報告
暗い所は好きで、狭い所も好きだ。
故に両方を満たす地下は大好き。
でもここ、月城家の地下あまり狭くない。
さんねん。
「司にシェリー、雨衣にユアという」
朗々とした響きが連なる。知人の名前。親しみ込めた真名。
順にそれぞれ、狙撃手兼指揮者兼錬金術師兼飛竜乗りの女男、弱くはない普通人、近接適性の高い努力人に、元軍部特務部隊所属の能力者。
最初のが長すぎじゃないだろうか。多芸だから仕方ないけどあの人。
というかシェリー……いや、弱くはない。能力値を平均化したら雨衣と並ぶだろう。
でも何だろう。並べられると物悲しい。
「――あぁ、大丈夫だ。心配するな、俺様の従僕共なら問題は無い」
主が更に声を掛ける。内容は兎も角、どこか優しげな響き。
寒々と建ち並ぶ培養器もどきの一角、独り仮死るやせ細った少女の傍ら。
それよりも小さな主は続ける。
「そんなに心配するな、冥。貴様は俺様の下僕になるというのだろう? ならば気を強くもて」
やっぱりどうかと思う台詞を口にしながら、物言わぬ少女、泉水 冥の霊体を撫でるように宙をさする。
もう片方の手に抱えるのは、黄色い鳥型の玩具。
「ほら軍曹だぞ。聞けばお前が命名したらしいが、なかなか見所があるネーミングセンスを――ん? なに?」
何か意表を突くような事でも云われたのか、小柄な首を傾げ肩を竦める主。
「気のせいじゃないか? 別に変わりは無いが……待て。何故そこで鈴葉が出てくる」
何故その名前が? 此処に彼は来れない筈……
ああ、主はよく此処に来ているらしいから、ひょっとしたらその都度……と盗み訊き主婦みたいな心地で邪推してる間にも、幼い少女同士の話は進む。
「えぇい喧しい! 俺様を誰だと思っている! たかが数日音信不通だからと淋しい訳が――照れとらん!!」
肩を怒らせ荒い息を吐く。
羞恥か怒りか仄かに赤く染まった頬、長い黒艶が生き物のように流れ揺れる。
勇ましく決めようとして失敗した図は年相応に見えて、随分と微笑ましい。もえ。
「……ち、余裕ぶりやがって……ああ、おいあずき」
八つ当たりじみた視線が私に向く。何故。
「……はい?」
「これはあずきという。見ての通り、狭くて暗くてジメジメした所が好きな変態だ」
「……あのお方みたいに言わないでください」
私など、今ちょっと培養器もどきの隙間に詰まってるだけ。まだまだ。
そして変態は酷いと思う。八つ当たりカッコワルい。
「ん。あのお方って? と冥が聞いている」
波長が合わない上に素養が無いらしい私が聞けない声を微妙な表情で通訳され、とりあえず頷きをひとつ。
「……ゴキ○リ様の事です」
どういうわけか、初めてそれを語った時の同僚達と同質の視線を感じた。何故。
「……ああ、何か生命力高くてすばしっこくてギドギトした所等を尊敬しているらしいぞ」
片耳を塞いだ主が面倒臭そうに説明する。
しかし何故だろう。ゴ○ブリ様はあんなにすごいのに、誰も理解してくれない。
「……私などでは、天井を這う事も……四十秒くらいしかできない」
「這うな。それで静流をはじめ他の面々にも撃ち殺されかけた事を忘れたか」
這えるの?! という幻聴が耳元から聞こえたような。
振り向こうにも、隙間無く挟まってるからできない。心霊現象?
確かに霊体とか、そのままなのかも知れない。片足突っ込んでる形。
「――ケケュケャケャケケャケケャケケケケケ!」
一際大きな奇声が響く。
断続的に続いてはいたが意図的に気にしてなかった。それでも意識を向けざるをえない絶叫。
ここに来る以前から、何かを弄くっていた錬金術師。変態の花形。
無言の視線を感じ見れば、鳥型の玩具を差し出す主の姿。
湖畔のように静かな目が命じてくる。
それに頷きを一つ、居心地の良い狭所からスルリと抜け立ち、差し出されたそれを受け取る。
そして一つ、大切で重要なことを聞く。
「……技名は?」
「軍曹ロイヤル流星クラッシュで」
素敵な即答とネーミングに御意を返し、片手の黄色をふり上げ、次いで眼鏡がずれるのにも構わず片足をふりかぶり。
さながら投球のようなフォームから軍曹ロイヤル流星クラッシュは炸裂し、直撃した錬金術師はカエルみたいな悲鳴をあげてひっくり返った。
「……ふぅぅぅー……」
随分と苦しい安堵の息を吐く。
細い道筋をほぼ最高速で駆け抜け、なんか身の毛よだつ奇声をあげるなんちゃって焔蜥蜴と、右腕を怪物化させた雨衣の異常対決。
ダブルノックダウンに限りなく近い結果。
頭蓋骨とその中身をほぼえぐられた焔蜥蜴は、不思議な事にまだ息があった。
念の為ぐったりと重傷を負った雨衣をひっぺがし、改めて向き直る。
閉じた口に巻き付けた鋼糸の回収は無駄っぽい。千切れまくってる。まあ頭蓋骨の成れの果てを見れば当たり前だけど、何だったんだあの変態技。
でも流石にトドメは容易そうだった。耳栓をして、バックパックから秘蔵のDSP拳銃型――試作型対竜鱗兵器の軽量小型特注品を取り出し、軽く点検。
既存の拳銃、というよりはショットガンに近い銀黒の塊は異常無く、両手を添え構え、叩き込む。
痙攣する挽き肉が出来上がった。
死体となった鮮血は魔性をも失ったか、ただ足場を臓物と肉片で汚く汚しただけ。
内は割とやわいんだよね、焔蜥蜴。外皮はマグマ遊泳できるくらいのインチキだけど。
反動に痺れる両手をなんとか動かし、特大の薬筒を棄て、或いは単発で駄目になったかもしれないDSPをバックパックに戻す。
引きずった雨衣と、その奥に転がるシェリーを視た。
シェリーは気絶してるだけ。これといった外傷も見当たらない。んで、さっき変なんが脇腹に突き刺さってた雨衣は……うん。
「おーい、おきろー雨衣」
「……げふ」
血を吐きながらも、虚ろな黒目が開く。内臓がやられてるのは言うまでもない。尋常じゃない汗の量は出血からか地形問題か、はたまた何か毒を貰ったか。定かじゃない。
むちゃくちゃするからだ。
「…………ゆ、あ」
「おう。シェリーは無事で、焔蜥蜴は死んだ。お前の勝ちー、と言いたいトコだけど」
汗と噴煙で汚れ、血の気が引いた面が力無くゆっくりと動く。
今云われた事を確認しているのか。それとも、
「遺言はあるかい? ありがちな脱出パターンなんか無いから、ゆっくり聴いてやるよ?」
「…………ぁ、そ……うか」
納得したように上下する。苦笑したような諦めたような、ぶん殴りたくなる表情。
さんざ見てきた、もう死ぬ顔。
「……ぉれは、もぅ゛っッ」
更に吐血した。
もう血を出し過ぎてるせいか、量は少ない。致死にもまだ至ってないけど、致命傷か。毒じゃなくとも手遅れな出血。
蓋をしてくれる高位の錬金術師はこの場にいない。医療設備云々以前に、人里から離れた火山洞穴内。
手の施しようがない以上、もう助からない。
「喜びなよー。最後の最期で大好きな主様のお役にたてたんだ」
「……は……はは…………だ、な」
乾いた笑い、諦観の笑い。
シェリーならば泣いて縋るか、舞ならば担いで走るか、司さんならば無駄と解りながらも医療措置を試みるか。
ほんの僅かなあるかもしれない希望に飛びつくだろう連中の顔を思い返す。
しかし私はユアである。多分置き去りにするだろうメイド長程じゃなくとも、足掻くなんて柄じゃない。
死を間際にした同僚を看取るくらいしかできない、死体繰りの能力者。
死を享受しようとする間際の貌など、幾らでも見てきた。
「おーい雨衣、今の内になんか言っといた方がいいよ。最期なんだからさ」
「…………ぉもいっ、かない……な……もぅ……ねむぃ」
もう痛みもないか。末期だね。
血と汗でべたべた、見れたもんじゃないと取り出したハンカチで周りを拭ってやる。
青白く、かさかさな唇。もしシェリーが起きてたなら、最期くらいは勇気を見せれるだろうか。あのへたれは。
泣くだろうな。泣くだろうね。ネタで弄くり泣かす分には問題ないけど、ガチは頂けない。
けどどうしようもない。これは現実。
「……すみま、せん……と…………」
命令を守れず、もう仕える事が出来ずに。
乙女心を知らぬ糞餓鬼が言う。
「ん。燐音さまにだね」
かすれた声、頷きが変える。焦点が合わない目。もう目も見えないか。
「……っ、と……」
更に何かを言った。音にも成らぬ出来損ないは血反吐として出る。
出血は続く。処置も何もしてないのだから湯水みたいに、平行して息が絶えていく。死体が出来上がっていく。
……移送は無理としても、せめてアンノウンな右腕だけでも回収すべきか。
仲間から顰蹙を買うだろう冷徹思考は、唐突な気配の出現で止まる。
「――――っ!?」
「おや、お困りですか?」
声に振り向き、拳銃というよりショットガンサイズな竜殺しの出来損ないの銃口を向けた先には、
「…………錬金術師っ」
長大な双頭蛇の杖を持ち、微笑む依頼主の姿。
何故、ここに。とは思うまでもない。討伐の確認は彼女自ら行うと前うっていた。
それよりも要請すべきことがある。
常識外の地形修復者、この錬金術師なら。
「脇腹を貫かれて、内臓ズタズタ。血も足りない。毒もあるかも」
並べ立てたらわかる。相当の高位錬金術師でも無理な大怪我。
しかしそれでも問う。足掻きでなく、常識を超えた"例外"に。
「治せる?」
「愚問ですね」
何でもない事を何でもない風に返すような返答は、随分と心強かった。
そしてなんやかんやで分断してた面々と合流し、帰投した先で我らが幼主に報告会。
「それで一命は取り留めた、と」
「暫くは療養する必要があるって事だけど、一週間もすれば大体治るとさ」
医療施設にぶち込まれ、この場には居ない雨衣。
あの致命傷を一撫でで見た目完治とか、流石規格外。
ちなみにシェリーは目を覚ましたけど雨衣に付き添いこの場には居ない。
茶化したのにも通じず、付いてるの一点張りだった。あついあつい。
故にここ、焔蜥蜴討伐の任を請けた執務室に集まったのは、殆どダメージの無い私と司さんと舞ぽんと、何故か悪臭を放つ衛宮鈴葉(気絶中)である。
「……彼奴、ここ最近大怪我ばかりしやがる」
確かに。
信じがたい事に赤竜と鬼ごっこして生き延びた新人が居るというに、情けないのう。
「言わんこっちゃねぇな」
こめかみを揉む幼主の横で嘆息しながら肩を竦める、見覚えのある長白髪。意図的に視界から外していたのに。うっかりだ。
てか何故居る。そこはメイド長ポジションの筈だ。元上司。
「おいこらユア、テメェ今舌打ちしなかったか?」
「……被害妄想じみた幻聴聞くくらいに耄碌しましたか? 若年寄」
すらすらと口から出た辛辣に、皺の見当たらない頬が一瞬だけ引きつる。
直ぐに笑みを浮かべたが、まあその質は私とどっこいどっこいだろう。汚らわしい。
「……あぁ、最近と云わずよくよくわいてくるどっかの双子の片割れが、その度にうちの馬鹿ガキと凄まじい喧嘩しやがる」
「躾も碌に出来ないとは、大した大人様ですね」
「やんちゃ盛りでな、突っつく馬鹿も居るしで落ち着いて耳糞ほじくる暇もありゃしない。どうしたもんかね?」
「さあ? とりあえず死ねば良いんじゃないですか」
「……くくく」
「……ふふふ」
「止めんか貴様ら」
微笑みメンチをきり合う中、心底から呆れたような制止が掛けられた。
「喧嘩はプライベートでやれ。今は報告中だ」
見れば、可愛らしい顔を仏頂面にさせ、いつの間にか執務机の中央に置かれた突起物を小さな指先でつつく主の姿。
執務机と椅子が在る位置を除いた総ての足場を無くす仕掛けを出されては、押し黙らざるおえないね。
「次、舞。赤竜と対峙して、どうなった」
何故か涙目で司さんの影に隠れてた舞ぽんが促され、たどたどしい説明が開始される。
内容としては、
「「……お前、頭大丈夫か?」」
長白髪のロリコンと長黒髪ロリが可哀相なモノを見る目になるようなものだった。
「ちがうもん! 本当に竜くんは喋ったんだよ!」
んな高位存在の竜じゃあるまいし。そして子供かあんたは。
「いえ、本当に喋ってましたよ」
と司さんがフォローするが……喋る竜種ねぇ。どーなんだろ。
……いや、そーいや焔蜥蜴も喋って、というか嘲笑ってたな。なんか関係があるのか?
「……んで、その喋る赤竜の腹部にDSPあたりを撃ち込んで、」
思案中っぽくこめかみをついてた人差し指を地べたに移す主。
「それが吐き出された、とかそういうオチか?」
より正確に云えば、時折うーんうーんとか唸り、どういうわけかメイド服姿で悪臭を放つ衛宮鈴葉を指差し、憶測を口にした。
……っていやいや、いくらなんでも……
「はい。どうやら食べられて衣服は溶けてたみたいだったから、持ち合わせのメイド服を着せたげました」
貴女、じゃなく貴方は何時もメイド服を持ち合わせてるのか司さん。
そしてご主人、そうかで済ませんでください。変態を変態と諦めんでください。
「最近見ないと思ったら。赤竜に食われてたか、このへたれ」
「なんか、マグマを漂ってる所をうっかり呑み込んじゃったとか言ってたけど。竜くん」
うわあぃ、またコメントしようのないエピソードだなあ。
てか何、マグマん中も竜の胃袋の中も平気なのか衛宮家。まじ凄いね、むしろもうどうやったら死ぬんだ衛宮家。
「それで、それなりの期間胃袋に居たせいで竜の性質に変化が生じたか」
……まさか信じたのかこの人。
まじまじと見つめても、宵の瞳はブレる事無く。
確かに魔物ってのは純粋な存在だけに、ちょっとした変化を受け易いって聞いたことあるけど。
だからって人語をを……?
「まあ、魔物の体内で数日間生存してなけりゃ起こり得ない現象だとは思うが」
…………うわ。確かにそんな非常識な存在が何日も腹に入れば、それなりの変態は起こりそうな気がするなあ。
「それでその変態赤竜は?」
同意見だったらしい燐音さまが問い、問われた舞ぽんが眉根を寄せる。
「リッちゃん。見ず知らずの人を変態呼ばわりしちゃダメだよ」
「いや人じゃねぇだろ」
長白髪が真っ先にツッコミをいれる。流石小さい子をイジメる達人。
むぅ、とぶ然とした表情でくりくり眼を向けるも、野郎はSっぽく鼻で笑うだけ。
死ねばいいのに。惨たらしく死ねばいいのに。
「赤竜は鈴葉ちゃんを下から出した後、地表に落下して気絶しました。その隙に離脱を」
黙った舞に代わり、司さんが説明した。飛竜タマちゃんに乗って反動凄まじい対竜モデルぶちかますこの人も大概である。
しかし気絶って、間抜けなドラゴンだなあ。衛宮鈴葉じゃあるまいし……んん? ……"下"、から?
「…………それはまさか、肛門から排出された、と?」
デリカシーの無い発言に場が凍る。気付いても問うちゃならん事を。
頬を赤らめる小娘二人、微笑みをひきつらせる女男一人、無自覚な糞野郎が一人。ゆえに、
「空気読めセクハラ野郎」
跳び回転回し蹴り。
セクハラ野郎・ザ・ロリーコンのこめかみを撃ち抜く蹴撃を遮るものは、何も無かった。