広がる戦域
複雑な地形――じめじめぬかるんだ森林地帯。しかも夜、わずかな月の明かりと遠くから散発的に打ち上げられる花火だけが頼りな薄暗い夜の森。
足場の不便自体は、火山灰で滑りやすい上にほぼ垂直だった岩山さえ走行可能なあたしからすれば不利にならないどころか、むしろ活用すべき地形だけど――それは相手も似たようなものっぽいね。
「さすがなんちゃって野良民族! 自然での戦い方もお手の物か!」
「猿でもできん変態起動しとる奴に言われたないわ!」
夜間につき色さえ判別不可能な幹を蹴り、枝を跳ね、木から木に飛び移る。
真上からの攻撃を絡めつつたまに真横からも奇襲してるというに、死ぬ程逃げ難いタイミングでカウンターが振るわれる。目で追えてないのに体が反応するとは、どっかのメイド長みたいな技を。
しかし苛立つ舌打ちが聞こえてくる。いたちごっこだからか。
「ちいぃ、めんどいっつーに! その逃げ腰なんとかせえ、男と大差無い立派な胸板が泣いとるでえ!」
「おおっとアシがすべっちゃったああああああああ!」
あ、丁度足元に有った、人が二人程埋まりそうな蜂の巣をうっかり蹴り落としちゃった。メッちゃんの方に。
でかさの割に吊す所が細かったのかなあ。
「うどわああああああああ!? 殺熊蜂やとおおおお!? おおおま、なんちゅー洒落にならん事をヲヲヲヲヲヲヲ!!」
絶叫するメッちゃんと、地面に叩きつけられ殺到し始めた嫌な羽音を背に全速離脱。
脇目も振らず木々をすり抜け遠ざかる。
花火も途切れて僅かな月の明かりしかないけど、夜目にも慣れてきた。若干走りづらいけど、さっきまでと違ってトップスピードでむぎゅる。
……あ、なんか柔らか堅いの踏ん付け……た。
「――しュふヒふふ」
「わ、あわ、わわわっ! でっかい蜘蛛ーっ!」
さっきの巨大蜂の巣より大きい、けむくじゃらでグロテスクな複眼と目が合う。
脅威撃つべしと殺伐な地獄の訓練をとっさに思い出し、メイド服の内ポケットを探りかけ――あたし、私服じゃんと根本的な失態に気付いた。まあ後先考えずメッちゃん追い掛けてきたからね?
「……やばっ、ーぅにょわあっ?!」
糸が吐かれた。勢いの良い、まっ白なネバネバ。とっさの反射で避けなけりゃどーなってたか……
木の幹を蹴って着地しながら、よく見ればそこらに張り巡らせられた蜘蛛の巣も警戒しながらどうしたもんかと、
「――まァあああああああイいいいいいいいいい!」
ってなんか羽音と怒声までいっぺんに……ってあれ?
なんか、でか蜘蛛さんがさかさかと、幹とか抱き締められそうな多脚で夜の闇に退散していくよ。なして?
……まさか、蜂の羽音で? え、なに。そんなヤヴァいの? あの、狼あたりなら普通に生でイケそうなグロ蜘蛛さんが生存競争の下にいるの?
「マアあイィイイイイ!! 手前が蹴り起こした連中くらあ自分でどーこーせんかい!」
「くうっ! まさかその為に同じ方向に逃げてくるだなんて!? この根性悪!」
悪い足場と暗闇に関わらず獣っぽいぎらついた目で疾走するメッちゃんに併走し、怒鳴り返す。
我ながらちょっとアレかなと思ったけど、ノリ半分まあ悪友だし半分で多目に見てほしいよ。
「森林熊二・三突きで殺すようなん大量に押し付ける畜生に言われたないわこんドぁホ!!」
とか言いつつ、追い付いてきたどす黒く巨大な蜂を切り捨てる。退治自体はそう難しくなさそう。動き速いけど的デカいし。
あ、ついでにさっきの蜘蛛の巣に何匹か引っかかってる。気付かずに突っ込まんでよかったな、ラッキーだあたし。
「でもなんか背後から迫る厭な羽音が少なくなった気がしないんだけど! そこら辺どー思いますメッちゃんさん?!」
「戦いは桁違いな質が無い限り基本数や! と死んだ隣の姉ちゃんが言うとった!」
男らしいお姉さんに黙祷! 流石メッちゃんの部族だね……って、あれ?
兵法らしきものを語るメッちゃん横目に、羽音が遠ざかっていくのを感じる。
首を傾げながらメッちゃん共々振り向けば、耳障りな羽音と熊さん殺しのエグいデカ針が素敵なあんちきしょうの姿はそこに無く、夜の静寂と森の自然が広がっていただけ。
多少の犠牲を振り払いながら追跡してきたクセに、なんでだ。
「……別の魔物か、人間の縄張りにでも入ったんかな」
「魔物にもあるんだ、縄張りとか」
「阿呆。魔物は人間よかずっと自然に近いんやから、より死と自然に隣接してる分、本能に忠実なんよ」
へー、相変わらず魔物とかには詳しいんだなー。
って何気にアホとかいうなー。と、何時の間にか間近で佇んでいた褐色肌のにやにや笑いを見上げ。
「……」
「……」
そして広がる不思議な沈黙。形容し難い視線が絡み合い、あは、と引きつった笑みがこぼれる。
「とりあえず離れるで。何の縄張りか判らんし、いらん戦闘は望む所やない」
「いひゃいいひゃい! ひょっへいひゃいっへ!?」
おもむろに伸ばされた素手がほっぺをつねり引っ張りあげる。あまつさえそのまま歩きだす。
ええいクソ、なんかいつもみたいなぐだぐだになってるし! 空気とか口調とか行動とか!
「ぶははは、せやね。なんや流されてまうなー。あかんあかん」
そう思うんならほっぺ! ほっぺ放せ!
うーうー唸りながら睨んでいたのがこうをなんたらか、嫌な笑いを浮かべながら手が放される。
「……なんや白けたわあ。白といえばあんの白いのも回収せなあかんのに」
「白いの?」
……何だろう。なにかこう、果てしなく嫌な予感と悪寒がいっぺんに。
肩を震わせるあたしを眺め苦笑するメッちゃんは、あーあと面倒くさそうに、深緑色の血がこびり付いた仕込み刀を一振りして落とし、刀身を畳んでしまう。
……胸元にしまうとかこれ見よがしに。けっ。
「まあええわ。どうせあたし以外も動いとるやろし、適当にふけたろーかね」
「え、いや、あたしに聞かれても。というか不真面目だね」
「そりゃあ」
とっさの言葉に口ごもり、どこか暗い目をするメッちゃん。
きゅっと締まった腰に手を当て、口を閉ざすのは話す気は無いというポーズか。
「それにしてもメッちゃん、ちょっと痩せた? ダメだよ、ご飯はちゃんと食べなきゃ」
ただでさえ大食らいで燃費の悪い子なんだから。精のつくもの食べないと。
今はあたしが作ってる訳じゃないんだから、そっちも心配だよ。料理をすればまな板を斬る馬鹿なんだから。
「オカンかい手前は……つうか五月蝿いわ。それに関しては手前のせいやろ」
……ええー?
「アンタが美味いもんばっか食わして舌ぁ肥えさすから、まっずい携帯食とか受け付けんようになったやろが! どないしてくれんねん!」
「酷い逆ギレだよそれ!?」
いや、美味いもん云々は素直に嬉しいけど……って何。やっぱロクなの食べてないわけ?
「それなら、」
「あかんで」
台詞途中なんだけど。
「言わんでもわかるわ単細胞。いくら美味いからと餌付けしようったって無駄や。狼は餌付けされたらあかん。牙を抜かれて飼い慣らされたら終いやねん」
軽い口調とは裏腹に、視線だけは尋常じゃなく鋭い。
覚悟を決めた人の目だから、一本の芯だけをなりふり構わず通そうというのだから、強いのは当たり前。
リッちゃんが憎い、月城が憎い、一方的に奪われた、家族を殺された復讐がしたい。
誉められた感情じゃないけど、否定なんかとてもできない感情。理性なんかでどうにもできない、何年も続く激情。
想像くらいしかできないけど言葉が詰まる。邪魔者を睨む濁った目に思考が妨げられて、ぐちゃぐちゃに切羽詰まる感覚。
でも、その先に道なんか無い。誰も幸せになんかなれない。メッちゃんも含めて、ただ苦しくて辛くて救いなんか一つも亡くなる道。
そんなのはいやだ。そう認識してるから、不思議と口は動く。思いが先走る、思考以前の本能が、受け入れられない何かを打開すべく、ぼんやりとした道筋を浮かべる。
「ねえメッちゃん」
気づけば、名を呼んでいた。
応えは無く、ただ怖い視線が向けられている。さっきみたいな流れが嘘みたいな眼差し。泣きたくなる。
でも、
「賭けをしよう」
あたしはまだ、幸せっていうのを諦めてない。
鈴葉の所に行け。
鋭く、しかしいつにない焦燥に口元を歪められ、白磁の肌を俄かに青ざめさせた燐音様に背く道理もなく、了解。
空中まで打ち上げられた火薬が炸裂する音を聞き流しながら急行した先で、
「あら……静流ちゃん?」
呼吸が止まる。思考が固まり、阿呆の様に一瞬の間を作る不覚。
月と夜と火の花の下、現実味の無い美が微笑む。
眼下には、今の主と寸分程にしか違わぬ姿が映る。しかし――抱く感情は正逆。
月城、聖。
目眩も嘔吐感も通り越して卒倒しそうな感情の波、否、最早感情さえ超越した不定形なナニカが、停滞した脳髄の下辺りを這い、もがき、煮えてワく。
憤怒とも殺意とも怨念とも狂喜とも、違うようで違わず、違わないようで違う。歪に混ざって唸って、歪んで歪んでゆがんでユガンデ、原型も名状も定義不可能なナニカ。
手首から先が痙攣し、意図もせずに口元が歪み口角がつり上がる。可笑しな現象だと首を傾げながら冷静に、稼働に問題がないレベルで、痙攣する腕に指先を突き刺した。
「は、ぁ、はあ」
指の先に馴染みのある温いぬめり。取るに足らない痛覚で収まった痙攣。口からこぼれたもの。倒れ伏した衛宮の畜生とその他大勢。
それら一切を意識から外し、込み上げてきたものを喉から出す。
「あは、ハハハハハハハハハハ」
言葉も呪言も罵声も怨念も有り過ぎるが故に無く、いっそ笑うしかない。
鉄の味がする爪先を舐め、あらあらと困った風に、あの方と同じ顔でこちらを見上げるのを認め、
「――こ、ろ、す」
一字一句区切って単調に口にしたシンプルな単語が、今の私を占めるすべてだった。
「……まったく、慌ただしいものだ」
踵を返し慌ただしく走り去る宗介の後ろ姿を見送りながら、通信機からの報告を聞き対処を命じる。要は現場の判断に委ねたともいう。
牛頭鬼と馬の下半身を混ぜたような異様、合成獣と思われる魔物の来襲の知らせ。
通信機越しに、或いは慌ただしく走り寄ってきた伝令員が矢継ぎ早に入る報告。マグナ達が一人を残して姿を消した。対処しようがない、放置。
それ以前に感知した、鈴葉と冥……奴と遭遇。静流を向かわせる。
更には舞が暴走したらしく、一人で東の森に。能力者メグリと交戦。同輩から知らせを受けた宗介が向かい、またマグナ一向に取り残されたさくらも進路からこれに向かっていると判断。
帝国方面街道に置いたあずきからも入電。夜狼と牛頭鬼、何かの翼が混ざった合成獣とそれに誘導されたと思しき夜狼の群れの襲撃。村の自警団と連携して対処中。
更に、各方面からも合成獣と思しき異形を確認したという報告。
包囲されてはいるが、数は少ない。安直に考えるなら時間稼ぎか。
練度は兎も角、それなりの装備を回して置いた自警団。中には場慣れした"明けの鳥"構成員も複数。おまけに俺様直々の手駒も随所に配備している。
合成獣は厄介な相手だが、専用の火器なら対処はできる。規格外の存在もまだ感知されてない以上、外回りの襲撃なら、時間さえ稼げばあまり問題は無い。
潜り込んだ人員が本命なのは明白。鈴葉たちに絡んでいる"奴"の存在がスルーされていた事から、俺様達と同系統の認識阻害。
目的は……心当たりが多すぎる。それも間の悪い事に分断している。考え得る限り最速で最悪に近いタイミングで襲撃された。
どこから洩れたのか。俺様を始めとした要人全員の来訪を秘匿していた筈だ。根本的に何故襲撃を受けているか。
穏やかだった喧騒の質に変化が混じり始める。
外の襲撃の影響、妙な空気と微かに聞こえる銃声と咆哮に、何人かが気付き始めたのだ。
「おい、何がおきてんだ」
長身痩躯を黒いコートで包んだ馴染みの外部協力者が、怜悧な刃のような眼差しで近寄ってくる。
その傍らにぶら下がる浴衣姿の子供が二人居なければ、なかなか様になっていたろう。
しかし、これは運が良い。
「丁度いい。付いて来い。貴様が望む情報が入るやもしれんぞ」
「何だと?」
木原 八雲を従えていた奴ならば、こいつが欲する人体精製の法を知らぬ筈がない。
だから言う。こいつは定めた目的と己のエゴ以外の理由で動かない男だから、その理由を吊すのだ。だから無意味に震えるな俺様。
異様な悪寒に引きつりかける口元に克を入れ、言う。母が居る、と。
「……成る程。しかし、権力争いか」
「巻き込まれるのはごめんか」
元、月城家当主。その復権が奴の目的、または手段でないと言い切る事はできない。
情報が不足し過ぎている。推測なら幾らでも思い付くが、所詮は可能性。論ずるに値する確率に至っていない。
「権力者のいざこざなんぞ、好き好んで関わり合いになりたいもんじゃねぇが……あの雌狐の危険性は理解してるからな」
「そういえば、一度だけ会った事があるらしいな」
「ああ。んな事より、今どうするかだが」
もっとも。不機嫌そうになってる十代の奥方の頭を貴様が撫でていちゃついてなければ素直に頷けたのだがな。
しかしどうするか。
「奴が居る広場には、とりあえず静流を向かわせたが」
何か、色々と聞きたい事がありそうなのを無理やり押し込めたような微妙な表情の男。
しかしとりあえず、あの静流を向かわせた意味を理解はしているらしく、渋面。
「……望み薄だと思うが」
「だろうな」
メイド長一人、場当たり極まりない戦術で済ませられる相手なら、今も昔も月城を名乗れた筈がない。確実に何らかの伏せ札がある。
第二世代異能力者、錬金術師、能力者、神器保持者。確認されているだけでも、静流を止めうるシリーズ規格外が並ぶ。
それでも静流を向かわせたのは、足止めにはなると踏んだから。
奴が、俺様が網を張っていた鈴葉と冥に接触したからには、相応の目的がある筈。
特に鈴葉が渡るのはまずい。俺様が張っていた精神防壁は既に破壊されている。その先は、精神の汚染か洗脳か。トロイも考えられる。いずれにせよ、許容できる犠牲では断じてない。
アイツは、俺様のだ。奪われてたまるか、壊されてたまるか。何一つとして貴様のっ。
「……往くぞ」
「待て」
何を察したか、戦闘の玄人が制止する声。戦闘に関しては素人以下の身が固まる中、
「……そこ!」
後ろ姿を見せていた男が、裾から滑らせた何かを投擲。
なにもない、無人の空間を風切らせ――それとは反対側に淀みなく振り向いた。
「……っ、てめ」
一瞬の驚愕、次いで怒気に歪む眦の矛先を確認すれば、
「や、お久しぶりだね。お二方」
三歩程の距離で片手をひらひらと上げ、女とも男とも、若年とも老人ともつかない顔立ちをした――あの塔の地下でナゥスラの腹を抉った奴が、ハルカと名乗り去った敵が、そこに居た。
悪鬼が迫る。憎悪で呼吸し、怨念の血を巡らせているような笑み。
はみ出した害意だけで雑踏を、そして鈴葉くんと冥ちゃんまで含め、気当たり卒倒させている。
無力に限りなく近い私では、その暴圧に抗う力は無い。
「……なにをした?」
だから別の法則を用いたのだと、笑って見せる。
眼前には、一流の剣士でも反応する事さえできない死の塊。
遮るものが何もない中空で止まる凶器は、強いて言えばより根本的な所で止められていた。
「貴女、燐音は殺せないでしょう?」
「それがどうした」
「だから、貴女は私を殺せないのよ。どれだけ呪って、どれだけ怨んで、どれだけ殺そうとしても」
――愛しい対象が、心に定めた不可侵が在る限り。
私を殺す手段はあっても、私を殺そうとする事は、できない。
「……っ、貴、さッ、マぁ」
断片的なセリフで多少は掴めたか、殺意が、殺意を超えてねじ曲がった悪性が、六感を刺激し圧迫し喰らい破ろうと荒れ狂う。けどそれだけ。
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる、単調な淵怨を幾重にも宿して痙攣しながら、しかし刃先は私に届かない。物理的になんの意味もない。
私は燐音。私は貴女の至宝で、害する事ができないという精神的構造。
そう、植え付けたから。
「どういう気分かしら? 殺すべきで殺したくてたまらなくて、もう少し力を入れれば殺せるのに、結局殺せないのは、どんな気分?」
言葉もないのか刃先は退かさず、その道の達人が相対しても気圧されるだろう鬼気を黙って尖らせる。
「ふふ」
その様子に苦笑をこぼしながら――可愛い僕だった子の変化の無さを確認しながらも――流石に少なからず、本当に可哀想にもなる。
逸れかけた思考を修正しながら必要な事を呟いた。
聞き取れたのか、相対する狂気が僅かに揺れ、
「えい」
その隙に、硬直していた刃先を、自らの手首で埋めた。
「――何をっ?」
僅かの驚愕を湛えながら飛び退く彼女に薄く微笑む。理解不能なりに観察しようとする、取りあえず相手に合わせない、身に染み着いてる戦闘者の反射。
じくじくと痛み始める右腕、手のひらから肘近くまで刺さっていた仕込み刀が引き抜かれて、赤が吹き出る。少しやりすぎたか、出血が多いし地味に痛い。
痛いからこそ笑いながら、右腕を上げる。鮮血はまだ止まらない。
明かりに赤が栄え、血色と月はよく似合う。
血は霊で、流れる霊は夜にこそ活性し、夜に浮くは狂気と安らぎの象徴たる月で、月こそは我が城。
細工は流々、仕上げはご覧じろ。
「鈴葉」
言霊を呼ばれた童が立ち上がるのを背後に感じながら、血で濡れた手で空を撫でる。形容するなら精神誘導。特に精神の弱い彼は、燐音が張っていた精神防壁さえ崩してしまえば簡単な作業だった。
「衛宮の……か、どこまでも……!」
驚愕さえ表さず、ただ暗殺者気質な悪意を強める静流に少しだけ感心しながら、赤黒く染まった手を降ろす。
赤黒が自然の月と人工の灯りを浴びて鈍く煌めいた。
「月城 聖が命ズる。我を害した敵を討テ」
私の手首を抉っていた仕込み刀が投げ捨てられるのと、立ち上がった童が土を踏むのは、殆ど同時だった。