと笑う。顔色がよくなり安心した。すると口から遊ばせていたガラス玉が零れ落ちる。漂うそれを掴めば少し濡れており、なんとなく口にいれた。味も匂いもないただのガラス玉だった。



「イコ、俺ら宇宙にいるんだぜ」

「宇宙のお散歩だね。みて、私達が下っていくとこに星があるよ。本に載ってた地球に似てる」


 星と塔の端は鉄くずの大群でつながっていた。寿命を終えた鉄は、触れれば粒になっていく。イコも面白がってつつきだす。


「なあ、イコ。今度はあの星に行こう」

「いいよ。ついてく」

「いろんな場所に行こうな」

「私、海が見たいな。一緒に入ろう」

「綺麗だったら入るぜ」


 俺は地球を見て思った。写真より美しいと。大半は海で覆われ緑色と白い雲が見える。俺達の都市ははっきり言って嘘が多く広がっていて、都市含めて一つの塔だったのだ。塔は上に行けば行くほど美しいのだろう。でも嘘はやがて朽ちていく。長いスパンで考えれば、真実の方が美しいのかもしれない。


「何で皆星から離れるようにして、上へと行くんだろうな」

「鉄も生きているけど、星も生きているんだよ。皆喧嘩したんじゃないかな」

「それなら仕方ねぇな」

「地球についたら、ごめんなさいしようね。それで好きって気持ち伝えたら、もっと仲良くなれるよ」

「そうだといいな」

「大丈夫、なるよ」彼女は大きく息を吸い言った。「さぁ出発だよ、ロボットくん頑張って。君に私達が無事に地球につけるかかかってるよ」


 ファンの回る音がかすかに聞こえると、足元が照らされた。


「凄い。ロボットくんこんなこともできるんだ」

「言葉通じていたんだな。喋ることは出来なさそうだが」

「楽しくなりそうだね」


 まるで宇宙旅行のようだ。


「星についたら最初何て言う?」

「考えてなかった。イコは?」

「ただいまかな、なんか言ってみたいなって思ってね」

「いいと思うぜ。最後は直感だからな」


 もしかして星だって、お帰りっていうかもしれない。


「あのさ、これってハッピーエンドになるのかな」

「イコは幸せか?」

「幸せだよ」

「俺も、きっとこのロボットだって幸せだ。満場一致でハッピーエンドだな」

「じゃ、これが愛なんだね」


 確かにこの優しい気持ちは愛かもしれない。唐突に塔を上りだした俺についてきてくれた感謝の思いで痛い。結局のところ頂上にも、秘密にも出会えなかったけどここまで来たことは間違いではなかった。塔を造ったやつも何かを求めて積み重ねたのかもしれない。俺は下っていったけど、何かが吹っ切れた感じがして清々しい。塔という呪縛から解放された気分だ。イコの髪が目の前で漂うので、右手で救い遊ぶ。近づいて匂いを嗅ぐと懐かしい匂いがした。


「物語の最後になったけどさ、私のね」


 彼女の艶やかな瞳が瞬きで見え隠れする。


「幸せの魔法はいかがですか?」


 小さな声が耳から離れない。






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