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放火魔疑惑


 かけた月がのぼり隠れる薄暗い夜、そこに咲いていた花は既になく。

 寒々としながらもどこか乾いたような空気。吸ったものが血液を巡って体温を下げるような、粘ついた感覚が不快。

 断続的に響く唸りと鉄の声、血の臭いが香り硝煙漂う、魔性との戦は続く。

 漆黒の体毛に俊敏な動きとありきたりに鋭い爪牙をもつ夜狼(ナイトレイド)の群れに、牛の頭をした巨漢の合成獣(キメラ)を交えた編成。

 対するこちらはそれなりの装備を持たされた辺境自警団と、明けの鳥構成員が数名、月城からの戦闘員も三名、そして指揮官……わたし。


「……なぜ」


 疑問の声は誰にも取り上げられる事なく、以前の任務で知り合った明けの鳥構成員が自警団の方々を言いくるめ、更には同僚からも、通信機越しから燐音様に名指しで抜擢されたという。

 世の不条理に嘆く間もなく、現場指揮官という難題を押し付けられた次第。

 一介の従者をよくもまあもちあげれるもの。メイド長みたいな規格外でもないのに、七面倒な。


「あずきの姐さん、第一防衛線突破されました!」


 村を守るという義憤に溢れた自警団の中年男が駆け足で報告してくるのに、そうも言ってられないと小さく頷いた。

 高低差を重視しただけのはりぼて拠点が、恐らくは合成獣(キメラ)の突進でだろう。豪快につき崩されていくのが遠目に見えた。

 もう少しまともな錬金術師がいればと、無い物ねだりに区切りをつけ、双眼鏡を下ろしミリ単位で乱れた眼鏡を修正する。


「……手順通りに。三人一組で追撃を牽制しながら第二防衛線まで後退」


 夜の野戦は彼らの独壇場。

 いくら装備で圧倒できても、急所を外した銃弾の一発や二発で死ぬやわな生物じゃない。集団の夜狩りを得意とし、暗闇の中でその身体性能を上げるという特性をもつ、夜の名を冠された狼は伊達じゃない。

 おまけに、定期的に軍事活動で数を減らされているはずの魔物の、なにかしら人為的なものを感じさせる程に大規模な群等。現在の手勢を考えれば、長続きはしそうにないその数が大きな問題。撃ち殺してもその屍を越えて飛びかかってくる手合に、もう何人の犠牲者が出たことか。

 更には、


「姐さん! 牛頭の化けもんの侵攻が止められません!」


 別の男からの報告に、双眼鏡の角度を変えて度を合わせる。

 篝火の炊かれた戦場では、帝国制式のサブマシンガンや突撃銃(アサルト)を受けながらも腕と――馬の下半身とは別に、人間的ではないがまあ腕と云えるそれと一体化した大型のハルバートを振るい、赤い血肉を散らす怪物の姿が見えた。

 夜狼(ナイトレイド)の大群とは別の角度から、防衛線を抉るような突撃。群れを率いてるのとは同種の二体目。

 できればメイド長か樹さん辺りに駆除をお願いしたいけど……あり合わせの戦力で対抗するしかない現状。

 頭はいたいがとりあえず、合成獣相手に数を向けるよりはと、待機させていた明けの鳥構成員の小隊を向かわせることに。


「およびですかお姉様!」


 以前ちょっとした任務で関わり、妙に懐くようになった長身の少女が元気良く飛びついてきた。

 忌々しいスタイルを押し付けられる刹那、前回同様にそらして掴んで足を払い転がして踏みつけ、呆れた顔で肩をすくめる他の人員に向き直る。


「……要請、対象の迎撃。油を全身にぶちまけて火攻めにせよ」

「前々から思ってたんだが、あんた……」

「むへえへへへお姉様お姉様」


 近接戦は論外。火力も足りないというなら、本当の火で攻めてみるよう、踏みつけた物体を無造作ににじりながらアドバイス。


「先輩、炸炎丸は?」

「そんな便利なものはない」


 できるなら遠距離から悠々と、という事で自警団の方々にも要請。


「弓矢ですかい?」

「廃れたといえど、まだ多少はある筈……引っ張り出してきて。すぐ」

「へ、へい!」


 馬を引っ張り出して駆けていく筋肉質な自警団員とは違う伝令員から、間髪入れず報告が飛ぶ。


「撤退完了しました!」

「……よろしい。火を」

「また火か。やっぱりあんた……」

「お姉様すてきですわ!」


 燐音様を意識して、中空に指を這わせる。ただのノリ。ただ黄色い歓声は間違っていると思う。

 号令に応じて、数分もかからず火の手があがる。

 倒壊した木造から、篝火をひっくり返した火が広がっていくのが遠目にも見えた。

 純粋な足止めと、駆除。更に明かりの拡大による能力制限。これによって狼たちの有利が二つ消える。

 ひとつは単純な魔物としての能力。ふたつは、夜色の体毛と俊敏さによって、銃火器の狙いが付けにくいという物理的な要因。

 夜型の魔物の土俵に付き合う理由は無い。故に光ある人間の世界で。

 遠く、火の手にまかれた獣の悲痛が木霊する中、ほぼ野営に近い即席の第二防衛線で腕を振り上げる。

 待機していた人員と、息をきらして帰還した人員の注目を意識し、広まる様に声をあげる。声帯がいたい。


「……月の恩寵は万物に。されど火の明かりは人にこそ優位に働く……分不相応な徒党を組んだ畜生共を根絶やす。総員構え、照準合わせ」


 おおおおおおおーっ!!

 恐怖を誤魔化すような怒号があがり、人数分の鉄塊が振り上げられると、随時銃撃の作業に移っていく。

 肉を求めて残骸と死骸を四脚で乗り越え、明るくなった夜の草原を駆ける狼たちの姿を肉眼で認め、距離を測る。ここを突破されたら、村に少なからない被害が出る。しくじれない、と丹田に力を込めた。

 火に追い立てられるように駆けてくる姿は速く、しかし後ろからの火の手に照らされて、丸見え。はあはあと牙を剥いているのが眼鏡越しによく見える。

 有効射程まで後……三、に、イチ――腕をふり下ろす。


「うて」


 銃撃の斉射が始まる。突撃銃から拳銃、火縄式まで寄せ集め、様々な砲音が鼓膜を絶え間なく叩き続ける。

 キルゾーンに足を踏み入れた獣がはじけ、四肢から胴体から頭から骨を血肉を腸を散らし、断末魔をあげる間もなく、這う夜色が死肉になっていく。

 たっぷりと数十秒、耳の奥がジンとするのをこらえつつ、撃ち方やめと号令をかける。

 おそらくは扇動されたのであろう魔物の血肉と硝煙で満ちた土地、よく肥えた土壌になるだろうと頷き――途中からキルゾーンに突進して、斉射を受けながらものともしない異形を睨む。

 死屍累々の直中、馬の下半身が狼たちの屍を踏みにじりながら駆ける姿に動揺の声がいくつか。

 野戦砲かDSPの類でもあれば話は別だろうが――手持ちの火器では打倒不可能だろう巨体が、足を止めて吼えた。咆哮が空気を揺すり、鼓膜の奥に気当たりを叩きつけた。

 只の威嚇だろうが、気圧された自警団の何人かが倒れた。異能力者の気ちがいじみた圧力と比べればそよ風以下だろうと、惰弱な草木(にんげん)は揺れる。

 呼応するように別方向からも異形が吼える。内に植えられた何かしらの令に反応したのか、進行の速度を上げたようにも見えた。一分も経たずにここに踏み込まれるだろう。弾幕も足止めにならないし。

……ん。


「……正面、私たち」


 ならば仕方無し、と視線を向けた、私より年下の同僚が二人、各々得物を手に多少どもりながら了解と頷く。

 祭りに参加するよりもと私に付いて来た物好き。まだ未熟だけれど、専門の訓練を受けていない自警団やりはマシ。

 次いで、弓と火矢用に改造された矢を手慣れた様子で受け取っている明けの鳥構成員を一瞥。


「あなたたちは別方向」

「了解ですお姉様!」

「飛びかかろうとすんな、また踏まれんぞ」

「望むところです!」


 頬を薔薇色に染めた少女をなるべく視界にいれないようにしながら指でジェスチャー、早く往け。

 近距離戦は論外、けれどそうも言ってられない。まさか斉射も通さないとは想定の外だったが、やりようはなくはない。

 進撃を許せないなら、勝ち目など見えない少数精鋭による時間稼ぎの交戦。

 幸い、燐音様からの報告によると彼が来るというし、それと火攻めを合わせれば……


「姐さん姐さん! ばけもんが近い、早いっ!」

「お姉様になんて口を聞きますかっ! ってこらエナ、なんで引き摺るのです?!」

「お嬢の役割はこっち、ちゃっちゃと行くぜい」


 ギャーギャーと喧しい少女が引き摺られていくのを尻目に、いい具合に接近してきている合成獣。

 取りあえず手元に有った大型ショットガンを肩に下げ、同僚二人には馬に騎乗するように指示。


「あずき先輩、ぼく馬乗れません」


……なら走る。

















 つばの広い、お気に入りの麦藁帽を目深にかぶり、かたかたと振動する頭を片手で押さえる。震えは止まらない。

 息が漏れる。熱気とは別の喧騒が感染していく雑踏を悠々とくぐりながら、歯を噛む。口元が歪む。


「ふ、ふふ」


 息は止まらない。止めようとすれば止まるだろうが、必要もなければ止める気もない。


「あ、は。あはは、」


 両手で二の腕を掴み、歩みを止めてこみ上げてくる衝動に身を任せ、


「あは、ふアっハハハハハハハハハハハハハハハ」


 わらう、ワラう、笑う。

 おかしくて笑う、面白くて笑う、愉快だから笑う。それを気にとめる者は誰もいない。


「――っ、ふーっ。ふう……あー、まさか恐怖に打ち勝つんじゃなく、恐怖で打ち勝っちゃうなんてね」


 元々、逃げる時間を稼ぐ程度の札でしかなかった、けど。自力でどうにかできるような甘い精神誘導を行使したつもりはない。

 余程に静流が怖かったのか。それでも、日常的に恐怖を擦り込まれていなければあんな真似は想像しにくい。もしくは、恐怖という弱さで逃げれた――視点を変えれば、自力で打ち勝った――という、衛宮 鈴葉の特異性なのか。因子は抜いたのに。

 どちらにせよ、お母さんびっくり。


「なにはともあれ、彼が三人目かあ」


……三人。それに、例年より増えた異能力者の総数。あの偽神器使いの異能力者と、知識の保管者。そして泉水の少女の異常。

 異端審問部の光臨実験失敗も響くだろう。失敗はより悪い方向に傾く。

……そろそろ、くるかもしれない。

 月を見上げようとして、風が吹き、麦藁帽子が後ろに飛び、転がる。

 汚れひとつなくきれいだった麦藁が汚れる。お気に入りだったのに。


「世界はかくも歪み続ける……ああ」


 上質の手前程度の手触りがするつばを摘みあげ、汚れを払って胸に抱える。

 小さな体躯には大きめな私の帽子は、払っても少しばかり汚れが残ってしまった。


「……きれいなものが汚れるのは、何時だって残酷」


 お気に入りだったのに、と溜め息を吐きながら歩を進める。

 騒ぎが伝染して、ざわめきが村全体にまで広がってきた。既に出店も機能せず、店番がなんだあれ燃えてるぞと遠方を指差し騒ぎ立て、夜闇に紅が混じった空を見てさらに騒ぎが広がる。

 火攻め、まあ無くはないでしょうけど。迎撃のために拠点を犠牲にするなんてぽっと思い付くなんて、なかなか過激ねえ。

 ああ、それにしても騒がしくなってきたわあ……これを収拾するには……ああ、留まりたい。

 間近で視たい光景が瞼の裏に現像される。しかし、認識阻害は完璧ではない。私を殺しうる人間がこの場にいるのだから、できるだけ早く撤収しないといけない。

 でも、ああ、嗚呼……


「せめて一目だけでも逢いたかったなあ……私のかわいい、燐音」


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