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祭りの夜に 中


 何時の間にか無為な時間は経過し、夜の帳が下りていた。

 押し付けられた仕事のノルマは果たしていない筈だが、知り合いに謝罪すればイイ笑顔で軽く殴られるだけ。

 大体の野郎は、横に並んで頭を下げたチンチクリンを交互に眺めた後に殴ってくるので、推測は一つしかたたない。

 明らかに妙な誤解をされている。

 しかも喧嘩していた場所と時間を考えるに、恐らくは村の半数以上とそれなりの数の祭り客に拡散している可能性が高い。

 どうしたのかと首を傾げるお子様を林檎飴で黙らせ、切実な問題に頭を抱えていたところ。


「月城 燐音だ」


 えらく堂々とした、夜色の童女と遭遇した。

 小さい、五歳児並みの体格。しかし風格がある。見上げるよりも見下ろし慣れた風格。十年後の天上を約束されたような容姿。

 月城 燐音。聞きかじった特徴と、記憶にある姿とそう変わらないが……


「ふぁ゛、リッちゃん」


 林檎飴をかじっていたチンチクリンが名を呼ぶ。リッちゃんて、本物なのか。

 ならば斜め後ろに居るおどおどした子供は、噂に聞く腰巾着の衛宮 鈴葉?

……いや、馬鹿な。何故接近されるまで気付かなかった? というか何故こんな大物がこんな場所に居て騒ぎが起こっていない。


「貴様と少し話がある。場所を移そう」


 余人が抗い難いだろうものを内包した声。

 小動物じみた(かつて)を考えれば、変わり果てたとしか思えない。姿形は差ほど違わないが、内面が違う。

 しかし話、場所を移す。なんの話かわからんが、まあいい。乗ってやろう。

 こちらからも聞きたかった事はあるしな。









 瞬く星の下にあるお空に、大輪の花が咲いてます。

 それは一瞬でしたが、月城と同じ色の空という大地に芽吹く、色鮮やかな大きな花弁。

 その花は直ぐに消え落ち、大砲のような音があとになって鼓膜に響く頃には花開いたなごり、火薬の煙くらいしか残っていません。

 これが花火。夜空に咲く花とは、綺麗なものです。


「ほああ……すごいもんだねぇ」

「そうですねぇ」


 月城からトイチとやらで借りたお金で購入した月見だんごの三段目を口に運びながら、感嘆の息を吐いた泉水さんに答えます。

 どこかで、或いはそこかしこで似たような歓声があがります。


「うん……ほんとうにきれい」


 人間本当に感嘆した時は率直な感想しか出ないものと、どこかの本にも記されていました。

 九咲さんと同じ車椅子に乗った、月城よりは少し大きいくらいの小さな女の子、泉水 冥さんもその言葉に反れないらしく、煤けるような笑みで夜空の花を見上げています。

 鮮やかな色合いに花弁の形は、咲き誇る事に姿を変えていて、感嘆の息はそこかしこから零れ出ていました。

……できれば月城とも一緒が良かったですけど、宗介さんという人と、どこからか現れたメイド長さんと一緒に人混みが少なそうな方に行ってしまい、泉水姉妹と並んで花火観賞という成り行きに。

……まあいいんですけどね。泉水のお姉さんは話しやすい良い人ですし、妹さんとは初対面……ですよね? そこはかとない既視感があるんですが……まあ一目でわかるくらい大人しそうな人ですから、これまた問題は無いですけど。


「……くちっ」


 実は合った事があるのに忘れているとかいう失礼がないかなと気を回していると、花火の打ち上げがインターバルに入ったらしく。

 熱気に囲まれなからも少しばかり肌寒い夜。破裂音による阻害なく、小さな咳き込む音が聞こえました。


「あ、冥、寒くない? お姉ちゃんのコートかける?」

「……だいじょぶ、ちょっと鼻が」


 多少年の差がある――ようには見えにくいですが、泉水(姉)さん曰わくそうだとかいう――姉妹は、仲睦まじくしています。

 並べて見れば、同じ金髪でも妹さんの方が色素が薄く見え、それはそのまま生命力の違いのようにも見えました。

 健康な姉と、病弱な妹。どこにでもそういう明暗はあるのですね。


「へくちっ」

「ああ、冥、鼻水。やっぱりちょっとまだ調子が悪いんじゃあ」

「おねえちゃん、その下は半袖でしょ? 大丈夫だから……」


 妹さんの装備は、寒色のジャンパーに桃色のマフラー、毛糸の手袋といった、季節を考えれば厚着といって差し支えないものです。

 が、その厚着の上からもなんとなくわかる筋肉の無さに、青白い顔色から病人に近いものが伺え、実際彼女は寒そうに肩を震わせていました。それをこらえるように笑いながらです。

 暖かそうなコートを着込みながら肌寒そうにしながら妹さんの鼻水を拭うお姉さんが、そのコートを手渡そうとするのもわかりますね。ですがここは、それよりも。


「では、私のをどうぞ」


 我ながら少しだけ気取った風に格好つけ、着込んでいたお気に入りのショートコートを脱ぎ、月城並みの小さな肩にかけてあげます。私からすれば差ほど大きくはないのですが、小柄な彼女からすれば肩から膝上まで全部をカバーできる有り様。

 驚いたようにまん丸な目を更に丸くさせる妹さんに、満面の笑みを浮かべたお姉さん。


「ありがとね、鈴葉くん。ほら、冥も」

「あっ、あの……ありがとうございます」


 いえいえ、私は少しばかり頑丈ですし、これ位は当たり前なのですよ。

 新鮮なリアクション、善意に素直なお礼を返されるなんて随分と久しぶりな気さえします。


「あはは、鈴葉くんは良いこだねー。よし、お姉さんからこの焼き鳥を贈呈しよう」

「い、いやいいですよ。そんな」


 酔っ払ったような上機嫌で笑う泉水のお姉さんに遠慮していると、ふと射すような視線を感じました。

 反射的に振り向き、ぼんぼんの灯りと人混みの隙間に、踵を返し遠ざかっていくという不自然な姿。

 獣のような速さで走り去る姿を、打ち上げられた花火の光に照らします。

 大きめながら細みの、どことなく見覚えがあるような……?


「――なっ、あ」


 首を傾げる中、驚愕と焦燥が滲む声を出したのは泉水のお姉さんのもの。

 なにかと視線を向ければ、花火が始まる直前まで立ち食いしていた焼きそばの容器と焼き鳥の串が転がっているだけでした。


「ごめん鈴葉くん! 冥をよろしく!」


 横切る気配に返事をする間もなく視線を戻せば、目を疑いたくなる勢いで人混みを縫うように走り去る泉水のお姉さんの姿。

 夜空の花が再び咲く頃には、既にその後ろ姿さえ消えていました。


「……何事?」

「おねえちゃん?」


 妹さんと二人して首を傾げる他なく、何があったのか把握するだけの材料もないまま、三度目の花が咲きます。

 少しだけ形が崩れた、ひまわりみたいな花。


「……どうしたんでしょうね? 何か、驚いてたみたいですけど」

「……もしかして」


 何か心当たりがあるのか、かわいらしい眉を寄せて口元をマフラーで埋める妹さんを、白に赤にと変化する灯りが照らします。

 しかし直ぐに考えを纏めたのか、固いものを儚げな顔に張り付け、視点を上げました。

 とりあえず焼きそばなどの入れ物だったゴミを村の人に渡されていた紙袋に回収していた私を、幼いながら真剣さを伺えるおめめでじっと見つめてきて。

 ぞくりとしました。

 背筋が凍る、覚えのある感覚。これは、


「おねがいしますおにいさん。わたしなんかのことはいいですから、おねえちゃんを」

「ごめんなさい」


 ナニカを頼まれている、自分ではできないナニカを期待している類の目に、気付けば視線をそらしていました。


「……おにいさん?」


 何を言われたかわかってないような幼い声。

 罪悪感と、それを押し潰す恐怖に肩を震わせ、唇を結ぶ端も歪む。

 期待が怖くて、誰かの失望も怖くて、立ち向かうだけのナニカも無くて、震えの元だけが体中に伝染していく。


「……勘弁、してください」


 ナニカを成すことも、立ち向かうことさえ。

 私には、無理です。









 何故、という疑問があった、驚愕があった、焦燥もあって、それ以外の全部が混ざった未知が胸にある。

 条件反射に近い行動は、それ程自分の利にとっては矛盾してないように思えた。何よりあの化け物と事を構えるわけにゃいかんという意味で。

 人混みを抜け、祭りの熱気を振り切り、花火の閃光を背に、走る。

 森林の近辺で闇にまぎれて走り、木々を縫うように走り抜ける。人生で十指に入るくらいに無心かつ全力で走る。

 しかし、


「ドォゥエリャアアアアアアアアア!!」


 能力者(あたし)から見ても目を張る快脚の持ち主は振り切れない、どころか追い付かれ回りこまれる始末。

 再び目が合うや否や、いつぞやよりも数段キレのある飛び回し蹴りがなんの容赦も無く遅いくる。

 しかしそんなもんに当たってやれる程、ベーオウォルフは弱かない。

 迫る開脚を無手の方で掴み、逆方向に投げる。あわよくば頭でも打って気絶しろと吠えた。

 しかし猫か猿みたあな空中回転で体勢立て直し、膝辺りまであるコートをまくりながらあっさりと着地を決める。


「相っ変わらず、下半身に関しちゃ変態的な奴やな?」

「変な風に言うな! バカメッちゃん!!」


 全くついてないわ。なんでこないなタイミングで遭遇せなあかんねん。

 遠く、月の浮く夜の暗闇に花が咲く。

 木々の隙間から天然以外の光が漏れ、相対する童顔を夜目が効かずとも判別できるようになる、一瞬。


「見逃してくれへんかー、って、んなわけないわな。それに見られたんやからこっちも素通りはあかんしね」

「ウルサい! こっちはとりあえず一発ぶん殴って連れて帰ると決めたんだ! 勝手ばかっかやるそっちの都合なんて知らないやい!!」


 あー、大分お冠やなぁ。つぅかどこの親父かと思えるくらい真面目に怒っとんのはわかるんやけど、なんか久し振りや。

 無理ないけど、ああなんかなーこう、なんやろこのもやもや。

……イラつくわぁ。


「あかんでー。相互理解無くして、人間関係は成り立たんねんよ」

「言えた義理かこのやろーっ!?」

「そやね。裏切り者を連れて帰るとか、何様のつもりなん? そんなんじゃ今の居場所だって無くす羽目になるで?」


 氷を詰め込んだような温度の低い声に、かつての悪友が一瞬だけ目を見開く。

 直ぐにそれは細められたけど、ああ、なんや。一番怒っとる時の顔やな。


「そんなに、リッちゃんが憎いの……?」


 愚問やな、余りに馬鹿馬鹿しい問い掛け、しかし馬鹿馬鹿し過ぎて逆に笑えない。返答は決まっている。


「あんまし」

「そっか――って、へ? えええ?!」


 なんや、怒気が霧散する程驚いて。

 そりゃあアレやで? 確かに(ミカナ)殺したんは月城 燐音で"間違いない"らしいけど――それをさした黒幕で、同朋を滅ぼした奴と比べりゃ、憎しみにさえ値しない、というべきなんやろーか?

 いや、殺したりたい云うんは同じなんやけどね。


「黒幕?」

「アンタは知らんでええねん」


 ああ、知りとぉなかったわ。

 知らんかったら、素直に憎めたのになぁ……素直に殺して、怨みを晴らして……どうせ晴れへんのんやろうけど、区切りは付けて。アンタにでも殺されてやるのが幸せやったろぉになぁ、舞。

 星形の花が咲く空を木々の隙間からちらと見上げ、異様に強かった月城のメイドからパクった仕込み刀を舞に、敵に向ける。

 いつぞやのように。


「……構ぇや。もしくは尻尾巻いて逃げぇ」

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