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祝・三



 報告書として纏められた書類を流し読み、内容全て頭に入れ、最適化する。

 偶然現場を目撃できたとかいう記者名を文面と同じくやや乱暴な筆跡で宗介と綴られた、何故かぐしゃぐしゃに丸められたようなシワがある書類。

 急遽運ばれたという通り、不自然な位置にある簡素な折り畳み机に、現時点では極秘に相当する書類を放り、嘆息にもならない息を一つ。


「……修道女のような服装、女の身からしてはやや長めな刀身が毒物のそれ以上に黒い剣、金髪で隻腕の女剣士」


 眉間に発生した皺をこね、言い終えると今度こそ溜め息を一つ。

 そういえばこいつの部屋に入るのも初めてだが、殺風景に近い中に愛らしいと世間一般は思うのだろう小物がちらほらと見当たるのは、まあらしいといえばらしいか。

 極限まで眦を細めた部屋の主、どこかしら以前と比べ違和感がある燐音は読み終えるのを見計らっていたのだろう。私にある種の視線を寄越してくる。


「それに、衛宮 優理は打倒された、と。どう見る、アルカ」


 異能力者に対抗できる神器保持者は兎も角、異能力者を打倒し得る神器にその特徴を合わせれば、一つしか思い至らない。


「"呪われた"聖剣か。これはまた」


 かつて、西方の象徴の一つであった聖剣。元は白金の輝きと跪づかずにいられない神がかった荘厳、人間では造形不可能な優美な装飾が施された剣だそうだが……まあこれは話半分にしても、どす黒さからはかけ離れていただろう。

 されど異能力者の血に汚れ、保持者ごと呪われたという神器。

 呪われた、というのが具体的に何なのかは不明瞭だが、崇拝の対象とすらされていたのが一転するには十分な要素らしい。それによって表舞台から完全に姿を消していた筈だが、さて。


「俺様は保持者と思しきシスターの方にこそ心当たりがある」


 それはそうだろうと笑みを返す。燐音は乗ってこない。精神安定剤自体が弱っているせいか、余裕が無く思えるな。

 多分に直感を含んでいるが、外れてないと確信に近いものを胸にしまい、肩をすくめる。


「隻腕でありながら剣聖級の腕前をもち、シスターと呼ばれていた女」

「月城の前代当主の側近のような立ち位置でありながら、近衛からすら独立していた秘匿存在」


 一枚一枚、抱えている情報という持ち札を見せ合う。

 ここらはそう重要なことじゃない。お互いが既に知っていることだ。


「しかもそのシスターなる女、月城 聖が消えると殆ど同時期に姿を眩ましている」

「狼狽えていた月城前代当主の子飼たちを尻目に、か」


 そして狼狽えとち狂った子飼たちは統制云々どころじゃなく、とりあえず生き残っていた燐音の姉を担ぎ上げようと画策し、結局は燐音の狗に――深裂 静流に――皆殺しにされたという間の抜けた経緯がある。

 思い返してみれば濃い話だ。当事者じゃないが客観的に観れば、姉妹同士親子同士、骨肉の利権争いに見えなくもない。

 しかし、それさえ放っておく理由があったのか。一見して月城 聖の生存と暗躍に関わりが無いと考える方が不自然だが、さて。


「竜の殺され方に、報告書の目撃証言も矛盾はしてない」


 竜を惨殺するという神経と能力を合わせ持つ者はそう多くないからな。

 状況からしても、あの場にそれを成した異能力者――雪深 冬夜もいたのだろう。その異能の気配に衛宮 優理が引き寄せられたと推察も成り立つ。異能力者は個人差はあるが、異能の感知もできるからな。苦手分野なのか、マグナはその辺りからっきしだが。

 ああ白濁の(ディープ・ホワイト)、マグナと一緒に相対した時の顔を思い出したら、また胸焼けがしてきた。

 いい加減に何かの間違いで野垂れ死んでいてくれないだろうか。あんな屑に寄生した虫螻に寄生する名称不明の何か以下のナニカに対して心労を働かせたくないのだ、いい加減。


「他にも最近、木原 八雲とも行動を共にしていたという目撃証言がある」

「それはまた露骨だな」

「目撃、というより遭遇した面子の稀少な個人技能で記憶の補完はされていたが、精神操作を受け遭遇の記憶を消されていた」


 脚がつく事を恐れたか。単純な口封じでは、そこで何かが有ったという証拠が遺る。記憶だけを消して返すのが一番頭の良い方法だ。

 当然ながらそんなことが出来れば、という大前提はあるが、木原 八雲という、曲がりなりにも高位錬金術師が居たとなれば前提条件は整う。

 後は記憶の操作が出来るレベルの錬金術のアイテム。一定時間効果対象を前後不覚に出来るアイテムの存在は私も知っている。

 普通に禁忌指定を受け錬成情報どころか存在自体封鎖・規制されているはずだが、木原 八雲は月城 聖に仕えていた――過去形が付くかは疑問だが――のだ。その程度の封鎖など、有ってないようなものだろう。


「木原 八雲、雪深 冬夜、そしてシスターなる女。並べ立てれば途方もない集団だな」


 竜と交わった高位錬金術師の狂人に、異能力者に、神器保持者で剣聖級の剣士。それぞれが歴史に名を刻めるだろう肩書き。


「エクスカリバーの保持者という事から、彼の保持者と同一人物であるとは?」


 災厄と化した後天的異能力者である白雪の(ディープ・スノウ)を討伐し、呪われた聖剣と姿を消した稀代の剣聖、当代最強であった剣士、アルトリシア=ミクイル。

 公的には死亡とされているが、実際には神器を汚した処罰を下されかけて逃亡し、野に下っている。

 年齢的にもまだおめおめと生きている可能性はあるし、ついでにアルトリシアは金髪でもあった。

 報告書の女が、アルトリシアである可能性は、確かにゼロではない。

 補強する材料も存在るしな。


「マグナの故郷が白濁の(ディープ・ホワイト)に灼かれた事は知っているだろう」

「ん、ああ」


 一見して突然の話題転換だが、特に動じた風もない。意味がある事を理解しているからだろう。


「その時にマグナを庇って死んだという、マグナの親代わりだが」


 台詞途中から呑み込めたか。蕾のような口元が僅かに引きつっていた。


「マグナの剣の師でもある金髪で妙齢の女を、マグナを含めた村人たちも"シスター"と呼んでいたそうだ」


 更に云えばマグナの剣技、姿を消した剣聖アルトリシアのそれと類似したものらしい。

 全てをイコールと決め付けるには材料が不足しているが、偶然と片付けていい範疇は越えている。


「マグナには?」


 言える訳がないだろう?

 育ての親が表から退いた剣聖で、更にはそんなのが敵になったかもなどという不確定情報。

 それだけで、身内に甘いあいつが苦悶に染まると思う。そういう顔をさせてイイのは私だけだというのに。


「お前こそ、衛宮 鈴葉には伝えたのか?」


 前提としてまず確かな情報と燐音自身が口にしている、報告にある通りの状況。燐音が口にする以上、衛宮 鈴葉も納得"は"するだろう。

 衛宮 優理は、神器保持者と闘って敗れたのだ、と。


「それこそ言える訳がない」

「だろうな」


 予想通り、燐音は首を横に振った。

 精神が不安定な異能力者の中でも、衛宮 鈴葉は特に不安定で脆弱に思えた。燐音の見解は少し差異があるようだが、懸念事項を告げるには問題がありすぎるという判断は共通しているようだ。


「対処はどうするつもりだ」

「内々で片付ければいい」


 まあそうなるな。衛宮 鈴葉に関してはそれでさしたる問題は無いだろう。


「貴様は」

「右に同じだよ」


 答えると、盛大な溜め息が返ってくる。

 確かにマグナは行動的だから、内々で片付ける難度は違うだろう。対面でもされたら終わりだ。

 しかし、マグナが気付く前に消してしまえばいいだけの事。いつものように。

 そうさ、あいつの望みを叶えるのは私の役目だが――望みを増やすような事をする必要は無いんだ。

 マグナと私に、無用で不要で邪魔な望みの芽は、潰す。


「……静流と仲が悪いわけだな」

「なに?」

「今の貌、静流とそっくりだ」


 同族嫌悪と言いたいのか。

 苦笑のなりそこないを浮かべた燐音は、言葉の真意を正しく解釈したが故の抗議の視線に応えず、私よりもか細い肩を軽くすくめた。

 しかし……ふむ。

 過去の視覚データから比較してみても、やはりこれは……


「燐音」

「なんだ」


 手を私と燐音、それぞれの頭上に伸ばし、振る。怪訝な表情が生来の嗜虐心を誘うが自重し、


「背が伸びたか?」


 くしゃりと、猫毛混じりの黒を混ぜる。

 自分のそれとは異なる極上の手触りを楽しみつつ、狭いテーブル越しに硬直した愉快な燐音を見下ろす。


「……なん、だと?」


 硬直からぴったり五秒後。感受し切れぬ何かにうち震えるような呟きだった。




















 鬼いさん、でなくお兄さんから。マグマ漬けという凄惨な処刑以外の何ものでもない罰を受けて、途方もない熱さと苦痛に意識を手放し。

 目が醒めたらベッドの上、見知らぬような見知ったような似通ったような天井の下。


「おや、気がつきました」


 えらく見慣れた感のあるメイド服の死に神が居られました。

……そうですか。最近の死に神さんは、メイド服を着込んだ長身の某メイド長さまのような姿をしているのですね。地獄の最下層ですか。わかります。私が何をしました。


「……なにか不快な事を考えてませんか?」


 ソファーにまで山積みされた書類を片しながらも視線さえ向けず剣呑な気配漂わすメイド長さま。思わず土下座したくなる感じです。


「いいいいいえいえいえいえ! そのような事滅相もないですげほごほげほ!」


 寝起きで飛び起きたからでしょうか。むせました。

 清潔な匂いがかえって馴染みません。


「気は済みましたか」

「いやあのこけ、じゃなくて……ここは? 月城のお家の客室?」


 何度か見たことがあります。青緑の観葉植物に、高級そうでいて実はそうでないソファーに机、奥行きにお茶汲みスペースに、眩い天井の明かり。


「五日ぶりのお目覚めとしては元気そうですね」

「五日?!」


 何故か舌打ちでもしそうな顔で告げられた日数に驚愕を隠せません。

 五日て、そんなに寝てたのですか私? え、救助されてからの日数? だから赤竜(レッドドラゴン)のお腹に居た時間も合わせればもっとなんですか?

……ってなんか聞き捨てならないワードが再び!?


「まあその辺りを聞く勇気があるなら司辺りにでも聞いてください」


 うわ気になる! けどなんか聞きたくないです! どうせろくな顛末じゃありません!

 と、ひとしきり頭を抱え悶えていた所、


「それと、衛宮(アナタ)の兄――衛宮 優理様が行方不明になりましたよ」


 更なる衝撃を叩き込んできました。

 どういうことですかと問うこともできず、口をパクパクさせるだけ。

 お兄さんは基本穏やかでも何かとアレ、お父さんと血が繋がってるんだなーと実感するような気の毒なお人。

 でもお父さんと違って、気紛れや遊び半分で居なくなる、なんて事は今までに無かった事です。

 一体、何が……わけがわかりません。

 詳しい事はまだなんとも、とどこか嘲笑っているような表情で私を一瞥したメイド長さん。

 それ以上言う事は無いという態度で、いそいそと並べ立てられた資料をまとめ、山のような白い塊をどこからかやって来たメイドさんたちと手分けして持ち運び、でわこれでと退室する皆さん。

 気になることだけを告げられ、二の句も告げられずぼんやりしていると、ノックも無しに扉が開く音。

 軽やかなステップを刻むように顔を出したのは、


「――くくくくくくくくくくくくく」


 何か凄い嬉しそうに頬を緩ませた月城です。


「ふは、ふあっはっはっはっ、ははははははははははははは」


 僅かに湿った長い髪からして、入浴後なのでしょうか? てかなぜにかっとんでご機嫌なのでしょう。

 白シャツに黒い短パン姿の月城。胸の前でシャツよりも白い腕を組み、いっそ小気味よい笑いを私の耳に届けます。

 先程の真面目な悩みも忘れさり、どうしたのでしょうかと首を傾げほかありません。


「あは、ああーっはっはっはっはっ、はーははははははは!」

「……あー、あの、月城? どうかしたんですか?」


 笑いすぎて高潮した顔からあからさまな笑みが止まり、笑みを堪えきれず零れた、という表情で私を下から見下ろします。

 うわなんでしょうかこの可愛いの。


「なんだ鈴葉。聞きたいか、聞きたいのか?」


 未だかつてないほど月城の瞳が輝いてますよ! 本当になにがあったのですか?!

 すごい聞いて欲しそうな感じの月城に抗う道理など在ろうはずも無く、首を上下させます。いったい何なんでしょうか。


「うむ。実はな」

「実は?」

「俺様の身長が、ついに一メートルに届いたのだっ!!」


…………ほえ?

 平時覗かせる陰惨な成分などナノ単位もない会心の笑みを浮かべた月城は、呆気にとられる私をよそに、自分の頭頂部をなぞるように手を回します。

 緩みに緩んだ唇から覗く歯は真っ白、そういえばこないだ乳歯が抜けたといっていました。

 しかしああ、何でしょうかこの感情。普通に可愛い……


「くくくっ、ふはははは、ついについについに、貴様や静流やアルカと同じ三桁だ! 百と百以下の差は大きい! ああ鈴葉よ、見る世界が違うぞ! いろんなものが広いのだ!」


 あっぱーな笑顔とふはは笑いで私が上体起こしたベッドの端に飛び乗り、羽毛のような髪の毛はためかせ勝ち(どき)じみた哄笑をあげます月城。犬さんの尻尾があらば、盛大な勢いでふりふりしている事でしょう。

……いやもう、なんなんでしょうかこの可愛い生き物。身長が百センチに届いて、我が世の春とばかりに喜び跳ね自慢するじゅういっさいじ。すごい和みます。色々な心配事がどうでもよくな…………はっ!

 そうですよ! すごい大事だったのですよ。あの竜殺しなお兄さんが、行方不明とかで……


「いつまでもいつまでも上から目線でいられると思うなよ愚民共が! 行く行くは静流程にでかくなって逆に心身共々見下しきってくれる……くくくくく、ふはははははははははははははははははははは!!」


……い、言えません……

 口にしてることはアレですが、最高の誕生日プレゼントをお母さんから受け取った女の子な顔した月城に水を差すなんて、そんな暴挙を通り越した暴虐! 叶うはずもない無理で滅茶で世界の法則に真っ向から歯向う夢想を年相応に叫んじゃうのを妨げるなんて――


「何か、失敬な事を考えなかったか。下僕」



 人の思考を読み、白磁の御脚を人の顔面にめり込ませる月城の声は、いつものそれでした。

 こんにちはいつもの月城、さようなら年相応な月城。いつかまた逢う日まで――


「忘れろ」

「あい」

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