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祭りにいこう!

「あばばばばばばばば」


 低血圧な身の上でも起床せざるおえない音が鼓膜を衝いた。

 狭い寝床で丸まったまま微睡む目をこする。

……なにごと?

 靄がかる眠気が飛ぶように早急な危難は感じないが、眠気が無くなる不可解な奇声の元を探るべく、先ずは胸ポケットに納めていた眼鏡を掛けた。ぼやけていた視点がクリアになる。


「あばばばばばばあばばばばヴァばばばばあば」


 笑い声とも鳴き声とも壊れているともつかない音が、ベッドの片隅に膝を抱えて座る小柄な同僚から紡がれていた。

 瞳は虚ろで、唇の端が引きつり半笑い。蜂蜜色の髪は垂れ下がった獣の耳のような。

 全体的に、悲惨な戦場から命からがら帰還したばかりの兵士が如き様相。

 はて、と首を傾げる。

 何故に寝起きでかような光景が広がっているのか。

 しかも私のベッドの上で……いや、そこを指摘するのはどうか。というか呼び掛けが届くのか。


「……舞。どうしたの?」

「棚に挟まってる奴がどうしたのは無いとおもうなー」

「あばばばばばヴァばばばばばばヴァば」


 妙な音を垂れ流し続ける以外できそうにない舞は予想通り何も答えず、二段ベッドの上で白い足をたらす、ズボラな格好をしたユアに視点を向ける。


「……なにが、あった?」

「いや、どうにもねー。妹ちゃんが無事に峠を越して、地上の病室にまで移されたらしいんだけど」


 それは良いことじゃあないの?

 魂が肉から乖離して、緩やかに死ぬしかなかったという病状と比べれば。地下と違って面会も容易にできるだろうし。

 少なくとも、与えられた部屋の中とはいえ黒の下着姿でくつろぐのよりは、よほど。


「ただ、見た事のないらしい桁の請求書を渡されたらしくてねー」


 錬金術師の二十四時間張り付けに、秘匿設備の使用に地形修復者の捜索費。後一押しで、貴族の屋敷が建つ桁じゃね?

 とユアは肩をすくめながらへらへら。他人の不幸は蜜の味とばかりに、目が楽しそう。

……きのどく。いや、命を金で融通できた事を考えれば、まだましか。な?

 月城 燐音。甘い所は随所に見られるが、莫大な影の利益に繋がりと引き換え、結局明白な損害を出した事がない。という事を考えれば……泉水 舞は、それだけの費用を傾けるに値する人員だ、と。

 確かに、赤竜と単身で相対し、生還したというふざけた身体スペックを鑑みれば、その程度の価値はお釣りがくるか。


「まー、いい加減げんきだしなぃ、舞ぽん。リッちゃんサマは悪どいけど、そこらに転がる悪辣な金貸しよりは(多分)マシな相手だぜぃ?」


 なぐさめにならないなにかを口にするユアにしかし、舞の虚ろに生気を灯すにはいたらない。

 確かに、身売り等をする心配はない。食うに困ることもないし、既に燐音様にしているようなものだから、そこから売られる事もない。

 死ぬ寸前かその先までこき使われる可能性は濃厚だが。


「――おや、ここに居ましたか、泉水 舞」


 扉を開け放つ寸前から確信を口にする人が形ばかりのノックの後、開口の音。

 慇懃な口調と背筋を伝う悪寒に、棚から首を出して確認すれば、男性と見紛う上背に、女性的な体つきをした黒髪黒目のメイドの長が佇んでいた。


「おー、メイドちょ、」

「――っひぃぃぃぃぃぃぃぃーっ!?」


 悲鳴が響く。ユアの気さくな挨拶を上書きする、それはもう悲鳴の鏡とでも言うべき悲鳴。

 体の底の奥、感知できぬ得体の知れない器官から絞り出されるような、人心に訴える渾身にして限界の、悲痛であった。

 その当人はと云えば、暴漢に襲われた乙女のようにがたがた震えている。

 ベッドのシーツにくるまる、洗濯したての白い塊が部屋の隅でがたがたがたがたと。赤竜と相対して生き残った未完の猛者が。


「……なにごと?」


 意味がわからず、同じようなタイミングでユアと顔を合わせ、珍しく素直な困惑を宿す狐目に首かしげ。

 とりあえず、さっきまでなんの反応もなく奇声を発し続けていたというのに新たな奇行(アクション)を見せたキッカケに向き。


「メイド長……なにしたん?」


 ユアは問う。

 しかし問われた当人は鋼のような表情筋を微動だにさせず、歩を進める。説明はない。


「さ、早く行きますよ」

「ぐ、ぐー……ぐーっ……!」


 強張った指先が掴むシーツのシワを深め、小刻みな揺れが痙攣じみたものへと移ろい、力の入った意味の無い声が虚しく響く。

……まさか、寝たふり、でもしているのだろうか。

 完全に錯乱してるとは最初から薄々察しがついてたが……これほどとは。


「うわあ、愉快な壊れ方だなあ。舞ぽん」


 狐そのものといった笑みを浮かべるユアの横を通り、メイド長は無言無音でシーツの塊に手をかける。

 あたかも、獲物に爪をたてる獣のように。


「……寝癖の悪い部下には、ややきつい躾が必要ですかね」


 穏やかな声。聞く人が聞けば穏やかと、そういう印象を口にするだろう声だ。寝ぼけ眼の子供をあやす親のような。

 しかし何故だろうか。根源的な生命の危機しか感じない。


「は、はははいぃ!! すいまっせんんんんんーっ゛!?」


 尾を践まれたノラ猫のように跳ね起きる舞。

 その顔面が、鷲掴みにされた。

 そこらの子供と大差ない体格の舞と、そこらの男よりも背が高いメイド長。対比としては子供と大人。大人が子供の顔面を掴み、片手で持ち上げている。


「いたいいたいいたいいたい!? メイドちょーさん自分で歩ける! 歩けますから歩かせてください、ちょっとー!!」

「ユア、あずき。室内とはいえ燐音様の屋敷で、行儀が悪いですよ。しゃんとなさい」

「イエッサー!」

「ぎょい」


 苦痛にもがき手足をばたつかせる舞に、まるで取り合うことなく坦々と足を進めるメイド長。

 その笑みに、抗える道理などない。即答だった。


「たっ、たしけてーっ!?」


 片手で宙吊りのまま連行されていく舞の悲鳴は、閉められた扉に遮られ、消える。

 そして扉の向こうで遠ざかっていく気配、痛いほどの沈黙が残され。


「……舞ぽん、最近はメイド長からちこっとだけ師事をうけはじめたとか」


 本来、舞に戦術の基礎を教えていたのはシェリーだ。が、最近業務を滞らせ、主から謹慎の処罰を受けている。

 その為の措置か。いや、だからってよりにも……


「……それは」


 言葉が詰まる。二の句が告げない、というより。


「シェリーが復帰するまで、生きてるかね。あの子」


 エプロンドレスに袖を通していくユアの言葉は、私が抱いた感想と概ね一致していた。


「ところであずきち」

「……なに」


 あずきちだのあずきんだの、その時のふぃーりんぐとやらで変化する呼び名。一歩間違えれば馴れ馴れしく思えるそれを心悪く思われないのは人徳なのか、人を選ぶ経験なのか。

 ともあれ、未成熟と成熟の境目な肢体をエプロンドレスに包んだユアは、先程までの連行劇を忘却したような笑みで、私に耳を貸せとばかりに手招き。


「知ってるかい? きてるらしいよ?」


 主語が抜けているのは、多分意図的だろう。

 別段気になったりはしないが、人付き合いの一貫として、なにがと問う。


「英雄さんだよ」

「えいゆう……?」


 首を傾げる。ズレた眼鏡を修正し、続きをと無言で促す。


「お忍びでね。妖精さんや狐の子と一緒に。つってもみーはーな子は騒いでたけど」

「…………まさか、ヴェルザンドの蒼魔と、悪夢の妖精?」


 狐の子というのはわからないけど、英雄に妖精と云えばそのセットしかない。

 異能力者に賢人が、もうここに来ていると……? 衛宮 優理の関係か?


「いや、祭りだって」

「……?」


 首を傾げる。意味がわからない。

 だって、中央国(ヴェルザンド)トップクラスの要人で、役割としては帝国の国守に近い。慰安の類だとしても、そんなわざわざ帝国まで出張るなんて、


「だから、祭りを楽しみにきたんだってサ。狐の子いわく」


……いみがわからない。
















 お兄さんが行方不明になったと聞き、月城のお家に入り浸ること早三日。

 お兄さんの行方不明は(おおやけ)にされていない事実なだけに事態の推移がどうなっているのか解りにくいところ。

 しかし現状、我が家の食卓の席から一人減ったことはごまかしようがない現実。

 今までにないパターンに不安というか、大丈夫でしょうかと心配になってきた今日この頃。

 なにか進展はありませんかと詳しそうな月城に尋ねてみても、心配ないとでも言いたそうに多種多様にはぐらかされ。

 お母さんはそもそも隔離されていて文通くらいしか基本的に交流できませんし、お父さんに至っては心配事態をしている様子が見当たりません。

 家族って何でしょう。再び思い悩めど、明確な答えはありません。


「まあ、考えすぎてても仕方ないって」


 と優しく微笑みかけてくれるたのは、いつの間にか月城のお家にお泊まりしていたマグナ。


「無責任な事はいえないけどさ。そんな簡単にどうにかなるような奴じゃないよ、あいつは……って鈴葉のがよく知ってるか?」


 まあ、お父さんと喧嘩して生き残れるような人ですし。確かにどうにかなる所なんて、お父さん相手くらいしか想像できません。

 でもやっぱり、心配は心配です。神経質と言っていい程にマメなお兄さんが連絡を絶つなんて。


「ああ、やっぱり神経質なのか。どうりで」

「……あれ? マグナって、お兄さんと会った事があるの?」


 首を傾げて問えば、マグナは「あ、やべ」とでも口にしそうな表情で視線をさまよわせます。

 いや、あの言い方だと普通にそうとしか。


「あー、いやね。面と向かって話した事は無いんだけど……」


 無いけど? てかなんでそんな言葉を濁しますか。


「戦場で、戦った……いや、一方的に叩きのめした事が……二回」


 うわあ。そりゃあ言いづらいでしょうね、友達の身内と知り合う前に戦っていて、しかも片方ボロクソ……ああそう言えば、東西戦争の終結前後で、完治に三日ほどかかる大怪我して若干荒れていたお兄さん。あれにはかような背景が。


「あー、その」

「そんな気にしないで。ちょこちょこあるお父さんとの稽古にくらべれば全然軽症だったし」

「軽しょ……たしか、胴体を深々と抉ったはずなんだけど」


 だって首の骨とか折れてなかったし、出血も輸血が必要なかったとかで。普段と比べれば全然軽症です。

 それを笑い交え告げれば、何故か盛大に引きつられました。

 自分の平常が他人にとってみれば異常でした、よくあることです。


「でもさすがは英雄さん。私なんか、お兄さんに組み手とかで一回も勝てたことないのに」

「いや。おれの異能は、同類相手にかなり有効だからさ……単純な殴り合いじゃ、てか生存能力とか、鈴葉のがかなり強いと思う」

「はあ……私たち衛宮家の異能はみんな同じなんですけど。やっぱり他の人は違うものなんですね」


 ドラゴンさんを撲殺する事はできても、遠方にまで噂が轟く蒼い炎とは無縁です我が家。


「血筋ってやつじゃないか? よくわかんないけど」


 まあ、異能自体がはっきりした何かは、よくわかっていませんし。ただ漠然と、常識や法則を外れた力としか。


「まあ人それぞれ、十人十色ってやつなんだろうけど……そういえば鈴葉」


 唐突に神妙な面もちになり、


「お前って、なんで燐音がああなのか知ってる?」


 抽象的な事をささやかれました。

 月城がああって……そんなの私が知りたい、ような。知りたくないような、知ったら後悔するような……


「鈴葉も知らないか」


 はい。表情だけで悟られましたか私。そんなに分かり易いですかと問えば、曖昧な笑顔で濁され。


「いやな、なんていうかさ……普通は自分の事を俺様なんて呼ばないだろ。大真面目に」


 話題修正。

 月城が普通かと云えば、大抵の変人は常人になると思われますが。


「天才は変人とイコールってのは知ってるけど、なんかね……」


 思案中とばかりに口元に手をやり何事かを呟くマグナ。

 どうしたのかと問えば、紫である事を除けば犬の毛のような髪をふるふる。


「いや……って鈴葉。また敬語」


 む……ごめんと視線に込め頬を掻きます。

 幼少からお母さんに厳しく厳しく叩き込まれた丁寧な語りは思考にすら組み込まれている次第。

 打ち解けつつある数少ない交流相手にもたまに出る始末。


「まあいいんだけどさ」

「何がいいのだ」


 透き通る声に視線を向ければ、客室の扉を開けた小さな姿。最近身長が百センチを超えたと、舞い上がるほどご機嫌だった月城です。

 話題の主の登場に肩をすくめ、曖昧に笑いますマグナ。


「いや、ちょっとね」

「そうか。まあそんな事はどうでもいい」


 自分から何かとふっておきながらの月城、まさかの切り返し。

 ええー、と曖昧な笑顔を引きつらせるマグナに、追い討ちのごとく威圧的な笑みを口元に浮かべます。


「支度をしろ」

「へ?」

「……元々貴様らは、何のために帝国(ここ)に来る予定だった?」


 意味がわからず戸惑いを浮かべる私。

 マグナの方は合点がいったような顔で手を叩いたり。そりゃあの言い方なら判るんでしょうが……なんなんですか?

 首を傾げつつ月城をうかがいますと。


「祭りに往くぞ」


 簡潔な解答が、万人が見惚れるでしょう光を闇色の瞳に爛々と宿した月城から紡がれました。


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