秋風と夕陽のオレンジ
私には、好きな人がいる。それは、友達にも誰にも話していない。自分の胸の中だけで想っている人。
葛城くんって、女子は呼んでいるけど、男子は新(あらた)って呼んでいる。
私も、胸の中だけでは新くんって呼んでいる。でも……実際、同じクラスの斜め前の席に座る新くんを、私は呼んだ事も、話しかけた事も新くんからそうされた事も一度も無い。もう、10月になると言うのに……。
高校2年になって、初めて同じクラスになれた。1年の体育祭でリレーのアンカー。トラックを走る新くんの姿に、私は胸を射抜かれた。それ以来、私はひっそりと誰にも気づかれないように、新くんを想ってる。
休み時間。
私の1年の時から仲の良かった友達は、全員2組になってしまい、私は一人席に座ってイヤフォンを耳にかけ音楽を聞くか、小説を読んでいる。けど、本当はそれらは心そこにあらずで、弱弱しくかけた音楽よりも、近くで新くんと男子が話している会話に、耳を傾けていた。
いつも、新くんの席の周りに男子が数人集まる。仲のいい友達。皆、スマホ片手に操作しながら、互いに会話し合ってる。
新くんの細い目は、笑うと更に細くなり目が見えなくなる。少し下がった目尻から顔が綻びつい、見ている私まで顔の表情が緩んでしまいそうになる。そして、その笑顔見るたびに、なんだが胸が苦しくなる。
「北野ナナって、いいよなぁ。あの歌詞がすげー、ぐっとくる」
新くんを囲む男子達が、女性歌手の話をしていた。
「あぁ。おれ、あの歌入ってるアルバムの歌、全部好きだなー」
新くんが、うんうんと大きく頷いていた。そうして、小さく息を吸い目の前の男子に言葉をかけた。
「あー、あのアルバム俺も持ってる。3曲目のバラード、よくない?」
ぴくん……。
私は新くんの言葉を、瞬時に耳に録音した。
新くんが好きな物、興味あるもの。知っている範囲で私はそれをリサーチしてた。新くんの好きな物は、知っている範囲で、ある程度は情報を得ている。
毎週読んでいる週刊漫画雑誌。見ているアニメ。好きなキャラ。好きなゲーム。甘いものが好きでよく、チョコレート菓子を食べる事。コーラが好きで、猫より犬が好きで、体育と理数系が強い事。そして、北野ナナが好きな事も今日、知った。
私自身、アニメには興味ないのだけど、新くんが好きな物はどんなものなのだろうと、さわりだけでもリサーチしてYouTubeとかで見たり聞いたりする。後で、北野ナナの曲も聞いてみよう……。
さらさらした猫毛の茶色い髪が、新くんの周りを囲む男子達が話しかけるたび、振り向いて顔が動きそれと一緒に髪の毛がさらりと動く。
いつも、こうして新くんを知り、見ていて胸がドキドキしてしまう。
仲良くなれたらすごく嬉しいけど、それはできない。話をするきっかけがないし、うちのクラスだけじゃなくても結構、学校で新くんは女子の人気者だから。下手に声かけたり、近づきでもすれば、周りの女子たちの目がギラリと光る。……こわい。
だから、私はこの斜め後ろの席の間を、至福に思って遠くから新くんを、見ているだけにする事にしている。
だって……。どうせ、新くんが私と仲良くなんてしてくれないから……。
いつも、新くんを見てドキドキする反面、そう言う自分を追い込んだ気持ちがふわっと湧いてきて、私は葛藤どころか凹んじゃう。ニコニコしたり、ドキドキしたりするけど……最後は大きな溜息を吐いて自分の気持ちが底のない沼に沈んでしまう。それの繰り返しの毎日。
「あのアイドル可愛いよなー。すげー清純な感じでさ」
「あー。いいよな」
新くんが男子の会話に返事する。そうして、横に座っている男子の顔を見た。
「でも、俺だったらあれの、妹グループの紫の子がいいなー」
「へー。新、お前あぁいう子タイプなんだ?」
「へへ。まぁ。そうかもなぁー」
新くんは少し、照れくさそうに笑いながら言った。
……誰だろう? アイドルグループって沢山いるしなぁ……。どんな子なんだろうなぁ……。
その事が気になりすぎて、その後の授業が、あまり頭に入らなかった。淡々とノートだけを取り、私の頭の中は、顔のない紫色の服を来た女の子が、ぼんやりと浮かんでは消えの繰り返しだった。
放課後。
もやもやする気持ちを抱えたまま、委員会に出た後、私は一人学校を出た。
秋風が、少し冷たく頬を撫でる。夕焼けが鮮やかなオレンジ色をしていて、大きな夕陽が綺麗で私は少し足を止めて見ていた。そうして、さっきの新くんの事を思い出してしまい、小さく溜息を吐いた。
駅まで来ると、商店街のアイスクリーム屋さんから出てくる新くんの姿を見つけた。
うそっ!? 下校でも会えるなんて、すごく嬉しいっ!!
私は足を止め、笑んだ顔をしたまま、高鳴る胸を、鞄を持ったまま両手で抑えた。
――――――……。
新くんの後に続いて、一人の女の子が出てきた。どこの学校だろう。制服がちがうから、余所の学校らしくて、ベージュのタータンチェックに茶色のブレザー、紺色のハイソックス。黒くさらさらしたストレートの長い髪が小さく揺れた。夕陽が反射して、顔がはっきりとは見えないけど、小顔の可愛らしい印象がうっすらと見えた。
そうして、待っていた新くんと手を繋いで、お互い顔を見合わせると、笑みを見せて向こうへ歩き出した。
……………………。
私の顔の表情がストンと抜け落ち、胸の奥がひんやりとして、頭の中が真っ白になった。
彼女……いたんだ……。そうだよね……。
私が彼女になれたらなんて、夢だったけど。それでも、片想いしているだけでも幸せだった。けど……。あの光景を目の当たりにした瞬間、私の中の何かが、押しつぶされて欠片だけが痛々しく胸の中に残った。
秋風が私の頬を撫で、私はいつの間にか涙を流していた事に気が付いた。
1話完結のショートショートを今回書き始めました。
今回は、言葉通り。完結なので、話が全てループしないです。
主人公が年齢層様々なので、色んな方の共感をかすれたら……いいなと。
今回も、楽しみながら書かせて頂きます。
第一話。ご覧下さってありがとうございました。
これからも、どうぞよろしくお願いします。m(__)m