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祭りの夜に 上


 豊穣祭。

 なんでも豊作でもあったらしい件の村。

 近年、月城が治める領地の一つとなったおかげで費用が回され、家畜や農作物を魔物や傭兵に荒らされる事もなく。また地震や干ばつ、ドラゴンさんや異能力者さんといった天災も無く、平穏無事かつ順風満帆な一年を送ったとか。

 それのお祝いと村おこしも兼ねたお祭りは、一つの村をあげての盛大な取り組みなのだー。

 と、ミニの赤いスカート、白の上着にハイソックスという、写真に収め永久保存したい格好の月城が仰いました。

 ただ、到着のおり、領民方からは絶大なご利益もたらし外見も極上な、神様的扱いらしい月城のご尊顔を拝見したらしい村長さん(御歳九十八)が卒倒し、そのまま安らかな顔つきになられた時はとんだ災難でしたが。


「……」

「マグナ? どうしたの?」


 暖かい木造建築の中でご老体を介抱するマグナが何やら思案気に眉を寄せるのが気になります。移動の馬車から出る直前からこんな感じでしたし。


「いや、なんでもない」


 と触れて欲しくなさそうに誤魔化すので無理強いはしません。私にできることなんてたかがしれているのです。

 その後は、なんとか意識を取り戻した村長さん宅によばれました駐屯軍人さん(御歳四十半ば)と顔を合わせ、しきりに緊張されました月城。

 とりあえずお忍びの体裁は取り繕い、中央から出れば意外に顔を知られていませんマグナ達は兎も角、あまりにも目立ちすぎる領主さまな月城の容姿をどうするかという話題になると。

 夜色の前髪を一房摘み弄くる月城本人、思い付きのように一言。


「この際、髪でも切るか」


 阿鼻叫喚でした。

 主にメイド長さんと私。この時ほど彼女と心を一つにした事はないと断言できますね。

 何故に小さなお祭りで月城の御髪が散らねばならないのですか! この世の不条理に涙がとまりません。更にはメイド長さんの目にも血涙という新たな格言ができる始末。

 なにがどうあろうとそのような理不尽、認めるわけにはいけません!


「いや、大袈裟過ぎない?」

「ふむ。マグナは私が同じ理由で髪を切ると言えば?」

「いや、流石にそりゃ止めるけど……土下座まで?」

「そこまで重要という事さ。理性を失うくらい」

「そんなもんかな」

「そんなものだ」

「呑気に語ってるな外野共! ええい貴様らも土下座したまま追ってくるな気色悪い!」


 密かに磨いていた秘技・土下座移動の甲斐あって、国宝の死守は成りました。

 月城からは恥ずかしいわ貴様らー! と目尻を尖らせて殴られメイド長さん共々正座を命じられましたが、本望です。

……いや、殴られたことじゃありませんよ?

 しかしそれならばどうするかです。

 月城が変装も無しにお祭りに混じろうものなら、即座に人並みに囲まれサインや握手をねだられたり拝まれたりで身動きがとれないでしょう。というか最悪、不埒を働こうとする人々が、その真偽を問われず片っ端から殺戮メイド長さんに惨殺されるという、また別のお祭りが開催される事に。


「まあ、その点に関しては問題ない」


 と、月城並みの美貌と身長を誇る、白衣に銀髪に白肌という全身がくまなく白いお人、でもお腹の方はわかりませんアルカさん。

 妙な装飾の施されたチョーカーらしきものを白衣から取り出します。


「それは?」

「発掘品か?」


 単純に首を傾げる私に続き、どこか驚きと確信を含んだ声で月城。

 御名答、ともとより細められていた眼を笑みの形で更に細めるアルカさん。

 更に白衣から幾つもの同じ品を取り出し、見せびらかすようにしたりして。


「認識阻害の劣化模造品だ」


 アルカさん曰わく、遺跡からの出土品の複製品(レプリカ)の試作で、装着者の存在感を引き下げるものだとか。


「オリジナルよりスペックは落ちるが、一般大衆と溶け込む事くらい訳無い」


 マグナにチョーカーを付けてもらいながら説明を続けますアルカさん。無表情ながらどこか嬉しそうなのは気のせいでしょうか。


「着けたけど……なんも変わらないぞ?」

「それはお前が、私をきちんと認識しているからだ。大衆からは美醜や特徴が注目されない程度で認識を止められるだろう」


 首を傾げるマグナに、着けられた幾何学模様チョーカーを撫でながら応えるアルカさん。

 認識阻害とかいうわりに変わった様子はありませんが、月城は何やら得心したような、仏頂面ながらキラキラおめめ。


「成程。その他大勢以上の認識は妨げるが、最初から個として認識していれば効果は無いか」

「こんな場に、私達のような有名人が居るとは思わない。そういう心理の隙間を突ける。装着者の特徴をある程度正確に認識し――」

「あー、難しい理屈は後にしようぜ? おれらわけわかんないし」


 私と同じように、少し長くなりそうな気配を敏感に察知したマグナが私の肩を軽くはたきつつ中断を求めます。

 機能の全てを知らずとも、道具を使う事はできるのです。一流の剣士さんが剣を作れる必要がないのと同じように。


「ふん。まあ顔を合わせるべき者もまだ居るしな」


 月城の決定で村長さん宅から移動する事になり。

 雲ひとつない、うららかな昼下がりの下。豊かで危険な自然の開拓地の一つである村は、普段とは異なる活気と喧騒に満ちています。

 首にフィットする認識阻害のチョーカーはきちんと全員に機能しているらしく、色鮮やかな夜店をちらほらと組み立てつつある村人さんや商人さん達から見向きもされません。


「暗――便利そうな――」


 聞こえません。珍しくエプロンドレス姿じゃない、そこらの男性よりも黒い革コートが似合う誰かの独り言なんか聞こえませんったら聞こえません……!


「……マグナ」

「お久しぶりです、我が主」

「おー、(サク)にさくら。お前らももう来てたんだな」


 得意技である現実逃避を試みている最中、狐と狸を足して二で割ったような面に朱色のつなぎみたいなのが可愛らしい女の子と、真面目そうな吊り目に古めかしい着物を着たマグナと同じくらいの背丈をした男の子の二人が、マグナに話しかけていました。

 現地で合流すると口にしていた、マグナとアルカさんの仲間でしょうか。その割には、月城の横でどす黒い視線を送っていますけど、アルカさん。


「アルカ」

「……ん、ああ」


 何か妙な仕草をした月城に振り向き様、一瞬だけ淀んだ海色に知性が浮き、


「少しばかり、雌狐と雌狗に話を通してくるよ……色々ト」


 瞬く間にハイライトが消えさり、談笑する三人に機械的な動作で歩み寄っていきました。

……大丈夫なんでしょうか、色々と。


「……静流、付いてやれ。いざとなれば」


 私程度が抱く地形破壊の予感を聡明な月城が察知してないはずもなく、早速対処しようとメイド長さんに声をかけます。


「は、抹殺ですね?」


 人選ミスな気がするのは気のせいでしょうか。


「違う。決して騒ぎを起こさせるな。万事五体満足という前提で仲裁しろ」

「……はい」


 作業に追われる人ごみに消えていったメイド長さんを見届け、月城に一言。


「……何も言うな」


 言う前に封殺されました。

 静かに佇む私あんど月城を置いてけぼりに、目をこらさずとも辺りの人々は忙しなく汗水垂らし頑張っています。

 金具を打つ音に機材を運び掛け声をかける人、雨風が凌げるかといった場に並べられていく商品、陣を描いた錬金術師さんが何かを補修するところ。

 祭りの前後が一番大変、そんな言葉がうまれる通り大変そう。

 しかし祭りの前は楽しいもの。活力に満ちた現場で、紛れ込んだ子供にも分かること。

 お祭りが、始まるのです。


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