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現実逃避の理由

テーブルに積み上げられた漫画本を目に留め、アカリは唖然とした。

「……っ。何っ、これっ!!」

 帰宅してリビングに入ると、母親が山積になった漫画本に囲まれていた。よく見るとそれは、少女マンガのコミックばかりだった。

「おかえりー。何って、マンガ本。見て分からない?」

 母親は、ソファーに寝転び漫画を読んだまま淡々と返事をした。

「そうじゃなくって、どうしたのっ!?」

「……いいとこなのに。借りてきたの。駅前のレンタルDVD屋さんで。映画借りてきたんだけど、今って、マンガも借りれるのねー。思わず、借りちゃったの」

 母親は、身体を起こす事もなく、視線だけを上げてアカリに言った。母親の言葉に、アカリはあたりをきょろきょろした。テレビの脇にはレンタルDVDの袋に入った映画であろう、DVDが置いてあった。見る限りでは5本くらいあった。

「何? 急にどうしたの?」

 アカリは、ひきつった顔をして母親の姿を見ていた。近所では、いつもきちんとしていて綺麗なお母さんと言われている母親が、髪を一つに束ねメガネを掛け、トレーナーにスエットを履いた姿でソファーに横たわっているのだ。

 非常事態なのだ……と、アカリは察した。

「んー。おかーさんだって、現実逃避したいの」

「現実逃避って……?」

「おかーさんだって、たまに胸をドキドキさせたいなーって思うのよ。でも、アカリちゃんの頃にあった、胸のトキメキはもうないかもねー。そう考えたら、少女マンガ昔読んでドキドキしたなぁって。アカリちゃんの部屋のは、全部読ませてもらったし、退屈になったから借りてきたのよ。読む?」

 母親は身体を起こす事もなく、顔と目だけをアカリに向けさらりと言った。

「ふーん……って、あたしの部屋のマンガ読んだのっ!!」

「いいじゃない? 引き出しとか開けたわけじゃないし。最近の少女マンガって、わりとマセてるのね? おかーさんの時代は、もっとオクテだったわよ。ふふ」

 アカリは、母親の行動が理解し難かった。アカリにしてみれば、少女マンガは恋のお手本だったり、憧れだった。しかし、大人の母親は、既に父親と恋をして結婚したのだから、少女マンガを読まなくても十分じゃないか……と。

「それとも、おかーさんが、他の男の人と恋してもいいの?」

 母親は意地悪そうに笑みを浮かべ、アカリに尋ねた。

「嫌よっ!! 絶対、嫌っ!!」

「でしょう? だから、現実逃避しているの。アカリちゃんも大人になって“そう言うこと”があったら、分かるかもね」

「…………?」

 アカリは首を傾げた。

「着替えて、手洗ってらっしゃい。紅茶のシフォンケーキ焼いたから、おやつにして、一緒に読みましょ」

 母親はアカリを見て微笑んだ。いつもの、母親の穏やかな笑みだった。それを見て、アカリはホッとした。自分の部屋に行き、制服から部屋着に着替え手を洗うまでの間、アカリはいつもと違う母親の光景に何かを察したが、それが具体的に何かなのかは分からなかった。でも、明らかにいつもと違う、それだけが、確かなのだ。


 ソファーの前のローテーブルに用意された、レモンティーとシフォンケーキ。ケーキはアカリの好きなもので、口に入れると紅茶の香りがふわっと広がる。ふかふかした生地と、添えられた生クリームのほんのりとした甘さも好きだった。

「マンガ、読みながらだと食べにくいから、映画観ましょ」

 そう言って、母親は借りてきた映画を流し始めた。

 映画は、昔の海外の作品で、出逢った若い男女の恋愛だったが、家柄の違いと言う障害の壁を乗り越え、結婚する。しかし、若くして女性は病に倒れ、そして亡くなってしまう。悲しみに打ちひしがれた男は、二人が出会った場所で彼女を思い出す。

 映画の中で流れるサントラがとても綺麗で、映画の印象を引き立てていた。二人は、鼻をぐしゅぐしゅ啜りながら、ティッシュで涙を拭っていた。哀しい結末の、恋のお話だった。

「……さ、お夕飯作ろうかしら」

 母、綺麗に涙を拭い、テレビの画面を切り替え、明るく笑んで席を立ち、キッチンへ向かった。その笑みは、どこか作っているような、無理をしているようにアカリの目には映っていた。

 アカリは、女性が亡くなり、男性が一人哀しみに打ちひしがれる状況の映画の余韻と、いつもと違う母親の様子の不安が入り混じり複雑な心境が膨らんでいた。

「今夜は、アカリの好きなエビフライにしようね」

 母親は、冷蔵庫を開け言った。その明かりが薄暗くなった部屋に淋しげに輝いていた。


 半年後。

 アカリの両親は、離婚した。

 原因は、父親の浮気だった。アカリは父親に引き取られ、新しい母親は、お母さんと言うには若すぎる女性だった。そうして、かわらない家で新しい家族との生活が始まった。

 唯一、変わってしまったのは……。

 傷ついた母親が居ない事だった。


 アカリは、どこかで母親が少女マンガのような、胸をときめかせる恋をして、後悔しない愛を育んで居てくれることを願っていた。

そうして、母親を思い出すかのように、あの時一緒に観た映画を、独りで時々見返していた。

 

今回は、少し違った方向で玉砕してみました。

母親の心情、行動。思春期の娘が察する異変、不安、願い。

お話の中に出てきた映画は、『ある愛の詩 (LOVE STORY)』と言う少し古い映画をイメージしてます。


ここまでご覧くださいまして、ありがとうございました。m(__)m

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