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……逢い引き?

 雨天。雷でも響いてきそうなうす暗い昼の空。


 緩くはない雨粒の中を歩く人は少なく、閑散とした帝都の街なりまでどこか薄暗くもの寂しい。

 帝都以外の街並みを見たことは無いんだけど、風評から聞く大きな街並みに人気が少ないと、随分さみしく見える。人口密度って重要。しとしとふりしきる雨は、その密度を減らす。誰だって塗れるのは嫌だろうから。


 雨は嫌いだ。


 ここ最近、久しぶりに袖を通したメイド服以外の私服を着る――といっても、前のは全部燃えちゃったから、司さんに貰った新しいやつで、オレンジ色のかわいいひらひらだけど、気分が浮かない。

 地獄じみた鍛錬の日々……適性とやらで強制された、雑務プラスの鍛錬の毎日は地獄といって差し支えない。

 特にここ最近は組み手相手のシーちゃんまでもが抑揚手加減容赦なくぼこぼこにしてくれるし、お話しも碌にしてくれないし。憂鬱だ。雨衣さんが倒れた影響の余波はひどい。

 リッちゃんもなんか忙しそうだし。手術中とかで冥とも会えないし。

 憂鬱だ。すごいげっそりする憂鬱だ。

 貧民街(スラム)と違ってきちんと舗装された道、豪華で見栄っ張りな装飾が施された大きな馬車とすれ違う。

 水たまりが跳ねたけど司さんから渡された赤い傘で防ぐ。今水をかぶったら事だ。薄く施された化粧がとけてしまう。というか防がなかったらそうなってた。

 謝りもしない業者は淡々と馬さんに鞭打ち、数少ない通行人を通り過ぎる。

……髪の毛と服が少し濡れちゃったよ。


 飛び散った雨の臭いが、視界を埋める雨粒が――ああ、憂鬱だ。


 心の底から出かけた溜め息を押し殺し、曲がり角を曲がる。

 さんさんというよりザーザーと降りしきる雨の下、それでもぽつりぽつりと明かりが灯った硝子張りの店の一つ。

 屋根は青で、何となく居心地が良さそうな店内が見えた。


 ――喫茶ぬか漬け。カレイ始めました。


 落書きのような塗装がされた看板に、そう書きなぐられた小さな店。

 カレーじゃなくてカレイて、何が違うのか。店員さんに聞いてみようかな。

 でもやっぱり、特徴的な看板は待ち合わせ場所の目印には最適だね。さすがさすが。

 気分が若干浮上した。

 待ち合わせ場所を指定した幼なじみの相変わらずっぷりに頬を弛ませながら傘をたたみ、膝上ギリギリのスカートを払い、ドアベルを鳴らして店内へ。

 明るい色をした店内に、お客さんはまばら。

 いらっしゃいませとカウンターから響く挨拶に軽く一礼し、待ち合わせ相手を探す。

 居た。三つ並ぶ四角い木製テーブルの一つでカップを啜る、長身で黒尽くめの傍目怪しい男。

 視線に気付いたらしく目が合い、仏頂面のへの字口が僅かに緩んだ。手を振る。


「ごめん、待った?」

「待った、十七分の遅刻だぞ」

「あはは……」


 時間にやかましい孤児仲間な幼なじみのじと目に頬を掻き、ごまかし笑い。

 遅刻したのは――諸々の事情があったとしても――こっちが悪いわけだし。


「まあ、最初から時間通りに来るとは考えていなかった。月城家の仕事の厳しさは有名だからな」


 有名なんだ。確かに高給な割に辞めてく人が多い、とは聞いてたけど。


「んでも予想してたんなら、そんなに睨むことないじゃんか、そーくん」

「別に睨んでない。これは地だ」


 基本的に、からかい以外には嘘を言わないそー君の言に、数秒の空白が出来上がる。


「……しばらく見ない内に、とうとう強面が地顔になったんだね」


 思い返せば、態度に性格に合わせ、昔っから目つきも悪かった。

 身内の孤児仲間の半分くらいから敬遠されるくらい、その筋の人顔負けの恐さがあったね。

 現状じゃ、体格と合わせて見ても真っ当な仕事をしてる人には見えない。

 少なくとも、子供と連れ歩けば誘拐犯と誤解されるのは間違いないと思う。黒ずくめだし。ゴツいグローブしてるし。


「黙れ幼児体型」

「うっさいやい」


 軽い応酬しながら傘をたてかけ席につき、注文聞きにきた店員のお姉さんに応じてメニューを取る。


「そういえば、こー君は?」

「来てはない。あいつは錬金術師だからな。仕事はいくらでもある」


 むう、そりは残念。こんな無愛想単品と顔を合わせる羽目になるとは。


「そういえば、冥の事は聞いているぞ。治療中だそうだな」

「うん……って、聞いてるって、誰から?」


 企業秘密だとすかした笑みでいわれた。

 それだけ。まあ、気休めを言うような奴じゃないか、と一人納得。

 いいんだ、どうせ治る。絶対。絶対に。


「……ところで、これはおごりだったり?」

「ワリカンだ」


 ですよねー。

 じゃあ、と比較的割安な昼食セットとお水を頼む。値段が大事。

 そー君も同じものを頼み、営業スマイルで復唱した店員のお姉さんは、軽やかに厨房に向かう。


「それで、何の用なのそー君? わざわざ手紙なんかくれちゃって」


 おかげで、えらくほほえましそうな顔した年配の先輩から、そー君と思しき特徴を並べ立てられ手紙だよと手渡された時はどうしようかと思ったよ。

 なんか出掛ける直前にも色々化粧とかされたし、司さんもどこから聞きつけたのか、今着てる可愛い上下をプレゼントって渡されてさ。あー恥ずかしかった。

 いやこれでも女の子だし、おめかし自体は嬉しいんだけどさ。


「ああ、近況を話し合おうと思ってな」


 この野郎にはそれと気付かれないレベルだしね。

 可愛いとか似合ってるとかの一言の気配すらない鉄面皮に若干気分を害しつつ、まあそー君だしなあと気を持ち直し。


「……近況?」

「仕事はどうだ。何か理不尽を強制されてないか?」


……ああ、なんだかんだで心配してくれてたのかあ。うふふふ。

 なんてにやついてたら、無愛想面がなんとも言えない表情になった。気難しいなあ、相変わらず。


「気色悪い笑みを浮かべるな」

「ぶー、かわい気がない」

「あってたまるか」

「いやいや、さり気なくあたしが来るまで注文待ってるとか、こっそり見るとこはあったりするじゃん?」


 仏頂面には珍しい、虚をつかれた表情。

 あはは、解るとは思ってなかったのかな? みくびんなよー。あたしだって成長すんだかんね。


「……まあ、些事はさて置き。本題に入りたい」


 わざとらしい咳き込み一つはさみ、そーくんはテーブルの脇に置いてあった革製の黒い手提げ鞄を持ち、開ける。

 中には、よく執務室とかで山積みになってる資料っぽい紙束が。

 その中の一枚を手渡され、視線で読めと促されて、流し読み。

 報告書みたいな書き方。バイト時代、字を読み書きできると把握された途端にある程度事務も任されるようになって、ちょっと馴染みがあったからすぐ解った。

 内容は……うん?

 目を張り、確認する。

 これって…………


「信じるかどうかは任せるが、俺は見たままを書いた」


 確かに、昔一緒に勉強してた時に見た乱暴な筆跡はそー君のそれ。

 なら、信じないわけない。そういう風な騙しは嫌いなそー君だから。

 読みふける。最後まできっちり。

 その上でそー君と向き直る。仏頂面は真面目なものを覗かせていた。


「いや、信じるよ。これ、リッちゃんに見せても」

「そのつもりで渡した。非公開の密約だが、一応は協力関係だからな」


……組織人として、か。ちょっと淋しいね。

 少しばかり気分が沈んだのを自覚したのを見計らうように、湯気だつ料理が運ばれてきた。重要そうな書類は裏返し、テーブルの端に。

 営業スマイルのお姉さんに一礼して、テーブルに並べられた品々を眺め、箸を取る。いただきます。


「……どした。突然暗い顔して」

「……何でもないもん」


 嘆息が返る。どうしたものかとでもいいたげな表情のそー君。

 ちょっと罪悪感。しかしどうしろと……ああ、味がしない。もったいないなあ……

 妙な沈黙は続き、ご飯にお味噌汁に漬け物に焼き魚というシンプルな昼食セットの半分を胃に流した。

 そんな時、頼んでもいない品――苺のショートケーキという高級品がテーブルに置かれた。目をむく。


「……はいぃ?」

「サービスだよ」


 声におっかなびっくり振り向けば、店員のきれいなお姉さんがぱっちりした目でウィンクして、白い歯を見せ笑っていた。

 サービスて。いや、初対面ですケド?


「いやあの、そんな」

「良いって良いって、そこの朴念仁のお詫びも兼ねてさ」


 え、そー君とお知り合い?

 両者の顔を交互に見、ってそー君、なんでそんな苦むさい顔してるの。失礼でしょ。


「……排除は済んだのか?」

「手ぬかりは無いさ。可愛い女の子の相手さえまともにできない誰かさんと違ってね?」


 フレンドリーで大人な魅力漂う笑みを浮かべたままの皮肉に、さしもの皮肉っ子も押し黙る。

 でも何か聞き流せない単語が。


「てか、排除? 手抜かり?」

「……お前は尾行されていたんだ」

「……はあっ、誰に?!」

「さて。お前はマークされているから、な……」


 気になる台詞途中で振り下ろされた丸いおぼんを首を捻りかわすそー君。

 何をするか、と子供は泣くだろう堂に入ったメンチを切るそー君に、振り下ろしたお姉さんはダメな弟を馬鹿にするような感じで見下ろす。


「本当にダメだねあんたは」

「何だと」

「逢い引き中の女の子相手に血なまぐさい話とか。どこまで馬鹿なんだいあんたは」

「……いつから逢い引きということに?」


 それはあたしにもわかんないね。あたしは呼ばれただけだし。

 いやそれよりお姉さん、血なまぐさいてなんすか? 疑問を口にする間もなく、なんだか程よく日焼けした頬を紅潮させ、エキサイトした感じのお姉さんは続ける。


「数年ぶりに再会した、幼なじみのおめかしした女の子と二人で食事。これが逢い引きでなくてなんだっていうんだいこの朴念仁」

「……いっ、いやあの。あたしもそんなつもり無いんですけど」


 というか何故にそこまでご存知なので?

 そー君か? あたしの事話すくらいに親しい人なのかな?


「在ろうと無かろうと、女の子のお洒落に眉一つ動かさない野郎は問題だろう?」

「……あうう」


 駄目男呼ばわりされたそー君の面も若干気にはなったけどこらえられず顔を伏せ、意図せぬうめきをあげる。

 うん、それちょっと気にしてました。的確な指摘に言葉もないです。


「ほら、そんな調子だからちょっと気になってね。……ああ、お節介だったかなあ……」


 ちょっとだけバツが悪そうな、魅力的な表情で苦笑するお姉さん。

 そんな事はないですとあたしは本心を口にしようとしたけど……こらそー君! そっけなく「まったくだ」とかないでしょ。失礼千万な!

 しかし言われた当人、かんかんと無礼者の頭をおぼんで叩き、ちったー女の子に気ぃくばりなよと言うだけ。気持ちのいいお姉さんだ。

 それから数分ほどくっちゃべり、千夏(チナツ)さんと名乗ったお姉さんは、


「せっかく出したんだから、あたしからの奢り。貰っておくんなよ」


 と最後に言い残し去っていった。

 そこまで言われて応えねば女が廃る。スポンジふわふわ甘味は有り難く、美味しく頂ます。


「太るぞ」


 浸ってるところにあくまでも水をさす皮肉っ子のスネを蹴る。ってかわすなこの野郎!

 そうやって攻防交わすことしばし、最終的にあたしが席を立って素早く静かに、メイド長のみよーみまねでそー君の首をひねり、沈静。



 それからデザートを食べ終える頃を見計らうように復活したそー君、首をひねりながら徐に口を開く。


「あの女……千夏は、とある部族の出でな」

「部族の?」


 なんか以前聞いたような前置きだな、と口についた白いのなめとり首をひねる。


「能力者だって事だ。それも多少なりベーオウォルフと親交があった」

「っ、ベーオウォルフと?」


 メッちゃんと繋がりがあるかもってこと?

 身を乗り出すあたしに、そー君は何故か微妙に視線をそらした。


「ああ。その点も含め、色々直に聞いてみたのだが」

「みたのだが?」

「交流はあったが、メグリという者に覚えは無いらしい」

「……そっか」


 椅子を小さく軋ませ、席につく。

 まあ、部族で交流があったからって、そうそう都合よくは……いかないよ……ね……あ、れ?


……ちから、入んない? って、視界がかす、ゆがんで……

 あれ、なんでそーくん……わらって……なんか、いしきがとお……く、んぅ……――




















「……ようやく眠ったか」


 派手な音をたててテーブルに突っ伏し、涎を流し始めた間抜けな寝顔に嘆息を一つ。

 即効性があった筈なんだか、どういうことか完食から少し保ったな。個人差の範囲なのだろうか。


「眠ったのかい?」

「見て分からないか?」


 顔を出してきた千夏に声だけで答え、椅子の背に体重を傾ける。

 一般人に聞かれたらマズい会話だが――何も問題はない。

 元々この喫茶店自体が組織の傘下だし、今日に至っては店員からまばらな客まで、全て組織のもので固めてある。尾行者が来ようと、ぬかりは無い。


「しかし、何もケーキに盛らなくても良かったんじゃないかい? 薬」

「味そのものは甘みの少ない砂糖と変わらん特別製だからな。というかお前が調合した薬だろうに」


 何を頼むか判らん以上、後出しで舞が断らず、かつ味付け的に不自然でないものである必要があった。

 そのとりあえずの成果が間抜け面とはなんとも気が抜けるものはあるが。


「んでもさ、ここまでやるかい? ごちんて音、キッチンにまで届いたよ?」

「目的の為には仕方ない事だ」


……睫が少し伸びたか。

 女らしいというより子供らしさが目につく顔立ちは体格共々、成長した跡が見えにくい。

 いつになったら年相応レベルになるのか。無防備な寝顔だからか、余計にそう思う。

 髪は相変わらずさらさらだな。きちんと手入れはされてるのか、少しばかり濡れているが、悪くは無い匂いがする。


「目的ってあんた……つーかいい加減こっち見な。いつまで女の子の寝顔に見とれてんだい」


 誰が誰の間抜け面に見とれるてるか。

 抗議の視線を向ければ、生暖かい目で此方を見下ろす千夏と目が合う。


「……なんだその顔は」

「なにもー? てかそれより、ショートケーキと薬の代金、きっちり払いなよ?」

「……俺から言い出した事だ。わかっているさ」


 節介焼きだが金にがめつい女だ。適当な言い訳を付けて薬入りのケーキを出すように言ってはいたが、奢りとは。吹くかと思ったぞ。


「しかし、自腹切ってまで仕込んで女の子嵌めた目的が、」


 にやにやとした嫌らしい口調と合致した目つきで舞を眺め、完全にからかう気な視線を俺に。


「その女の子を強制的に休ますためとはねー」

「……過労で倒れられても寝覚めが悪いしな」


 以前再会した時、柏木 司・キャリー経由でこっそりと情報を受け取っていた。

 単純な体力はあるが、それだけに無理をする傾向があるし、慣れるまでが潰れやすいという法則もある。できれば休みとかに付き合ってあげてほしいとかどうのこうのと、保護者そのものな意見だったが。

 それだけに的を射ているのだろう。店に入って顔を合わせた時、化粧で多少誤魔化されてはいたが、蓄積した疲れの色は滲み出ていた。

 舞の目的、友人の奪還や妹の救済などを考えたら気張るのも当然と言えるのだろうが、最近は息抜きをする暇もないと聞く。精神的にも。

 全く、変わってない奴だ。

 おかげで、強制的に休ませる仕込みをするはめになった。


「へー、ほおおーぅ?」


 俺の言を微塵たりと信じてない顔を無視し、席を立つ。

 テーブルに突っ伏したまま寝かせる訳にはいかない。邪魔だ。場所を移す必要がある。


「でもそれなら、忠告とか言い聞かせるとか、色々あったろうに」


 素直に聞くかわからん。それに疲労回復の作用があるとて睡眠薬の一面があるのを素直に飲むかどうか。

 第一説得とか、俺の性に合わん。

 ならば俺らしくてっとり早く、事後承諾で済ませればいい。


「……事後承諾って、起きた後にいったい誰が承諾とるんだい?」


 物事の詰めを怠りはしないさ。


「丁度その頃には(コウ)も到着しているだろう」

「他力本願かい!」


 さて、とりあえずねんねのお子様は居間にでも運ぶか。組織の集会に使う場所でもあるが、まあ問題はあるまい。

 手渡した資料を一旦回収し、幼児体型のお子様らしい重さを背に、何か物言いたげな視線をスルーし、キッチンの奥にある居住スペースに足を進めた。







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