表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/115

偽か真か

 白みがかった薄い金髪が不自然に跳ねる。その下の優男然とした顔立ちはやや険しいけど、華奢と屈強の中間に位置する体躯からはさほどの迫力を感じるものじゃない。

 ただ白い異能力者の間に入り止められた聖剣を見て、状況を順に思い出し、頭に上っていた血が下がっていくのを自覚した。


「……すず、は……?」


 名を口にする。友達の名前。その顔と似ている名前。

 これといった特徴の無い上下に、外見的特徴、鈴葉のそれ、というよりその兄、優理に近いような気がしたし、行方不明な事と間に入った度胸を考えれば、やっぱり優理の方かなとも思う。

 でも優理はおれとこんなに年近くないし、目の感じは……でも――なんで鈴葉って口にしたんだ?

 混乱から、ぐちゃぐちゃした思考で動きが止まって呆けていた。敵対しているならば、確実に致命的な隙。

 向けられるそれは敵意、に近い。けど殺意でも好意でも無く、しかし悪意からは遠い、中途半端だけど妙な眼力。睨むという剣呑の手前でおれを見据える。

 しかし、異能力者独特の威圧感が鈴葉みたく、さして無いのは――

 ビき、と。亀裂が入る音がよく耳に通る。手元から――両手で振り下ろそうとして、中途で受け止められた偽神器から、亀裂が入る音。


「っ」


 一気に正気に戻って本能的に跳び退く。異能を体の奥で燃やしながら、人外の速さで地を蹴った。

 舌の根が乾く。手に持った刀身が軽い。ちらと見れば、半ば程から砕かれた刃金が視界に映る。

 言うまでもなく、切っ先の方は……「鈴葉」が掴んでいた。

 当たり前、素手でへし折られれば、真っ二つなるのは物理法則から外れてない。柄を握っていたおれと、切っ先を掴んでいた「鈴葉」で、二つに分かれたのは自然。

 待て、前提が可笑しい。

 そもそも、何を、素手でへし折られた?

 ――異能殺しの伝説、破壊不可能な真なるオリハルコンだけで形成された、非常識を否定する非常識、神の裁きの代行ともされる、神器。その模倣。性能そのものは、本物にだって対抗できた。なのに。

 変な汗が吹き出る。思考を驚愕が汚染する。

 折れないハズのものが折られたのだ。


「んな、ばか、な」


 内でくすぶっていた驚愕が漏れる間に、折られた刀身と手元の柄がゆっくりと消え失せる。形成の限界。元々、異能を元に灰から作り出した模倣。

 常識、法則を超越した所業は、永くは保たないし、保ってはいけない。

 灰に戻って散っていくそれを横目に、事態を把握しようと苦心してる間にも、状況は移ろう。


「……なぁ、にぃ、してやがるんデスかア?」


 調子外れな罵声が、白焔と共に天を衝く。

 加減も容赦もない異能の白い火柱が、渦巻きみたいに「鈴葉」を喰らって舐めまわし、呑み込む荒れ狂う。

 天変地異じみた規模の余波が、クレーターを更に圧し広げ、不毛を開拓させていく。

 なにを、仲間割……いや、仲間とは限らないだろ。「鈴葉」が鈴葉だとしたら、


「アレは俺のエモノなあァンっだ、よ! 勝手に手ェ、だしてんじゃねェえエエ!!」

「黙れ、駄犬が」


……鈴葉じゃないな、うん。

 妙に透き通る率直な吐き捨てにそう前言撤回しながら、同時に白い焔が派手に振り払われた。


「躾が必要か、狂犬!」


 放射される大量の水を、反対方向から撃ち抜いたみたいに――白い火の粉、いっそ噴火直後の火山みたいな豪快な飛び方。

 尚も、白濁な異能力者のいらっとする哄笑が響き渡る。馬鹿げた白の竜巻が発生する。異能の気配、途方もない力が注がれた、天変地異そのものな異常。

 その竜巻が――根元から吹き飛んでいく。余波が――


「っどをあ、わ、わああああああああああ!?」


 異能殺しみたいな霧散じゃなく、力技で振り払われたみたいな、そんな感じだからか。無にしたんじゃなく、別の方向にぶっ飛ばしたという。そんな余波を、絶叫しながら慌ててかき消す。

 文字通りに降りかかる火の粉を蒼塗りの拳で払い、灰に変えながら後退しつつ、見を続けようとする。いや無理。

 そうこうしてるうちに遠目も遠目。両者が米粒の半分くらいにしか見えない距離。もう観察さえできない。広域に散り続ける雪みたいな白い火の粉はまだ届くけど。舌打ち。

 殆ど万能な番犬(フェアリオゥル)が使えるアルカや、忍術とかいう謎能力を使いこなす朔ならまだ観察とか、ど……

 そういやアルカと朔の二人は?!


「撤退するぞ、マグナ」

「……つかれた」

「うわ、いつの間に?!」


 よく通る冷静な声と気怠げな声、おれの影に隠れるようにして白い災厄から免れてるちっちゃな影二つ。

 いや、本当にいつの間に。気配探るの下手だけど、目の前だってのに気配感じないんだけど。無事なのは良いんだけどさ。


「そんな事より、撤退するぞ。維持限界だ」


 言葉少なくとも、口が上手いアルカ。耳に入り易い声音で必要最低限で伝えることに長けているから、あっさり連想できる。

 撤退、限界、時間……って。

 あ、ああああーっ! 忘れてたー!?


「貴様らが考えなしに暴れまくるから、その暴れる場を維持していた番犬は既に限界だ。これ以上は自壊する危険性が高い。それに」


 青ざめてるだろうおれに淡々と続けるあたり、割と怒ってるのかもしれない。そう思いたい。素でもやられそうなだけに。


「わ、わわわかった。わかってる、いやごめん。またあの化けもんの相手をするのもごめんだ……って、朔?」


 皆まで云わずとも解っている、と遮り撤退を了承した所で、外套の隙間から裾が軽く引っ張られた。

 そこはかとない嫌な予感。

 いやだって、流石にまだあるだろう?


「……もう、いる」


 不吉が的中したよ。

 聞くや否や、思考を切り替える。おれより遥かに「そっち」に優れた朔の言葉。疑う余地はない。

 言霊を早口で紡ぎ祝詞を掲げ灰を撒き、異能でもって一振りの神器を形成する。

 エクスカリバー、西の聖剣。白雪を討って呪われた太陽と泉の剣。

 しかし偽物故に、輝き煌めきは全盛のそれに匹敵するだろう、うっとりするくらい綺麗な剣。神々しい、異端審問部のシンボルの一つ。

 金色の細工がされ、正直持ち難い柄を握り締め――無音で色の無い地面一面から染み出した、不定形の異形を睨みつける。

 僅かな未練。好きに暴れられるこの場なら、アイツを、冬夜を仕留める事もできた。

 けど……この化け物を相手にしながらなんて無理だ。おれは兎も角、アルカや朔がまずい。そういう――化け物。

 未練を噛み締め殺しながら、鼓舞(こぶ)するように腹から声を出す。


「アルカ、撤収開始!」

「もうやってるよ――ん、白いのが沈静化したな。なら、後数秒で」


 数秒、それ以前の間にも、復活したての不死者が立ち上がるような速さから、鳥が飛ぶような速さに緩急付けて、不定形で無数の色が混ざったようなナニカが迫る。それも全方位から。

 異能の蒼い炎でさえ燃やせないナニカ。

 アルカ曰わく、世界の害悪たる人を否定し拒絶する、世界の抗体ではないかとかいうソレに、とりあえず足止めにはなる蒼炎を広域に撒き散らしながら、それでも少数ながら迫る規格外れを偽神器(エクスカリバー)で斬る。

 竜鱗を抵抗なく両断する刃でさえ、振り抜くのにそれなりの腕力が要る、化け物。


「朔はアルカを頼――クソ、なんか前より規模がデカくないか!?」


 ドーム状に放射した蒼炎の結界を突破してくる触手状のナニカを切って斬って忌って伐って、斬り裂く。

 神器なら辛うじて有効みたいだが、物理的攻撃効かない上に数、数が! ついでに足場からも湧き始めてるしああもう数の暴力嫌い!

 手元に集めていた異能の灰を大雑把な足場に変換、アルカを横に抱えた朔が駆けて登っていくのを横目で確認しながら、触手をかわしつつ一段登る。


「……っぃ! マグナあ!」


 僅かに乱れた声の主を見上げる。寡黙な女の子が掛け替えのない仲間が大事な妹分が悲痛な声で、強張った眼差しで、アルカを横に抱えたまま、縦に開いた目でおれを見ている。

 その白くて細い脚にきったない触手が絡む。ちょっと力入れただけで考えたくないような事を仕出かすであろう不定形が、獲物を捕まえたと得意気に笑った気がした。


「――っうちの子にいィ、手ェ出すなァああああーっ!」


 瞬時に沸騰した頭が絶叫するままぶん投げたエクスカリバーのシンメトリーな刃は、汚泥じみた混沌色の触手を居抜く事に成功した。


「朔!」

「んっ」


 薄く魅力的に微笑みながら、痙攣して形を無くし始めた不定形から離脱する朔と、抱えられたアルカ。

 それだけ見届け、すぐ背後まで迫っていた触手をかわし、蒼炎で牽制しながら足場を駆け、


「設定終了。帰還開始」


 たところでアルカの単調な声が響き、視界が歪む。

 強制的な移層が行われ、層に存在する異常(ニンゲン)が、在るべき処に――

















 衛宮の糞餓鬼が立ちふさがる。

 精神操作された傀儡だが、それだけに最大の弱みである「へたれ」が緩和されていて、自分から向かってくるという有り得ざる現実に直面し、最初は少しばかり冷や汗を流した。

 しかし流石に被害を気にしてか、そこまでの力は必要ないという判断か、異能は使われないらしい。或いは精神操作の弊害で、単純に使えないのか。

 

 距離は互いのスタイルと都合で至近。互いの拳が届く十分な距離で衛宮の糞餓鬼の、脅えしか入ってないんじゃないかと思うくらいに腰が引けた拳をそらし、


「ふっ」


 全体重を乗せ、鳩尾に肘を入れる。魔物の臓物を骨格事撃ち抜けるだろう手ごたえだが、しかし硬質。

 頑丈さだけは異能のまま。攻撃に回されるよりはマシと言えるがどちらにせよ、相変わらず忌々しい生物だ。

 しかしと、不可思議な事態に少しばかり首を傾げつつ、連動した掌打で内臓を揺する。岩壁に撃ち込んだような手応え。

 何度も全力で撃ち込んだというに僅かな動揺もなく、練度と天与で成り立っている蹴りを交わす。風圧と圧力から達人に匹敵する技はあるが、心が伴っていない。アンバランスな武術、の出来損ない。

 ここならばどうだと、針を通すような角度で、捻りこみ踏み潰すように、股間を撃つ。


「――ふぐっ」


 流石に効いたか。鉄底のブーツを翻し、ミリ単位で大勢を崩した餓鬼の背後に滑るように回り、下がったコメカミを肘と膝で挟み撃ち、首を捻じ切る要領で回す。しかし捻じ切れず、体の方が回った。


 眼球を抉ろうとしたナイフが曲がり、喉を潰そうとした警棒が折れる。人の常識を逸した頑丈さ。余人ならば、既に十九回は死んでいる攻防が続く。


「……一々腰が引けてるのが、本当に腹立たしい」


 頑丈な異能を完全に差し引いても、雨衣辺りと同程度か。純粋な天与と衛宮のシゴキが生んだ武術のキレだけならばそれ以上だが、致命的に腰が引けている。

 へっぴりすぎていて、このままいけば十年以内に達人の域に達するだろう体術がほぼ完全に台無しになっているのだ。そこらの三下なら兎も角、圧力も殺意も、戦意も思い切りさえ無い拳など恐るるに値しない。

 故に、適当に交わしながら良いように攻められるのだが――如何せん頑丈すぎる。急所を力の限り鋭く抉っても怯むだけで、有効ではない。

 唯一顔を青ざめさせるに成功した金的を執拗に続けてはいるが、少しばかり逃げ腰の気が強くなってきた為、五回目の金的が成功した時点で思うように入らなくなった。その分別の急所を攻めてはいるが。

 それより、心なしか完全な無表情が、狩猟精神を煽るような涙目に移行しつつあるのが突破口のような気がする。

 すなわち、


「目、鼻、鳩尾、目、金的、喉、金的、金的、金的金的金的金的金的金的金的金的金的金的金的金的」


 これは戦いではない。精神操作によって(多分)押し込められた衛宮 鈴葉の心をえぐり出してへし折る作業。

 うずくまってがたがた震え、亀のなりそこないみたくガードしてる上から執拗に急所攻撃を続けるのはその為。

 決して、この機会に生殖器でも潰しておこうとか、よくも邪魔してくれたな糞餓鬼がとか、


「う、ぐぅ、い、や、ひぐ、やめ……」

「く、ふ、ふふふ、ふはははははははっ、あは、ははははははっ! あーっはははははははははははははは!」


 決してそういう私情を挟んでいるわけではない、といいなあ衛宮 鈴葉。


「ひぃ、いた、ひっ、ごっ、ごご、ごめ、ごごごごめんなさいごめんなさい! なんか知らないけどごめんなさいいっ?!」


 ん、正気に戻ったか? 期待より、もとい思ったより早いな、恐怖で精神操作に打ち勝つのが。


「おおしょうきにもどられましたかえみやさまそれはなによりです……ちっ」

「舌打ち?!」


 十数分程の(一方的な)死闘の中、一発だけ少しばかり腹を掠めていたへたれの拳。

 少しばかりの内出血を交えた唾を野に吐き捨て、へたれに邪魔されている隙に悠然と逃げていった月城 聖の居た場所を見る。

 隙を見て片手間に、殺そうと思えば殺せた。心底からそう思えたならば。


「……どこまでも舐めた真似を」


 歯が軋む。無意味に小綺麗な土下座を崩さない衛宮 鈴葉がひぃと息を零す。殺意が漏れたらしい。

 雑踏と車椅子の少女が私の殺気で気絶して死体のように転がる中、淡く不快に微笑む、かつての主の姿を幻視した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>異世界FTコミカル部門>「超俺様美少女当主、月城 燐音」に投票   「この作品」が気に入ったらクリックして「ネット小説ランキングに投票する」を押し、投票してください。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ