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強者と弱者

体を右に傾ける。

その動作で左手が前に出て右手が後ろに下がる。

左斜めから向かって来ていた弾を持っていた棒で叩くとボールが歪んでから消えてスコアに加算された。

また、死角から迫っていた後ろから迫る玉も後ろに回した右手が叩いて消す。

今度は体を左斜め前へ。

前のめりに傾けた体は死角から迫った玉を避け、逆手に持ち変えようと回転した棒が通過した玉を叩く。

体勢を元に戻すために体を部屋の中心に戻すときに動かした手が再び迫っていた玉を一気に三つ叩いた。

レベル3に突入したか。

もっと。

もっとだ。

俺は一つになる。

この部屋に。

このゲームに。

この世界に。


「ふうう……」

俺は息を吐きながらブースから出た。

場所は市内の中心地にあるゲームセンター。

最近の流行は屋内で体を動かすゲームで俺がしていたボールアクションもその一つだ。

自分に向かってくるボールをただひたすらに叩いて得点を重ねるそれだけのゲーム。

それが無限に続いていき、自分の体にボールが直撃したらゲームオーバー。

このゲームの全国最高スコアはレベル10の107654である。

んで、俺のスコアはメモリー無しでレベル8の82453。

恐らくメモリーありの一位とは言え俺はまだまだだな。


時刻はもう夕方。

そろそろ帰って宿題をしなければいけない。

面倒だと思うし、いやいやだが体面という奴が俺には必要だ。

今日の主題はメモリーの歴史。

高校生最初の宿題だ。

俺は夕陽に染まった街を通って家へと帰る。




世間にメモリーという力が普及したのはいつごろからであっただろうか。

それに関する説はいくつもあるが、多くが預言者の残した年に重なっていることからその年になるとメモリーがより多くの人に普及したのだと言われている。

昔は魔法や超能力とも呼ばれていたが、その力の源が自分の過去、家の血筋、そして前世にまで至ることから力の名前がメモリーと言われるようになった。

それがよりメモリーという力が普及したきっかけであったと思う。


その力は千差万別であり、今では99%の人がメモリーを所持していると言われている。

何故百%じゃないのかと聞かれれば、自分でも周りの人でも肉眼でも確認できないほどの微弱な力しか発動できない人もいる。

そんな人たちの中でもメモリーの力でも分からないほど特別に力が小さい人も存在しているのだ。

世の中には例外もあるってことだな。


力の強さはそうだな……例えば熱を発生させる能力を持つメモリーがあるとする。

指先に触れた人がしばらくして暖かいと気付く力や、手に持つコップの中に入った飲み物が飲みやすい温度に変えることができる力や、金属を一瞬にして液体にするほどの力を持つ者など様々だ。

ゆえにメモリーの力の強さはレベル制となっている。

レベル1に5%、レベル2に15%、レベル3に20%、レベル4に15%……などといった具合で分布している。

これは国の統計値らしいが本当かどうかは知らない。

強い人がもっと多いかもしれないし、弱い人がもっと多いかもしれない。

強ければ各国から睨まれて危険な国扱いにされるし、弱過ぎれば舐められて侵略されてしまう。

今のメモリー社会はそういうものらしい。


では俺のレベルはいくつかって?

0。

最低辺よりさらに下なんてものじゃない。

枠外の0さ。


「ふうう」

宿題の内容はこんな物でいいか。

いらないこともたくさん書いた気がしたがそれは後で削っておけばいいし、このまま出しても特に問題は無いだろう。

教師が見てるのはちゃんと提出するかしないかだ。

内容を確認して点数を決めるような真面目な人間は少ない、というか学校の教員では片手の指の数よりも少ないだろう。

なぜなら今の社会はメモリーが全て。

事務能力なんて後回しにされるのが現状だ。

メモリーが強いだけで良し、ついでに事務能力もあったらさらに良し。

それが今の世界の姿。

俺の生きている世界だ。

力の無い人間や国は潰される最低な世界さ。


翌朝。

俺はいつも通学路を歩いていた。

周りには黒い制服の皆さん。

女子は元の黒いセーラー服に蔓のような模様の刺繍がされ、レースが追加されて装飾され、胸元に大きなリボンがついた改造セーラー服。

男子は黒のブレザーに女子と同じ模様の刺繍があり、下は白と黒のチェックのズボンだ。

なんでも卒業生のデザインらしい。

これが良いのか悪いのかは俺には分からないが近所の中学生の間ではそこそこ人気ではあるようだ。

そんな生徒達と同じ制服を着た俺が一緒に向かう学校が私立黒木学園。

俺が通う高校である。


クラスについて朝礼を済ませ、出席の確認を連絡を伝えるショートホームルームを済ませた後、早速授業が始まった。

教壇に立つのは40代中盤の男。

担任でもあり、学科の担当教員であるがその人気は低い。

それはメモリーの力が弱いから。

例え嫌悪感を与えない平凡な容姿でも弱いというただそれだけで見下されるのだ。

「では宿題を集めるぞ」

昨日書いたレポートらしきものを教師に渡して席に着く。

「よし、忘れた者は今日中に出すように。今日の授業は……」

決まり文句を呟いて教師が学科の授業を始める。

退屈な学校の退屈な授業だ。


「いよおおおおし!今日はテニスだ!バンバンメモリーを使え!あ、大怪我はするなよ!多少くらいならいいからな!」

体育という名の実技授業。

今や世界は学科よりもこちらに重視を置いている。

なぜならメモリーは力であり、技術であり、国力に大変な影響を及ぼすからだ。

そしてそんな実技担当の教師はもちろんメモリーの力は強く、レベルが高い。

この実技教師で言えばレベル8はあるだろう。

メモリー社会では優秀クラスだ。

なので目の前のムキムキマッチョの汗臭い熱い男がモテるのは世間では当たり前ということになる。

私立の学園実技教師はレベルが公立よりも高いって話だしな。

今も一部の女子がそんな話をうのみにして熱い視線を教師に注いでいる。

あ、実技教師がその視線に気づいて気持ち悪い笑みを浮かべた。

きっとあの少女達は卒業までに実技教師に貞操を奪われることだろう。

高レベルのメモリーの保有者なら軽犯罪も許される。

流石に強姦は捕まるだろうけど。

俺はそろそろそんな光景を見たく無くなってきたため端の方のコートを目指して歩き始めた。


夏宮(なつみや)君。僕と打ち合ってくれないかな」

爽やかな笑みを浮かべて俺に近付いてきたのは学年でも五本の指に入るイケメン、(ほし)ヒカル。

身長は高校一年生にして180センチを越え、きらきらと眩しい外見は例えメモリーのレベルが低くても女子に人気だろう。

しかしこいつは先の実技教師より確実にさらに高レベルのメモリーの力を持っている。

恐らくレベル10を越える使い手だ。

これは単なる俺の予想だがこいつは決して全力を見せないから、確信にも近い勘だと俺は思っている。

ちなみに夏宮とは俺の名前だ。

「わかった」

「えっと、メモリーはありでいいか。楽しくやろう」

爽やかなイケメンから差し出された右手を一度見て確認してから俺はその手を握り返した。


一定以上の高レベルのメモリーを持つ人間に対して人間は恐怖に近い感情を持つ。

それをかき消すように憧れが最近の洗脳社会で築かれて強い人間がモテるようになった。

では弱い人間はどうか。

メモリーを使っても計測できない微弱な力を持つ人間は高レベルのメモリーを持つ人間と同じ恐怖を与える。

それは自分と同じ力を持っていない別種の存在として人間が本能的に見てしまうんだとか。

つまり、最弱は強者と同じ扱いをされる社会となった。

これは世界からしても弱者が差別されない民から暴動などを受けない安心できるシステムだったようだ。

さすがにばれれば村八分扱いになるのは確実だが、ばれなければずっと英雄扱いである。

そう、今の俺の力が周りにばれるということは俺の人生をそのように決め付ける。


「はっ!」

かっこいい声を出しながらヒカルはサーブする。

その腕は強化しているのか白い光が纏わりついていた。

こいつはエレメントだから便利な特性だよな。

ギュンッ!と音を立てながらこちらのコートに入ってくる。

俺はそれを冷静に見ながらヒカルのコートのヒカルの近くに撃ち返した。

「さすが夏宮君……だ!」

何がさすがかは分からないが俺には皮肉にしか聞こえないね!

パコンなんて可愛い音じゃなく、ズガンッ!という感じで渾身のスマッシュがうたれる。

俺はできるだけ力を受け流すようにヒカルの近くに撃ち返してやった。

轟音を立ててボールが片方のコートに入れば、ふんわりとしたボールが反対のコートに入る。

イケメンと根暗。

周りが見ただけで理解できる高レベルの光の(メモリー)と勘違いされている俺のじりき

そんな人間達が行うラリーを周りの人達は見て、騙され、感動の溜息をもらした。

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