夜に消える漆黒色の……。
私は、いつもお家の出窓から、外の景色を眺めるのが好き。
空を見上げると、あたたかい太陽の光に目を細め、澄んだ青空に浮かぶ、ふわふわの雲がゆっくりと動いて流れていく。時々、飛行機が飛んで行って、真っ直ぐな線のように飛行機雲が残ってく。
家の前の道を通り過ぎる人達。車。お天気が悪い日には、窓に流れる雨の雫を見たり、道にできる水溜りや、そこに出来る水玉が生まれて消えるのを眺めたり。
道の先にある、駐車場も眺める。地面が整備されてなくて、砂利の状態。だから、車が動くとタイヤとそれが擦れる音、が家の中まで小さく聞こえる。
私は、あの駐車場をいつも、心待ちにして見つめている。
今日も……来るかしら。
夜が去って、朝陽が辺りを照らす頃。
私は、出窓のカーテンをくぐり、ひっそりとそれでいて、胸を高鳴らせて、今か今かと待っていた。
――――――!!
駐車場の車の陰から、ゆっくりと彼は姿を現した。朝陽に照らされて、その姿がはっきり私の目に見える。夜がまだ居残りしていたら、彼の姿はきっと隠れてしまうと思うんだ。
今日も、凛とした佇まいで駐車場のあたりをパトロールしている。時々、立ち止まって身だしなみをし始める。風の音かな? 何かに気が付いて、ふっと顔をそちらに向ける。ふいに見せる優しそうな顔。目を細め、空を仰ぐ横顔。
私は、彼の姿が目に入った瞬間、嬉しくて。でも、真剣に見つめていて、顔が強張ってしまう。
私が、じっと彼を見つめているんだけれど、彼は今までずっと、私の存在には気が付かない。気づいて欲しい……けど。私は、お家から出ることはないから、もし彼に気が付いてもらっても、何が起こるわけでもなく、お友達にすらなれない……。
はぁ……。
私は、小さく溜息をこぼした。
彼の姿が見られて、嬉しいけれど。何も出来なくて、胸が苦しくなる。
それでも私は、毎日ここから彼の姿を見たくて、ずっとこうして窓の外を眺めてる。
今朝は、夜が去って朝陽が辺りを照らしても、駐車場に彼の姿がなかなか見られなかった。
どうしたのかな……。
薄く開いた出窓から、そよ風が入り込む。それに乗って淡く金木犀の香りが漂っていた。
私は、お日様が天辺に昇って、窓辺がぽかぽかしても、ずっと出窓にいた。日の光があたたかいから、うとうとと、居眠りをしてしまう。そのうち、眠ってしまって目が覚めた頃には、夕焼けで辺りがオレンジ色に染まっていた。
もうすぐ、夜が来てしまう。
夜が来てしまうと、彼の姿が夜に溶け込んでしまって、見えなくなってしまう。
今日は、もう会えないのかな……。
私が、肩を落として小さく溜息を吐いた時。
夕焼けのオレンジ色に染まった駐車場。黒い車の影から、彼の姿が見えた。私は、身を乗り出してしまい、窓に顔を押し付けて、よーく彼を見つめていた。
漆黒色の艶やかな彼は、夕焼けのオレンジに包まれると、影のように見えていた。それでも、私にはちゃんと彼が分かる。
………………。
私は、彼を見つめるのに夢中だったけど、視界に入った動くものに気が付き、とっさに視線を動かした。
彼の後から現れた女性を見つけると、彼女は彼の身体に寄り添い、更にその後から小さい子供達が必死に後を付いて歩いていた。
オレンジ色の光に包まれた、微笑ましいくらいの家族の光景が、私の目に焼きつく。そうして、私の胸が、チクリと刺す様な痛みと、哀しい気持ちがひんやりとするような感覚が漂う。
私は、彼らから目を逸らし出窓の棚に視線を落として、自分の白い足を見つめた。喉の奥が詰まって、溜息が出ない。目から、じんわりと涙が溢れてきた。
どうして、こんなに哀しいんだろう……。
お友達にもなっていないのに。ただ、いつも見ていただけなのに。彼は、私を知らないのに……。
出窓に、誰かが近づく気配を感じた。そうして、カーテンを捲り丸まった背中の私に声をかけた。
「ソイちゃん? どうしたの? 最近、出窓がお気に入りね? もう暗くなったからこっちにおいで」
お家のお母さんが、私に優しく声をかけてくれると、私を抱きかかえてくれた。
「元気ないかしら? どうしたの?」
お母さんは、私の顔を見て心配そうに言った。そうして、窓の外を少し見た後、あたたかい手で私の身体を撫でてくれた。
『大丈夫……』
私は、声を振り絞り掠れた声で言った。でも、お母さんには私の言葉は通じないと思う。
私が猫で、お母さんは人間だから。
お母さんの胸に顔を突っ伏して、私はぎゅっと目をつむった。必死に掴む足の爪に力が入ってしまい、お母さんの服に爪を立ててしまっていた。
お母さんは、しばらく私を抱きかかえたまま、私の身体を優しく撫で続けていた。
「一匹じゃ、淋しいかな。お父さんと話して、ソイちゃんにもお友達できるように考えましょうね」
お母さんがゆっくりと、優しく私に話しかけてくれた。私は、胸の中がぽかぽかとあたたかい気持ちで、お母さんに私の何かが通じていたのが、嬉しかった。
『ありがとう』
小さく私は、お母さんに言った。そうして、顔を上げると窓の向こうはすっかり暗くなっていた。
夜が来た。
もう、出窓にはずっと居ない。窓の外を眺めて、溜息吐かない。
居なくても、私には……。
『ソイねーちゃん! ふわふわボールで、あそぼ!』
ピンクのふわふわボールをくわえ、首につけた小鈴をチリンと鳴らせながら、真っ白で小さな身体の男の子が私に駆け寄る。
『うん。いいよ』
小さな、お友達が出来たから。
作者が猫好きなので、今回は猫が主人公になりました。
想いを寄せる黒猫。飼い猫は、読者さんの想像にお任せします。
世界の違う相手に思いを寄せるヒロイン。
やがて、身近に現れる存在が、友達という形で彼女の心を変えていく。
そんなお話になりました。
ここまで、ご覧下さってありがとうございます。m(__)m