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蒼魔と白濁と、

 遺跡からの発掘品、認識阻害とやらで存在を誤魔化せるというが、余り人目は好む立場でもない。

 屋台が並ぶ広場からは離れた民家の影に場を移し、打ち上げが始まる時間帯よりやや早く、人気のない木造建築を背景に、月城の主従と相対する。

 大人と子供の体格差。しかし、大人の体格と怜悧な存在感を持つ方を従えるのは子。

 人は見掛けによらないと誰が言ったか。


「久しぶり……というべきなのか?」


 無礼な言い回しだったからか。後ろに佇む長身の従者が重圧を強めた。

 キツい。おそらくは半分もその気では無いだろうが、この威圧感。明らかにキャリー以上の化け物。万一、今ここで主人を害そうとすれば、その瞬間に首が断たれていると断言できる、凶悪で怜悧な存在感。

 しかしそれさえも手で遮る主は、我の強さが前面に出た笑みを浮かべる。


「貴様の主観的にそうなのなら、まあかまわん」


 過去を忘却している……そう聞いたが。

 検証しようがないこちらの記憶を、一応は信じている、と。そういう感じだろうか。

『燐音』が聡明なのは、現実感を損なわせる美貌と平均を遥かに下回る低身長と合わせて前々からだがな。

 聡明だからこそ舞は助かったと言える。貴族相手にリッちゃん呼ばわりなど、その場で首を跳ねられても不思議じゃない。


「貴様はリッちゃんとは呼ばないのか」


 お前の背後からヨンダラコロスとか口パクしてる物騒なのがいなけりゃ考える。が、まあ。


「俺は元々、舞程にお前と親しくはなかったが。前のように気軽に、燐音、とでも?」

「好きに呼べ」

「わかった」


 鷹揚かつ威厳たっぷりに答える『月城』と、あの『燐音』がイコールなどと、見てくれが同じでも信じがたい気分ではあるがな。


「さて宗介。確か貴様だったな」

「何がだ」

鹿薙(カナギ)峰鷹(ミネタカ)


 覚えのある名に、俺との関わりは一つしかない。

 少し前に暗殺されて、密輸に諜報員の手引き、売国行為が白日にさらされ、騒ぎになった貴族。

 内訳、暗殺した組織は明けの鳥(うち)で、手引きと情報統制をしたのは月城家。


「峰鷹に関しては、詩織という娘が誘拐されたらしいな」


……詩織か。確かに、なし崩し的に誘拐したのはうちの組織で、状況からしてやむを得なかった俺だが、何か用でもできたのだろうか。

 というか引き取ってくれないだろうか。救出されたとか逃げてきたとか適当な名目で従者にでもすればいいのに。月城。


「噂に聞く位いい女だそうだからな。そういう事になってなけりゃ良いが」

「悪ぶるなよ、運命の人」


……イラッとくる笑みで耳が腐るフレーズ。不覚にも足にきたぞ、このミジンコ。

 そして誰だ。誰から流れた情報だ。情報漏洩は万死に値する。眼球にカラシを塗りたくる刑に処さなくては。


「重度のデブ専かつ肥満体型だった峰鷹にしては、唯一対外的に自慢できる器量だったらしいな。言い寄られたら悪い気はしないんじゃないか?」

「お前は、奴の実情を知らないからそう言えるんだよ……!」


 ああ拒絶反応が、寒気がしてきた。主従が揃って呆れた風に嘆息しているのも気にならんくらいだ。


「痙攣する程の拒絶か。難儀なものだな……まあいい。赤の三・八、紫の九と迷いの森。連れて来い。一字一句違えず貴様の義姉に伝えろ」

「……ああ、わかった」


 拒絶反応をなんとか押し込め頷いた直後、遠くの高台から破裂音が響き渡る。

 花火の打ち上げが始まったのだ。


「ほう。あれが花火か」


 余韻の後に鼓膜を衝く破裂音にうめきながらも、夜空の華やかな彩りに感心した風な声。

 熱狂は遠く、涼やかな風が木造の隙間を撫でた。
















 気に食わない。何がでなく、何もかもが気に食わない。

 白濁の焔(ディープ・ホワイト)の襲撃。これ単体なら差ほど問題は無い。第二世代の異能力者だが、マグナが全力を出せば確実に勝てる相手だ。

 しかし全力というのがネック。異能力者同士が全力で衝突するという被害を考えれば、かなり戦域を限定する必要がある。

 番犬(フェアリオウル)を通して、空間の層をずらしている現状ならば多少は問題ないが……


 空虚な世界、生命の存在しない層で蒼と白が混じり、炎と焔が互いを呑み合う。


「ヒャハ、ひぃアヒャハハハハハハハハハハ!!」

「冬夜ぁァアアアアアアアアーッ!!」


 哄笑と怒号、狂気と憎悪で振るわれる異能は、その度に世界を犯し、層を穿ち、余波だけでも竜殺の災厄を撒き散らす。

 白い異能を灼く蒼い異能が灰を散らし、喚き散らす白濁がその灰を灼く。

 灼いた有象無象の灰から何かを創る異能も、灰を燃やされれば意味がない。

 灰という媒介無くば、偽神器精製も不可能。対する白濁は単純な決め手に欠ける。イタチごっこ。

 しかし、方や故郷と家族を灼かれた復讐に、方や単純な我力で己に仇名す存在と化したものへの執着。互いの戦意が萎える事は無く。


「あはぁ、ひィッヒャハハハハハ!!」

「その口、閉じろオオオオオーッ!!」


 結果として、戦域は拡大するのだ。

 層をずらしてなければ、農村どころか帝国の端が焦土になっていたかもしれない。

 というより、絶えず空間の層を番犬(フェアリオウル)と調律し続けてなければ、普通に通常空間にはみ出る。そして大惨事。

 そんな激突から十分と経たずでめまいがしてきた。視界が霞む。意識が切れかけた。

 右腕の接続部から伝わる頭痛も酷く、情報の奔流を生身が拒絶し始めている。断続的というのが、何より問題だった。負担が半端ではない。五日完徹の方がまだマシというレベル。


「……きばれ。おまえが潰れる、通常空間、マグナも、マズい」

「……わかっている、さ」


 私を小脇に抱え、災厄から逃げ続けるだけの忍が解りきったことを片言で口にした。

 煩わしいと唇を噛み、舌打ち。右の指を滑らせ層を律し、異能が暴れ狂う界を中心に層という薄皮を何重にも展開させていく。

 戦域の構成と維持。端的に云えばその程度が今の私の役割。それ以上は疑いようもない不可能。

 異能力者同士の闘争。先史の遺産である番犬(フェアリオウル)といえど、せいぜい援護ができる程度。被害を出さないよう戦域の維持にリソースを傾けている今はそれさえ不可能。

 毒々しいまでに白い異能力者の哄笑が響く。マグナと殺し合うのが愉しくてしょうがないのか、ただただ猟奇的な狂気と子供じみた狂喜で先走った笑み。気にいらない。きにいらない。元から奴は、私のマグナに目を付けていた。キニイラナイ。

 苛立ちと疲弊と作業で歪んだ思考の淵で同時に考える。

 何故居場所がバレたか。遭遇ではない、襲撃。明らかに居場所を悟られていた。

 そして襲撃に――白いのが単独で我々の前に現れた意味は。

 そんなものは無く、奴の独断か。無くは無い。狡猾でいて酔狂な性根ならば独断先行は有り得る話。途中で探知に掛かったアンノウンは連れ戻しに来た人員。これはさくらを向かわせたから、大抵はどうにかなる。保留。

 見せかけか、足止め。マグナとの因縁を聞けば最低でもマグナは釣れる。連鎖的に私達も。しかし超広域破壊と持ち駒が討たれるリスクは……捨て駒にされたか、それともまだ伏せ札があるのか。保留。

 それ以外にも直ぐに思いつくのは二十六通り。しかし所詮は推測と可能性の羅列。

 きりが無い分岐を頭の隅だけで留めておき、状況を見守る。

 白と蒼、咆哮が重なる。層を移し続けてなければチンケな農村などコンマ一秒たりと維持できない災厄。

 灰が舞う。今までに無い規模で拡散した異能の白であった灰は、白濁であろうと一瞬では呑みきれない程拡散し――マグナの手に。

 戦意、憤怒、憎悪。感情の振れ幅が多い程に、異能はその出力を増す。


「――ちィっ!」

「フェアル、グラム!」


 仮初めに創生したのは、高位竜殺しの神器、その模倣。

 贋作の産声を叫ぶマグナは、舌打ちながら撃ち込まれた錐状の白焔を薙いだ。異能殺しの刃金が、白濁を霧散させる。

 遠目の観測と言えど、ジャンル外の私に剣筋など追える筈もない。ただ振るわれた後だけが番犬の監視越しに網膜に映された。

 見事な円運動、と亀裂の生じた大地を蹴る忍が呟く。


「無粋なモン! それを出されちゃアな、」

「冬夜アアアアアアアアアーッ!」


 裂帛の踏み込みがクレーターと化した地を巻き上げ、蒼が尾を引く不可視の剣戟が、白濁の焔を穿ち抉る。

 総てのベクトルを燃焼する異能は異能であるが故に、紛い物の神器にさえ屈し。

 結果として、白の右腕が肩から斬り飛ばされていた。


「――くき、いィ、ひゃひゃひゃ!」


 切り上げていた刃は白濁の背後で既に戻り、大上段の構え。

 大気が震える、神器の唸り。異能にとって絶対の死が牙を突き立てる、その間際。

 刹那に引きつっていた口の端から血混じりの涎を散らし、開ききった瞳孔が死神の鎌を見上げ――血染めの白濁が哄笑する。


「――ッ、イイねェエえッ! クる、痛、痛グ、は、ヒは、ひゃ! 興奮して、キたゼエエエェエエっ!!」

「っ、もぉ、黙れエエエエ!!」


 何故か二の足を踏んだマグナが、残った左の五指を怪鳥のように広げ、血泡を吹くように喚く白濁を振り切るように偽神器(フェアル・グラム)を振り下ろ――止まる。


「――ッっな、に?!」


 何か、人影が割り込んだ。

 僅かな驚愕を脇に殺し、結果を機械的に観測する。


 マグナと雪深 冬夜の間、密着しかねない至近に現れた第三者。探知の外から――層を打ち破って、隔離されたこの領域に。

 振り下ろされかけた神器は、達人のような滑らかさで後刃を片手で掴まれ。ついでに、空いた手で雪深 冬夜の細腕も掴んでいる。

 丸腰。神器の類はおろか、特別な装備の一つも見当たらない。一度雑踏に紛れれば判別が困難になるだろう、簡単な格好。

 若く、マグナと同年代程の少年。優男に属する顔立ちだが、それ以上に我の強そうな瞳が印象に強い。

 そして、その乱入者の波長――番犬によって解析されたこのデータ。

 そして、あの容姿は。


「……すず、は……?」


 マグナが呆然と呟いた名前は、私の認識と相違無かった。


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