表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/115

だべり話 三

 帝都から離れ、祭りが間近にあるという理由ではない理由でその準備に引っ張り出され、日々の修練に励む間もない雑用に勤しんでいた村祭りの当日。

 重量にして子供二人分はあるだろう謎の機材を両手に、何故か一人で運んでいる最中。

 見た顔がちらほらと見あたる雑多の中につい先日、帝都で顔を合わせたばかりの童顔を発見した。

 視線をそらす間もなく丸い青眼と目が合って、まずは僅かな驚き、次いで表情から色が抜け落ち、口元にだけ引きつるような笑みが浮くのを呆と眺め。

 互いの間に障害物があまり無いのを幸いと、流れるように薄青のコートがはためき、白基調のショートパンツから伸びる健康的な足が眩しい。

 喧騒が遠く、迫る脚が異様な程にゆっくりと見えるのは何故だろう。疑問以前に、相変わらず、良い脚をしているなあ、とまず思う。

 芸術的な躍動に、小柄な体格を帳消しにする跳躍力が此方に向かって存分に発揮され……さて、両手に持った機材を置く間もなさそうだな。


「ぅぉオどりゃあああああああああ!!」


 裂帛の気合いと、再会の飛び前転踵落としが脳天に突きたつのを自覚し、痛覚が回るより早く、暗転。











 青々としたお空は相変わらずお日柄よろしく、気持ちいいくらいのお祭り日和。

 喧々とした人ごみの中、月城と並んで歩いていた時です。

 一際大きな怒声と、重量感のあるものが崩れ落ちる派手な音が響きました。

 丁度、月城が向かう大広間の近辺でしたので、音源を通りかかり見る事になり。

 どことなく聞き覚えのある怒声を遠目に見。


「――こーんのぉーバッカ野郎オオオオ!! 離せシーちゃん! このなめくさった馬鹿の頭の中に溶けた鉄を流してやんなきゃ気が済まないんだよ!」


 どことなく聞き覚えのある声で怒鳴っているのは、旅人さん風の皮素材コートを着た、少年のような雰囲気の、見覚えがある小柄なお姉さん。


「落ち着けこの脳タリン! 猟奇的な殺人方を公衆の面前で叫ぶなああ!」


 それを羽交い締めて宥めようとしているのは、同じく旅人さん風な軽さと頑丈さを両立させたような藍色の外套を羽織った、こちらもやっぱり見覚えがあるお姉さん。


「はーなーせー! はーなーしーてー! アタマ、かちわるのー、岩石ーっ!!」

「ええいデカい石を振り回すんじゃないっつーにこの馬鹿力ぁ!!」


 作業を中断したギャラリーができあがってる中心、何故か拳からはみ出る程度の尖った石を片手に振り回し、蜂蜜色のショートがきらきらと活発に揺れます。

 薄い紫髪の勝ち気そう目をしたなお姉さんと揉めているみたいですけど……

 月城? 何で頭を抱えているのですか? ……というかまさか、やっぱりなのですか?


「……舞にシェリー。何をやっているのだ、あの馬鹿共は」


 ああやっぱり。月城さん家にメイドさんでしたか。どこに行っても目立っちゃうんですね。流石です。

 納得しながらも、ふと視線を感じて手繰って見れば、これまた見覚えのある人がどういう訳か車椅子に座って、茶色かがった黒目をこちらに向けていました。


「……っ、燐音様」

「名で呼ぶな」


 失敗したとばかりに少しだけ痩けた頬を歪め、車椅子が回されます。

 それより何事かこの騒ぎはと問う月城に、病人そのものな風体の九咲 雨衣さんは、少しばかり視線を背けながら口を開きます。


「……いえ、自分にもよくは。ただ制止する間もなく、知人と思しき男性に泉水が叫び声をあげながら踵落としを決めて、ご覧の有り様で」

「舞が更なる暴行を始めようとしたため、流石に見かねたシェリーが止めに入った、と」


 よく見れば、羽交い締めにされながらも暴れている泉水さんの足元に、大きくて謎な機材と、大柄な男の人が転がっています。

 九咲さんの証言と状況からして……泉水さんがやらかしたのでしょうか。体格差からは考えられない事ですね。


「薬を盛られて部屋に連れ込まれたからと、随分に立腹だったからな」


 月城が疲れきった溜め息をこぼ……え゛?

 え、ちょ、薬で連れ込ま、ええぇ??

 あの、もしかしてあれそれ、洒落になってないんじゃあ……?


「……ぐ、ぅう……いきなり、何をするか……?」

「信じてたのに!」


 酩酊したように上体を起こす男の人に、泉水さんは断罪するように金切り声をあげます。

 それにギャラリー方の無責任に飛び交う憶測や野次をはじめとした周囲の物音一切が、確実に一瞬は止まりました。


「無理やり連れ込んであんなことやこんなことしてえぇ、そーくんのばかぁーっ! えろー!」


 再開されたどよめきの方向性が固定されています。羽交い締めにしていたアズラエルさんも困惑した風。

 かく言う私もどうしたものか。男女間というかそこはかとなく大人な香り漂うといえなくもないような問答に心臓がドキドキです。変な汗も流れ出てきました。私はここに居ていいのでしょうか。

 ちらと見れば無愛想に定評がある九咲さんが表情を固め脂汗を流しています。


「そーくん……奴が宗介か」


 そのご主人さまは自然体で何事かを呟いてますが。

 手伝いのお子様たちがお母さんがたに手を引かれ退避していく中、構うことなく事態は進行していきます。


「責任とれ! 無理というなら頭をー!」

「頭ならもう蹴られたわこの馬鹿力が。そして人聞きが悪い、お子様に言語機能をどうこうしろとは言わんが、せめてちっとは羞恥心も備えろ鳥頭」

「シーちゃんどうしよう! この鉄面鬼畜皮肉っ子、全然堪えてないよ!」

「え。いや、私に振られても……」


 うきーと地団太踏む泉水さんに一歩引き、恐らくは私らの比でないでしょう羞恥に耳まで赤くなるアズラエルさん。

 というかこんな問答で、しかも衆人観衆の中、一人平然としているあの人は一体。


「というか本当に人聞きが悪いな。お前は俺をこの村から追い出させたいのか?」


 ゴツゴツした籠手に無地のつなぎみたいな服を着た、大柄な、率直に言ってしまえば怖い外見から想像し難い知性的な落ち着きのある声です。

 掘りが深く、目が合えば逸らしてしまいそうな目を更に細め、童女のように頬を膨らませた泉水さんを観察するように数拍の沈黙。


「……いや、言い回しからしてお前らしくない。誰の入れ知恵だ」


 確信を含めた問いに、泉水さんはぶ然と答えます。


「こーくん。公衆の面前でこう言えば確実に有効だからって」


 あ、片膝着いてダウンしましたね。


「おぉ、ほんとに初めてそー君を弁舌で倒せた! すごー!」

「……想定外に腹黒かった義弟とお子様の馬鹿っぷりが腰にきた」


 何故でしょう。大柄で目つき鋭く雰囲気ある彼の姿からは相反する匂いがします。

 なんていうか、苦労人的な。





「はぁ……あのな、流石に(コウ)からも説明があったろうが、俺はお前に恥じる事は何もしてないぞ?」

「それは説明なんか無くたってわかってるけど、」

「しんじてたのにー? とかほざいてたが」

「うっさいやい! こー君に後始末押し付けて逃げたから怒ってんだよ!」

「それで状況も考えずに踵落としか。機材(コレ)が頑丈だから良かったものの、下手をすれば機材は壊れて、俺も怪我をしていた」

「そ、それはごめん。かっとなっちゃって、謝る――ヨ゛っッ?! なに、何でいきなりでこぴん!?」

「お子様には飴と鞭が必要だからな……さ、いい加減に機材を運びたい。そっち持て」

「鞭しかないよ!」

「後で飴ぐらいは奢ってやる」

「本当に飴くらいで……くっ、嘘だったら針千本飲ますからね!」

「はいはい」


「……けっ」


 段々と、ノラ犬さんも食べない口喧嘩から和解に移行したのは、日も暮れ、害鳥さんたちさえ鳴かなくなった頃。

 一様にやってらんねぇ的な溜め息を吐かれ、各々散っていったギャラリー方と同じような表情で離脱していたアズラエルさんが、裏切り者を見るようなキツい眼差しで舌打ちをしました。

 丸く収まったのだからいいような気がしますが、そこは女の子。

 女にはのっぴきならない事情とやらが多々あるのだと、月城も仰いました。

 顎まで生やした白い髭を三つ編みにしたわいるどなおじさんと何やら身振り交え話込んでいた月城も一段落ついたらしく、仲良く荷運びに興じる男女に小さな肩をすくめます。


「……ずいぶんと久し振りに観たような光景だな。ふふ」

「月城?」


 どこか危うげなもので、夜を詰めたような宝石が揺れた気がしました。口元に浮かんだものと相まって、なんだか……

 訳もわからず怖くなって、声をかけたらいつも通りの見下ろす上目遣いが返ってきたのでほっと一息。

 何をしているのかと細められた至宝がまあいいと吊り長に戻り、車椅子の乗り手である九咲さんと後ろに回ったアズラエルさんに何事か命じます。

 暇を言われたのでしょうか、暮れていく日と辺り一面に設置された色とりどりの灯りに照らされる対照的な表情が印象的。

 離れていくお二人を見送り、台座のような機材を運んでいった泉水さんたちの方に向き直ります月城。


「宗介にも少し話がある。行くぞ」

「はいはい」

「妙な影響を受けるな」


 いや、月城が話してる間、日が暮れるまであの問答を見せられたものですから。

……というか月城、何か重要そうな事を話していたのに、泉水さんたちのやりとりも聞いていたのですか?

 私の疑問に、当然だと笑う月城は、やっぱり私の知る月城のそれでした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>異世界FTコミカル部門>「超俺様美少女当主、月城 燐音」に投票   「この作品」が気に入ったらクリックして「ネット小説ランキングに投票する」を押し、投票してください。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ