黒い涙
「俺さー、kさんって、嫌いなんだよねー」
「やだ、吉田くん、いいすぎじゃなぁーい?」
「だって、すげー嫌いなんだもん」
「おいおい、聞こえてるんじゃないか?」
「いいんじゃない?」
「あははは……」
白い壁に囲まれた講義室。
重たい灰色のドアを開ければ、ここから逃げ出せるのに……。
私は、窓際の席で14階建てのビルの5階の景色をじっと見つめたまま、耳と胸に鋭く刺しこんできた容赦ない言葉に酷く胸を痛めていた。平然を装うと思えば思うほど、どんどん胸が辛くなり目に涙がじんわりと溢れ出して来る。
吉田くんを囲む男女5人が、私のほうを見ながら笑っているのが、視界の隅で見えていた。
同じ専攻のクラスメイトで、仲のいいグループが出来て毎日のように講義が終るとカラオケしたり、お茶したりして皆で遊んだ。いつの間にか、吉田くんの存在は私の中で大きくなり、意識するようになってしまい、もっと仲良くなりたいと、気持ちが前に出てしまっていた。
『クボタさん、ストレートだよね? 凄いと思う』
友達が、私が吉田くんに好きすきオーラを出している事に、唖然として言った。私は、吉田くんを好きになった自分に、浮かれていたのかもしれない。
皆で飲んだ帰り道、歩きながらさらりと告白したけど、吉田くんは聞き流してしまい話をはぐらかされてしまった。
もう少し、冷静な自分でいればよかったのに……。今となっては、後悔しか残らない。それでも、吉田くんをすきで、思い続けていたのに……。
「嫌いなんだよねー」
こちらを向いて、kさんって。クボタの名字の私の事でしょう? 間接的で、それでいてみんなの前でそんなコトを言う吉田くんへの気持ちが、しゃぼんだま見たいに、ふっと割れた気がした。
その瞬間、私は何かを吹っ切ったように、一気に血の気が上がった。うじうじしていた自分が、バカみたいだと思い、ぎゅっと唇を噛み締め立ち上がった。
席を離れ、鞄を片手に持ち、ツカツカと吉田くんを囲む5人の前に立ち止まった。
「なに?」
怪訝そうな顔をして見上げた吉田くんを、私はギッと睨みつけた。
「男のくせに、女々しい奴だね? 面と向かってハッキリ相手に嫌いっていえないの? イニシャルトークで、悪口デカデカとみんなの前で言う卑怯な奴なんか、サイテー! ダイッキライよ!!」
カッと血が上り、勢いづいてしまったせいか私は、右手を振りかぶり吉田くんの頬をぱしんと叩いていた。
「なんだよっ! この、ゴスロリ女っ!!」
吉田くんは、頬を手で押さえながら立ち上がると、しかめっ面を私の目の前に寄せて言った。
「はぁ? あたしはヘビメタファンなの! 一緒にしないでくれる? 違いもわかんないわけ? アニメオタクがっ!」
「――――――っ……」
講義室は静まり返り、皆が私と吉田くんを見ていた。私も吉田くんも互いに睨みあっていたけど、私はぐっと左手に持っていた鞄に力を込めて、吉田くんの前から立ち去った。
重い扉を開け、講義室を出る。
すーっと、胸がスッキリしたけど、酷く哀しい気持ちも膨らんでいた。誰も居ない非常階段に座り込み、両膝を抱えて声を殺して泣いた。
ばっちり決めていたアイメイクが涙で落ち、黒く色づいた涙がぼろぼろ零れ落ちていた。
ヘビメタファンの女の子と、アニメオタクの男の子のティーン後半の二人を描いてみました。
世間、昨日とかアニメ関係のイベントがあったのをメディアとかで目にして、ほんの少し掠めてみました。^^;
短いお話でしたが、これからもショートショート綴ります。
ご覧頂いてありがとうございました。m(__)m