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亀裂




 こわいコワい怖い、夢をみていました。

 それは――の姿をしていました。直前で見た――と殆ど同じ姿をした麦藁帽子のお母さんなような気がしました。そのお母さんと何かを話したような語られたような、でもそれだけだと何がこわかったのかよくわからない、曖昧で断片的な記憶だけが頭の中にこびり付いてるのです。

 途中からメイドさんの姿をした、暗黒な笑顔を浮かべた悪魔に股間を執拗に攻められる明確な悪夢にシフトしましたが。


 私は――いったい何を忘れているのでしょう。




「うん? 意味など無いぞ?」


 と、振り向きざま小悪魔チックに首を傾げながらおっしゃられます我らが君。

 ちなみにこの意味など無いとは、入村にあたって武装解除させられた旅人さんたちを舌先でまとめた事、のようです。

 人払いがされた人様(村長さん)のお家の備品を小さな御手で触りながら、燐音は続けます。


「より正確に言うなら、奴らが――まあ極一部は気付いてたようだが――無為な暴発をしないよう、まとめておく一手ではある。だが、貴様や奴らが考えている安直な理由ではない」


 暴発って……まあ、集団の勢いというのは、知識では知ってますけど。なんかみんな怖かったし。

 温かみのある木造建築の外、ある程度の統制はあれど喧騒はやまず。されど意味がわかる大きさも少なさも無く、ごちゃまぜた雑音となって室内にまで届いています。


「ほうっておけば暴動が起きていた。それは連鎖的に広まり、鎮圧の必要さえ出てきただろう。広まりの早さからして、扇動者も居たやもしれんしな」


 扇動者、って。物騒ですね。


「居るとしたら、俺様をよしと思わん誰かの、せいぜいが手持ちの領地を荒らしてやろうというみみっちい工作員だろう。そのレベルの小物なら何人か覚えがある」


 まあ確証は無いのだがな、と肩に流れ膝下まで届く黒艶の髪をおどけて揺らす燐音。


「ま、どちらにせよ火種は鎮めておく必要があった。連中は、俺様の僕や奴らの存在を知らんのだから」

「はあ、まあなんと言うか。色々考えてますね、燐音は」


 ことり、木彫りの熊さん人形が棚に戻されました。


「…………鈴葉」

「何ですか? 燐音……燐音?」


 何故でしょう。一度とらえたならば揺らぐ事のない真っ直ぐな目が、わずかにそらされました。

 しかしそれも幻かと思える程度の一瞬のこと。揺らぎのない瞳が私を射抜き、いつものそれより鋭い視線を向けると、一拍ほどの間を置いて口を開きます。


「……いや。母と遭ったそうだな」


 見上げてくる瞳の強さが虚飾のように見えるくらいのか細い、蚊の鳴く声で何かを口走りかけ、頭を振って修正し、確認されました。

……本当にどうしたのでしょう。ここまで口ごもるのは彼女らしくありません。

 困惑を隠せない私をどう受け取ったのか、燐音は蕾のような唇を僅かに震わせながら言を続けます。


「……どうだった?」

「えと」


 何か……物凄く複雑そうな事情がありそうです。

 そもそも死んだハズの月城家前当主、その死んだとされる日から姿を表した燐音。そして死んだハズなのに私の前に現れて……え、と。どうしたんですっけ?

 雑談……というか、何か話したような。さっきの事なのに思い出せないのは……痴呆症とかありませんよね?

 まあ、断片的に覚えてる会話と、お母さんの特徴はと言えば……


「ええっと、まず優しそうな人でした。燐音と似てましたけど違ってて、ほんわかしててお母さんって感じが、」

「わかった……もういい」


……燐音?

 声帯を絞るような、か細い制止。防音性が無いに等しい村長さん宅にまで届く雑音に消されてしまいそうな声でした。


「母、月城 聖……奴は、俺様の敵だ」

「……え?」


 てき、敵、母、え?

 言われた意味が理解できずにいる私に、目元を前髪で少しだけ覆い隠した燐音は、呪詛にも似た響きを連ねます。


「奴は、俺様を裏切った。最低の裏切り者で、最悪に位置する外道だ」


 裏切り、外道、最低最悪……そのどれもを、先ほど遭遇した母親の姿からは連想できず、ただただ泣きそうな顔でお母さんを罵る燐音に混乱するしか――


「いや、それは違……え?」


 は? 何で私、違うっ、て、あれ、あれぇ?

 余りに語調が強い燐音、当たり前みたく気圧されているのに、何故、私は、否定を?

 自分で口にしかけた言葉を信じれず、というか何故とっさにそんなセリフが出かけたのか理解できず。


「……すず、は……貴様」


 一切の感情が消えて失せた燐音を、呆然と見つめるしかありませんでした。



















 空中から、地上への精密砲撃。話には聞いていたけど、実際見ればやっぱり非常識(いんちき)な領域といえる。

 しかもあの、長距離から一撃で合成獣をほふる破壊力。おそらくはDSPか。

 遠く、飛竜(タマちゃん)のいななきと、落雷じみた砲撃の音が轟き響く。鼓膜が痛い。眼鏡どうしよう、あれ高いのに。

 しかし、どうやって撃ったのか。反動を考えたら、やっぱり考え難い……

 つらつらと、埒もない思索にふけりながら何とはなしに、飛散した合成獣の残骸を見――蠢く、ナニかが視界に入る。

 ぶわ、と。体中の汗腺が開いた。


「?? 、?! ――ひっ、ぃ……っ?!」


 一目で、こころが折られた。

 比喩でもなんでもなく呼吸が止まり、心音が消え、足腰を踏ん張る事さえできず転がる。合成獣に殺されかけた瞬間でさえ感じることのなかった――心の奥底から蹂躙されているような恐怖。

 死体に、死骸に今更何か特別なものを抱くほどウブじゃない。でも、それに取り付くだか湧いてくるだかの不定形は初見で未知で、それ以上におぞましいという言葉さえ間に合わない、吐き気を通り越した何かが沸いてくる。

 ナニかがいる。ソレをみた。それだけでまともな思考ができず、でもソレから目を放すことがデキナイ。


「……い、やぁ」


 知らず嗚咽じみた声が零れ、目頭から熱いものも流れ、震えは一向に収まってくれない。

 土を掴んで後ずさる。震えが止まらない爪先が過剰な力を入れて、でも痛みなんかよくわからないくらいこわくてこわくてこわくて。なんでこんなにコワいのかもわからなくて――


「ぎ、ぁ」

「……がぁ……ぎッ……」


 どさりと、誰かが倒れるおと。くぐもった声は、命が無くなる末魔に似ていて、あ、なに、あたま、むね……おくが、イタイっ、イタイ……ぐ、ぅう、なに、やだ……イタイいたいいたいいたいっ、やだ、こんな……


「……ァ、ぎ、ぐがぁ……ヤ゛、ぁあ゛……!」


 ――つぶれるこわれるおかされるいたいいたいこわいいたいやだいたいこわいごめんなさいゆるしてもうゆるしてごめんなさいもういやたすけてこわいいたいいたいいたい――――



「ふん。現界してみれば……また貴様か、蛆虫が」


……え?


「鬱陶しい、消えろ」


 あ、れ……? いたい、の……きえた?

 だ、れ?


「ふぐ、ぅ……」

「ほう、アレを見て生きているのか」


 いつの間にかうつ伏せ……というより土下座に近い格好になってた。しかし格好を直す程の余力は無く、汗で張り付いた前髪の隙間から、感心したような声の主を緩慢に視線だけで見上げる。

 アレの姿は……あれ、アレって、なに……?


「月城の……メイドか」


 寒気がして、機能の大半が使用不可能という己の体調はわかる……けど、なに。この違和感。

 わけも解らず、誰かに似た容姿と、それとは別の誰かに似た雰囲気を感じる金髪の青年を観察。


「……む?」


 どこかつまらなさそうに路傍の石を見るような目から色が変わり、何かを察知した風に明後日を向く。

 同時、私の背を何かが突いた。


「ふぐっ」


 気配の無い所からの前触れない衝撃に息が詰まる。硬質な何かが押し付けられ、さして痛みはないがそれが数秒。

 逃れようと力を入れ……あれ、回復してる? いや、背のつっかえから、なにか……流れて?


「やれやれ。難儀で場違いな存在がはみ出たものなのだ」

「はみ出たとは、言い得て妙だな」

「それは君とて同じなのだ。場違いという意味では」


 甲高いだろう声から、異様な寒気を感じる。

 ふいに背のつっかえが取れた。上体を起こせる程度に回復した体力でそれを行い見れば、金髪の青年と向き合う、みすぼらしい格好の少女が目に入った。

 異臭さえ放つボロ布に、月光きらめく材質に立派な装飾の施された双子蛇の杖……杖、この杖、蛇のっ、まさか、


「あなたは……」


 次から次へと発生するわけのわからない驚愕に疲れた声が漏れる。薄汚れているけど、よく見れば尋常じゃない程に均整のとれた顔が、にたりと口元だけで底の見えない笑みを浮かべる。


「さっさと行きたまへ。彼女の下僕を巻き添えで抹消してしまうのは、いささか心苦しいのだ」

「戦る気か」

「さて。君が今すぐにこのアズラルトから消えるというなら、その限りではないのだが?」


 台詞だけ剣呑――とも受け取れるやりとりながら、殺意も悪意も敵意さえ無い二人に対応が思い浮かばず、交互に眺める。

 しかし唐突に、両者が同時に一方向を見た。


「――のだ?」

「……呼びもしないのに来客ばかりか」


 首を傾げる少女に、疲れたように眉根を寄せる青年。


「……どをいう事態だ、こりゃ」


 何時の間にか彼らの視線の先にいた第三者が、呆れたようにつぶやく。

 目を鋭く細め、剣呑そのものな空気を纏う長身で細身の男。見覚えのある、外部協力者。

 ラディル=アッシュ。

 そして男が伴っていた、無口で静かな、燐音さまとくらべてさえ遜色ない愛らしさをもつ、女の子。

 二、三言葉を交わした事がある。同じ無口だったから、少しだけ。彼女は――アリューシャ=ラトニーは、金髪の青年をまっすぐに見据え、男を庇うようにか細く未発達な腕を広げ、白い歯を見せて唸っていた。


「……フーッ!」

「……同輩、か」

「ああ?」


 口元を不快そうに歪めた青年の言葉に、ラディル=アッシュが首を傾げる。

 それに口元を嘲りに近いものに歪みの質を変えると、答える気はなさそうに肩をすくめる青年。

 何がなんだかわからない現状、対処方のヒントさえ頭に浮かばない中、青年が踵を返す。


「どこにいく、衛宮の隠し子」

「……当てずっぽうにしても、もう少しまともな内容を吐くんだな、暗殺者」

「その口、ご主人様の真似事か?」


 ご主人、という言葉で、何か繋がりかけた時。手入れがされた形跡の無い後ろ髪を揺らし、顔半分だけ青年が振り返る。

 若い身空と一致しない、ゾッとする程になにもない、虚無感とでも言うべきもので満ちた――矛盾した喩えだけど、そういう目だった。


「止めたまえ」


 視線と視線の間に、蛇装飾の杖が割り込む。


第二世界法則拡大(ツヴィラ・ネクスト)以前に、この世界(アズラルト)を壊す気なのだ?」

「……さてな」

「待て、なんだそれは。二番目(ツヴィラ)?」


 ツヴィラ、先史の言葉?


「いずれ解る、ってあぁ、まあいいから散りたまい。大罪憑きが近くにいるとか、何が起こっても不思議じゃな――あ」


 何かに気づいたような声に続き、杖が瞬き、衝撃がはしる。

……へ?


「を、ごめごめ。精神防壁といっしょくたに意識飛ばそうとしたから、変な風になっちたのだ。てへ」

「……おいこら変質者。あの不定形な物体はなんだ。アリューシャがめっちゃ威嚇してんだが」


 う、あ……いた、なに……いしき、たって……られ……うあぅう……


「いや、人ならば一見で心が砕かれる――なのだが、何故に君は平然なのだ? ちょいと兄さん後で面と皮の下貸してくんないのだ?」

「錬金術師って大体解剖とか好きなんだよな」

「解剖が嫌いな錬金術師なんていないのだ」

「うわあ滅べばいいのに錬金術師……てかそのガキ、あずきだったか。大丈夫なのか? ……いや、なんか目ぇ回してるな」


……きゅう。


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